2022年11月18日金曜日

擬音 A FOLEY ARTIST

 映画に命を吹き込む音響効果技師を通して見えてくる台湾映画史


擬音 A FOLEY ARTIST
2017台湾
監督ワン・ワンロー(王婉柔)
出演フー・ディンイー(胡定一)、ほか
配給太秦
上映時間: 100
HP: https://foley-artist.jp/
公開: 20221119() K’s Cinemaほか全国順次公開


ストーリー

台湾映画界で活躍してきたフォーリー・アーティストの胡定一(フー・ディンイー)。彼の40年に及ぶ仕事と、台湾~中華映画史を振り返るドキュメンタリー


レヴュー

映画に効果音をつける職人のことを、フォーリー・アーティストという。サイレントからトーキーへの過渡期、1920年代後半に、アメリカのジャック・フォーリーによって編み出された技法が受け継がれ、その名が配されている。人が歩く時の足音、衣ずれの音、ドアを開ける音、風が吹く音。映画を生きたものにするためには欠かせない仕事だ。
台湾映画界のレジェンド、胡定一は、スタジオ内で画面の質感を想像しながら、様々な道具を選び、巧みな腕捌きで音を生み出していく。キン・フー映画を思い出すような、剣を鞘から抜く音などは金属のヘラを使っている。
 
胡定一は1975年、台湾中央電影に入社(映画技術訓練班3期生)、6年ほどの下積みを経て、王童監督『村と爆弾』(87)、『バナナパラダイス』(89)、蔡明亮『青春神話』(92)、『九月に降る風』(08)など、100以上の作品の録音や効果音を担当し、40年に渡り活躍してきた。少々マニアックな話になるが、彼の先輩には編集の廖慶松、録音技師の杜篤之、2期下に李屏賓がいる。あの台湾ニューシネマを技術面で支えてきた重鎮たちだ。彼らに比べると、胡の名前があまり知られてないのは、台湾ニューシネマの台頭が、「同時録音」技術が確立することと深く関係しているからだと思われる。(オリヴィエ・アサイヤス監督のドキュメンタリー『HHH: 候孝賢』(97)の杜篤之のコメントを参照したい)  また、ニューシネマ以前の台湾映画界では演じてる本人ではなく、別の声優によるアテレコが主流だった、というのも意外だ。

一人のフォーリー・アーティストを通じて、台湾映画史、さらには中華映画史を俯瞰しているのが白眉だ。初期の中国映画トーキーから、台湾ニューシネマの名作群、金馬奨の最優秀音響賞を獲ったロウ・イエ監督『ブラインド・マッサージ』(14)まで、引用される映画の数は相当なものだ。珍しいところでは台湾、大陸中国で大ヒットしたというルーマニア映画『簡愛』(70、ジェーン・エア)の情報もあった。


一方、大陸中国では制作本数の増加に伴い、音響技師たちは多忙を極めている様子が触れられ、現在の台湾の状況とは対象的だ。職人的要素が強く、他の部門へのシフトが難しい、つまり「潰しがきかない」フォーリーという仕事には、後継者がほとんどおらず、胡に至っても最近ようやく女性の弟子がついたくらいなのだ。部門整理で中央電影を解雇され、フリーとなった彼がデジタル時代にこれから活躍できる場所があるのか、若い世代への技術の伝受は進むのか、今後も見守りたいところだ。アニメ『幸福路のチー』(17)も彼の仕事だと知り、少し安堵している。

(★★★ カネコマサアキ)


関連事項 

王婉柔(ワン・ワンロー)監督の次作、『千年一問』(20)は、日本でも知られる漫画家・鄭問(チェン・ウェン)の人生を追ったドキュメンタリー。こちらもおすすめだ。

2022年11月12日土曜日

あなたの微笑み

くすぶる映画監督が自作を売り込みにいく映画館巡りの旅


2022年/日本
監督:リム・カーワイ
出演: 渡辺紘文、 平山ひかる、 尚玄、 田中泰延
配給::Cinema Drifters
上映時間:103分
公開:11月12日(土)よりシアター・イメージフォーラム、
12月3日よりシネ・ヌーヴォ他全国順次公開

●ストーリー

栃木の田舎町で、くすぶり続ける映画監督の渡辺紘文。映画製作団体「大田原愚豚舎」を旗揚げし、東京国際映画祭ほか数々の受賞歴を持つ渡辺は、自他ともに認める“世界の渡辺”である。しかし“世界の渡辺”もいまは脚本も書けず、大手映画会社から依頼がくることもなく、地元の仲間たちと悪態をつきながら日々を過ごしている。ある日、旧知のプロデューサーから、世界的映画監督の代打で沖縄での映画制作の話が舞い込む。久々の映画制作に浮足立つ渡辺が沖縄に向かうと、「いますぐ俺を主人公にして映画を作れ」という“社長”に高級ホテルに缶詰めにされるが…。


●レヴュー

渡辺紘文監督の『プールサイドマン』(16)を東京国際映画祭のラインナップで知り、ぜひ観たい、と思いつつ機会を逃している。
劇中にもあったが、自主映画監督の特集上映は一週間ほどの期間しかなく、タイミンングが合わなかったりすると見逃してしまうことも多い。しかし、作品を見ずとも、映画ファンなら、渡辺監督が栃木の田舎町で映画製作集団「大田原愚豚舎」を立ち上げ、地元に密着した作品を撮っていることは、よく知られてることなのではないだろうか。

本作『あなたの微笑み』は、その渡辺紘文監督自身が、「監督自身の役」で登場する。自主映画監督が自分の作品を劇場へ売り込みに行く、という物語だが、一風変わったフィクションとドキュメンタリーが混ざり合った虚実皮膜な作品である。自主映画(あるいはインディーズといったほう良いだろうか)監督がどのような生活を送り、生計を立てているのかが実によくわかる内容だ。

沖縄のパートまでは、いかにも脚本があり、演じてる、という感じだが、本州から北海道にかけて、監督が自分の作品を上映してほしいと営業を兼ねて映画館巡りをする部分は、かなりドキュメンタリー寄りである。一方で、劇中には「映画のミューズ」(平山ひかる)が様々な役柄に変化して登場し(さながら『華やかな魔女たち』(67)のシルヴァーナ・マンガーノのよう)、フィクションであろうとする。この虚実のバランスがとても良く、この作品の魅力になっている。冒頭はフィクション然としていたものが、だんだんと独自の映画的リアリティを獲得していくのだ。

この映画のもう一つの主役は、全国の個性的な映画館とそこで働く人たちだ。南国の沖縄・首里劇場から、大分・ブルーバード、福岡・小倉昭和館、鳥取・ジグシアター、兵庫・豊岡劇場、雪が舞い落ちる北海道・サツゲキを経て、日本最北端の映画館・大黒座まで…。全国にはこんなに多様で素敵な映画館があるのか!と感嘆せざるえない。だが、コロナ禍も相まって、既に閉館した所もあるというのが実情である。悲しいかな、貴重なアーカイヴ映像となりつつある。


この欄でも何度か言及してる監督のリム・カーワイはマレーシア出身の華人。Cinema Drifter(映画流れ者)を名乗るだけあって、経歴、半生がまさに「旅人」である。大阪大学基礎工学部電気工学科卒業後、通信業界を経て北京電影学院監督コース卒業。北京、香港、大阪、バルカン半島で作品を作り、大阪三部作のひとつ『カム・アンド・ゴー』(20)は全国公開されたので、ご存知の方も多いと思う。また、香港映画祭を主催、配給も手がけ、八面六臂の活躍に目が離せない。
そんな監督ゆえ、外側からの目線、日本の状況や配給システムに目がいくのだろう。映画製作者から劇場を通して観客に届けるまで、映画愛に溢れた作品である。

(★★★☆カネコマサアキ)


2022年8月22日月曜日

サハラのカフェのマリカ

サハラ砂漠に行き交う人々を受け入れる小さなお店

そこはまるでオアシスのような場所だった



143 Sahara Street

2019年/アルジェリア・フランス・カタール
監督・撮影:ハッセン・フェルハーニ
出演:マリカ、チャウキ・アマリ、サミール・エルハキム
配給:ムーリンプロダクション
上映時間:90分
公開:2022年8月26日(金)から ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国劇場公開
HP:https://sahara-malika.com


●ストーリー 

 アルジェリア、サハラ砂漠。そこに佇む一軒の雑貨店兼カフェはマリカという女性が一人で営んでいる。
ほとんどの営業時間中に客が来ることはなく、ネコと共に時間を過ごす。たまにトラックの運転手や旅人がやってくるとコーヒーやおやつを提供して、他愛もない世間話に興じる。
 日が暮れると、砂漠の真ん中の雑貨店に灯されるロウソクだけが光を放つ。そして彼女は自分の人生を語り出すのだった・・・


