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2021年6月4日金曜日

インディアンムーヴィーウィーク2021 パート1

毎年恒例になっているインド映画特集『インディアンムーヴィーウィーク』が今年も開催!
日本初上映のタミル語クライム映画4作品に加え、家族制度の暗部に切り込んだ話題作『グレート・インディアン・キッチン』 の計5作品を上映する。

2021年6月4日(金)~6月24日(木)
場所:キネカ大森
配給:SPACE BOX
料金:1800円均一
https://imwjapan.com/


【上映作品】


『グレート・インディアン・キッチン』(原題:The Great Indian Kitchen)

©Cinema Cooks, ©Mankind Cinemas, ©Symmetry Cinemas

2021年/ マラヤーラム語/ 100分
監督:ジヨー・ベービ
出演:ニミシャ・サジャヤン、スラージ・ヴェニャーラムード(ジャパン・ロボット)

家族制度の暗部に切り込む”ホームドラマ”
ケーララ州北部のカリカットの町で、高位カーストの男女がお見合いで結婚する。夫は由緒ある家柄の出で、伝統的な邸宅に暮らしている。中東育ちでモダンな生活様式に馴染んだ妻は、夫とその両親とが同居する婚家に入るが、台所と寝室で男たちに奉仕するだけの生活に疑問を持ち始める。教育を受けた若い女性が、家父長制とミソジニー(女性嫌悪)に直面して味わうフラストレーションをドキュメンタリータッチで描く。


●『マーリ』(原題:Maari)

©Magic Frames, ©Wunderbar Films

監督:バーラージ・モーハン
出演:ダヌシュ(無職の大卒)、カージャル・アグルワール(ジッラ 修羅のシマ)
2015年/ タミル語/ 138分

鳩好きマーリの爽やか極道コメディ
チェンナイの下町に住むマーリは、身寄りなく育った若者。8年ほど前から土地を仕切る極道として皆に恐れられるようになっている。彼は鳩レースに入れ込んでおり、鳩の前では柔和な一面も見せる。そんな彼の前に、新しく地区の担当になったアルジュン警部とブティック経営者のシュリーが登場し、波乱が起こる。ダヌシュ(無職の大卒)のダンスも見どころ。


● 『女神たちよ』(原題:Iraivi)

©Thirukumaran Entertainment


2016年/ タミル語/ 158分
監督:カールティク・スッバラージ(ジガルタンダ)
出演:S・J・スーリヤー(マジック)、ヴィジャイ・セードゥパティ(キケンな誘拐)、ボビー・シンハー(ジガルタンダ)

鬼才スッバラージ監督が描く、悲哀の群像劇
映画監督のアルルと幼なじみのマイケルは、内面に抱える問題のストレスを妻にぶつける日々。アルルの弟ジャガンが古寺の女神像の密売に手を出したことをきっかけに、彼らの運命は思わぬ方向に転がっていく。原題は「女神」の意。身勝手な男性に振り回され苦悩する女性たちが、古寺に留め置かれた女神像に重ねて描かれる。「雨」を重要なモチーフとして使い、女性への敬意に満ちたラストが印象的。


●『まばたかない瞳 バンガロール連続誘拐殺人』(原題:Imaikkaa Nodigal)

©Cameo Films India, ©Drumsticks Productions

2018年/ タミル語/ 168分
監督:R・アジャイ・ニャーナムットゥ
出演:ナヤンターラ(ビギル 勝利のホイッスル)、アタルヴァー・ムラリ、アヌラーグ・カシャップ(デーヴ・D)

連続殺人犯 vs. 執念の捜査官
バンガロールを震撼させる連続誘拐殺人事件。富裕層の子弟が誘拐され、身代金が払われるにもかかわらず惨殺されるのだ。捜査に当たる中央捜査局のアンジャリは、犯人を自称するルドラという男に肉薄しながらも取り逃がしてしまう。犯人、警察、中央捜査局が三つ巴となっての息詰まる追跡劇。ナヤンターラ(ビギル 勝利のホイッスル)のアクション、Netflixシリーズ『聖なるゲーム』シリーズの監督、アヌラーグ・カシャップの怪演が印象的なクライム・スリラー作品。


 ●『双璧のアリバイ』(原題:Thadam)

©RedhanThe Cinema People

2019年/ タミル語/131分
監督:マギル・ティルメーニ
出演:アルン・ヴィジャイ(サーホー )、タニヤー・ホープ

殺人容疑者の男には、確かなアリバイがあった
大雨の夜に静かな住宅街の一軒で起こった殺人事件。犯人を特定できる遺留物は見つからず、被害者の交遊関係にも怪しい人物は見当たらなかった。しかし、同じ夜に隣家の住人が偶然撮影したセルフィーの片隅に、不審な人影が映り込んでいた。土木技師のエリルはその人影と同一人物であるとして拘束される。法の抜け穴をきわどく攻める犯罪スリラー。アルン・ヴィジャイ(サーホー )が、一卵性双生児の二役を演じる。他の言語にもリメイクされている。


●関連事項

インディアンムービーウィーク2020の人気作品、『無職の大卒(原題:Velaiilla Pattadhari)』のDVDを6月10日(木)発売、9月3日(金)よりレンタルもスタート。


