2022年2月9日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2021年度映画ベスト10 (前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)

 


前原利行(旅行・映画ライター)

 

2021年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作・旧作含めて259本。前年の217本に続き、かなり精力的に映画を見た年だった。が、これは試写も含め配信が鑑賞の主流になったという、コロナ禍での特別な出来事かもしれない。

すでに自分の映画レビューサイトでも2021年の自己ベストテンを掲載しているが、こちらの「旅シネ」には旅シネらしいものをと、アメリカのエンタメ映画は外してみた。以下、詳しいレビューは、旅シネにないものも含めリンク先にあるので、映画タイトルをポチッと押してね。

 

1. ジャッリカットゥ 牛の怒り(リジョー・ジョーズ・ペッシェーリ監督/インド)

悩んだが、映画のクオリティ(これももちろん高いが)というより、パワーに圧倒されて本作を。あまり、他で推す人もいないし。俳優に見えないインドの人々の顔々。ただの水牛なのに、次第にそれを追いかける民衆が原始人化していく。人の中には、まだ狩りをしていた時代の血が流れている。最後はもう怪奇映画に。撮影、音楽とも秀逸。

 

2. ドライブ・マイ・カー(濱口竜介監督/日本)

邦画をあまり観ていないということもあるが、この映画には僕が邦画で苦手に感じる部分が見事になく、すっと3時間を最後まで観てしまった。西島秀俊を初めていい役者と思った。

 

3. DUNE/砂の惑星(ドゥニ・ヴィルヌーブ監督/アメリカ)

例外的に、エンタメでも「旅」という意味では、異世界に旅させてくれた作品。2021年に映画館で観た映画の中で、最も映画館で観てよかったと感じ、IMAXで再鑑賞もした。とにかくビジュアルとハンス・ジマーの音楽が素晴らしい。

 

4. ザ・ホワイトタイガー(ラミン・バーラニ監督/インド、アメリカ)Netflix配信

配信映画にいろいろいい作品があった1年だが、インドということもあり、これを。自分は長年インドに関わっている仕事をしていたが、この映画を見て腑に落ちたことがある。奴隷根性だが、それは日本人にも通じる。

 

5. 少年の君(デレク・ツァン監督/中国・香港)

アカデミー国際映画賞にノミネート。「中国映画すごい」というクオリティ。主演二人の演技もヒリヒリするほど良く、一気に引き込まれた。監督は香港の俳優エリック・ツァンの息子。

 

6. MONOS 猿と呼ばれし者たち(アレハンドロ・ランデス監督/コロンビア他)

映像、音楽、そして話の運び方と、全てにおいて斬新だった。あるキャラが濁流に流されていくシーンは、映画なのにこれ大丈夫?と久々にハラハラした。『ジャッリカットゥ』にも通じるエネルギー。

 

7. 海辺の彼女たち(藤元明緒監督/日本、ベトナム)

不法就労で働く3人の若いベトナム人女性たちの過酷な現実を、ドキュメンタリータッチで描く。日本への旅といっても観光目的ばかりではない。日本に働きに来るのも、また旅なのだ。

 

8. ロード・オブ・カオス(ジョナス・アカーランド監督/イギリス、スウェーデン、ノルウェー)

ノルウェーのブラックメタルバンド「メイヘム」が起こした殺人、放火事件。時にはスプラッターのような描写もあるが、“失敗した青春”を描いており、見ていて心が痛くなる。そして実話。

 

9. べルリン・アレクサンダープラッツ(ブルハン・クルバニ監督/ドイツ・オランダ)

ドイツ文学の名作を大胆に脚色した3時間の大作。アフリカからの不法移民が、ベルリンで出会った男に悪の道に引き摺り込まれていく。虐待と友情を勘違いしてはいけない。

 

10. コレクティブ 国家の嘘(アレクサンダー・ナナウ監督/ルーマニア、ルクセンブルク、ドイツ)

