2022年11月18日金曜日

擬音 A FOLEY ARTIST

 映画に命を吹き込む音響効果技師を通して見えてくる台湾映画史


擬音 A FOLEY ARTIST
2017台湾
監督ワン・ワンロー(王婉柔)
出演フー・ディンイー(胡定一)、ほか
配給太秦
上映時間: 100
HP: https://foley-artist.jp/
公開: 20221119() K’s Cinemaほか全国順次公開


ストーリー

台湾映画界で活躍してきたフォーリー・アーティストの胡定一(フー・ディンイー)。彼の40年に及ぶ仕事と、台湾~中華映画史を振り返るドキュメンタリー


レヴュー

映画に効果音をつける職人のことを、フォーリー・アーティストという。サイレントからトーキーへの過渡期、1920年代後半に、アメリカのジャック・フォーリーによって編み出された技法が受け継がれ、その名が配されている。人が歩く時の足音、衣ずれの音、ドアを開ける音、風が吹く音。映画を生きたものにするためには欠かせない仕事だ。
台湾映画界のレジェンド、胡定一は、スタジオ内で画面の質感を想像しながら、様々な道具を選び、巧みな腕捌きで音を生み出していく。キン・フー映画を思い出すような、剣を鞘から抜く音などは金属のヘラを使っている。
 
胡定一は1975年、台湾中央電影に入社(映画技術訓練班3期生)、6年ほどの下積みを経て、王童監督『村と爆弾』(87)、『バナナパラダイス』(89)、蔡明亮『青春神話』(92)、『九月に降る風』(08)など、100以上の作品の録音や効果音を担当し、40年に渡り活躍してきた。少々マニアックな話になるが、彼の先輩には編集の廖慶松、録音技師の杜篤之、2期下に李屏賓がいる。あの台湾ニューシネマを技術面で支えてきた重鎮たちだ。彼らに比べると、胡の名前があまり知られてないのは、台湾ニューシネマの台頭が、「同時録音」技術が確立することと深く関係しているからだと思われる。(オリヴィエ・アサイヤス監督のドキュメンタリー『HHH: 候孝賢』(97)の杜篤之のコメントを参照したい)  また、ニューシネマ以前の台湾映画界では演じてる本人ではなく、別の声優によるアテレコが主流だった、というのも意外だ。

一人のフォーリー・アーティストを通じて、台湾映画史、さらには中華映画史を俯瞰しているのが白眉だ。初期の中国映画トーキーから、台湾ニューシネマの名作群、金馬奨の最優秀音響賞を獲ったロウ・イエ監督『ブラインド・マッサージ』(14)まで、引用される映画の数は相当なものだ。珍しいところでは台湾、大陸中国で大ヒットしたというルーマニア映画『簡愛』(70、ジェーン・エア)の情報もあった。


一方、大陸中国では制作本数の増加に伴い、音響技師たちは多忙を極めている様子が触れられ、現在の台湾の状況とは対象的だ。職人的要素が強く、他の部門へのシフトが難しい、つまり「潰しがきかない」フォーリーという仕事には、後継者がほとんどおらず、胡に至っても最近ようやく女性の弟子がついたくらいなのだ。部門整理で中央電影を解雇され、フリーとなった彼がデジタル時代にこれから活躍できる場所があるのか、若い世代への技術の伝受は進むのか、今後も見守りたいところだ。アニメ『幸福路のチー』(17)も彼の仕事だと知り、少し安堵している。

(★★★ カネコマサアキ)


関連事項 

王婉柔(ワン・ワンロー)監督の次作、『千年一問』(20)は、日本でも知られる漫画家・鄭問(チェン・ウェン)の人生を追ったドキュメンタリー。こちらもおすすめだ。

2022年11月12日土曜日

あなたの微笑み

くすぶる映画監督が自作を売り込みにいく映画館巡りの旅


2022年/日本
監督:リム・カーワイ
出演: 渡辺紘文、 平山ひかる、 尚玄、 田中泰延
配給::Cinema Drifters
上映時間:103分
公開:11月12日(土)よりシアター・イメージフォーラム、
12月3日よりシネ・ヌーヴォ他全国順次公開