●無職の大卒(原題: Velaiilla Pattadhari)

2014年/タミル語/133分
監督・脚本・撮影:ヴェールラージ
出演:ダヌシュ(クローゼットに閉じ込められた僕の奇想天外な   旅)、サムドラカニ、アマラ・ポール(神様がくれた娘)

職のない若者」というインド映画の定番テーマを、ダヌシュならではのキレのあるアクションとダンス、恋愛、ファミリー・センティメントで彩った、爽やかで痛快な一作。


2019年11月10日日曜日

盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲


ANDHADHUN


2018年/インド
監督:シュリラーム・ラガヴァン
出演:アーユシュマーン・クラーナー(『ヨイショ!君と走る日』)、タブー(『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日間』)、ラーティカ・アープテー(『パッドマン 5億人の女性を救った男』)
配給:SPACEBOX
公開:1115日より新宿ピカデリー、アップリンク他、全国

●ストーリー
ピアニストのアーカーシュは、自分の感性を磨くために見えなくなるコンタクトをつけていて、ふだんは盲目を装っていた。かつての映画スターに、家での演奏を頼まれたアーカーシュがピアノ演奏を始めると、目の前にスターの死体が。映画スターの妻シミーと不倫相手による殺人だった。目が見えないことでその場を切り抜けたアーカーシュだが、やがて盲目を疑われて犯人たちに命を狙われることになる。

●レビュー
近年は、歌と踊り、アクション、コメディ、長時間と行った、昔のインド映画のイメージから離れたインド映画が増えてきている。昔ならたまのお出かけなので、毎回、幕の内弁当や五目そばでよかったのだが、趣向が様々になり、カキフライ弁当や家系のラーメンが食べたくなるようなものだ。本作もそんな最近のインド映画の潮流を感じさせる作品だ。ピアニストが主人公の本作なので音楽シーンは満載だが、ミュージカルシーンはない。公開されると、その巧みなストーリーテリングはインドの批評家たちにも高評価を受け、大ヒットになった(インド映画歴代14位、世界興収64億円)。

「言えないワケありの主人公が命を狙われる」というのはサスペンスの王道で、さらに先の読めない巧みな脚本が話を盛り上げる。しかし先の読めなさがハリウッド映画と少し違い、登場するキャラクターが実にインド的な人たちというところがある。特に驚くのが後半で、新しいキャラが出てきて裏切りや騙し合いが続き、話が違う方向へ強引にそれて行くのは、エネルギーがあった頃の香港映画のようで面白い。
かくして主人公が窮地から脱しようとする一方、死人が増えて行く。誰もが脛に傷があり、誰に感情移入していいかもわからなくなる。誰も信用できないのだ。

きっと監督はコーエン兄弟作品やタランティーノ作品が好きなのではないかという語り口だが、監督によれば、映画の最初のタイトルはフランソワ・トリュワーの『ピアニストを撃て!』を使おうと思ったらしい(ノワールものが好きということで共通している)。
俳優では、本作では悪役だが主人公以上に魅力的なのが、映画スターの妻役のタブーだ。悪役だが、どのくらい悪いのかがわからないところが、彼女に感情移入したりしなかったりという効果を引き出している。
★★★☆前原利行)

●映画の背景
映画の舞台となる都市は、西インドのプネー。人口300万人を超えるインドで9番目の人口を誇る都市だが、映画に出てくることは少ないと思う。
映画のラストに登場するクラブは、映画では「欧州のどこか」になっているが、ポーランドのクラクフ旧市街にある。主人公のバンド名が「アズナブール・アンサンブル」になっているのは、『ピアニストを撃て!』の主演がシャルル・アズナブールだったことから。

2019年10月17日木曜日

ロボット2.0


2.0



スーパースター、ラジニカーント主演の大ヒット作の続編

 2018年/インド

監督:シャンカルロボット』『ボス その男シヴァージ』
出演:ラジニカーント(ロボット』『ムトゥ、踊るマハラジャ)、アクシャイ・クマール(パッドマン 5億の女性を救った男)、エイミー・ジャクソン
配給:アンプラグド、KODOKAWA
公開:1025日より新宿ピカデリー、渋谷シネクイントほか


●ストーリー
南インドのチェンナイで、携帯電話が一斉に空に飛んで消えていくという事件が起きる。その後、携帯業者や通信会社の社長が携帯に襲われて変死する事件が続く。事態を重く見た政府に呼ばれたロボット工学のバシー博士は、助手の女性型ロボットのニラーと共に事件を追う。電波の発信源を追った先には大量のスマホがあり、それが合体して巨大な怪鳥となって二人を襲ってきた。バシー博士は解体されてしまったロボット、チッティを復活させて怪鳥と戦わせる。やがて怪鳥の正体が分かってくるが。。

●レビュー
日本に久しぶりにインド映画ブームを巻き起こし、ラジニカーントを再び知らしめるきっかけになった2010年の映画『ロポット』の続編だ。監督のシャンカル、博士とロボットの一人二役がラジニカーントというのは同じだが、今回は悪役として、昨年パッドマン 5億の女性を救った男が日本公開もされアクシャイ・クマールがキャスティングされている。もっともメイクが激しくて、パッドマンの人とは気がつきにくいが(笑)。製作費は90億円というインド映画史上最大級で、その多くは前作同様過剰なVFXに費やされているのだそうだ。インドでは2018年に公開されて大ヒットした。

