2019年11月19日火曜日

台湾、街かどの人形劇


台湾「布袋戯」の伝統を守る人間国宝・陳錫煌を追った10年の記録

紅盒子/Father
2018/台湾

監修:侯孝賢
監督:楊力州(『あの頃、この時』)
出演:陳錫煌
公開:1130日(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー
公式HP:http://machikado2019.com/

レビュー

侯孝賢監督の映画を好んで観ている方なら、李天禄(リー・ティエンルー,1910-1998)という名脇役をご存知だろう。『戯夢人生』('93)ではセミドキュメンタリーという形で彼の半生が描かれているが、元々は「布袋戯」(ポテヒ)と言われる民間芸能の国宝的名手である。本作は、その李天禄の芸を受け継ぐ長男の陳錫煌(チェン・シーホァン)にスポットを当てた、彼の人生と「布袋戯」の現状を描くドキュメンタリーだ。

80歳を超えた高齢ながら、精力的に国内外を公演して回る陳錫煌。公演の前には、常に持ち歩いている赤い箱(原題は『紅盒子(赤い箱)』)に入った”田都元帥”という戯劇の神様に礼を捧げる。袋状になった人形に手を入れ、指を器用に動かし動作と表情をつける。繊細な動きから、激しいアクションもお手のもの。ワイヤーアクションを思わせる動きは、武侠映画とどちらが先なのだろうか?カメラは袋人形をぬいだ陳錫煌の素手の指の動きをも捉える。簡単そうに見えて実は難しそうだ。

かつて「布袋戯」は隆盛を極めた。台湾全土に7つの流派があり、祭りの際、廟などで催される公演にはたくさんの人が集まった。しかし70年代からは衰退の一途を辿る。娯楽がテレビに取って代わり、テレビで放映される現代アレンジされた布袋戯は人気を博すことはあったが、政治的理由で放映禁止になったり、伝統的なものは客の足が遠のいてしまったのだ。台湾語で口上を述べる形式も、国語教育で台北周辺では誰も解さなくなっていったのも一因だろう。それゆえ、陳錫煌は海外公演にも活路を見出したのかもしれない。現在、幸いにも陳錫煌にはフランス人を含む頼もしい弟子たちが数人いるが、全てを伝承するには時間が足りないと焦っている。

一方で、映画は李天禄と陳錫煌の父子関係に迫って行く。
2人の父子関係はちょっと複雑そうだ。父・李天禄が陳家に婿養子に入ったことから、長男が陳家の姓を受け継ぎ、次男が李姓を継いだ。つまり父・李天禄が1931年に創設した「亦宛然掌中劇団」を次いだのは弟の方だった。
陳錫煌は暖簾分けという形で1953年に「新宛然」を設立して以降、独自の活動をして名声を得ていた。しかし、弟が2009年に逝去すると新たに劇団「陳錫煌伝統掌中戯団」を設立。あの赤い箱に入った”田都元帥”を継承することで、現在に至るというわけだ。映画から受けるイメージとは裏腹に父・李天禄は芸事に厳しく、日常ではほとんど話さなかったという。
自らもあまり語ろうとしない陳錫煌だが、多くを語らずとも「布袋戯」と弟子たち対する温かい想いが伝わってくる。後継の為に老体にムチ打ちながら、惜しみなく自らの技術を動画に納めようとする姿に熱いものがこみ上げてくる。

(カネコマサアキ★★★)

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