2020年11月17日火曜日

ホモ・サピエンスの涙

 33のエピソードで紡がれる、この時代に生きる人々への映像詩



About Endlessness

2019年/スウェーデン、ドイツ、ノルウェー、、
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
出演:マッティン・サーネル、イェッシカ・ロウトハンデル、タティアーナ・デローナイ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:76分
公開:2020年11月20日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
HP:http://www.bitters.co.jp/homosapi/

●ストーリー
 高台にあるベンチに座る男と女。鳥の群が飛んでいる。「もう9月ね」永遠に続きそうな、穏やかな時間が流れる・・。
 美味しい夕食で妻を驚かそうとしていた男。数年ぶりに再会した友人に声をかけるが無視される。彼の横をその友人が再び通り過ぎるがやはり無視されてしまう。
 ぼんやり別のことを考えていたウエイター。唯一の客にワインを注ぐが、溢れてどんどんテーブルに広がっていく。助けを呼ぼうにも店内には誰もいない。
 さまざな人たちの33のエピソードが紡がれていく。

●レヴュー 
 淡々としたナレーションに導かれて、小さな33のエピソードが続いていく。色彩を抑えたブルーグレートーンの画面。登場する人々の動きはおしなべて緩やか。表情の変化も言葉も少なめで、時折静止画を見ているのかと錯覚してしまう。そこに散りばめられているのは、時代も世代も異なるが、どこか(文章や映像の中かもしれないが)で見聞きしたような市井の人々の人間模様。そんな彼らの姿に次第に惹きつけられていく。短いエピソードの断片は、最初は詩的なものにも感じられるのだが、実は自分の近くで起きていたかもしれない、不器用な人間たちのありのままの姿だと気付かされる。映像の魔術師と言われるロイ・アンダーソン監督は、そんな人間たちの愛すべき姿をユーモアとシニカルな独特の視線で描き出している。
 ひとつひとつのエピソードに、押し並べて関連性はないようなのだが、凡庸な人々の姿の合間に、20世紀を訓誡するような戦争の敗北者を登場させる。その中に、シャガールの絵に着想したという、空爆で破壊された都市の上空を飛ぶカップルのエピソードが印象的に織り込まれている。そのバランスが絶妙で意味深く、切れ切れにも思えるエピソードを見事に一つの作品にまとめ上げていると思う。

 もうひとつの見どころは、アンダーソン監督の構図・色彩・美術など細部に至るまで徹底的なこだわり。ほぼ全て、監督自身の巨大なスタジオにセットを組み、ワンシーンワンカットで撮影されている。前出の空爆された都市は、1/200の縮尺でケルンの街並みの模型を建てたという。そのディテールの再現、画面全体のグレーのグラデーションが秀逸。多くの絵画からインスピレーションを得ている監督だが、特に美的にも印象的なシーンになっている。
  
 そして、この作品を見ながら、不思議な感情が沸き起こった。薄雲に覆われたような世界、人の少ない空間、言葉少なに距離を取る人々の姿。監督はこの作品のテーマは人間の脆さだと語っているが、まるで新型コロナウイルス感染症によって様変わりした今の社会を予言していたかのようだ。人類が繰り返し経験してきた敗北、人間が誰しも抱える孤独、憂いや悲しみ。今まさにその渦中にあって、私たちはもがいていると思う。この作品の小さなエピソードから何を感じるかは観客に委ねられていると思うのだが、意味深長な逸話が多い中、3人の若い女性たちが、流れてきた軽快な音楽に合わせて道で楽しく踊リ出すシーンが、不思議と心に残る。人間の小さな希望や喜びがまた新しい世界へと繋がっていくのだと思わせてくれるからかもしれない。人生悲喜こもごも。悪いこともあるが、そればかりではない、原題の『無限』にその思いが込められていると思う。
(★★★☆加賀美まき)

76回ベネチア国際映画祭 銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞。

2020年11月16日月曜日

セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選

 

 

そのほとんどの作品が主要国際映画祭に出品されているという、ドキュメンタリー作家セルゲイ・ロズニツァ。

今回《群衆》をテーマにした3作品の連続上映が行われるが、日本では今回の特集上映が初上映になるという。スターリンの国葬の記録映像を再編集した『国葬』、政府の自作自演だった裁判を描く『粛清裁判』、ダークツーリズムを考えさる『アウステルリッツ』の3本だ。

 

監督:セルゲイ・ロズニツァ

配給:サニー・フィルム

公開日:202011141211日シアター・イメージフォーラム

公式HPwww.sunny-film.com/sergeiloznitsa

 

 


 

 

国葬 State Funeral

 

2019年/オランダ、リトアニア

 

195335日、ソ連の指導者スターリンの死がソビエト全土に報じられた。世界最大級の国葬のため、彼の死を嘆く人々や世界各地から要人たちが集まってくる。首脳陣たちのスピーチが壇上で始まるが、その後まもなく粛清されてしまう顔も見える。

 

スターリンの国葬の模様を収めたフィルムがリトアニアで発見され、そのアーカイブ映像を編集した作品。驚くのが、デジタル修復されたその映像のクリアさ。スターリンの遺体を一目見ようと多くの群衆がモスクワに集まってくる。盛大な葬儀を世界に発信しようとする政府。人々はスターリンを畏れる一方で敬い、彼が死んだ後はどうして生きていけばいいかわからないと口にするものも少なくなかった。

最後にレーニン廟に埋葬されるスターリンだが、のちにそれが撤去される。権力は時代の前に風化し、群衆の関心はすぐに移り変わるのだ。★★★☆前原利行)

 

 

粛清裁判 The Trial

 

2019年/オランダ、ロシア

 

1930年のモスクワで、8人の有識者の裁判が行われていた。彼らは「産業党」というグループで、共産主義政権への破壊活動を行っていたという容疑だ。その裁判と並行して、街頭で「裏切り者に死を」というスローガンを抱えた群衆が練り歩く。しかしこの裁判はそもそも、“やらせ”だった。

 

本作が進むにつれ、観客は次第に違和感を抱いていく。8人は有罪になれば死刑になるのに、みな積極的に過ちを認め、深い反省の念を述べ、計画が失敗に終わったことを声高に言う。最後になり、ようやく私たちはこの裁判自体がやらせだったことをテロップで知る。今でもたいていの国で、政府は失敗すると国民の不満を逸らすために茶番をでっち上げる。権力を持っているものは、失敗を認めない。そして群衆はそれを信じる。人は自分が思っているよりも、騙されやすい。★★★前原利行)

 

 

 

アウステルリッツ Austerlitz

 

2019年/ドイツ

 

ベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所跡。夏の晴れた日に多くの観光客がやってくる。かつてここには政治犯のほかユダヤ人やロマの人々が収容されていた。しかし今では単なる観光地と化している。

 

一つのシーンが固定で5分近くあるが、その間私たちは画面をずっと見つめるしかない。一体これは何なのだろうかと観客は自問していく。実はただベタで撮っているようでも、編集によりシーンは巧みに選ばれている。そしてロズニツァ作品共通のサウンド編集がある。意図的に音はクローズアップされている。

 

映画のタイトル「アウステルリッツ」は、本作はドイツの文学者WG・ゼーバルトの代表作「アウステルリッツ」にインスパイアされ、製作されたため。語り手である“私”が、ドイツ帝国時代の建物を巡るアウステルリッツから暴力や権力の歴史を聞く。

建物やその場所には、暴力や権力を刻んだものもある。それを再確認しに行くのがダークツーリズムだが、本作は、すっかり形骸化して単なる観光地になっている事実を映し出す。★★★前原利行)