2019年11月10日日曜日

盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲


ANDHADHUN


2018年/インド
監督:シュリラーム・ラガヴァン
出演:アーユシュマーン・クラーナー(『ヨイショ!君と走る日』)、タブー(『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日間』)、ラーティカ・アープテー(『パッドマン 5億人の女性を救った男』)
配給:SPACEBOX
公開:1115日より新宿ピカデリー、アップリンク他、全国

●ストーリー
ピアニストのアーカーシュは、自分の感性を磨くために見えなくなるコンタクトをつけていて、ふだんは盲目を装っていた。かつての映画スターに、家での演奏を頼まれたアーカーシュがピアノ演奏を始めると、目の前にスターの死体が。映画スターの妻シミーと不倫相手による殺人だった。目が見えないことでその場を切り抜けたアーカーシュだが、やがて盲目を疑われて犯人たちに命を狙われることになる。

●レビュー
近年は、歌と踊り、アクション、コメディ、長時間と行った、昔のインド映画のイメージから離れたインド映画が増えてきている。昔ならたまのお出かけなので、毎回、幕の内弁当や五目そばでよかったのだが、趣向が様々になり、カキフライ弁当や家系のラーメンが食べたくなるようなものだ。本作もそんな最近のインド映画の潮流を感じさせる作品だ。ピアニストが主人公の本作なので音楽シーンは満載だが、ミュージカルシーンはない。公開されると、その巧みなストーリーテリングはインドの批評家たちにも高評価を受け、大ヒットになった(インド映画歴代14位、世界興収64億円)。

「言えないワケありの主人公が命を狙われる」というのはサスペンスの王道で、さらに先の読めない巧みな脚本が話を盛り上げる。しかし先の読めなさがハリウッド映画と少し違い、登場するキャラクターが実にインド的な人たちというところがある。特に驚くのが後半で、新しいキャラが出てきて裏切りや騙し合いが続き、話が違う方向へ強引にそれて行くのは、エネルギーがあった頃の香港映画のようで面白い。
かくして主人公が窮地から脱しようとする一方、死人が増えて行く。誰もが脛に傷があり、誰に感情移入していいかもわからなくなる。誰も信用できないのだ。

きっと監督はコーエン兄弟作品やタランティーノ作品が好きなのではないかという語り口だが、監督によれば、映画の最初のタイトルはフランソワ・トリュワーの『ピアニストを撃て!』を使おうと思ったらしい(ノワールものが好きということで共通している)。
俳優では、本作では悪役だが主人公以上に魅力的なのが、映画スターの妻役のタブーだ。悪役だが、どのくらい悪いのかがわからないところが、彼女に感情移入したりしなかったりという効果を引き出している。
★★★☆前原利行)

●映画の背景
映画の舞台となる都市は、西インドのプネー。人口300万人を超えるインドで9番目の人口を誇る都市だが、映画に出てくることは少ないと思う。
映画のラストに登場するクラブは、映画では「欧州のどこか」になっているが、ポーランドのクラクフ旧市街にある。主人公のバンド名が「アズナブール・アンサンブル」になっているのは、『ピアニストを撃て!』の主演がシャルル・アズナブールだったことから。