●ストーリー

栃木の田舎町で、くすぶり続ける映画監督の渡辺紘文。映画製作団体「大田原愚豚舎」を旗揚げし、東京国際映画祭ほか数々の受賞歴を持つ渡辺は、自他ともに認める“世界の渡辺”である。しかし“世界の渡辺”もいまは脚本も書けず、大手映画会社から依頼がくることもなく、地元の仲間たちと悪態をつきながら日々を過ごしている。ある日、旧知のプロデューサーから、世界的映画監督の代打で沖縄での映画制作の話が舞い込む。久々の映画制作に浮足立つ渡辺が沖縄に向かうと、「いますぐ俺を主人公にして映画を作れ」という“社長”に高級ホテルに缶詰めにされるが…。


●レヴュー

渡辺紘文監督の『プールサイドマン』(16)を東京国際映画祭のラインナップで知り、ぜひ観たい、と思いつつ機会を逃している。
劇中にもあったが、自主映画監督の特集上映は一週間ほどの期間しかなく、タイミンングが合わなかったりすると見逃してしまうことも多い。しかし、作品を見ずとも、映画ファンなら、渡辺監督が栃木の田舎町で映画製作集団「大田原愚豚舎」を立ち上げ、地元に密着した作品を撮っていることは、よく知られてることなのではないだろうか。

本作『あなたの微笑み』は、その渡辺紘文監督自身が、「監督自身の役」で登場する。自主映画監督が自分の作品を劇場へ売り込みに行く、という物語だが、一風変わったフィクションとドキュメンタリーが混ざり合った虚実皮膜な作品である。自主映画(あるいはインディーズといったほう良いだろうか)監督がどのような生活を送り、生計を立てているのかが実によくわかる内容だ。

沖縄のパートまでは、いかにも脚本があり、演じてる、という感じだが、本州から北海道にかけて、監督が自分の作品を上映してほしいと営業を兼ねて映画館巡りをする部分は、かなりドキュメンタリー寄りである。一方で、劇中には「映画のミューズ」(平山ひかる)が様々な役柄に変化して登場し(さながら『華やかな魔女たち』(67)のシルヴァーナ・マンガーノのよう)、フィクションであろうとする。この虚実のバランスがとても良く、この作品の魅力になっている。冒頭はフィクション然としていたものが、だんだんと独自の映画的リアリティを獲得していくのだ。

この映画のもう一つの主役は、全国の個性的な映画館とそこで働く人たちだ。南国の沖縄・首里劇場から、大分・ブルーバード、福岡・小倉昭和館、鳥取・ジグシアター、兵庫・豊岡劇場、雪が舞い落ちる北海道・サツゲキを経て、日本最北端の映画館・大黒座まで…。全国にはこんなに多様で素敵な映画館があるのか!と感嘆せざるえない。だが、コロナ禍も相まって、既に閉館した所もあるというのが実情である。悲しいかな、貴重なアーカイヴ映像となりつつある。


この欄でも何度か言及してる監督のリム・カーワイはマレーシア出身の華人。Cinema Drifter(映画流れ者)を名乗るだけあって、経歴、半生がまさに「旅人」である。大阪大学基礎工学部電気工学科卒業後、通信業界を経て北京電影学院監督コース卒業。北京、香港、大阪、バルカン半島で作品を作り、大阪三部作のひとつ『カム・アンド・ゴー』(20)は全国公開されたので、ご存知の方も多いと思う。また、香港映画祭を主催、配給も手がけ、八面六臂の活躍に目が離せない。
そんな監督ゆえ、外側からの目線、日本の状況や配給システムに目がいくのだろう。映画製作者から劇場を通して観客に届けるまで、映画愛に溢れた作品である。

(★★★☆カネコマサアキ)