●レヴュー 

 サハラ砂漠と聞いて、どこまでも広がる砂の大地というイメージしか浮かばないのだが、その中に建つ一軒の雑貨店兼カフェが本作の舞台。そこで愛猫と暮らす高齢の女主・マリカが主人公である。
 アフリカ大陸北部の3分の1を占めるサハラ砂漠は、南北1,700キロメートル、東西4,800キロメートル。面積は約1,000万平方キロメートルで、アメリカ合衆国とほぼ同じ広さのとてつもない大きさの砂の大地だ。不毛の地のような想像をしてしまうが、そこは複数の国にまたがっていて、多数の民族が暮らしている。南北を縦断するトランス=サハラ・ハイウェイという大きな道路が整備されていて、人やモノが行き交っている。マリカのカフェはその道路沿い、アルジェリアの中央辺りにあるらしい。原題の『143 SAHARA STREET』はマリカの店の住所になる。

 彼女の店には、休憩や買い物のためにさまざまな人が訪れる。物資を運ぶトラック運転手、親戚を訪ねるために車を走らせてきた人、バイクで旅している女性ライダー、旅芸人らしき一団、過去には危険な人物が立ち寄ったこともあるらしい。民族は多種多様。マリカのオムレツが目当ての常連客もいるし、その時だけの出会いもある。客らは食事をしたり休息をとったりしながら、マリカと何気ない会話を交わして去っていく。マリカの小さな店に据えられたカメラは、定点観測をするように時折やってくるそうした人々の姿とマリカの日常を有り体に捉えていく。
 マリカは悠然とした風で客を迎え、客は皆どこか安堵の表情をしているように見える。砂漠を走る途中で立ち寄るその場所もマリカという存在もまさにオアシスなのだろう。人が心の拠り所に求めているもの、それが伝わってくる作品だと思う。
 
 監督は自身の旅の途中でマリカと出会い、映画を撮ることを決めたという。本当に何もない砂漠の中にポツンと佇むマリカの店。そのことがはっきりとわかるように、マリカの店をぐるりとカメラが映し出す映像やランプの灯りが窓から漏れるシーンは美しく印象的だ。 
 マリカの店の近くに巨大が給油所兼休憩所が建設されるなど、周辺の社会状況の変化も見えてくる。マリカについての詳細は語られず、想像するしかないのだが、マリカ自身にとってもかけがえのないその店は今も続いているのだろうか、私たちから遠く離れた世界に思いを巡らす。
(★★★☆加賀美まき)


2022年8月20日土曜日

みんなのヴァカンス

ヴァカンスの呪いを乗り越えろ!
ギヨーム・ブラック監督が描く鮮やかな青春映画



原題:À l’abordage
2020年/フランス
監督・脚本:ギヨーム・ブラック
配給:エタンチェ
上映時間:100分
公開:8/20(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
HP : https://www.minna-vacances.com/


●ストーリー

夏の夜、セーヌ川のほとりで、フェリックスはアルマと出会い、恋に落ちる。夢のような時間を過ごすが、翌朝アルマは家族と共にヴァカンスへ旅立ってしまう。 フェリックスは、親友のシェリフを誘い、相乗りアプリで知合った学生エドゥアールを道連れに、アルマを追って南フランスの田舎町ディーに乗りこんでいく。しかし、車が故障してから、暗雲が立ち込める。アルマは予期せぬ彼らの訪問に戸惑っている様子だ・・・。

●レヴュー

新型コロナ感染予防のための行動制限がない夏休みということで、今年は旅行に出かけている人も多そうだ。自分のように、どこへも出かける予定のない人も少なからずいると思うが、映画館に篭ってヴァカンス気分に浸るのも良いかもしれない。

ヴァカンス映画といえば、エリック・ロメールの『海辺のポリーヌ』(83)『緑の光線』(86)を真っ先に思い出すけど、そういえば、ロメールの処女長編作『獅子座』(55)もある意味ヴァカンス映画だったな、と思い出した。親戚から遺産が入る予定だった男が、当てがはずれ文無しになり、ヴァカンスシーズンをパリで浮浪者同然に過ごすというストーリーだ。
ここまで悲惨ではないが、ヴァカンスには良いことばかりでなく、トホホな出来事がつきまとうことは、誰もが経験することだろう。天候に恵まれなかったり、同行した家族や友人と喧嘩したり、恋人とは別れるきっかけになったり、・・・。僕は、それを「ヴァカンスの呪い」と名付けたい。(当然、ヴァカンスへ行けなかった人の怨念が含まれる)

本作で新鮮に感じたのは、アフリカ系移民の若い労働者をメインキャラクターにしていること。ヴァカンス映画は、たいてい中流以上の白人が主人公に据えられていることが多いので、彼らがどういう思いでヴァカンスを過ごすのか興味を引く。もちろん、ママから「子猫ちゃん」と呼ばれる裕福そうな家庭で育ったエドゥアールが、「相乗りアプリ」で女装したフェリックスたちとマッチングし、巻き込まれる形で伴走するのだけれど。(彼は常連俳優ヴァンサン・マケーニュのヤング版といった風貌だ)

彼の運転する車が故障するあたりから、雲行きが怪しくなってくる。「ヴァカンスの呪い」は既に始まっているのだ。宿泊所は小学生が使うようなキャンプ場で、狭くて小便くさいテント寝泊まりするハメに。フェリックスは入れ上げたアルマに再会することはできたが、当初の熱はなく軽くあしらわれ、ギクシャクする。一方、友人思いの温厚なシェリフは幼な子を連れた既婚女性と仲良くなるが、「お前は恋愛に発展性のない女ばかりを好きになってる!」とフェリックスに罵られる。エドゥアールはひたすらカラオケで歌っている。男3人はフラストレーションをためながら、ヴァカンスが終わりに近づいていくが、ちょっとしたマジックが起きる。

ロメールの後継者と目されるギヨーム・ブラック監督が注目を浴びるきっかけになった中編『女っ気なし』(11)は北部の漁村オルトにヴァカンスに訪れた母娘と、彼女たちが滞在するアパート管理人シルヴァン(ヴァンサン・マケーニュ)との真剣かつトホホなドラマが印象的だった。本作は海ではなく、ドローム川周辺の山が舞台だが、『女っ気なし』の構造を踏襲、発展させたような群像劇だ。未見だが『7月の物語』(17)と同様、フランス国立高等演劇学校の学生たちと作り上げた作品で、学生たちの身の上話から着想を得たそうだ。

同館では、ギヨーム・ブラック監督特集も組まれており、上記のほか、代表作『やさしい人』(13)、 短編『遭難者』(09)『勇者たちの休息』(16)も上映される。この機会にぜひ。

(★★★☆カネコマサアキ)


●関連事項

 第70回ベルリン国際映画祭国際映画批評家連盟賞特別賞(パノラマ部門)
2020年シャンゼリゼ映画祭批評家賞(フランス映画長編部門)
2020年カブール映画祭グランプリ(長編部門)

2022年7月17日日曜日

Blue Island 憂鬱の島

 文化大革命、六七暴動、天安門事件など、過去を紐解きながら、香港人としてのアイデンティティを探る『乱世備忘 僕らの雨傘運動』監督の意欲作



2022年/ 香港・日本
監督・編集:チャン・ジーウン
配給:太秦
上映時間:97分
公開:7/16(土)よりユーロスペースほか全国順次公開 
HP : blueisland-movie.com


●レヴュー

先月の6月4日(天安門事件が起きた日である)、マレーシア出身のリム・カーワイ監督らが主催する『時代革命の少年たち』(2021年/レックス・レン、ラム・サム監督)という香港映画の上映会があったので、参加してきた。
ストーリーを簡単に説明すると、2019年の民主化デモに参加し、警察に逮捕されたことをトラウマに抱える17歳の少女が、死をほのめかして行方不明になり、デモで居合わせた少年達グループが彼女を探し回るという劇映画だ。当時、抗議の自殺をする若者が相次いだという事実を背景としており、登場人物の様々な家庭事情も描かれていた。
場内には、在日の香港人たちも駆けつけており、上映後のトークショーも熱気を帯びていた。上映中、すすり泣きの声も聞こえてきた。映画の終わりは、決してバッドエンドではなく、希望を感じられるものではあったが、彼らにとってはまだ生々しい記憶であり、デモの灯火はまだ消えていなのだ、と実感した。

さて、本作『Blue Island  憂鬱の島』は、以前ここでも紹介した『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2016)を監督したチャン・ジーウン監督の新作だ。今回は、ドキュメンタリーとフィクションを交えた斬新なスタイルで、過去の民主化運動と、それに関わりのあった実在の人びとを取り上げ、現在に至る香港人のアイデンティティを浮かびあがらせようと試みる。具体的には、雨傘運動に参加した若い世代の俳優が実在の人物を演じ、過去の事件を映画化するという過程を見せるというもの。この方法は、スタンリー・クワン『 阮玲玉』(1993)やジャ・ジャンクーの作品群を思い出させる。全般、方法論に加え、画も素晴らしかった。

ビクトリア・ハーバーで水泳を楽しむ老人チャン・ハックジー(陳克治)74歳。1968年、彼と恋人(現在の妻)は、中国本土から、海を泳いで香港に逃れてきた。その様子を97年生まれの若手俳優たちが演じる。その映像は、やはり文化大革命から香港に逃れる筋書を持った唐書璇『再見中国』(1972)のシーンとよく似ていて、つながりを感じた。