あれから8年。インドは変わらないようで変わった。インド映画を見続けているとわかるのだが、洗練されてきたのだ。アクション、コメディ、恋愛、ミュージカルと一つの映画に全て詰め込んで幕の内弁当のようにする映画は急激に減り、ジャンルに分かれる“ふつうの”映画が主流になってきた。そしてインドだからというローカルさが減り、世界の誰もが見ても通用する、いわゆる“ハリウッド”ぽい作風になってきたのだ。それはマーケットが世界に広がってきたこともあるだろう。大作の製作資金は、自国だけで回収することはできないこともある。

前作『ロポット』が面白かったのは、実はハリウッドに依頼したVFXの凄さではなく、その使い方が実にインド的だったこと。インド的な生活をする人々の中にハイテクを持ち込んだ設定、そして「そんなことにお金を費やすのか!」というハリウッドではありえないバカなCGの使い方がとても新鮮で、「さすがインド!金の使い方が違う」と思ったのものだ。で、今回はどうかというと、その点、かなりハリウッド大作CG映画に寄っており、『トランスフォーマー』とかアメコミ映画に似たテイストになり、どこかで見たようなCGアクションばかり。奇抜な絵を見せてくれなくなっている気がした。面白い絵面は、前作ですでにやったもので新鮮味も薄い。

“悪役”を作って続編を続けるというのも、アメコミ映画と同じやり方。なので本作では、実はラジニカーント演じる博士も、ロボットのチッティも影が薄い。物語を動かすのは、“悪役”となるアクシャイ・クマール側で、そちらのストーリー(なぜそんなことをしているのか)の方が、映画の中では印象深くなっているのだ。

もちろん“インドらしさ”も随所にこの映画にはある。本作のストーリーのもととなるのは、世界有数の「携帯中毒国インド」への批判だ。インドに最近行ったことがある方ならわかるだろうが、インド人は本当に携帯好きだ。もともとおしゃべり好きということもあるが、携帯なしには生きられない感じは日本以上。それがスマホの時代になり、「どこに行ってもセルフィー」状態が加速し、「世界で一番セルフィー死亡率が高い国」と言われるようになってしまった。本作で言及されているように、おびただしい電波が飛び交い、中には繋がりやすいように国の規定を超えた電波を飛ばしている携帯会社もあるだろう。そんな社会への風刺や警告を盛り込んでいるといえよう。

ということで、前作超えの続編は難しい。新たな敵を作ってシリーズ化するとマンネリ化してしまう。そんなことを考えてしまったこの続編だった。期待が高すぎたのかな。
★★★

●映画の背景
映画の舞台となるのはチェンナイだが、事件の発端となるのはチェンナイ郊外、マハーバリプラム(マーマッラプラム)へ行く途中にある寺院の町ティルカールクンドラムだ。ここで博士はスマホが集合した怪鳥に襲われるのだが、なぜ鳥かという理由は映画の中で明かされる理由の他に、このティルカールクンドラムという地がある。
ここはチェンナイでは有名な巡礼地のひとつで、町を見下ろす丘上にあるヴェーダギリーシュワル寺院には毎日正午になると遠く聖地ワーラシー(ベナレス)から二羽のワシEgyptian Vultureが飛んできてここのバラモン僧から餌をもらうといわれている(ワシというよりはタカかもしれない)。日本の解説には書いていなかったが、今回の悪役のイメージは、この鳥にそって作られていると思う。タミルの人なら、この寺のワシの話は知っていると思う。

2019年9月21日土曜日

ホテル・ムンバイ


Hotel Mumbai
 
 

2008年に起きた「ムンバイ同時多発テロ」を基に描く

2018年/オーストラリア、アメリカ、インド

監督:アンソニー・マラス
出演:デヴ・パテル(『スラムドッグ$ミリオネア』『奇蹟がくれた数式』)、アーミー・ハーマー(『君の名前で僕を呼んで』)、ナザニン・ボニアディ(『パッセンジャー』)、アヌパム・カー(『ビッグ・シック 僕たちのおおいなる目ざめ』

配給:ギャガ
公開:927日よりTOHOシネマズほか全国で公開
公式HPgaga.ne.jp/hotelmumbai/

●ストーリー
 20081126日、臨月の妻と幼い娘と暮らす給仕のアルジュンは、いつものように仕事先のタージマハル・ホテルへ向かった。その日、ホテルには生後間もない娘とシッターを伴ったアメリカ人建築家デヴィッドと妻のザーラ、ロシア人実業家のワシリーなども泊まっていた。一方、ゴムボートでムンバイに上陸したテロリスト集団はまずCST駅を襲撃。別の集団は外国人でにぎわうコラバのカフェを襲った後、タージマハル・ホテルに逃げ込んだ人々に混じって入り込み、無差別に射撃を始める。