アカデミー賞に2部門ノミネートされた社会派ドキュメンタリー。ルーマニアで起きた火災事故から、社会ぐるみの医療汚職が暴かれていく。これ見ると日本も同じようなことやっているのではと思う。

 

ベストテンにはもれたけど、ジャスト6.5 闘いの証』、『聖なる犯罪者』、『最後にして最初の人類』『水を抱く女』なども、昨年公開映画の中ではおすすめ。

英米映画では、『モスル あるSWAT部隊の戦い』『ファーザー』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』『フリー・ガイ』『アメリカン・ユートピア』『ザ・スーサイド・スクワッド 極 悪党、集結』『ドント・ルック・アップ』がベストテン級の名作だった。

 

 

■カネコマサアキ(マンガ家、イラストレーター)

 

1. クレーン・ランタン(ヒラル・バイダロフ監督/アゼルバイジャン)

昨年もランキングした『死ぬ間際』の監督の新作。ある法学生が論文作成のため、誘拐事件に関わった男に面会するやり取りを軸にした作品で、ゴダールの進化系のような映像と詩的言語に心酔した。このチャクラが開く感じは、滅多にない。「東京国際映画祭」にて。

 

2. シノニムズ(ナダブ・ラピド監督/イスラエル)

イスラエルという国にを捨て、フランスに移住したヨアフが見たもの。それはナショナリズムという「相似形」だった。バックパックを盗まれる冒頭シーンから始まり、文字通り裸一貫で生きようとする主人公に目が離せない。こちらも巧みな映像センスが素晴らしい。最新作『アヘドの膝』もTIFFで上映された。「フランス映画の現在」にて。

 

3. ドライブ・マイ・カー(濱口竜介監督/日本)

村上春樹原作とチェーホフ『ワーニャ叔父さん』の巧みなマッシュアップ。村上の文体をも見越した「翻訳」の意義が考察され、言葉セリフ(ラング)が新たに社会的・個人的意味を持つ(パロール)過程を描いているように見える。

 

4. パワー・オブ・ザ・ドッグ(ジェーン・カンピオン監督/オーストラリア)

1920年代アメリカのホモソーシャル強固な牧場内で起きる同調圧力と反目。女性と同性愛を排除することで群れの権力を保つ男の弱点とは。意外な展開に唸った。カンバーバッチを始めとする配役の妙味、映像も素晴らしい。

 

5. モラエスの島(84年/パウロ・ローシャ監督/ポルトガル)

傑作『恋の浮島』(82)を制作したローシャ監督が、徳島で客死した作家モラエスの足取りを追うドキュメンタリー。(初上映)日本語がたどたどしい監督をリードする故・瀬戸内寂聴が微笑ましい。2作品合わせ技の評価で。「パウロ・ローシャ監督特集」にて。

 

6. ミナリ(リー・アイザック・チョン監督/アメリカ)

80年代、アメリカへ移住した韓国系一家の苦労と同化していく様子をユーモア交えて描く。同時代的な倉本聰脚本『北の国から』も思い出し、アメリカナイズされていくアジア人としての共感も。

 

7. ジャッリカットゥ(リホ・ホセ・ペリセリー監督/インド)

マラヤーラム語映画のアートハウス系が面白い。「インディアン・ムービー・ウィーク2021」で上映された『グレート・インディアン・キッチン』(ジヨー・ベービ監督/インド)は好評を得て、今年、単独でロードショウされている。作風は違うが、サナル・クマール・シャシダラン監督『セクシードゥルガ』(17)『水の影』(19)も女性蔑視や宗教の暴力性を描いていて興味深い。

 

8.時代革命(キウイ・チョウ監督/香港)+理大囲城(香港記録片工作者/香港)

 少年の君(デレク・ツァン監督/中国・香港)