セッ・チョンイェン(石中英)、ヨン・ヒョッキッ(楊向杰)70歳。彼らは16歳の時、共産主義寄りの文芸誌を配布したことで、投獄された。当時信じていた共産主義が、現在では形を変え抑圧する側になっていることを複雑に思っている様子。日本ではあまり知られていない六七暴動は、文化大革命に刺激を受けた香港の親中派の労働者が、香港イギリス政庁に抵抗するデモを行い、それが7か月に及ぶ暴動に発展。1,936人が逮捕・起訴され、832人が負傷(うち警察官212人)、51人が死亡するという事件だ。

ラム・イウキョン(林耀強)54歳。1989年、学生支援のため訪れた北京で天安門事件に遭遇。中国民主化運動の敗北感をひきずって生きている。彼が実生活で人と会い吐露する会話に同年代としてシンパシーを感じる。
そして、映画は最後のパートで、有名・無名は問わず、意外な人たちを登場させる。これには驚いた。


翻って、日本はどうか。
僕は去年から、この国がジョージ・オーウェルの『1984』で描かれた未来社会の更に上をいくディストピア国家になってしまったと感じている。香港は問題の所在がはっきりっしているだけマシに見えるが、日本国民の大半はその問題の所在さえわかっていない。巧妙に隠されているのだ。「伝えない」「知らせない」という言論統制をするマスコミ。”洗脳”という言葉がぴったりかもしれない。データ改竄、ワクチンのリスクを伝えないまま幼い子供にまで打とうとする勢力(民族浄化か?)、一方的なウクライナ報道、改憲勢力3分の2を獲得した参院選、安倍元首相の銃撃事件から露わになったカルト教団との関係…。どこか誰かのシナリオ通りな感じもするし、不気味で不穏だ。この国は一体どこへ向かおうとしてるのか。「憂鬱の島」とは、この国の事ではないだろうか?

(★★★☆カネコマサアキ)


関連事項

2019年の香港民主化デモの記録を描いた大作『時代革命』(2021) も8月13日(土)に同館にて緊急公開。こちらも合わせてみると、本作のラストがより響いてくると思う。


2022年6月4日土曜日

歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡

親交のあったヘルツォーク監督が辿る伝説の作家チャトウィンの旅


2019年/イギリス・スコットランド・フランス
監督&ナレーション:ヴェルナー・ヘルツォーク
配給:サニー・フィルム
上映時間:85分
公開:6/4(土)より岩波ホールにて公開 (7/29まで)

●ストーリー

「パタゴニア」「ソングライン」など、伝説の紀行作家として知られるブルース・チャトウィン(1940-1989)。生前、親交のあったヘルツォーク監督が、没後30年にして、パタゴニア、イギリス西南部、中央オーストラリアへ赴き、関係者にインタビュー。彼の半生を辿る。

●レヴュー

ブルース・チャトウィンの自選エッセイ集「どうして僕はこんなところに」(池央耿・神保睦訳/角川書店)の中に、「ヴェルナー・ヘルツォーク・イン・ガーナ」という一編がある。19世紀の西アフリカで最強と言われたブラジル人奴隷商人を描いたチャトウィンの時代小説「ウィダの提督/ウィダーの副王」をヘルツォークが『コブラ・ヴェルデ 緑の蛇』(1987)として映画化。そのロケ地ガーナに招かれたチャトウィンが、混乱の撮影現場を書いた文章なのだが、読み返してみるとすこぶる面白い。

二人の出会いは、アボリジニの世界観を主題にした『緑のアリが夢見るところ』(84)の脚本を書くにあたり、手を貸して欲しい、とヘルツォークがチャトウィンに打診してきた時に始まる。のちに「ソングライン」として紀行文になる、オーストラリアを旅していた時のことだった。二人は出会う前からお互いの作品を意識しあっていた。1980年に出版された「ウィダの提督」の小説の構想段階で、「これを映画化するなら、ヘルツォークしかできないね」とチャトウィンは周りに語っていたという。また、ヘルツォークのことをこう書いている。二人の関係性がよく分かる文章だ。

”そのうち分かったことは、ヴェルナーが矛盾のかたまりであるということだった。非常にタフながら弱く、親しみやすい反面孤高の人で、禁欲的であり官能的であり、日常生活のストレスはうまく対処できないのに極限下での状況は切り抜けられる人物だった。
 そして歩くことの持つ神聖な面について、まともに会話のできる唯一の相手だった。私たち二人とも、歩くということはただ単に健康維持につながるだけではなく、この世の邪悪を正すことのできる詩的な活動であると信じていた。”


映画は、チャトウィンが1977年に出版したデビュー作「パタゴニア」の有名な冒頭から始まる。朗読している音声は、本人のもので貴重だ。10代の寄宿学校時代に通い詰めたというシルベリーヒルの遺跡、サザビーズに勤めていた頃に知り合った妻エリザベスが語るウェールズの思い出、「放浪者の選択」という原稿の発見など、知られざる側面が露わになる。後半には、彼のセクシュアリティと真の死因が語られ、思わぬ衝撃を受けた。
僕の持っている「パタゴニア」(1998年、めるくまーる)や、上記の「どうして僕はこんなところに」には「中国旅行中に風土病を患い、それがもとで」「旅行中に患った病気がもとで、48歳で夭折」と表記されていた。新版「ソングライン」(英治出版)のあとがきをよく読んでみたら、「HIV陽性」のことが触れてあった。チャトウィンはバイセクシュアルで、妻も認知していたという。

そして、死の病床でヘルツォークに託されたという愛用の皮のリュックサックと、それを背負って撮影に臨んだ映画『彼方へ』(91)のエピソードが監督とカメラマンの二人によって語られる。南米パタゴニアのセロトーレ山に挑む2人の登山家の対決を描いた、チャトウィンにオーマージュが捧げられた作品だ。
本作、全8章の最終章は、「ソングライン」の登場人物マリアンのモデル、ぺトロネッラによる朗読で幕を閉じる。その文章はアボリジニの死生観に、自身の死を重ねている印象が読み取れる部分だ。死の床で完成した「ソングライン」は妻エリザベスに捧げられている。

チャトウィンを追ったドキュメンタリーではあるが、同時に、ナレーションも担当するヘルツォーク監督の人と成りも伝わってくる作品だ。「世界は、徒歩で旅する人に、その姿を見せる」というヘルツォークの言葉をチャトウィンは好んでいたという。社会の常識や枠組みから逃れ、辺境や外部へと向かい真理を求めた稀代の放浪者たちの作品は、今後も僕らを未知への旅へと奮いたたせるだろう。

(★★★★カネコマサアキ)


関連事項

1968年多目的ホールとして開館し、1974年のエキプ・ド・シネマ発足より、数々の名作映、ワールドシネマを上映してきた岩波ホールが7月29日(金)をもって閉館する。
本作は最後の上映作品になる。

2022年5月31日火曜日

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

1秒だけのフィルムに映る娘。父親は逃亡者になりフィルムを追い、孤児の娘と出会う。イーモウ監督による映画の奇跡。

 

 


 

 

 

原題:1秒鐘

監督:チャン・イーモウ

出演:チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ

製作年:2020

製作国:中国

配給:ツイン

公開:2022520日よりTOHOシネマズシャンテほか

上映時間:103

公式HPhttps://onesecond-movie.com/

 

ストーリー

1969年、文化大革命が進行中の中国西北部の強制労働所から、ある男が脱走する。男が村にたどり着くと映画の上映が終わり、フィルムが次の町に届けられる所だった。男は、目の前でフィルムを盗み出す子供 “リウの娘”を目撃し、彼女を追う。妻と離婚し、娘とも疎遠になっていたその男は、フィルムに娘の姿が映っていると知り、一目見ようと逃亡者となったのだ。次の上映地となる村で、男はフィルムを取り返すが、別のトラブルが起きる。


レビュー

チャン・イーモウ作品が好きだ。大作でも小さな作品でも、画面の隅々まで監督の美意識が宿っており、それはリアルを通り越してメタファーとなり、すべてが寓話に見えてくる。この映画も1969年の文化大革命という特殊な時期の特殊な事情を背景に映画化しているが、それでもどの時間枠にもとらえられないような寓話と化しているのは、イーモウの演出の“くせ”とでも言うべきものだろう。

 

今や中国をと言うより、世界を代表する巨匠のチャン・イーモウ。先日行われた2022北京オリンピックの開会式と閉会式でも総合演出を務めたが、そこにもしっかりと彼の美意識が現れていた(前年の東京オリンピックの開会式が「隠し芸大会」になって散々だったのと対照的だ)。かと思うと、ハリウッドでは珍品とも言える大失敗作『グレート・ウォール』(2016)なんて怪獣映画を撮ってしまう。

 

そのイーモウ監督は、自身が文化大革命を経験している。下放され、農民や工場労働者として働いていたのだ。文化大革命は文化を根絶する革命のようなものだったが、それが終わった時、彼はようやく映画が撮れると開放感を味わったに違いない。

 