●レビュー
 この事件の数年前、このタージマハル・ホテルに泊まったことがある。このホテルは単なる高級ホテルではない。19世紀末、インド有数の財閥であるターターが友人とホテルに行ったところ、「欧米人専用である」と入場を断られた。そのことがターターに、インドにインド資本の一流ホテルを建てなければならないと決意させ、1903年にこのホテルが完成した。つまり映画のタイトルのように、タージマハル・ホテルは、ムンバイの町やインドの象徴でもあるのだ。そのためにテロリストたちの標的にもなったのだろう。

 本作では実際に起きた事件のリサーチに時間をかけ、事件に巻き込まれた多くの人たちの要素をまとめて何人かのキャラクターを作り出している。映画の主人公のひとりであるアルジュンもそんなひとりだ。ホテルの給仕でシク教徒だ。演じるデヴ・パテルは、出世作となった2009年の『スラムドッグ$ミリオネア』のラストシーンで踊ったCST駅が、撮影数ヶ月後にテロの舞台になったことを忘れていなかったという。

 映画はテロ事件の様子を、冷静に映し出していく。正直、人は誰かが撃たれるまで危機感はない。銃を堂々持って歩いても「あれ?」というぐらいの感じなのだ。犯人たちはCST駅のトイレで銃を準備し、無造作に外に出て撃ちまくる。伏せようが死んだふりしようが関係ない。別グループは、僕も何度も行ったことがあるコラバの名物カフェのレオポルドへ。ここは六本木のアマンドみたいに繁華街に面した場所だ。こんなところで犯人が入ってきたら、もうどうしようもない。外国人なら隠れても探し出されて射殺されるだけだ。映画では、運良くレオポルドを脱出した外国人カップルが、運悪くタージマハル・ホテルに避難するシーンがある。徒歩5分程度だし、テロが起きた時に高級ホテルが一番安全な避難場所と思うのも無理もないかもしれない。その時点ではテロの標的が何かもわからないのだから。映画では描かれていないが、タージマハル・ホテルと同時に、やはり高級ホテルのオベロイも襲われ、そこでは日本人ビジネスマンひとりが犠牲になっている。

 しかし映画を見ていて思ったのは、銃を持った男が一人いたら一般人100人ぐらいはすぐに殺せるということ。もう、戦うなんて不可能。それはキアヌとかセガール映画の世界。そしてこうした無差別殺人の場合、逃げても隠れても、助かるか助からないかは自分の行動ではなく、単なる運しかないってことだ。走って逃げても撃たれる。隠れても、見つかるのは時間次第だ。本作でも、主要登場人物の多くが途中まで生き延びても、ほとんど抵抗できないままあっけなく死んでいく。テロリストたちにとっては、人を殺すのはゴキブリを叩くのと同じぐらいの感覚なのだ。

 一方、映画はテロリストたちの素顔も描いていく。彼らの多くは少年と言ってもいい年頃だ。イスラーム過激思想に洗脳され、死ねば天国に行けると思っている。また、お金が目的で参加したものもいる。彼らもまた「神のために人を殺せ」と言われて従順に従い、最後は射殺される使い捨ての犠牲者だ。首謀者は携帯で指示するだけで、自分は安全な場所にいる。洗脳された少年が、女性の頭を平然と撃ち抜く姿は怖い。

 中盤から、ホテルの中に舞台が限定されていく。たった3人の少年たちが各部屋を回って宿泊客を撃ち殺していく間、取りかこむ数百人の警官隊は何もできない。多分アメリカなら3時間で決着つくと思うが、インドではテロ終結まで60時間もかかってしまう。まあ、しかし日本で同じようなテロが起きたら、多分インドとそう変わらないことになるだろう。お役人は誰も責任を取りたくないから、突入しないのは目に見えている。

 前述の通り、このホテルに泊まったことがあるので、ついつい自分だったらどうするかとリアルに感じて観てしまった。もちろんこの映画には欠点もある。宿泊客たちの描きこみが弱かったり、ホテルスタッフが美化されているような気がしたり、実際のタージマハル・ホテルのロビーとは似ておらず、最後は無理やりハッピーエンド感があるなどだ。しかし、まあそれは細かいところで、大筋としてはあのテロ事件をうまく映画化したと思う。そして最も憎むべきは、人を憎むように少年たちを教育した輩だ。そしてもし自分があの場にいたらどうすべきなのか。回答がない自問かもしれないが、考えざるをえない作品だ。
★★★☆

2019年5月28日火曜日

パドマーワト 女神の誕生


インド史上の美女をめぐる、闘いを描く歴史大作

2018年/インド
監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー(『ミモラ 心のままに』)
出演:ディーピカー・パードゥコーン(『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』)、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプール
配給:SPACEBOX
公開:6月7日より新宿ピカデリー、ユナイテッドシネマほか全国で公開
公式HP:http://padmaavat.jp/


●ストーリー
13世紀末、ラージャスターンのラージプト族のひとつメーワールの王ラタン・シンは、シンガール王国(スリランカ)を訪れる。
その時、シンは王女パドマーワティと恋に落ち、彼女を妃に迎えることに。
その頃、北方のデリーでは、アフガニスタンからやってきたハルジー朝がデリーを都として力を伸ばしていた。
その中で若きアラーウッディーンは頭角を現していき、スルタン(皇帝)である叔父を殺し、ハルジー朝のスルタンの位を簒奪する。
モンゴル軍の侵入を防ぎ、「第二のアレクサンドロス」と呼ばれたアラーウッディーンに敵はいなかった。
そんな時、アラーウッディーンは絶世の美女パドマーワティの噂を聞き、軍をメーワールの都に向ける。

