2021年7月31日土曜日

アウシュヴィッツ・レポート

勇気ある脱走者のレポートが、12万人のユダヤ人の命を救った実話を映画化



The Auschwitz Report

2020年/スロバキア・チェコ・ドイツ
監督:ペルテ・ベブヤク
脚本:ジョセフ・パシューテカ、トマーシュ・ボムビク、ペルテ・ベブヤク、
出演:ノエル・ツツォル、ぺテル・オンドレイテカ、ジョン・ハナー、ヤン・ネドバル
配給:STAR CHANNEL MOVIES
上映時間:94分
公開:2021年7月30日(金)より 新宿武蔵野館他全国順次公開
HP:https://auschwitz-report.com


●ストーリー
 1944年4月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。遺体の記録係をしているスロバキア人のアルフレートとヴァルターは、毎日多くの人々が殺される収容所の惨状を目の当たりにしていた。彼らは、その残虐な行為の証拠を持ち出し、外部に訴えるため脱走を決行し材木置き場に身を隠す。二人がいないと気づいたドイツ兵は、同じ収容棟の囚人らを極寒の野外に立せて執拗に尋問を繰り返していた。数日後、機会をうかがっていた二人はやっとのことで収容所の外に脱出し、国境を目指して山林を歩き続ける。
 その後救出された二人はアウシュヴィッツの実態を赤十字職員に告白し、レポートとして提出する。

●レヴュー 
 アウシュビッツ=ビルケナウ収容所は、ポーランド南部の村に作られた強制収容所で、ユダヤ人をはじめ多くの人々が理不尽にも命を落していった。その犠牲者の数は110万人を超えると言われている。本作は、強制収容所を命懸けで脱走した2人の若いスロバキア系ユダヤ人によって、強制収容所の実態が国際赤十字にもたらされ、初めて世に伝わったという実話に基づく作品である。今では歴史的真実であるホロコーストも、当時、事実を知る者たちによる命がけの行動がなければ、その実態は世に知らされることはなかった。

 事実を伝えなければという思いが、二人の若者を決死の覚悟の脱出へと駆り立てる。厳しい道のりだったが、山で民間人に助けられ国際赤十字の担当者へ面会が叶い、強制収容所の実態が初めて驚きを持って伝えられる。それまで「難民キャンプ」と思われていた収容所で実際は何が起こっていたのか、誰も見抜けなかったのだ。
 そして、収容所では、残された人々が過酷な状況に置かれていく。極寒の中、野外に何日も立たされ、手引きした者を割り出そうとするドイツ兵から執拗に尋問を受けていた。だが誰も口を割らない。ドイツ兵の苛立ちも極限に達していく。そうした迫感感が見事に演出されて胸をつかれる。とりわけ凍てつく夜間、立ち続ける人々の姿が薄暗いライトに照らされるシーンは収容所の凄絶さが伝わってくる。
 
 後半、二人はレポートを書き上げるが、そのレポートがどう伝わり、どう効力を発揮したのかは詳しくは語られていない。ハンガリー政府はユダヤ人の移送を断念し、10万人を超える命が救われたとされるが、その後も多くの人が強制収容所に送られ、犠牲者を出し続けた。
 今日に至るまでホロコーストの悲劇を描いた作品が数多く発表されている。こうした映画の意味は、単にナチスが行なった蛮行を語り継ぐということだけではないだろう。映画の冒頭でジョージ・サンタヤーナの言葉「過去を忘れる者は、同じ過ちを繰り返す」が引用されている。そしてエンドロールでは、過去から学ぶことなく発言された「現代の声」がコラージュされて流される。非人道的な犯罪や行為、差別は、今なお世界各地で繰り返されている。最も大事なのは、きちんと過去を知り、そこからしっかり学ぶことだろう。それは、国際社会の一員として生きる日本も同じだとこの作品は教えてくれる。(★★★☆加賀美まき)

2021年7月20日火曜日

親愛なる君へ

同性パートナーの遺児と母親の面倒をみるピアノ教師。
彼が犯した罪と贖罪をミステリー仕立てで描く。


親愛的房客/Dear Tenant
2020年/台湾
監督・脚本:鄭有傑
出演:莫子儀、姚淳耀、陳淑芳、白潤音
配給:エスピー・オー、フィルモット
上映時間:106分
公開:7月23日(金)シネマート新宿ほか全国順次公開
(レインボー・リール映画祭で先行上映)

●ストーリー

老女・秀玉(シウユー)の介護をしながら、その孫・悠宇(ヨウユー)の面倒を見ているピアノ教師の青年・健一(ジエンイー)。血の繋がりのない、ただの間借り人がそこまで尽くすのは何故か。彼らが今は亡き同性パートナーの残した家族で、そうすることが彼への何よりの弔いだからだ。
しかし、秀玉が急死すると、健一に疑いの目が向けられてしまう。警察の捜査により不利な証拠が次々と見つかり、健一はあっさりと罪を認めてしまうのだが…。物語は真相を明らかにしていく。