本作は、そんな文化大革命時代の彼の経験が生かされた作品だ。娘が映っているフィルムに男はなぜ脱走してまでこだわるのか。収容所で娘の成長を見ることができなかったからか。罪滅ぼしのためなのか。どちらにせよ、娘が映るのは一瞬で、しかも映画本編の前に上映されるニュース映像なので、その映画が次の映画に変わればおそらく永久に見ることはできなくなってしまう。少なくともいつ出所できるかわからない時代だから、その年齢の娘の姿を見る最後のチャンスかもしれない。

 

そんな男の目的はフィルムを見ることだけ。だから、周りの状況にも無頓着だ。フィルムを盗んだ孤児の少女を追いかけ、取り返すときにも、彼女の状況などお構いなしだ。しかし、取ったり取られたりの道中を繰り返すうちに、彼にも気づかない感情が湧いてくるようになる。

 

この映画の舞台となる、砂漠に囲まれた村や道中の風景がいい。フォトショップで、まるでいらない要素を全て消してしまったかのように、必要な絵だけが抽出されているような感じだ。到着した村の映画館の情景は、まるでイーモウ版『ニュー・シネマ・パラダイス』。みな映画を見るのを心待ちにしている。汚れてしまったフィルムを村人総出できれいにするシーンは、スペクタクル映画のようだ。フィルムの洗浄や修復作業の辺りは、下放中にイーモウ監督がしていた作業が反映されているのだろう。そして娘役のリウ・ハオツンがいい。これから、チャン・ツィイーのようなスターになっていくのだろうか。

 

寓話のような話だが、各人物たちに実際にそこに生きていたかのような存在感がある。映画が終わった後も、彼らはその後どうなったのだろうかと、生き続けている人のように感じてしまうのだ。それが映画の力だ。

 

★★★★前原利行)

 

2022年5月24日火曜日

ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇

拉致され「海の奴隷」として漁船で働かさせる男たちと

彼らを救うべく奮闘するタイ人女性追ったドキュメンタリー





2018年/アメリカ
監督:スアノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
出演:パティマ・タンプチャクル、トゥン・リン、チュティマ・シダサシアン(オイ)
配給:ユナイテッドピープル
上映時間:90分
公開:2022年5月28日(土) シアターイメージフォーラム他 全国順次ロードショー
HP:https://unitedpeople.jp/ghost/


●ストーリー 
 世界有数の水産大国であるタイ。そこから遠洋漁業に出ている船には「うまい仕事がある」と誘惑され、拉致されたタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアなど貧困国の男たちが送り込まれている。人身売買業者はたった数百ドルで漁業会社に男たちを売り飛ばし、数ヶ月、酷いと10年以上も下船させることなく「海の奴隷」として働かせているというのだ。
 そうした漁船から逃亡した人々を捜索し救出すべく、タイ人女性パティマ・タンプチャヤクル(2017年ノーベル平和賞ノミネート)と11年間奴隷労働した経験のあるトゥン・リンらは、インドネシア東部の離島に向けて出航する。


●レヴュー 
 シーフード産業の闇に迫った衝撃的なドキュメンタリーだ。タイの沖合数千キロの漁場で操業する船。タイ、ミャンマー、ラオスやカンボジアといった貧困国から人身売買で男たちが送り込まれ、拘束は数ヶ月、酷いケースでは十数年に及ぶという。捕った魚は沖合で母船に荷揚げし、再び漁場に出るため、一度も下船することなく働かされているというのだ。そこから逃れてきた者たちは、寝る間もなく働かされ、逃げれば漁業会社に追われ拘束された。網に巻き込まれ大怪我をするものもいる、暴行を受けたり、海に投げ込まれた者もいたと証言する。にわかに信じがたい衝撃的な話だが、そうした労働者は数万人にも及ぶという。

 本作は、そうした奴隷労働の実態を明らかにすると同時に、ある女性人権活動家の姿を追っている。タイの労働権利推進ネットワーク(LPN)共同創設者のパティマ・タンプチャヤクル。2014年、インドネシアの離島から約2000人の奴隷を救出するなどして注目を集め、2017年にはノーベル平和賞の候補にも上がっている。 
 彼女と行動を共にするトゥンは、「海の奴隷」として10年以上拘束され、1日20時間以上の重労働を強いられていたという。海に飛び込み命がけでインドネシアの島に逃れたという経緯を持つ。母国へ帰る手段もなかったところをパティマに救出され、その後、漁業会社から指を失う事故の補償金をえることができた。彼女の熱心な支援がなければ彼の未来はなかっただろう。「一人でも多くの人を家に帰してあげたい」彼女の類稀な熱意と勇気、そして努力の積み重ねが多くの人たちを救っているのだと実感する。

 後半、パティマらの一行がインドネシアに捜索船を出し、救出活動に出向く様子が撮影される。事実を可視化するための意図を含む撮影ではあるが、漁船から逃れたタイ人がいるというわずかな情報を頼りに、危険を顧みず他国の無法地帯に乗り込んでいく様子は緊迫感に包まれる。次々と映し出される驚くべき事実に息を呑むが、ひとりの男の救出劇が、パティマらの活動の一筋の光となっている。

 このドキュメンタリーの焦点は、現代の奴隷労働という衝撃的な事例の告発だけではない。こうした労働下で捕った魚はシーフードやペットフードとなり私たちの生活と密接に繋がっている。この闇は私たちに無縁ではないのだと、本作は強く警告していると思う。 (★★★★加賀美まき)

*本作が取り上げている海の奴隷労働は、いわゆる密漁だけでなく、IUU漁業:Illegal,Unreporteed and Unregulated(違法・無報告・無規制)漁業によって引き起こされていると言われている。

2022年5月22日日曜日

ドンバス

 DONBASS

ロシアのウクライナ侵攻の前兆を捉えたドンバス地方の内戦と混乱



2018年/ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア
監督:セルゲイ・ロズニツァ
配給:サニー・フィルム
上映時間:121分
公開:5月21日(土)シアター・イメージ・フォーラムにて先行上映、
6/3(土)ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国順次公開


ストーリー

マイダン革命、クリミア併合以降、親ロシア派勢力「分離派」に実行支配されているウクライナ東部ドンバス地方。”クライシスアクター”と呼ばれる俳優たちを起用したフェイクニュース、支援物資を横領する医師と怪しい仕掛け人、地下シェルターでフェイクニュースを見る人々、新政権への協力という口実で民間人から資産を巻き上げようとする警察組織、国境での自作自演の砲撃…。無法地帯で起きている日常を13のエピソードでモキュメンタリー風に描く。


レヴュー

ロシアのウクライナ侵攻から3ヶ月が経とうとしている。未だ戦争終結の糸口は見えず、ますます泥沼化していきそうな気配である。人命はもとより、世界有数の穀倉地帯での戦争は、インドの干ばつと相まって、世界的な食糧危機も引き起こそうとしている。

この映画の舞台であるウクライナ東部ドンバス地方は、今まさに戦闘が激化している場所である。本作は、4−5年前に製作されたものだが、当時、すでに東部地域では内戦と混乱は常態化していたのだ。ロズニツァ監督は2014-15年頃インターネットに上がっている動画に着目、13の実話をモキュメンタリー風に映像化した。ブラックな笑いを想定して作られてる部分もあり、全てを事実として鵜呑みにするのは危険だが、この地方で何が起きていたのか、俯瞰することはできそうだ。

映画はクライシスアクターによるフェイクニュース映像作りのエピソードから始まる。ウクライナ政府軍の検問をくぐり、分離派が実効支配する区域へ移動していくリアルな様子に心臓が高鳴る。無法地帯とはこういうものか、と理解できる。13のエピソードは少しずつ関係性があり、登場人物が、次のエピソードへの橋渡しをするようなオムニバス形式で、連続性もある。『国葬』『粛清裁判』のロズニツァ監督だけあって、極めて中立的な、アイロニーを持った醒めた視線があるが、中には「ウクライナ寄り」と思わせるパートもある。捕虜になったウクライナ兵がロシア系住民に罵られ、小突かれ、しまいにはリンチされるという恐ろしいエピソードだ。ロシア系住民〜ロシア人に対する憎悪を駆り立ててしまわないか危惧する。だが、これが現実というものなのか。

当初、日本のメディアはプーチン糾弾一辺倒だったが、ゼレンスキー大統領がネオナチの極右民兵と連携していたことや、親ロシア的な野党を弾圧してきた事実も露わになってきた。元俳優の大統領が、映像やSNSを駆使して国際社会に支援を求めていく姿に、新しい時代性と同時に胡散腐さも感じてしまう。劇場型のハイブリッドな情報戦の中で、どこまで真偽を求めていいのか悩むところだ。これは、僕自身がコロナやワクチンの報道で、欧米の論調に乗っかるだけの日本のマスメディアに失望しているせいもある。一方的とも言える報道は、日本の防衛費増額や、憲法改正に弾みをつけてしまいそうで心配だ。

もちろん、ロシアの侵攻は倫理上も国際法上も批難されるべき蛮行にちがいないが、マイダン革命以後、ウクライナに多大な工作と支援をしてきたアメリカの暗躍こそ、本質的な部分があるのではないかと訝しがっている。オバマ政権下で副大統領としてウクライナに深く関わってきたバイデン大統領(とその息子)の因縁こそ、もっと注目されてほしいものだ。