●レビュー
何年か前、ラージャスターンのチットールガル城塞へ行った。
行った人はわかると思うが、ここは平地にそびえる高さ150m、東西800m、南北2.5kmという軍艦のような形をした丘だ。
その周りを城壁が取り囲み、戦時には人々がこの中に避難して戦うという城市だった。
今では中は遺跡になっているが(世界遺産)、その中に「パドミニ・パレス」という建物がある。これは王妃パドミニ(パドマーワティ)のために建てられた宮殿で、その隣の貯水池の中に小さなキオスクがあった。
解説によると、そこはアラーウッディーンがパドマーワティを見初めた場所と書いてあった。
その時は、本作で描かれたパドマーワティの伝説は知らなかったので、今回は映画を見て「ああ、あの場所か」と感慨深いものがあった。

パドマーワティは、インドでは知らない者がいないという絶世の美女だ。
何しろ彼女を手に入れるために、時のスルタンが大軍を送ったほどなのだから。
とはいえ、それは歴史上の事実ではなく文学による創作だ。
1540年にイスラームの詩人が著した叙事詩「パドマーワト」で、1303年に起きたハルジー朝のメーワール王国への侵攻をロマンチックに脚色したものだが、それが人気を呼び人々の間で歌い継がれ、現代ではドラマや映画として上演されて、インドでは知らぬもののない状態になったのだ。

本作はその叙事詩をもとに、自由に脚色した歴史大作だ。
33億円というインド映画では最大級の制作費を使ったが、『バーフバリ』のような派手な戦闘スペクタクルシーンは意外に少ない。
それではその制作費はどこに消えたかというと、CG処理ではなく(もあるが)、豪華な宮殿のセットや主人公であるパドマーワティの衣装代だという。
実際、そちらを見せるシーンにはかなり力をかけていることは確かだ。
一着何百万もする衣装が、映画のために作られたという。

本作はインド映画の王道とも言える演出で、特に目新しいところはない。
美男美女が出会って恋に落ち、結ばれるが強敵が登場する。
キャラクターもぶれずに、映画内での成長も特にない。
いい人は最後までいい人、悪い奴は反省もしない。
歌や踊りもあり、安心して見られる。
『バーフバリ』みたいに、笑っちゃうほど破天荒でもでもない。
オーソドックスに堅実に作っているのだ。

映画ではハルジー朝の軍は二度にわたってチットール城を包囲する。
ただしその攻防戦が、力の戦いだけではなく、バカしあいで相手の心理を見抜いて逆手に取るのは面白かった。
メーワール国王は善人なのだが、その分、映画的には掘り下げにくく、また攻めてこられる側なので、ドラマはほとんどが悪役であるアラーウッディーンを中心に展開する。
なのでアラーウッディーン、出番は多いのだが、もう少し人物像を彫り込んで見たら(小さい頃にトラウマがあったとか、冷酷だが動物は異常に愛するとか)と思う。
まあ、インド映画でそれをやったら、観客が混乱してしまうかもしれないけど。

二人の男の闘いも見せ場としてあるが、やはりパドマーワティを演じるディーピカー・パードゥコーンの美しさが本作の最大の見どころだろう。
とにかく彼女が美しく見えるようにというのが、本作のキモなのだ。
ということで、ラージャスターンの宮殿と豪華な衣装、それにアクションを足して楽しめる2時間半。この映画はしばしあなたをインドに連れて行ってくれるはずだ。
★★★

2019年1月25日金曜日

バジュランギおじさんと、小さな迷子

迷子の少女をパキスタンまで送り届けるヒューマンドラマ
 
 

2015年/インド
監督:カビール・カーン
出演:サルマン・カーン、カリーナ・カプール、ハルシャーリー・マルホートラ
配給:SAPCEBOX
公式ページ:bajrangi.jp/
公開:1月18日より新宿ピカデリーほかにて公開中

●ストーリー
パキスタンの山岳地帯に住む少女シャヒーダーは、幼い頃から声が出ない。そこで心配した母親がインドの聖者廟に願掛けに連れて行くが、帰国途中ではぐれてシャヒーダーはインドにひとり取り残されてしまう。そんな彼女に出会ったのは熱心なハヌマーン信者のバワン。「バカ」がつくほどの正直者の彼は、やがてシャヒーダーがパキスタン人と知って驚くが、彼女をパキスタンへ送り届けようと国境を越える。

●レビュー
『ダンガル きっとつよくなる』『バーフバリ 王の凱旋』に次ぐインド映画世界歴代興行収入第3位というヒットのヒューマンドラマ。
タイトルロールのバジュランギおじさんことバワンを演じるのは、インド映画界の大スターのサルマン・カーン。アクションもののイメージが強い彼だが、今回は多少の立ち回りはあるものの、“頭がちょっと弱いギリギリの正直者”(昔の邦画喜劇ではよくあったキャラ)を演じている。
 
