2020年8月22日土曜日

シリアにて

ダマスカスのアパートに閉じ込められた家族の、長い1日を描くサスペンス劇。ステイホームの“いま”、臨場感が高まる

https://in-syria.net-broadway.com/

 

Insyriated

2017年/ベルギー、フランス、レバノン

監督:フィリップ・ヴァン・レウ

出演:ヒアム・アッバス(『パラダイス・ナウ』『ガザの美容室』)、ディアマンド・アブ・アブード(『判決、ふたつの希望』)、ジョリエット・ナウィス

配給:ブロードウェイ

公開:2020822日より岩波ホールにて

上映時間:86

公式HPin-syria.net-broadway.com/

 

●ストーリー

シリアの首都ダマスカス。外で銃撃戦が始まり、オームのアパートの家に三人の子供たちと義父、帰りそびれた娘の恋人、メイドのデルハンのほか、他の部屋から避難してきた隣人のハリマ夫婦らが、閉じ込められる。んど避難していなくなっていたアパートに、強盗がやってくる。夫は留守中なので、女主人のオームがみなを取りしきらなければならない。その朝、ハリマの夫がアパートの外に出た途端、スナイパーに撃たれてしまう。

 

●レビュー

ベルリン国際映画祭パノラマ部門で観客賞を受賞するなど、世界で高い評価を得ているドラマだ。

舞台となるのは、ダマスカスの住民がほとんど避難した大きなアパート。アパートと言っても向こうは間取りが広く部屋数は5部屋ぐらいありそうで、ほぼ、ワンフロアを占める感じのマンション)だ。集団劇だが、話の中心となるのは、夫の不在の間この家を今仕切る女主人のオームだ。演じるのはパレスチナ人女優のヒアム・アッバス。『シリアの花嫁』『パラダイス・ナウ』『ガザの美容室』など、日本で公開されるパレスチナやシリアを描いた作品の多くに出演している。また、『ブレードランナー2049』のレジスタンスの女性リーダー役など、国際的な活躍もしている存在感のある女優だ。

 

朝から夜までの1日、オームは夫の帰りを待ちながらここで生き延びなければならない。スナイパーが狙うので、カーテンも開けられない。そんな生活が始まったのは前日なのか数日前なのか。

映画は始まってまもなく、避難しているハリマ夫婦の夫が撃たれて加速し始める。メイドがそれを目撃するが、オームは口止めをする。妻のハリマに告げたら助けに飛び出し、彼女も撃たれるだろう。しかしいつまでも黙っているわけにはいかない。もしかしたら彼はケガをしただけで、生きているかもしれない。幼子を抱え、夫が撃たれたことを知らないハリマを演じるディアマンド・アブ・アブードは、国際的に高い評価を得たレバノン映画『判決、ふたつの希望』に女性弁護士役で出演していた女優だ。

 

物語は、部屋の中ではいつハリマに真実を告げるのかというハラハラ感、部屋の外からは強盗というスリラー的要素が加わる。アパートの階段を上り下りする男たち。彼らは無人となったアパートから金目のものを物色する連中だ。それを家に入れたら危険だ。さらに早くハリマの夫を助けないと死んでしまうという時間的制約も絡み、緊張が高まっていく。

 

外敵から身を守る一方で、内側でも秘密ら仲間割れの要素があるというサスペンスは、優れたゾンビ映画のよう。また「ステイホーム」の日本では、4月のあのころの閉塞感を連想する。90分以内という短い上映時間も、濃縮したような緊張感を生み、お堅い社会派映画というより上質のサスペンス映画としても楽しめる。

 

もちろん本作は社会派映画だ。男たちの主義主張、権力や欲の結果が、いまシリアが置かれている状況を生み出し、いつも戦争で痛めつけられるのは、女性、子供、老人といった弱者ばかりということなのだ。そしていまもシリアではこのような状況は続いているのだろう。★★★★前原利行)