(カネコマサアキ★★★☆)


映画の背景

2014年、マイダン革命によって親ロシア派だったヤヌコーヴィチ大統領が失脚すると、ロシアはウクライナの領土であるクリミア半島を併合し実行支配する。同時にウクライナ東部ドンバス地方(ドネツィク州とルハンシク州)にロシア軍から支援を受けた親ロシア派勢力「分離派」がウクライナから独立を宣言、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を自称し、ウクライナ政府軍との内戦が始まる。

かつてウクライナはナチス・ドイツに占領された時期に西部地方を中心に反ソ連的な動きがあった。一方で、東部地方はロシア系住民が多い。歴史的経緯や地域対立は複雑であり、ロシアの介入で分断は深まっていった。

プーチン大統領は、2月22日、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認、平和維持を目的とする「特別軍事作戦」としてロシア軍を派遣、現在のウクライナ侵攻につながった。「分離派」側には18世紀後半、エカチェリーナ2世がオスマン帝国に勝利して獲得した地域の名称を冠した「ノヴォロシア」連邦を作る思惑もあった。プーチンの復古的な思想が現れている。


関連事項

第71回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」監督賞受賞


2022年4月27日水曜日

メイド・イン・バングラデシュ

 ダッカの縫製工場で働く女性たちの現状を描く。



    Made in Bangladesh

   2019年/フランス・バングラデシュ・デンマーク・ポルトガル

監督:ルバイヤット・ホセイン

出演:リキタ・ナンディニ・シム、ノベラ・ラフマン

配給:パンドラ

上映時間:95分

公開:2022416日より岩波ホールほか

 

●ストーリー

主人公はダッカの縫製工場で働く23歳のシム。その工場で火事が起きる。
夫が無職で生活が苦しいシムだが、給与の支払いが遅れて、家賃を払うのもままならない。
そんなシムに一人の女性が声をかける。
彼女は労働権利団体のナシマで、工場の実態を聞いたあと、
シムに労働組合を作るようにうながす。
と言っても、シムはそれがなんであるか、法律が守ってくれるのかも知らない。
集会に出たり、本を読んだりして、理解を深め、職場の仲間たちを誘って、組合に必要な署名を集めるのだが、工場側は妨害してくる。

●レビュー

産業革命以前、ベンガルの地は布や衣料品の製造で栄えていた。
しかしイギリスから安価な工場で生産された衣料品が入ってくると
産業は壊滅。ダッカの人口は数分の1になったという。
資料によれば、その後、ダッカの衣料産業は途絶えていたが、1980年代に入り復活を始める。
この物語の主人公が勤める町工場のように、縫製は手作業でいまだに多くの人手がかかる。
つまり人件費がかかるので、物価の安い国へ国へと流れていく。

2005年の中国の工場を舞台にしたドキュメンタリー『女工哀歌』では、低賃金で働く四川省の女性とそれを搾取する先進国というアパレル産業の構図を見せてくれたが、その中国も今は物価が上がってきてしまい、縫製工場はより物価の安い国々へと流れていっている。

地球の歩き方「バングラデシュ」の初版製作で初めてダッカに行った時、
確かユニクロがバングラデシュに進出するのが話題になっていた記憶がある。
ユニクロのTシャツが1500円で売られているのには、
低賃金労働者の犠牲がある。原価は人件費込みで1/10ぐらいなのだろう。

さて、映画は主人公シムを中心に、そんなバングラデシュに生きる女性の日常を見せてくれる。
映画はドキュメンタリーではないが、かなりそれに近いぶっきらぼうな流れになっている。セット撮影もおそらくない。
だから、道が汚い、建物の壁が汚い、雨季なのか道のあちこちに水溜りができているのがリアル。
シムが申請に行く労務局の女性職員の部屋。後ろの朽ちて崩れかかっている書類の山など、考古学遺跡のようだが、役所はあんな感じ。よくわからないが、常に廊下で待たされる人たちもね。

彼女たちを苦しめるのは、劣悪な環境と劣悪な賃金だけではない。
この映画の中で、役を与えられている男性は、すべて最低だ。
自分は大したことがなくても、プライドだけは高くて、
それを行使しやすい女性たちを支配しようとする。
シムの夫は無職な上、最初は働く意欲もなさそうな感じだ。
だからシムが必死で働いているのだが、それを応援するどころかむしろ水を差す。
さらにシムの財布を漁ってお金を抜くような男だ。
しかし自分が働き出すと、さっそくシムを支配しようとする。
そんな心の狭い男でも、女にとってこの社会ではいたほうがマシなのだ。
まあ、日本でもいるよね。そういう男。

同僚のダリヤが上司のレザとの不倫がバレて解雇される。
この社会では、不倫しても裁かれるのは女性だけ。
男は解雇されず、シムの夫もダリヤを「アバズレ」と罵る。
「いつか結婚を」と男に期待する幻想は虚しい(なにしろクズな男しかない)が、
女一人で暮らすのは難しい社会なのだ。

クライアントの西欧人が工場に視察に来る。
そして、製造費がまだ高いという。
彼らは自分たちの取り分は下げないから、皺寄せが来るのはいつも末端だ。
衣料品がいまだに安価なのは、そうした犠牲の上に成り立っている。

映画はまたぶっきらぼうに終わるが、
そのぶっきらぼうさもこの主人公たちの現状を表しているのだろう。
女性たち、口が悪いが(笑)、まあ、男たちがゲスいので、言いたくもなるよね。

2022年4月2日土曜日

英雄の証明

ちょっとした嘘や隠し事から、抱えていた問題が明るみに。

イランの名匠が描くサスペンスドラマ。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したほか、世界の多くの映画祭を受賞。

 


A Hero

2021年/イラン、フランス

監督:アスガー・ファルハディ

出演:アミル・ジャディディ、モーセン・ダナバンデ、サハル・ゴルデュースト

配給:シンカ

上映時間:127

公開:202241よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座

公式HPhttps://synca.jp/ahero/

 

●ストーリー

イランのシラーズ。刑務所から2日間の休暇で外に出てきたラヒムは、彼の恋人が拾った金貨をお金に換え、それを借金返済に当てようとしていた。全額ではないが、それで示談がまとまれば、彼は出所できる。しかし、返済交渉は頓挫し、拾ったお金を使うことに後ろめたさを覚えたラヒムは、落とし主を探してお金を返却する。その行為が反響を呼び、テレビにも出たラヒムは正直者として英雄として讃えられる。しかし、まもなくSNSで、悪い噂が広まっていく。

 

●レビュー

冒頭、出所したラヒームが向かうのは、見覚えのある遺跡。ペルセポリス遺跡そばの崖にある岩窟墓ナクシェ・ロスタムだ。ここで修復をしている義兄に挨拶にいくラヒム。その夜は義兄の家に泊まり、預けている息子とも会えるのだ。息子は別れた妻との間の子であり、ラヒムはその元妻の兄から多額の借金をして返済不能になってしまい、訴えられたのだ。

 

ラヒムは恋人に会いにいく。金貨はラヒムではなく、その恋人が偶然拾ったものだった。ラヒムと彼女は、拾ったことを借金を返すための天の恵みと感じており、二人は金の店に金貨の価値を聞きにいく。しかし、バザールで店を営む義兄は、「全額でなければ、告訴は取り下げない」とラヒムを許さない。また、金貨を売ろうとすると、その店で電卓が壊れたり、ボールペンのインクが出なかったりし、ラヒムは金貨の持ち主を探すことにする。

 

ここまで見ていてわかるのは、イランの人々、特に主人公の思考が、無宗教の日本人とは微妙に違うこと。

日本では神よりも法が優先なので、拾ったもののネコババには抵抗あるだろう。だが、ここではお金に困っている時に、ふと目を上げた時にお金が落ちていたら、「これは神の意思」と感じているのだ。

ラヒムはよく、神を口にする。信心深いのだろう。だから最初金貨を換金しようとするときは、まったく悪びれていない。ところが、示談ができず、電卓が壊れ、インクが出ないと続くと、途端に後ろめたさを感じていく。「これは神の意思」なのかと。

 

金貨の落とし主を探すとき、警察に届けるのではなく、拾った場所近くに張り紙をしていくのもイランらしい。ここはわからないのだが、警察では遺失物預かりをしていないのか、警察を信じていないのか。

 

あと、イランと日本の法の違いが随所に見られるのも興味深い。

イランでは借金返済ができない民事裁判でも刑務所に入ったりするんだなとか、刑期の途中で「休暇」があり外に出られたり、殺人による死刑も親族に賠償金を払うことで回避できるとかを本作で初めて知った。

さて、2日の休暇が終わり、ラヒムは金貨を姉に託して刑務所に戻る。やがて落とし主が現れて金貨を返し、一件落着かに見えた。ところが、その件がSNSで話題になっていき、ラヒムの元にテレビ局が取材にやってくる。刑務所では過去に悪い噂がたっていて、所長らはクリーンなイメージを宣伝したく、ラヒムを後押しする。たちまちラヒムは「正直者の受刑者」として評判になり、彼を救うチャリティも動く。しかし、その過程で、ラヒムを訴えた元妻の兄は、「奴が英雄で、彼を訴えた俺が悪人か」とヘソを曲げてしまう。