面白いと感じたのは日本人には馴染みが薄い宗教の違いから来るギャグだ。
迷子の少女を最初は「バラモンの子」と勘違いしていた主人公。
シャヒーダーが目を離した隙にイスラム教徒の家に入り込んで肉を食べているのを見てビックリするシーン、モスクに入り込んでお祈りしようとしているのを見て「ムスリムだ」とショックを受けるというのも、日本人には異文化を感じるシーンだ。
 バワンはバラモン階級らしいヒンドゥー教徒で、しかもハヌマーン信者とドラマ内では公言しているが、これがどんなタイプなのかがわからない。
シヴァとかヴィシュ信者は聞くけど。
 
パキスタンに住むシャヒーダー(イスラムの「殉教者」という意味)が、「ご利益あり」として母親に願掛けに連れて行かれるのが、デリーのニザーム・ウッディーン・アウリヤー廟。
ガイドブックではおなじみの場所だが、ここがパキスタンからわざわざ苦労してくるほどの場所だとは知らなかった。
厳格なイスラーム原理主義の国とは違い、インドを含む南アジアではイスラーム神秘主義(スーフィズム)による聖者信仰が盛んだ。モスクは神のために祈る場所であり、神様は個人の願いなど聞いてくれない。
しかし人々は神様にすがって何かを祈願したい。
そこでイスラーム教の場合、神様ではなく聖者にご利益を求める。有名な聖者の廟は、男ばかりのモスクと違って女性が多い。
厳粛なモスクと違い、ここでは熱狂が渦巻くことがある。
ただし、厳格なムスリムからすればそれは偶像崇拝で異端でもある。
しかしヒンドゥー寺院などみれば、聖者廟はインドの文化に受け入れやすい。
「声が出ますように」という祈りは、娯楽映画なので最後には叶えられるのだが。
 
また、映画には「インド人のパキスタン人観」が垣間見られ、面白い。
バワンは最初は正規のルートでパキスタン行きを申請しようとするのだが、埒があかない(役人のダメさ加減は笑いの対象)。
結局はジャイサルメールの砂漠から密入国しようとするのだが、砂漠の国境地帯にはメキシコ国境よろしくたくさんのトンネルが掘られているというのは、都市伝説かもしれないが面白かった。
 
密入国したインド人は、当然ながらパキスタンではスパイ容疑がかけられる。
しかし人々の善意と警察の無能ぶりにより、ふたりは何とかシャヒーダーの故郷であるカシミールへと向かう。
バレそうになっても、正直なバワンに皆心打たれて、一般人は彼を守るのだ。
舞台は砂漠地帯から一転してカシミールの山岳地帯へ。美しい風景もこの映画の見所だ。
ラストは、バワンの行動がインド、パキスタン両国の人々の心を動かす。
ヒマラヤの国境に両国の大勢の人々が押し寄せるシーンは感動的だ。
 
とはいえ、映画的には“古〜い邦画喜劇”的な緩さ(インドの娯楽映画)なので、映画として出来はというと、ゆるくみればいい。
一応、「両国は仲良くしましょう」という社会的メッセージはあるが、昨年の『パッドマン』ほど強くはなく、「人々の善意で何とかなる」という程度のゆるいもの。
あと、個人的には子役の演技が古すぎてイラつくときがあった。
インドではまだ、子役に定型の演技を求めるのだが、ほら、邦画で不自然な子役の演技にイラっとすることあるでしょ。あれと同じ。
インドということで、自動的に☆ひとつおまけして、★★★

2018年12月7日金曜日

パッドマン 5億人の女性を救った男


インドで大ヒットしたという実話をベースにした感動作



2018年/インド
監督:R. パールキ
出演:アクシャイ・クマール、ソーナム・カプール、ラーディカー・アープテー、アミターブ・バッチャン
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公開:127日よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開中

■ストーリー

北インドの小さな町マヘシュワール。
母親と2人の妹、そして結婚したばかりの愛する妻と暮しているラクシュミは、
ある日、妻が生理中に清潔とは言えない古布を使っているのを見て驚く。
妻のためにと薬局で生理用ナプキンを買うラクシュミだが、
高価な品を自分ひとりで使うわけにはいかないと妻に断られてしまう。
そこでラクシュミは生理用ナプキンを手作りするが、うまくいかない。
女子大でアンケート調査をしようとしたり、自分で試着したりと試行錯誤するが、
そんなラクシュミの行為は田舎町で波紋を呼び、恥じた妻は実家に帰ってしまう。
失意の中、あきらめきれないラクシュミは都会に出て研究を続け、
ついに低コストでできるナプキン製作の試作機を開発。
デリーからやってきた女性パリーという協力者を得て、発明コンペにその試作機を出品する。