2020年8月21日金曜日

行き止まりの世界に生まれて

 閉塞感の漂う街から抜け出そうともがく、3人の若者を追った12年間のドキュメンタリー



Minding The Gap


2018年/アメリカ

監督・撮影:ビン・リュー

出演:キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー、ニナ・ボーグレン

配給:ビターズ・エンド

上映時間:93分

公開:2020年9月4日(金) シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー

HP:bitters.co.jp/ikidomari/


●ストーリー 

 家庭環境に恵まれないキアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リューの3人の若者は、イリノイ州ロックフォードで暮らしている。厳しい現実から逃れるようにスケートボードに熱中する彼らにとって、スケート仲間はもうひとつの家族であり、ストリートこそが自分たちの居場所だった。その中の一人がスケートボードビデオを撮り始める。

 やがて彼らも成長し、目の前に立ちはだかるさまざまな現実に向き合う時期がやって来る。


●レヴュー 

 アメリカ中西部、イリノイ州北部のロックフォード。この作品の舞台となる小さな街は、かつて栄えた産業が衰退し、ラストベルト(錆びついた工業地帯)と呼ばれる地域にある。早朝の人気のない街をスケートボードに乗った若者たちが疾走する。アフリカ系アメリカ人のキアー、白人のザック、アジア系のビンの3人だ。問題の多い家庭で育つ彼らは、そこから逃れるようにスケートボードにのめり込み、その時間と仲間が唯一の居場所だった。その中の一人ビンが、カメラを回して自分たちの姿を撮り始める。はじまりは単に仲間を撮るスケートビデオだったが、それが記録となり、3人の12年間の軌跡を収めたドキュメンタリー作品となった。


 夢中でスケートボードに乗っていた3人も成長し、それぞれの生き方を模索し始める。低賃金ながら働き始めるキアー、家庭を持ったザック、映画監督になったビン。彼らの前には厳しい現実が立ちはだかるのだが、ビンのカメラは仲間に寄り添っていく。それぞれが抱えてきた葛藤、先が見えないことへの不安や苛立ち、大人になる痛み、家族間のわだかまりを浮き上がらせ、赤裸々な思いを吐露させる。カメラの前で語るパーソナルな告白は、本人には辛いものに違いないのだが、それは自身のセラピーとなり、希望を見出すきっかけにもなっていった。監督のビン自身も自分の生い立ちと自らが抱えてきたトラウマに向き合うことになる。母親をインタビューするビンを捉えた画面から、彼の複雑な思いが伝わり、そこに行き着く道のりがこの作品の心髄だと感じた。


 かつて栄えたこの地域では、いわゆるミドルクラスが多く、人種の棲み分けもなかった地域だったという。汗をかいて働けば人並みを暮らしができた。ところが産業構造の変化によってこの地域はすっかり輝きを失ってしまった。ここに登場する3人の住む場所も、決してスラムではないし、広くはないが一軒家に住み、貧しいが何とか生活は成り立っている。家族に問題を抱えてはいるが、非行や犯罪に走るわけではない。この作品は、アメリカの根深い問題を映し出しているように思う。街も人も閉塞感に飲み込まれ、まっすぐに生きようとすればするほど、希望が見出せなくなっているのは、一枚岩に思えたアメリカで、保たれていた均衡が崩れかけているのだろうか。


 原題は「Minding The Gap」。様々な「溝や隔たり」にぶつかる若者の姿を自身が撮り続けたエモーショナルで秀逸なドキュメンタリー。「アメリカで最も惨めな街」のひとつ、この行き止まりのような場所で、3人の若者が自分自身と向き合って掴んだ小さな希望と現実的な歩みを応援せずにはいられない。

 サンダンス映画祭をはじめ59もの賞を受賞している。(★★★★加賀美まき)


2020年8月6日木曜日

シチリアーノ 裏切りの美学

組織に忠誠を誓った男は、何故「血の掟」を破り政府に寝返ったのか

シチリア・マフィア史上の驚くべき実話を映画化



IL TRADITORE


2019年/イタリア、フランス、ブラジル、ドイツ


監督:マルコ・ベロッキオ

脚本:マルコ・ベロッキオ、ルドヴィカ・ランポルディ、ヴァリア・サンテッラ、

   フランチェスコ・ピッコロ

出演:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、マリア・フェルナンダ・カンディド、

   ファヴリツィオ・フェラカーネ

配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス

上映時間:145分

公開:2020年8月28日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、

   Bunkamuraル・シネマ他 全国公開

HP:https://siciliano-movie.com


●ストーリー 

 1980年代初頭、シチリアでは、マフィアの全面戦争が激化していた。パレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)は、抗争の仲裁に失敗しブラジルに逃れるが、残された家族や仲間達はコルレオーネ派の報復によって次々と抹殺されていった。