この映画に深みがあるのは、通常なら単なる悪役である元妻の兄を、ちゃんと人間味がある人として描いていることだ。彼はなぜ、それほどまでにラヒムを拒絶するのか。「拾ったお金を持ち主に返すのは当然だろう。なぜそれが偉いのか」と彼は言う。日本人なら、彼の意見の方がわかるかもしれない。

そもそもラヒムは映画の中で、彼に対して謝罪をしていない。事業に失敗し、共同経営者に逃げられたと言うこともはわかるのだが、なんだかそれも「神の意思」的なのだ。だから、自分が人にすごく迷惑をかけているという感が薄く、むしろ「俺も被害者」と思っているところもある。

ラヒムの息子が吃音と言うこともあり、世間の同情を得て、寄付金も集まり、彼の再就職も決まりそうになる。しかし、そこで、それまで彼がついてきた、ちょっとしたウソが綻び、SNSで「金貨を拾った話は彼の自作自演」と噂が広まっていく。

 

アスガー・ファルハディ映画はいつもそうなのだが、登場人物に悪人は誰もいなくても、悪気のない嘘やその人の事情が、どんどん人々を追い詰めていく。

主人公、ラヒムは悪人ではないのだが、何を考えているかわからないところが最初はある。顔も常に口角上がった笑顔で、受け身的なところがあるし。そのくせ、妙にプライドにこだわるところがある。また、ちょっとしたことで、つい力に出てしまう面もある(ちょうどウィル・スミスの騒動のころで、それを連想した)。

イランでもSNSが発達していて、みな暇さえあればスマホをいじっているのだなあ。そこでは、簡単に人を中傷できるし、それを社会が気にする。誰でも起こりうる話なので、観ていて辛い。

 

 

●映画の背景

本作の舞台となるのは、イランの古都シラーズ。冒頭に出てくる遺跡は、郊外のペルセポリスにあるナクシェ・ロスタムの岩窟墓だ。

 

2022年2月18日金曜日

リング・ワンダリング

 絶滅したニホンオオカミの作画に悩む漫画家志望の青年が、東京下町の古層に迷い込む幻想奇譚


2021年/日本

監督:金子雅和

出演:笠松将、阿部純子、片岡礼子、品川徹、田中要次、安田顕、長谷川初範

配給:ムービー・アクト・プロジェクト

上映時間:103

公開:219日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開

HP:https://ringwandering.com/




ストーリー


東京の下町。漫画家を目指す草介は、建築現場でアルバイトしながら自らの漫画制作に励んでいるが、絶滅したニホンオオカミの作画に行き詰まっていた。ある日、建築現場で動物の頭骸骨を見つけたその夜、白い犬を探しているという不思議な娘・ミドリと出会う。足をくじいたという彼女をおぶって、神社を通り過ぎ、草介は彼女の家族が営む川内写真館を訪れる。


●レヴュー


日本映画といえば、去年から今年にかけて『ドライブ・マイ・カー』の話題が席巻中だが、その影に隠れて、もう一つ大きなトピックがあった。本作『リング・ワンダリング』がゴアで毎年開催される「第52回インド国際映画祭」で金孔雀賞(グランプリ)を獲ったニュースだ。これは、今井正監督『あにいもうと』(第6回)、降旗康男監督『鉄道員』(第31回)に続く快挙だ。あの、アマゾン先住民の記憶に迫った『彷徨える河』のシーロ・ゲーラ監督が審査員を務めていたというのも、功を奏したのかもしれない。


ニホンオオカミの作画に悩む漫画家志望の青年が、シロという犬を探すミドリという少女と出逢い、東京下町の古層に迷い込む幻想奇譚という枠組みは、とても親しみやすい導入だ。だが、その割に安直な共感や理解を許してはくれない。扱われる時代も、現代、戦前の昭和、明治半ば(草介が描いている漫画の世界)と3つの時代が錯綜する。


草介がバイト先の建築現場で、動物の頭骸骨を発見する。ニホンオオカミの頭骨がこんなところに?と思っていると、犬を探しているミドリが現れる。ああ、犬の骨なのか?つまり…と疑念を抱く。この何気ないギミックは、オオカミが家畜化したもの=イヌという説を後になって思い起こさせる。


ニホンオオカミの絶滅と、ミドリたち一家に起きる東京の悲劇の遠因が、草介が描いている漫画世界で重層的に絡み合う。近代化に伴う開発・環境破壊を扱っているとも言えるし、反戦についての映画であるとも言えるが、決して声高に主張することはせず、あくまで静かに物語られる。それは、一見すると別々なものが実は根底ではつながっているのではないか、という思索に近い作業だ。私たちの立っている現在地点、そして過去から現在に続く深淵な「連環」を問うている。


「リング・ワンダリング/Ring Wandering」と言う成句は、冬山などで人が方向感覚を失い、無意識のうちに円を描くように同一地点を彷徨い歩くこと、を意味するらしい。青年期の魂の彷徨、動物たちの野山での徘徊、人間世界の停滞感をも連想できて、秀逸なタイトルだと思う。映画は意外な着地点へ誘なってくれるだろう。


(★★★☆カネコマサアキ)

2022年2月17日木曜日

白い牛のバラッド

冤罪で処刑された夫。謝罪のないまま、苦しめられる妻。そこに一人の男が現れる。

死刑制度や、贖罪について考えさせられるイラン発社会派サスペンス

 


 2020年/イラン、フランス

監督:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム
出演:マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサム
配給:ロングライド
上映時間:105分
公開:2022年2月18日よりTOHOシネマズ シャンテ他にて公開
公式HP:https://longride.jp/whitecow/


●ストーリー

テヘラン。シングルマザーのミナは耳の聴こえない幼い娘ビタと二人暮らし。夫は1年前に殺人罪で死刑になった。現在はビタの親権をめぐって、義父と揉めている。ある日、裁判所に呼び出されたミナは、驚くべきことを知らされる。別の人間が真犯人であることが分かり、賠償金が支払われる(日本円にして50万円程度)という報告だ。ミナは当時の判事に誤審の謝罪を要求するが、門前払いを受ける。裁判所は謝罪しても旦那は戻らないし、神は間違わないので、それも神の思し召しだとか言う。
経済的にも苦しいミナは牛乳工場で検品の仕事をしていた。娘には父親は遠いところに旅に出ていると嘘をつき続けているが、それもそろそろ厳しい年頃になってきた。そんな時、かつて夫に世話になったレザという男が現れ、ミナを経済的に支援し始める。

●レビュー

イランは世界有数の死刑大国だ。
中国と北朝鮮は発表していないが、発表している国の中では第一位なので、実質的には中国に次ぐ2位と言われている。ちなみに2020年は246人が死刑になっている。
そんなに無茶苦茶治安が悪いのかというと、世界ランキングは24位の3630件。ちなみに1位はブラジルの3万6000件。
日本は93位の450件。

イランが批判を浴びるのは、どさくさに紛れて政治犯とか反体制の者も死刑にしていること。
ただし、レザの夫は政治犯ではなく、強盗殺人の罪で死刑になった。
夫は被害者を気絶させただけだが、他のものが後から殺したという。
そして夫は検察らによって、自分が殺したと信じ込まされたようだ。

もっとも映画のキモはそこではない。
人は取り返しのつかない間違いを犯した時に、どうするのかということだ。
個人の殺人なら刑罰が待っているが、
国が間違えて人を殺したとしても、担当者は死刑にはならない。

裁判所の人は、「神がしたことを疑うのか」とミナに言うが、イスラームには同程度の罰なら与えていいという解釈もある(イランはイスラーム法の国なのだ)。
ただし相手が赦せば、罰は逃れることはできる。

理不尽に身近なものを失った怒りは、復讐で解決できるのか。
先日紹介した『ライダーズ・オブ・ジャスティス』でも、それがテーマとして扱われていたが、
相手の赦しなき一方的な謝罪は無意味だ。

間違いを犯した本人がどんなに苦しんでいても、それは自分に向けられたもの。
相手の赦しがなければ意味がないのだ。
だから主人公ミナを救うのは、お金でも相手が罰せられることでもない。
賠償金が払われ、相手がもし死んでも心は安らぐことはない。
必要なのは真摯な謝罪なのだ。

これを書いていて、自殺した赤木さんの奥さんを連想したよ。
賠償金ではなく、真実を知りたいだけだったのに。

観客が「もしや」と思った中盤で、あっさりその謎は種明かしをして引っ張らなかったのはよし。
逆に、そこからスリリングさが増していく。

結末は、観客の予想を裏切るものかもしれない。
しかしミナがなぜそうした行動を取ったかは観客が考えるべき問題なのだろう。

★★★☆前原利行)

2022年2月11日金曜日

オーストリアからオーストラリアへ ふたりの自転車大冒険

 三大陸18,000キロを走破。二人の若者が、自分たちでカメラを回して撮った自転車ロード・ムービー。



Austria 2 Australia

2020年/オーストリア
監督・脚本・撮影・編集:アンドレアス・ブチウマン、ドミニク・ボヒス
配給:パンドラ
上映時間:88分
公開:2022年2月11日(金・祝) ヒューマントラストシネマ有楽町/アップリンク吉祥寺にて全国順次公開
HP:http://www.pan-dora.co.jp/austria2australia/