■レビュー

仕事柄インドには毎年のように行くが、
私が男性なのでインド人女性が置かれている立場はわからない。
正直、本作でも初めて知ることが多かった。
映画で描かれるのは今から十数年前のインド。
インドでは当時(今も?)、高い生理用ナプキンを買うお金がなく、
不衛生な古布を洗って使い、そこから感染症になる女性も少なくなかったという。
また、生理中の女性は「穢れ」とみなされ、生理期間中は家の中で眠ることも許されない
という習慣が映画の中に出てくる(ベランダのイスで寝る)。
これは保守的な農村部だからなのかわからないが、
それも含め「生理」を話題にすることも避ける姿は、
やはり「穢れ」とする習慣があるからだろう。
そんな中で、ひとり大のオッサンが手作りナプキンに奔走する姿は、
田舎町でなくとも “ヘンタイ”にしか見えない。
まあ、映画では誤解を招くように誇張しているというのもあるが、
女子大の入り口で女子大生に手作りナプキンを配ってアンケートを取ろうとしたり、
初潮を迎えた近所の女の子のところに夜こっそり行ってナプキンを手渡ししたり、
テストのため動物の血で濡らしたナプキンを自分で装着して自転車に乗ったり(わざわざ白いズボンで)と、その後の“大惨事”を予想してハラハラしてしまう。
いや、周りから見たら“変質者”でしょ(笑)。

また、いたるところでインド人の宗教観が問題となるのも、日本人の意表をつく。
「聖なるナルマダ川を動物の血で穢した」と。そこが問題か。

そんなラクシュミの協力者になるのが、都会(デリー)の裕福なシク教徒の娘だ。
教育をきちんと受けて進歩的な考えというところで、
“恥”の文化で育った田舎育ちのラクシュミの妻と対照的に描かれている。
試行錯誤を続けながら、ラクシュミがあきらめずに続けるのは、妻への愛だけでなく(妻には実家に帰られしまうのだから)、ラクシュミの物作りの職人気質に火がついたからだろう。

ラスト近く、ニューヨークの国連に招かれたラクシュミのスピーチは感動的。
つたない英語で、わかりやすく自分の考えを述べるが、
素朴でストレートな主張だからこそ、人々に響くのだ。
そしてこの映画が、インドの人々に向けた志の高い啓蒙映画でもあることに気づくだろう。
★★★☆

■映画の背景

・主人公のモデルとなったアルナーチャラム・ムルガンダ氏は、南インドのコインバートル出身。映画ではデリーの発明コンテストとなっているが、実際の場所はチェンナイだった。

・映画では、主人公が暮らしているのはマディヤ・プラデーシュ州のインドール近郊のマヘシュワールに変更されている。マヘシュワールは聖なる川ナルマダ川に面した田舎町で、映画でもフォートに面したガートが重要な場所として何度も登場する。また、ここはインドールを都としたホールカル家が、18世紀の女性当主アヒリヤー・バーイーの治世の期間、遷都されていた町でもある。映画にはそのフォート前が出てくる。

・マヘシュワールから都会に出た主人公が行くのは、おそらくインドール。デリーから公演に来たパリーが主人公と出会うのもおそらくここ。しかし映画では、パリーの宿泊ホテルはマヘシュワールに近いマンドゥのマルワ・リゾートとなっている(乗っているタクシーにも名前が書かれている)

2018年4月25日水曜日

ダンガル きっと、つよくなる

2016年

監督 ニテーシュ・シュワーリー
出演 アーミル・カーン
公開 2018年4月6日より、全国公開中

■ストーリー
 レスリングで、国のチャンピオンにまで上り詰めたマハヴィル。
引退した彼の夢は、自分の息子に金メダルを取らすことだった。
しかし生まれてきたのは女の子たちばかり。
夢を諦めかけたマハヴィルだが、ある日、娘のギータとバビータが
近所の男の子たちを喧嘩で負かしたことから、新たな希望が生まれる。
二人への特訓が始まった。
厳しい訓練に反抗する二人だが、やがて父親の深い愛情を知り、
また勝利の喜びも知り、前へ向かって進み出す。
数年後、国内の名だたる大会に出場している2人の姿があった。
やがてギータは国の代表選手に選ばれるが、
父とは次第に疎遠になっていく。。。

■レビュー

すでに観た方もいらっしゃるでしょう。
地元の映画館では今週いっぱいなので、急いで行ってきた。
ストーリーは単純。
もと国の代表レスラーだった父が、自分が取れなかった
金メダルの夢を子供に託そうとするが、生まれてきたのは女の子たちばかり。
そこで、父はスパルタ教育で娘たちを強くし、
一流選手に育て上げるという話で、しかも実話を元にしている。

最初は馬鹿にしていた村人たちも、
娘たちが勝ち進みだすと賞賛のまなざしに変わり、
反抗していた娘たちも勝利の喜びと父の深い愛情を知り、
前に向かって進み出す。

インド映画でおなじみのミュージカルシーンはないが、
時折挟み込まれる歌が、ストーリーを補完(覚えやすい曲ばかり)。
成長した長女が都会に出て、親離れしていくところは、
こっちは完全にオヤジの気持ちで、時に涙腺決壊。
「頑張れば夢は叶う」という超ポジティブストーリーも、
2時間半の夢を観客に見せてくれる、
映画館の暗闇のマジックを最大限に生かしている。
後ろを振り返ったら、スクリーンを見つめている
観客の顔がみな、幸せそうだったもの。

人権問題に関心を示しているアーミル・カーンだが、
本作はインドの女性が置かれている社会環境にも問題提起をしている。
成長しても、そのまま結婚して家庭に入り、
家事労働するしかない一生を強いられているインドの女性たち。
本作は、自分で自分の道を切り開くことが、
インドの女性たちにとっても夢ではないという、
メッセージも込められているのだ。