『時代革命』はカンヌでサプライズ上映された香港民主化運動を描いたドキュメンタリーで、フィルメックスでシークレット上映された。終映後のつんざくような拍手は忘れられない。

『少年の君』本編ドラマは傑作に準ずるほど素晴らしいが(国家制度も批判的に描かれている)、ラストでとってつけたような当局の手柄を賞賛する構成が興ざめ。こうまでしないと、検閲が通らないのだろうか。中国映画はこういう実録風映画が増えている印象。

 

9. 名もなき歌(メリナ・レオン監督/ペルー)

80年代の政情不安に揺れるペルーで、乳児売買組織に赤ん坊を奪われた先住民女性と事件を追うゲイの新聞記者を描く。若干、掘り下げ不足も感じるが、スタンダードサイスと独特のモノクロ映像にただならぬ芸術性を感じた。

 

10.ハイゼ家 百年(トーマス・ハイゼ監督/ドイツ)

 

次点(入れ替え可能作品)

由宇子の天秤(春本雄二郎監督/日本)

アメリカン・ユートピア(スパイク・リー監督/アメリカ)

ライトハウス(ロバート・エガース監督/アメリカ)

燃ゆる女の肖像(セリーヌ・シアマ監督/フランス)

時の解剖学(ジャッカワーン・ニンタムロン監督/タイ)

ブータン 山の教室(パオ・チョニン・ドルジ監督/ブータン)

小石(PS・ヴィノートラージ監督/インド)

千年一問(王婉柔監督/台湾)

親愛なる君へ(鄭有傑監督/台湾)

ビー、心配しないで(ファン・ダン・ジー監督/ベトナム)

Come & Go カム・アンド・ゴー(リム・カーワイ監督/日本・マレーシアほか)

ワイルド・ボーイズ(ベルトラン・マンディコ監督/フランス)

Hand of God 神の手に触れた日(パオロ・ソレンティーノ監督/イタリア)

 

コロナに屈した一年だったかもしれない。というのも、結構な数の映画を見逃してしまったし、気分が乗らず、映画紹介を書き損じてしまったこともあったからだ。(すいません)

ジョニー・デップ主演の『MINAMATA』のラストで、数々の公害・薬害事件が紹介されていたが、それに連なるであろう人類史上最大の薬害が進行した一年でもあった。日本は欧米に追随する必要はあったのか?ワクチンを含むコロナ災禍に今一度、科学的な目を向けないと。

1月「中国映画の展開――サイレント期から第五世代まで」、2月「ベトナム映画の現在」、「イスラーム映画祭6」、3月「フランス映画の現在」、10月「よみがえる台湾映画の世界」、「山形国際ドキュメンタリー映画際(オンライン)」「フィルメックス」「東京酷使映画祭」、11月「パウロ・ローシャ監督特集」、「ペルー映画祭」、12月「香港映画祭2021」に通った。

サタジット・レイ生誕100年だったが、どこも特集上映してくれないので未見作をネットで探して観た。その素晴らしさを再認識。また、第二の故郷、タイのドラマを沢山見た年でもありました。

TIFFで観たアピチャッポン監督新作『メモリア』も素晴らしかったが、今年、公開が決まってるので見送ることにした。

 

 

■加賀美 まき(造形エデュケーター)

 

 2021年の韓国映画には、飛び抜けた作品はなかったと感じたが、実力のある俳優の出演作品には楽しめるものがありました。今回はベスト5を選び、6位以下は順不同になっています。今年もどんな作品が見られるのか楽しみです。

 

●韓国映画

 

1.「山魚譜 チャサンオボ」 (イ・ジュニク監督/韓国)

 朝鮮王朝時代、離島へ配流された学者・丁若銓(チョン・ヤクチュン)が向学心ある島の若い漁夫の力を借りて記した海洋博物誌が本作のタイトル。その二人の師弟関係の顛末が実話に基づき描かれ、全編美しいモノクロ映像で綴られる。初の時代劇となる名優ソル・ギョングと若手実力派のピョン・ヨハンの共演は必見。韓国の歴史を知ることができる一作。