●ストーリー 

 アンディとドミニクは勤めていたIT企業をやめ、家族や友人を残して旅に出ることを決意。オーストリアからオーストラリアへ、18,000キロを自転車で走破するという大冒険へと乗り出す。撮影機材を積み込み、自撮りしながらリンツを出発するが、初日から豪雨、暴風雨に襲われる。
 ロシア、カザフスタン、中国、パキスタン、インドなどユーラシア大陸を横断し、オーストラリアの目的地へと自転車をこぎ進めるふたり。果たして最終目的地へ到達できるのか・・。


●レヴュー 

 オーストリアに住む若者、アンディとドニミク。IT企業に勤めていた二人が、「限界に挑戦してみたい」「まだ見ぬ世界を見てみたい」という純粋な気持ちと好奇心から旅に出る決意をする。自国オーストリアからオーストラリアまでの18,000キロを自転車で走破するという計画。二人は冒険家でもなければ、そういう経験のあるタフガイでもなさそう。ごく普通の若者にはちょっと無謀にも思える船出。案の定、旅は山あり谷あり。トラブルも仲間割れもありの11ヶ月だが、今までに見たことのない自転車ロードムービー、自撮りドキュメンタリーが展開する。

 本作の面白さは、そうした普通の二人が旅に出たこと。そして移動手段が自転車であること。旅の行程を自撮りしているということにある。
 自転車はふたりにとって最善の手段。ある地点から、次の地点までかなり早く移動ができ、そして途中の風景を楽しんだり、自然を体感したり、何より人との出会いが期待できる。初日から暴雨に見舞われ、灼熱のカザフスタン平原では限界がきて、トラックのお世話になったりする。パキスタンでは警察に付きまとわれヒヤッとするが、思いがけず事態は好転!インドの寺院では、世界最大の無料食堂のお世話になり、人の温かさに触れる。蚊やハエにも襲われ、アクシデントも数知れないが、どんな時でも解決法があることを学んでいく。そうした全てがかけがえのない経験になっていく。

 そして、この旅に挑む自分達の姿を曝け出し、自身で撮影していることが、本作の最大の面白みになっている。小型4Kカメラ2台とGoPro。行く先々の様子がリアルに映し出されていく。そして最大の武器はドローン。ヒマラヤ、カラコルム山脈の雄大な風景、オーストラリアの広大な砂漠等々、旅の先々での空撮は、その時にしか撮れない映像を私たちに見せてくれる。昨今の撮影機材の進化は凄い。自転車に積み込みるほどになり、プロでなくてもこれだけの撮影ができることに驚かされる。

 未知の世界を知るべく、文字通り外に飛び出した二人の、観光ガイドにもない、計算された旅のドキュメンタリーでもないリアルな旅の記録。旅は本当に多くのことを教えてくれるとあらためて思う。旅に出られる日が待ち遠しい。(★★★☆加賀美まき)

2022年2月9日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2021年度映画ベスト10 (前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)

 


前原利行(旅行・映画ライター)

 

2021年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作・旧作含めて259本。前年の217本に続き、かなり精力的に映画を見た年だった。が、これは試写も含め配信が鑑賞の主流になったという、コロナ禍での特別な出来事かもしれない。

すでに自分の映画レビューサイトでも2021年の自己ベストテンを掲載しているが、こちらの「旅シネ」には旅シネらしいものをと、アメリカのエンタメ映画は外してみた。以下、詳しいレビューは、旅シネにないものも含めリンク先にあるので、映画タイトルをポチッと押してね。

 

1. ジャッリカットゥ 牛の怒り(リジョー・ジョーズ・ペッシェーリ監督/インド)

悩んだが、映画のクオリティ(これももちろん高いが)というより、パワーに圧倒されて本作を。あまり、他で推す人もいないし。俳優に見えないインドの人々の顔々。ただの水牛なのに、次第にそれを追いかける民衆が原始人化していく。人の中には、まだ狩りをしていた時代の血が流れている。最後はもう怪奇映画に。撮影、音楽とも秀逸。

 

2. ドライブ・マイ・カー(濱口竜介監督/日本)

邦画をあまり観ていないということもあるが、この映画には僕が邦画で苦手に感じる部分が見事になく、すっと3時間を最後まで観てしまった。西島秀俊を初めていい役者と思った。

 

3. DUNE/砂の惑星(ドゥニ・ヴィルヌーブ監督/アメリカ)

例外的に、エンタメでも「旅」という意味では、異世界に旅させてくれた作品。2021年に映画館で観た映画の中で、最も映画館で観てよかったと感じ、IMAXで再鑑賞もした。とにかくビジュアルとハンス・ジマーの音楽が素晴らしい。

 

4. ザ・ホワイトタイガー(ラミン・バーラニ監督/インド、アメリカ)Netflix配信

配信映画にいろいろいい作品があった1年だが、インドということもあり、これを。自分は長年インドに関わっている仕事をしていたが、この映画を見て腑に落ちたことがある。奴隷根性だが、それは日本人にも通じる。

 

5. 少年の君(デレク・ツァン監督/中国・香港)

アカデミー国際映画賞にノミネート。「中国映画すごい」というクオリティ。主演二人の演技もヒリヒリするほど良く、一気に引き込まれた。監督は香港の俳優エリック・ツァンの息子。

 

6. MONOS 猿と呼ばれし者たち(アレハンドロ・ランデス監督/コロンビア他)

映像、音楽、そして話の運び方と、全てにおいて斬新だった。あるキャラが濁流に流されていくシーンは、映画なのにこれ大丈夫?と久々にハラハラした。『ジャッリカットゥ』にも通じるエネルギー。

 

7. 海辺の彼女たち(藤元明緒監督/日本、ベトナム)

不法就労で働く3人の若いベトナム人女性たちの過酷な現実を、ドキュメンタリータッチで描く。日本への旅といっても観光目的ばかりではない。日本に働きに来るのも、また旅なのだ。

 

8. ロード・オブ・カオス(ジョナス・アカーランド監督/イギリス、スウェーデン、ノルウェー)

ノルウェーのブラックメタルバンド「メイヘム」が起こした殺人、放火事件。時にはスプラッターのような描写もあるが、“失敗した青春”を描いており、見ていて心が痛くなる。そして実話。

 

9. べルリン・アレクサンダープラッツ(ブルハン・クルバニ監督/ドイツ・オランダ)

ドイツ文学の名作を大胆に脚色した3時間の大作。アフリカからの不法移民が、ベルリンで出会った男に悪の道に引き摺り込まれていく。虐待と友情を勘違いしてはいけない。

 

10. コレクティブ 国家の嘘(アレクサンダー・ナナウ監督/ルーマニア、ルクセンブルク、ドイツ)

アカデミー賞に2部門ノミネートされた社会派ドキュメンタリー。ルーマニアで起きた火災事故から、社会ぐるみの医療汚職が暴かれていく。これ見ると日本も同じようなことやっているのではと思う。

 

ベストテンにはもれたけど、ジャスト6.5 闘いの証』、『聖なる犯罪者』、『最後にして最初の人類』『水を抱く女』なども、昨年公開映画の中ではおすすめ。

英米映画では、『モスル あるSWAT部隊の戦い』『ファーザー』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』『フリー・ガイ』『アメリカン・ユートピア』『ザ・スーサイド・スクワッド 極 悪党、集結』『ドント・ルック・アップ』がベストテン級の名作だった。

 

 

■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

 

1. クレーン・ランタン(ヒラル・バイダロフ監督/アゼルバイジャン)

昨年もランキングした『死ぬ間際』の監督の新作。ある法学生が論文作成のため、誘拐事件に関わった男に面会するやり取りを軸にした作品で、ゴダールの進化系のような映像と詩的言語に心酔した。このチャクラが開く感じは、滅多にない。「東京国際映画祭」にて。

 

2. シノニムズ(ナダブ・ラピド監督/イスラエル)

イスラエルという国にを捨て、フランスに移住したヨアフが見たもの。それはナショナリズムという「相似形」だった。バックパックを盗まれる冒頭シーンから始まり、文字通り裸一貫で生きようとする主人公に目が離せない。こちらも巧みな映像センスが素晴らしい。最新作『アヘドの膝』もTIFFで上映された。「フランス映画の現在」にて。

 

3. ドライブ・マイ・カー(濱口竜介監督/日本)

村上春樹原作とチェーホフ『ワーニャ叔父さん』の巧みなマッシュアップ。村上の文体をも見越した「翻訳」の意義が考察され、言葉セリフ(ラング)が新たに社会的・個人的意味を持つ(パロール)過程を描いているように見える。

 

4. パワー・オブ・ザ・ドッグ(ジェーン・カンピオン監督/オーストラリア)

1920年代アメリカのホモソーシャル強固な牧場内で起きる同調圧力と反目。女性と同性愛を排除することで群れの権力を保つ男の弱点とは。意外な展開に唸った。カンバーバッチを始めとする配役の妙味、映像も素晴らしい。