映画館を出た時は、頭の中では主題歌の
「ダンガル!ダンガル!」がぐるぐると回っていた。
★★★☆

PS.
映画とは関係ないところで気づいたのは、
2010年のデリーで行われたコモンウェルス大会がハイライトになるのだが、インドにおいてはオリンピックよりも重要な大会ということ。
確かにあの時、インド人、大騒ぎしていたし。
あと、インド国歌を初めてちゃんと聞いたこと。
それとインドでは、官僚は怠け者で仕事をしないとみんなが思っていることだなあ。

2017年3月25日土曜日

汚れたミルク あるセールスマンの告発

Tigers
 


2014年
監督:ダニス・タノヴィッチ
出演:イムラン・ハシュミ、ギータンジャリ、ダニー・ヒューストン、カーリド・アブダッラー
配給:ビターズエンド
公開:3月4日より新宿シネマカリテほかにて上映中
公式HP
www.bitters.co.jp/tanovic/milk.html

今や、完全母乳で赤ちゃんを育てる家庭はそう多くはなく、
たいていの家庭なら粉ミルクを子供に飲ませた経験があるだろう。
日本ではだから「粉ミルク」が問題になるとは、誰も思わない。
しかし国や地域が変わればそうはいかない。
もし粉ミルクを溶かす水が、十分に殺菌されていない、
汚染されている水だったら?
生まれたばかりの赤ちゃんは、
まず“母乳”で免疫力をつけるといわれている。
そしてまだ免疫力があまりついていない赤ちゃんが、
雑菌で汚染された水で溶かされた粉ミルクで育てられたら?

結婚したばかりの薬の営業マンのアヤンは、
幸運にも多国籍企業のラスタ社への転職に成功する。
ラスタ社が製造する粉ミルクの営業担当になったアヤンは、
上司からの豊富な資金を利用して、
決定権のある医師や薬局にうまく取り入っていく。
1997年、順風満帆だったアヤンだが、粉ミルクの不適切な使用で
多くの乳児が命を落としていることを知り、ショックを受ける。
自分が良かれと思って売っていた粉ミルクによって、
結果的に子供達が死んでいたのだ。
アヤンは仕事を辞め、企業を告発しようとするが、
そこには多くの障害があった…。

この映画の監督は、ボスニアの内戦を描いた
『ノーマンズ・ランド』でアカデミー外国語映画賞を受賞した、
ボスニア出身のダニス・タノヴィッチ
そんな彼が本作で選んだ題材の場所は、
ヨーロッパではなくパキスタンで実際に起きた事件だった。

まず、誤解なきよう。粉ミルク自体が、
赤ちゃんに害を与えるものではない。
しかし問題は、水道をひねれば消毒された水が飲めるという
先進国では当たり前のことが、
途上国ではそうではないということを知りつつ、
感染のリスクを周知させることなく販売したということだ。
主人公である営業熱心なアヤンは、「そういうものだ」と
教えられ、病院や薬局で力ある人たちに付け届けを送る。
今は知らないが、日本でも前はまったく同じことをやっていた。
自分が扱っている薬を、
その薬局で取り扱ってもらえれば利益が大きい。
なのでとにかく足で通って、情やあるいは“贈り物”で、
その商品を扱ってもらうようにしていた。
ここでは医師がすすめる粉ミルクなので、
当然出産後の母親はそれを購入して使うようになる。
しかし加熱、沸騰した水ではなく、
またミネラルウォーターのボトル水でもない。
パキスタンに限らないが、
途上国の上水は飲料に適していないところがある。
また、地域によっては井戸水を使っているところもあるだろう。
大人が飲んでも、まあ大丈夫程度の水でも、赤ちゃんは違う

もちろん、その結果、赤ちゃんが死んでも
粉ミルク自体のせいではない。
ただ問題は、そうした事件が起こっているのを知りながら、
企業が何ら注意喚起をもとめることもせず、またそれを放置して製品を売り続けたこと
だ。
そして、それが裁判沙汰になっても、
「下の人間が勝手にやったことで、組織ぐるみではない」と、
責任を回避する。
しかしそれは企業倫理に照らしてどうなのか。
法さえ犯していなければ、子供が死のうが
それは“自己責任”として「関係ない」のか。

この映画にひねりがあるのは、この大企業(ネスレ)から、
名誉毀損で訴えられる可能性があり、
裁判でも負ける可能性があるので、
ドキュメンタリーや再現ドラマというわけでなく、
この事件を取材してテレビ番組を作ろうとするスタッフが、
主人公であるアヤンに話を聞くという体をとっている。
そこでアヤンの証言自体の真偽が問われることがあり、
企業と食い違いがあって
証明できないものは、そのまま見せている。
判断は観客に任せているのだ。

ドキュメンタリーの製作会議に、法的に問題ないか弁護士がつくのも、ちょっと驚いた。

当然ながら本作はパキスタンで撮影できず
(大企業と政府はつながっているので)、インドで撮影
製作にインド資本も入っており、インド人のイムラン・ハシュミが主人公を演じている。
★★★