 

2.「夏時間 」(ユン・ダンビ監督/韓国)

 10代の少女が感じた家族や友人との関係を描いた作品。ひと夏の経験を通して成長していく少女の姿が印象深い。父親が事業に失敗して移り住むことになった祖父の家が主な舞台で、現代韓国の人の暮らしぶりを垣間見ることができる。本作が初長編作となるユン・ダンビ監督の視点がよく、それぞれの役所をしっかりと演じた俳優たちが秀逸。

 

3.「藁にもすがる獣たち」(キム・ヨンフン監督/韓国)

 忘れ物のバッグに入っていたのは10億ウォンの大金・・。その金を巡り欲望を剥き出しにする人々が入り乱れるクライムサスペンス。曽根圭介の同盟小説が原作で、予測できない展開に目が離せない。チョン・ウソン、チョン・ドヨン、ぺ・ソンウら、実力派俳優たちがクセのある人物を演じているのも見どころ。

 

4.「KCIA 南山の部長たち」(ウ・ミンホ監督/韓国)

 1979年、朴正煕大統領を暗殺した側近に焦点を当てた実話に基づくサスペンス。大統領直轄の諜報機関・KCIAのトップにありながら、次第に大統領との信頼関係が揺らぎ、暗殺を決意するまでに至る部長・キム・ジュピョンの苦悩をイ・ビョンホンが熱演。助演のクァク・ドウォンらが本当に上手い。韓国の現代史を知ることのできる作品。

 

5.「ただ悪より救いたまえ」(ホン・ウォンチャン監督/韓国)

 「新しき世界」のファン・ジョンミン×イ・ジョンジェ、7年ぶりの共演。元恋人が産んだ娘を救うため、元工作員の男が奔走。日本、韓国、タイを舞台に激しい韓国ノワールが炸裂する。監督は『チェイサー』『哀しき獣』で脚本を担当したホン・ウォンチャン。男を手助けするニューハーフ役パク・チョンミンに注目。

 

610位・順不同

「チャンシルさんには福が多いね」(キム・チョヒ監督/韓国)

 仕事も家も恋人もないチャンシルさんは幸せになれるのか・・。アラフォー女子の日常を描いたゆるっとオフビートなコメディ。チャンシルさんを演じたカン・マルグムが秀逸。アカデミー賞俳優ユン・ヨジョン共演。

 

・「剣客」(チェ・ジェフン監督/韓国) 

 チャン・ヒョク主演の剣劇アクションはファン必見。かつて王の護衛だった剣客が、いなくなった娘を探す中、都の騒擾に巻き込まれ、清の武人と死闘を繰り広げる。娘役には子役出身の注目若手女優キム・ヒョンス。

 

・「逃げた女」(ホン・サンス監督/韓国) 

 監督のパートナーでもあるキム・ミニ主演、7作目。主人公の女性と訪ねた先の友人たちが意味慎重な会話劇を繰り広げるといういつもの展開。本作も好みは分かれるだろう。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(最優秀監督賞)受賞。

 

・「王の願い ハングルの誕生」(チョ・チョルヒョン監督/韓国)

 朝鮮第4代王・世宗は、身分は低いが言語に精通した和尚を招き、自国語を書き記すために独自の文字を作るべく力を注ぐ。ハングル創生の過程が興味深い。韓国映画ファンにはソン・ガンホ、パク・ヘイルの共演が嬉しい一作。

 

・「SEOBOK ソボク 」(イ・ヨンジュ監督/韓国)

 永遠の命を与えられたクローンの青年と、彼の護衛を命じられた余命わずかな情報局の元要員の運命を描いたSFサスペンス。ツッコミどころは満載だが、クローンという役柄にぴったりの美形パク・ボゴムは見逃せない。