●レヴュー

この映画に流れてる通奏低音は「痛み」だろうか。
亡きパートナーの老母・秀玉は糖尿病を患っていて、しかも末期的症状で足が壊死しかかっている。老人は痛みに抵抗力が無くなり、我慢がきかず、時にわがままに振る舞う。この役で金馬助演女優賞を得た陳淑芳の演技と存在感が強烈な印象だ。この痛みは秀玉の痛みだけでなく、主人公健一の恋人を失った心の痛みであり、彼を助けられなかった呵責から来る痛みであり、その全てが集約され体現されているように見える。それゆえに、何としても彼女の痛みを、自分の痛みを、癒したいと思い麻薬を手に入れるのだ。

そして「痛み」という通奏低音に並走し和音となるのが「罪」である。
登場人物は多かれ少なかれみな罪を犯している。亡きパートナーが元妻を騙し、健一と付き合っていたこと。パートナーの兄が母親の面倒を見ずに上海へ渡ってしまったこと。悠宇が知らぬ間に犯した罪。そして健一の犯した罪。起訴された罪状では限りなく冤罪ではあるが、それ以外で大きな罪を犯していることが終盤で語られる。

ドラマはかなり込み入ったミステリー仕立てになっていて、それこそが人間の奥深さ、業の深さを物語るようだ。同性婚がアジアで初めて認められた台湾であるが、これで全てOKというのは早合点かもしれない。ジェンダーのアイデンティティは時と場合によっては揺らぐものだし、人の愛は長くは続かない。相続や親権の問題もヘテロの結婚制度と同じで、問題は常に生じるのだ。
同性カップルの出会いと蜜月をもっと甘く描いたり、子供・悠宇との信頼関係を強固に描いても良いと思うのだが、終始シビアな目線で描かれているのが特徴で、現実の厳しさを感じさせる。

主人公たちが暮らす戸建てのビルはあの基隆港を展望できる立地にあり、その雰囲気も印象的だ。原題は『親愛的房客/Dear Tenant』で”親愛なる間借り人”という意味だが、この言葉は恐らく老母・秀玉から発せられたものだろう。中華映画のクラシックに『七十二家房客』(1963,1973)という作品がある。家主が間借り人たちを追い出そうと騒動になる物語だが、華人たちはこのストーリーが頭の片隅にあるかもしれない。最初は秀玉にこの悪どい家主を重ねるだろうが、のちの彼女の選択に意外性を持って見終えるに違いない。そして人を評価するのにLGBTQのセクシュアリティは全く関係ない、と気づくのだろう。

(★★★☆カネコマサアキ)

●関連事項

第57回台湾金馬獎 最優秀主演男優賞 最優秀助演女優賞 オリジナル音楽賞受賞
第22回台北映画獎 最優秀主演男優賞

2021年7月10日土曜日

1秒先の彼女

アラサー女子が目覚めたらバレンタインデートの日がスキップされていた。「時差」が生んだファンタジーコメディ。『熱帯魚』などのチェン・ユーシュン監督の久々の日本公開作。

 



消失的情人節 My Missing Valentine   

2020年/台湾
監督:
チェン・ユーシュン

配給:ビターズ・エンド
上映時間:119分
公開:2021年6月25日(土)より

公式HPhttps://bitters.co.jp/ichi-kano/

 

ストーリー

郵便局で働く30歳のシャオチーは、幼い頃から何事も人よりワンテンポ早い。目覚ましより常に早く起きるし、目を開けた写真もない。ある日、シャオチーはハンサムなダンス講師と出会い、七夕のカップルイベントに出演する約束をする。しかし彼女が目覚めると、すでに七夕の翌日になっているばかりか、身体には覚えのない日焼けのあとが。シャオチーは失くした1日を探そうとするが、それには毎日窓口にやってくる変わり者の青年が関係していた。

 

 

レビュー

90年代に『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』などの作品で注目された台湾のチェン・ユーシュン監督。

その後、長編映画から離れていた時期があり、久しぶりの日本公開作になる。

 

郵便局の窓口にいるシャオチーのもとに、切手を一枚ずつ買いに来る青年グアタイ。

映画の中盤までは彼は、ストーリーには絡まないモブキャラなのだが、

ちょうど映画の真ん中あたりで、突然主人公が彼に入れ替わる。

そこから今まで語られた物語が、今度は彼の視点で語られ直すのがポイントだ。

 

普通の恋愛ものだと思って見ていると、ここで本作は一気に謎解きものに進んでいく。

なぜ、グアタイは顔に怪我をしていたのか。なぜグアタイはなぜシャオチーのことを知っていたのか。

シャオチーの失踪した父親はどこへ行ったのか。

 

その仕掛けは、ミステリーというよりもファンタジー(ホラー?)的な理由なのだが、

「そういう考えもあるかもしれない」と新鮮だった。 

人生長い目で見れば帳尻が合うようにできている。

そう思えば生きていて気が楽になるのではないか。それが本作のメッセージなのだろう。

 

現在のコンプライアンス的にはギリなシーンもあるが、

まあ、「もし自分がそのシチュエーションなら」と思う人もいるので、わざと入れたのだろう。

  

シャオチー役のリー・ペイユーがとても魅力的。 

30歳という微妙な年頃だが、天真爛漫な少女にも図々しいオバサンのようにも見え、身近にもいそうな親近感のある魅力を生んでいる。

 

(★★★☆前原利行)