 その後、ブラジルで逮捕されイタリアに引き渡されたブシェッタは、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事(ファウスト・ルッソ・アレジ)から捜査への協力を求められる。麻薬と殺人に明け暮れ、堕落した犯罪組織となったコーザ・ノストラに失望していたブシェッタは、固い信頼関係で結ばれたファルコーネに組織の罪を告白する決意をするが、それはコーザ・ノストラの“血の掟”に背く行為だった。


●レヴュー 

 1980年代のイタリア、シチリアのパレルモは、ヨーロッパ中の麻薬が集まり犯罪の巣窟と言われるような場所。その地を牛耳るのが「コーザ・ノストラ」というマフィアの一大組織だった。そのファミリーの1つ、パレルモ派の大物が実在したマフィア、トンマーゾ・ブシェッタでこの物語の主人公。のちに司法当局に協力し、その情報提供によりマフィアは掃討されることになる。


 冒頭は、美しい海を臨む豪邸にコーザ・ノストラの2つのファミリーが集う、ゴージャスなパーティーのシーン。表向きは均衡を装っているが、その裏では血を血で洗う抗争が続いていた。前半はブシェッタが組織から離れ、海外に潜伏、その後捕まってイタリア政府に身柄が引き渡されるまでが描かれる。

 後半、ブシェッタはイタリアに移送され、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事と対面する。彼の説得に応じ、組織を裏切って全ての情報を当局に渡すことになる。マフィアは一網打尽にされ、彼の告白により457人が起訴され、360人が有罪となった歴史的な裁判シーンへ。大法廷で、マフィアたちは法廷を半円に囲むように分割された檻に入れられ、そこで繰り広げられる裁判の光景に驚かされる。81歳になる巨匠マルコ・ベッキオ監督は、独特の美学でブシェッタの姿とこの抗争劇を演出している。劇中、次々と殺されていく関係者。ブシェッタの息子たちも貶められ身内に無残に殺され、裁判が進む裏でもブシェッタに対する報復が繰り返される。判事も移動中に橋ごと爆破されて死亡する。抗争で死んだ人の数がカウントアップされていき、数字は最後に157に。この抗争がいかに激しいものだったか想像を絶するが、人の命がかくも軽く扱われるのかと思うと恐ろしく、実話を元に描かれているだけに、劇場的なこうした演出に少し胸が痞えた。

 

 原題の「IL TRADITORE」は、裏切り者の意味。トンマーゾ・ブシェッタを描く作品は、いままであまりなかったという。「血の掟」という固い絆で結ばれた組織の大物が自己の全てを投げ打って新生する。その結果がただの改悛なのか美学を持った裏切りなのか、それがあまり釈然としなかった。組織の全てを当局に渡した理由。それは彼が理想とする高潔なマフィアが、麻薬売買に依存する堕落したものになっていったからだろう。冒頭でブシェッタが思うマフィア像は既に崩れていて、彼の変化は、その時から始まっていたということになる。判事との間にどのようなやりとりがあり、ファミリーを率いていたほどの大物に起きた心境の変化の核心は何だったのだろうか。ブシェッタを演じるピエルフランチェスコ・ファヴィーノの存在感が光っていただけに、ブシェッタのそれまでに生き様や彼が理想とするマフィアの美学を見たかったと思う。実際をあまり知らない日本人だからかもしれないのだが。

 本作は2020年のイタリアアカデミー賞で作品賞や監督賞を含む最多6部門に輝いた。シチリアは、地中海の中央に位置し、歴史的にも要衝としてさまざまな民族の覇権争いの地となってきた場所。そこに存在してきた闇を、作品ではしっかりと照らし出している。今のシチリアを旅してみたいと思う。(★★★☆加賀美 まき)

2020年8月5日水曜日

この世の果て 数多の終焉

第二次世界大戦末期の仏領インドシナで、生き残ったひとりの兵士が復讐を誓う。主人公の心象風景を見ているようなスタイルは、好き嫌いが分かれるところ


 

