2019年12月26日木曜日

ヘヴィ・トリップ 俺たち崖っぷち北欧メタル!


「トナカイ以外、何にもねぇ〜」。
田舎の町で活動するメタルバンドが、フェスを目指して一念発起


2018
監督:ユーソ・ラーティオ、ユッカ・ヴィドゥグレン
出演:ヨハンネス・ホロバイネン、ミンカ・クーストネン、ヴィッレ・ティーホネン
配給:Space Shower Films
公開:1227日よりシネマート新宿、池袋シネマ・ロサほかにて

●ストーリー
フィンランド北部の何もない田舎町で退屈な日々を送る25歳のトゥロは、
 4人組ヘヴィメタルバンドのボーカルだ。
とは言っても、バンドは結成以来12年間、一度もライブをしたことがなく、
またオリジナル曲も作ったことがないコピーバンドだ。
そんな彼らが一念発起してオリジナルを作り、
さらにノルウェーのメタルフェスの主催者にたまたまデモテープを渡すチャンスに恵まれた。
ところがそれが彼らの住む町では、バンドがフェスに出演が決定したことに
なってしまい、トゥロは後に引けなくなってしまう。
地元のライブハウスでの初ライブ、トゥロは緊張のあまり大ゲロを吐いてしまい大失敗。
また、出演依頼もなく、バンドは解散の危機に。
しかし、彼らは試練を乗り越え、勝手にフェスを目指してノルウェーを目指す。

●レビュー
80年代、日本でもヘビメタブームがあったが、今やマニアのための音楽という感がある。
しかし北欧では、今でも“ヘヴィメタル”は人気で、とりわけフィランドではメタル人口が多いらしい。
どのくらい多いかというと、日本から九州を引いたぐらいの面積の国に北海道ぐらいの人口
そこに3000のメタルバンドがいるという。

とはいえ映画の舞台となるのは、都会ではなく北のはずれの田舎の小さな村だ。
バンドメンバーはみなメタルらしく長髪に革ジャンと見てくれは良い。
ただし主人公はその格好で自転車を漕いで通勤しているし、
リハスタジオは、ギタリストの実家であるトナカイ屠殺工場の1だ。
道を歩けばヤンキーに「ほーも!」と馬鹿にされる始末
恋心を抱いている花屋の幼馴染にも打ち明けることはできず、日々、老人ホームで掃除の仕事をしている。

町の人間には笑われながらも心には大好きなメタルを抱いている彼らが、
主人公のちょっとした好きな子への見栄から、「フェス出場」という勘違いをされ、後に引けなくなる。
バカといえばバカだが、バカはそこからは凄い。
僕もバンドをしているが、メタル系の人は真面目というか体育会系というか、ストレートな人が多い印象
このバンドメンバーもそんな感じで、見ていて知り合いのバンドの人のように思え、応援したくなってくる。
メタルなんてやっていても仕事の役には立たない(そもそもメタルに限らず音楽がそんなもの)。
なくても生きていける。
しかしそんなことに頑張れるって、素晴らしい事じゃないか。

とにかく笑って笑ってというところでは、『スパイナル・タップ』『デトロイト・ロック・シティ』といった
ロック映画がツボにはまった人なら、本作も好きになることはまちがいなし。
年末年始、毒のないファミリー映画ばかりだけど、家族サービスで付き合ったら、
こんな映画を観に映画館に行ってもいいんじゃない?
きっと自分と同じような気分の人たちが、映画館に集っているはずだ。
映画としては作りは素朴というかシンプルだが、メタルに敬意を表して☆おまけ。
★★★☆前原利行)

2019年12月23日月曜日

サイゴン・クチュール

1969年のサイゴンから現代にタイムスリップした女の子がファッション界で活躍!

2017年
監督:グエン・ケイ、チャン・ビュー・ロック
出演:ニン・ズーン・ラン・ゴック、ホイ・ヴァン、ジェム・ミー 9x、ゴ・タイン・バン(『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』)
配給:ムービー・アクト・プロジェクト
公開:12月21日より新宿K’s cinemaほか

●ストーリー

1969年のサイゴン。ミス・サイゴンに選ばれるほどのルックスとファッションセンスを持っているニュイだが、実は9代続いたアオザイ仕立ての老舗の娘。
母親が守る伝統のアオザイは大嫌いで、それから逃れようと最新の西洋ファッションに身を包み、母親を失望させていた。
しかしある日、突然ニュイは現代のサイゴン(ホーチミン)にタイムスリップしてしまう。
そこでは華やかだった店は閉店しており、ぶくぶくと太って落ちぶれた自分がいた。
ニュイは店と現代の自分を救うために、青年トアンの助けを借りて、現代のファッション界に身を投じる。
そして最新ファッションを追いながらも、アオザイの魅力に気づいていくのだった。

●レビュー

1969年というとベトナム戦争真っ盛りだと思うが、ここではそれについては1ミリとも触れない。
「ベトナム=戦争」だけじゃないぞというベトナム人の思いかもしれない。
実際、1969年の時点では、戦争は遠い国境地域で行われていたという意識なのだろう。
タイムスリップして現代に来た主人公も、戦争の結果とか政治・社会的な話題は全く気にしていないし。

