2022年2月17日木曜日

白い牛のバラッド

冤罪で処刑された夫。謝罪のないまま、苦しめられる妻。そこに一人の男が現れる。

死刑制度や、贖罪について考えさせられるイラン発社会派サスペンス

 


 2020年/イラン、フランス

監督:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム
出演:マリヤム・モガッダム、アリレザ・サニファル、プーリア・ラヒミサム
配給:ロングライド
上映時間:105分
公開:2022年2月18日よりTOHOシネマズ シャンテ他にて公開
公式HP:https://longride.jp/whitecow/


●ストーリー

テヘラン。シングルマザーのミナは耳の聴こえない幼い娘ビタと二人暮らし。夫は1年前に殺人罪で死刑になった。現在はビタの親権をめぐって、義父と揉めている。ある日、裁判所に呼び出されたミナは、驚くべきことを知らされる。別の人間が真犯人であることが分かり、賠償金が支払われる(日本円にして50万円程度)という報告だ。ミナは当時の判事に誤審の謝罪を要求するが、門前払いを受ける。裁判所は謝罪しても旦那は戻らないし、神は間違わないので、それも神の思し召しだとか言う。
経済的にも苦しいミナは牛乳工場で検品の仕事をしていた。娘には父親は遠いところに旅に出ていると嘘をつき続けているが、それもそろそろ厳しい年頃になってきた。そんな時、かつて夫に世話になったレザという男が現れ、ミナを経済的に支援し始める。

●レビュー

イランは世界有数の死刑大国だ。
中国と北朝鮮は発表していないが、発表している国の中では第一位なので、実質的には中国に次ぐ2位と言われている。ちなみに2020年は246人が死刑になっている。
そんなに無茶苦茶治安が悪いのかというと、世界ランキングは24位の3630件。ちなみに1位はブラジルの3万6000件。
日本は93位の450件。

イランが批判を浴びるのは、どさくさに紛れて政治犯とか反体制の者も死刑にしていること。
ただし、レザの夫は政治犯ではなく、強盗殺人の罪で死刑になった。
夫は被害者を気絶させただけだが、他のものが後から殺したという。
そして夫は検察らによって、自分が殺したと信じ込まされたようだ。

もっとも映画のキモはそこではない。
人は取り返しのつかない間違いを犯した時に、どうするのかということだ。
個人の殺人なら刑罰が待っているが、
国が間違えて人を殺したとしても、担当者は死刑にはならない。

裁判所の人は、「神がしたことを疑うのか」とミナに言うが、イスラームには同程度の罰なら与えていいという解釈もある(イランはイスラーム法の国なのだ)。
ただし相手が赦せば、罰は逃れることはできる。

理不尽に身近なものを失った怒りは、復讐で解決できるのか。
先日紹介した『ライダーズ・オブ・ジャスティス』でも、それがテーマとして扱われていたが、
相手の赦しなき一方的な謝罪は無意味だ。

間違いを犯した本人がどんなに苦しんでいても、それは自分に向けられたもの。
相手の赦しがなければ意味がないのだ。
だから主人公ミナを救うのは、お金でも相手が罰せられることでもない。
賠償金が払われ、相手がもし死んでも心は安らぐことはない。
必要なのは真摯な謝罪なのだ。

これを書いていて、自殺した赤木さんの奥さんを連想したよ。
賠償金ではなく、真実を知りたいだけだったのに。

観客が「もしや」と思った中盤で、あっさりその謎は種明かしをして引っ張らなかったのはよし。
逆に、そこからスリリングさが増していく。

結末は、観客の予想を裏切るものかもしれない。
しかしミナがなぜそうした行動を取ったかは観客が考えるべき問題なのだろう。

★★★☆前原利行)