 

5. モラエスの島(84年/パウロ・ローシャ監督/ポルトガル)

傑作『恋の浮島』(82)を制作したローシャ監督が、徳島で客死した作家モラエスの足取りを追うドキュメンタリー。(初上映)日本語がたどたどしい監督をリードする故・瀬戸内寂聴が微笑ましい。2作品合わせ技の評価で。「パウロ・ローシャ監督特集」にて。

 

6. ミナリ(リー・アイザック・チョン監督/アメリカ)

80年代、アメリカへ移住した韓国系一家の苦労と同化していく様子をユーモア交えて描く。同時代的な倉本聰脚本『北の国から』も思い出し、アメリカナイズされていくアジア人としての共感も。

 

7. ジャッリカットゥ(リホ・ホセ・ペリセリー監督/インド)

マラヤーラム語映画のアートハウス系が面白い。「インディアン・ムービー・ウィーク2021」で上映された『グレート・インディアン・キッチン』(ジヨー・ベービ監督/インド)は好評を得て、今年、単独でロードショウされている。作風は違うが、サナル・クマール・シャシダラン監督『セクシードゥルガ』(17)『水の影』(19)も女性蔑視や宗教の暴力性を描いていて興味深い。

 

8.時代革命(キウイ・チョウ監督/香港)+理大囲城(香港記録片工作者/香港)

 少年の君(デレク・ツァン監督/中国・香港)

『時代革命』はカンヌでサプライズ上映された香港民主化運動を描いたドキュメンタリーで、フィルメックスでシークレット上映された。終映後のつんざくような拍手は忘れられない。

『少年の君』本編ドラマは傑作に準ずるほど素晴らしいが(国家制度も批判的に描かれている)、ラストでとってつけたような当局の手柄を賞賛する構成が興ざめ。こうまでしないと、検閲が通らないのだろうか。中国映画はこういう実録風映画が増えている印象。

 

9. 名もなき歌(メリナ・レオン監督/ペルー)

80年代の政情不安に揺れるペルーで、乳児売買組織に赤ん坊を奪われた先住民女性と事件を追うゲイの新聞記者を描く。若干、掘り下げ不足も感じるが、スタンダードサイスと独特のモノクロ映像にただならぬ芸術性を感じた。

 

10.ハイゼ家 百年(トーマス・ハイゼ監督/ドイツ)

 

次点(入れ替え可能作品)

由宇子の天秤(春本雄二郎監督/日本)

アメリカン・ユートピア(スパイク・リー監督/アメリカ)

ライトハウス(ロバート・エガース監督/アメリカ)

燃ゆる女の肖像(セリーヌ・シアマ監督/フランス)

時の解剖学(ジャッカワーン・ニンタムロン監督/タイ)

ブータン 山の教室(パオ・チョニン・ドルジ監督/ブータン)

小石(PS・ヴィノートラージ監督/インド)

千年一問(王婉柔監督/台湾)

親愛なる君へ(鄭有傑監督/台湾)

ビー、心配しないで(ファン・ダン・ジー監督/ベトナム)

Come & Go カム・アンド・ゴー(リム・カーワイ監督/日本・マレーシアほか)

ワイルド・ボーイズ(ベルトラン・マンディコ監督/フランス)

Hand of God 神の手に触れた日(パオロ・ソレンティーノ監督/イタリア)

 

コロナに屈した一年だったかもしれない。というのも、結構な数の映画を見逃してしまったし、気分が乗らず、映画紹介を書き損じてしまったこともあったからだ。(すいません)

ジョニー・デップ主演の『MINAMATA』のラストで、数々の公害・薬害事件が紹介されていたが、それに連なるであろう人類史上最大の薬害が進行した一年でもあった。日本は欧米に追随する必要はあったのか?ワクチンを含むコロナ災禍に今一度、科学的な目を向けないと。

1月「中国映画の展開――サイレント期から第五世代まで」、2月「ベトナム映画の現在」、「イスラーム映画祭6」、3月「フランス映画の現在」、10月「よみがえる台湾映画の世界」、「山形国際ドキュメンタリー映画際(オンライン)」「フィルメックス」「東京酷使映画祭」、11月「パウロ・ローシャ監督特集」、「ペルー映画祭」、12月「香港映画祭2021」に通った。

サタジット・レイ生誕100年だったが、どこも特集上映してくれないので未見作をネットで探して観た。その素晴らしさを再認識。また、第二の故郷、タイのドラマを沢山見た年でもありました。

TIFFで観たアピチャッポン監督新作『メモリア』も素晴らしかったが、今年、公開が決まってるので見送ることにした。

 

 

■加賀美 まき(造形エデュケーター)

 

 2021年の韓国映画には、飛び抜けた作品はなかったと感じたが、実力のある俳優の出演作品には楽しめるものがありました。今回はベスト5を選び、6位以下は順不同になっています。今年もどんな作品が見られるのか楽しみです。

 

●韓国映画

 

1.「山魚譜 チャサンオボ」 (イ・ジュニク監督/韓国)

 朝鮮王朝時代、離島へ配流された学者・丁若銓(チョン・ヤクチュン)が向学心ある島の若い漁夫の力を借りて記した海洋博物誌が本作のタイトル。その二人の師弟関係の顛末が実話に基づき描かれ、全編美しいモノクロ映像で綴られる。初の時代劇となる名優ソル・ギョングと若手実力派のピョン・ヨハンの共演は必見。韓国の歴史を知ることができる一作。

 

2.「夏時間 」(ユン・ダンビ監督/韓国)

 10代の少女が感じた家族や友人との関係を描いた作品。ひと夏の経験を通して成長していく少女の姿が印象深い。父親が事業に失敗して移り住むことになった祖父の家が主な舞台で、現代韓国の人の暮らしぶりを垣間見ることができる。本作が初長編作となるユン・ダンビ監督の視点がよく、それぞれの役所をしっかりと演じた俳優たちが秀逸。

 

3.「藁にもすがる獣たち」(キム・ヨンフン監督/韓国)

 忘れ物のバッグに入っていたのは10億ウォンの大金・・。その金を巡り欲望を剥き出しにする人々が入り乱れるクライムサスペンス。曽根圭介の同盟小説が原作で、予測できない展開に目が離せない。チョン・ウソン、チョン・ドヨン、ぺ・ソンウら、実力派俳優たちがクセのある人物を演じているのも見どころ。

 

4.「KCIA 南山の部長たち」(ウ・ミンホ監督/韓国)

 1979年、朴正煕大統領を暗殺した側近に焦点を当てた実話に基づくサスペンス。大統領直轄の諜報機関・KCIAのトップにありながら、次第に大統領との信頼関係が揺らぎ、暗殺を決意するまでに至る部長・キム・ジュピョンの苦悩をイ・ビョンホンが熱演。助演のクァク・ドウォンらが本当に上手い。韓国の現代史を知ることのできる作品。

 

5.「ただ悪より救いたまえ」(ホン・ウォンチャン監督/韓国)

 「新しき世界」のファン・ジョンミン×イ・ジョンジェ、7年ぶりの共演。元恋人が産んだ娘を救うため、元工作員の男が奔走。日本、韓国、タイを舞台に激しい韓国ノワールが炸裂する。監督は『チェイサー』『哀しき獣』で脚本を担当したホン・ウォンチャン。男を手助けするニューハーフ役パク・チョンミンに注目。

 

610位・順不同

「チャンシルさんには福が多いね」(キム・チョヒ監督/韓国)

 仕事も家も恋人もないチャンシルさんは幸せになれるのか・・。アラフォー女子の日常を描いたゆるっとオフビートなコメディ。チャンシルさんを演じたカン・マルグムが秀逸。アカデミー賞俳優ユン・ヨジョン共演。

 

・「剣客」(チェ・ジェフン監督/韓国) 

 チャン・ヒョク主演の剣劇アクションはファン必見。かつて王の護衛だった剣客が、いなくなった娘を探す中、都の騒擾に巻き込まれ、清の武人と死闘を繰り広げる。娘役には子役出身の注目若手女優キム・ヒョンス。

 

・「逃げた女」(ホン・サンス監督/韓国) 

 監督のパートナーでもあるキム・ミニ主演、7作目。主人公の女性と訪ねた先の友人たちが意味慎重な会話劇を繰り広げるといういつもの展開。本作も好みは分かれるだろう。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀監督賞)受賞。

 

・「王の願い ハングルの誕生」(チョ・チョルヒョン監督/韓国)

 朝鮮第4代王・世宗は、身分は低いが言語に精通した和尚を招き、自国語を書き記すために独自の文字を作るべく力を注ぐ。ハングル創生の過程が興味深い。韓国映画ファンにはソン・ガンホ、パク・ヘイルの共演が嬉しい一作。

 

・「SEOBOK ソボク 」(イ・ヨンジュ監督/韓国)

 永遠の命を与えられたクローンの青年と、彼の護衛を命じられた余命わずかな情報局の元要員の運命を描いたSFサスペンス。ツッコミどころは満載だが、クローンという役柄にぴったりの美形パク・ボゴムは見逃せない。