ということで、本作はエンタメに割り切ったベトナム発のファッションムービーだ。
“タイムスリップ”というストーリーを生かし、60年代ファッションから現代のファッションに至るまでの変遷も見せてくれるのが面白い。
過去のシーンでは、当時のトレンドであるミニなどのロンドンファッション、ヒッピー風ファッションなど、さながら『ワンス・アポン・イン・ア・タイム・ハリウッド』の世界のよう。
もちろん舞台がアオザイの名店ということもあり、伝統的なアオザイの数々も見せてくれる。

次に現代。
ここでは主人公はファッション界で働くという設定なので、最新のトレンドなど現代のファッションを見せてくれるが、中心となるのはやはり主人公が得意とする「レトロモダン」だ。
ファッションデザイン事務所の様子や女社長の雰囲気が、『プラダを着た悪魔』をわざとなぞっているのも面白い。
トールサイズのコーヒーを常に片手に持つボスは、アナ・ウインターのマネだ。

ストーリーはワガママだった主人公が、心を入れ替えて店のために頑張り、すべてが丸く収まるという他愛のないものだが、それはそれでこの気楽なコメディ作品にはいい。
とにかく、主人公の女の子を可愛く見せ、そして多くのファッションで観客をうっとりさせ、楽しく映画館を出てもらうのが目的なのだから。
気軽に見て楽しめる、そんな映画なのだ。

最後に。
主人公のニュイの母親役を演じているゴ・タイン・バンは、ベトナムの人気女優。
近年では『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(ローズの姉ペイジ役)にも出演しているほか、Netflixなどで配信中の映画『ハイ・フォン : ママは元ギャング』は世界でもヒット。現在はプロデューサーとしても活躍している。
★★★前原利行)

2019年12月13日金曜日

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢


「夢は現実になる」。愛娘のためにたったひとりで築き上げた奇想の宮殿




2018
監督:ニルス・タヴェルニエ(『グレート・デイズ!夢に挑んだ父と子』)
出演:ジャック・ガンブラン、レティシア・カスタ
配給:KADOKAWA
公開:1213日より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA
公式HPcheval-movie.com/

●ストーリー
19世紀末、山に囲まれたフランス南東部の村オートリーヴ。村から村へと郵便を届ける配達人のシュヴァルは妻を亡くした。人付き合いが苦手で変わり者のシュヴァルだが、やがて未亡人のフィロメーヌと知り合い、結婚。娘アリスも誕生する。ある日、配達の途中で石につまずいたシュヴァルは、その石の変わった形からひらめきを得る。それから毎日、シュヴァルは娘のために、たったひとりで石を積み上げ、彼の理想宮を作り続けることになる。

●レビュー
正規の美術教育を受けていない者が、その発想のままに優れたアート作品を制作することがある。これを美術用語では「アウトサイダー・アート」という。その代表例としてよく引用されるのが、南仏にあるこの「シュヴァルの理想宮」だ。本作は、ひとりの郵便配達人シュヴァルが33年の年月をかけて、石やセメントを使い、一人で造り上げた「理想宮」の物語だ。

シュヴァルは人付き合いが苦手で、人とまともに視線も合わせられない人物だ。今なら「発達障害」とか「自閉症」とか病名が付けられるかもしれないが、昔はそんな“変わり者”はいても、普通に暮らしていた。人とのコミュニケーション能力は高くはないシュヴァルだが、別に冷たいわけではない。家族に対する深い愛情はあっても、それをうまく表現できないだけなのだ。数少ないセリフで自分の感情を表すというこの難役を演じる、ジャック・ガンブランがすばらしい。何十年という映画時間を彼と過ごしているうちに、シュヴァルの気持ちがこちらによく伝わってくる。

彼はこの建物を娘のために建てたのかもしれない。しかし、それは彼がつまずいた石と同じで、きっかけさえあれば彼は何かを作り上げたのではないか。何かを表現せざるを得ないという人はいる。その衝動は自分の心の内にあるのか、それとも外にあるのか。富や名声とは関係なく、誰にも顧みられるわけではないのに作り続けるのは一体なぜか。そしてそんなアウトサイダー・アートは、美術に詳しくないものでも心を動かされる強い魅力を持っている。

主人公シュヴァルが淡々とした人なので映画自体も淡々と進むが、この映画は全くダレることなく私たちに様々なことを訴えかける。身近なものへの愛情、秘めたパッション、強い意志とは。人が何かをこの世に残すとはどんなことか。そして最も心が揺さぶられるのは、人を愛すれば愛するほど、その人に先立たれてしまうことが辛いかだ。長生きするということは、愛するものを次々に失う苦しみを味わうことである。シュヴァルは88歳という当時としてはかなりの長生きをしたが、それだけに愛するものに先立たれるという多くの苦しみもあった。個人的には、小品ながらも忘れがたい作品。この冬のおすすめだ。
★★★★前原利行)

●映画の背景
シュヴァルの理想宮は現在、フランスの重要建築物に指定されており、オートリーヴ村の観光地になっている。
リヨンから日帰りできるようだが、辺鄙な場所にあるので、公共交通機関を使っていくと1日がかりになりそうだ。