2018年/フランス

Les Confins du Monde


監督:ギョーム・ニクルー

出演:ギャスパー・ウリエル、ギョーム・グイ、ジェラール・ドバルデュー

配給:キノフィルムズ

公開日:2020815日よりシアター・イメージフォーラムほかにて

上映時間:103

公式HPkonoyonohate.jp

 


 

●ストーリー

19453月、第二次世界大戦末期の仏領インドシナで日本軍がフランス軍駐屯地を襲い、兵士たちは皆殺しにされた。しかし兵士ロベールは命を取り留め、怪我を癒して密林から連隊に復帰する。彼の願いは帰国ではなく、兄夫婦の虐殺を黙認したベトナム人民ゲリラの将校ヴォー・ビンへの復讐だった。7月、ロベールは部隊と共にジャングルの中で敵を追い求めていた。その一方でベトナム人娼婦のマイと体を重ねるうちに、愛情を抱くようになる。9月、ロベールは戦いの中で行き場のない苛立ちを感じるようになっていた。

 

●レビュー

第二次世界大戦中の仏領インドシナの状況は、世界史の教科書の中でさらりと触れられるぐらいなので、あまり知らない人も多いだろう。本国フランスが占領されナチスによる傀儡政権ができると、石油などの資源を求めた日本は仏領インドシナに進駐する。現地のフランス植民地政府も本国政府に従い、日本に協力することになる。とはいえ日本の進駐はナチスドイツに断りなく行ったので、ヒトラーも内心は怒っていたらしい。こうして、ベトナム人はフランス人と日本人の両方に搾取されることになり、1944年には凶作もあり200万人のベトナム人が餓死。その間も、日本とフランスは備蓄した、米を放出することはなかった。

 

この映画は、そんな日本とフランスの協力関係が崩れ、日本軍がフランス部隊を襲った「明号作戦」を発端として始まっている。当時、フランス本国ではナチスの傀儡政権は倒れ、連合国によって解放されていた。すでにナチスの敗北は決定していたが、日本はそれによりベトナムのフランス軍が反旗をひるがえすのではないかと武装解除を求めた。フランス軍はそれを拒否するが、まさか協力関係だった日本軍が襲うと思わなかったようだ。日本軍の奇襲は成功し、将校を含め捕らえた数百人のフランス人捕虜を皆殺しにした。それにより、ベトナムには日本の傀儡政府である「ベトナム帝国」が半年の短い命で成立することになる。

 

一人生き残ったロベールは、虐殺を行った日本軍ではなく、なぜかそれを黙認したというベトナム共産ゲリラに復讐心を燃やす。ホーチミン率いるベトミンは、日本占領下のベトナムではまだ機会をうかがっている段階だったが、まずは支配者であるフランスを排除するために日本に手を貸したのだろうか。しかし、その経緯が映画では語られていない(主人公の短いセリフのみ)のでハッキリしない。逆恨みのようにも取れるのだ。

 

私たちには主人公ロベールの内面はわからない。ただ、荒廃した彼の心に映る心象風景のように、ジャングルの中の戦いや雨の中の行軍が語られる。盛り上がりどころとしての戦いではなく、『地獄の黙示録』の中盤以降のようなインナートリップとして、戦場が描かれるのだ。彼を癒すのはベトナム人娼婦のマイだけだが、激しいセックスもロベールを引き止めることはできない。また、ロベールを諭す父親的な存在として、ジェラール・ドバルデュー演じる作家サントンジュも登場するが、結局はそれを振り切ってロベールは再びジャングルに入っていく。12月、すでに日本は降伏していた。

 

ロベールが追うペトミンの将校ヴォー・ビンは本当に憎むべき敵なのだろうか。そう思うと、ロベールは本当は死んでいて、煉獄をさまよっているだけなのかもしれない。フランスらしく観念的で不思議な味わいの戦争映画だが、すっきりしないので好みが分かれるところだろう。★★★前原利行)

2020年8月3日月曜日

ファヒム パリの奇跡

バングラデシュからパリに渡った難民の少年が、チェスの王者を目指す




2019年/フランス
原題:Fahim
監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル
出演:アサド・アーメッド、ジェラール・ドパルデュー、イザベル・ナンティ
配給:東京テアトル、STAR CHANNEL MOVIES
公開:8月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて公開
上映時間:107分
公式HP:fahim-movie.com

●ストーリー
政変が続くバングラデシュの首都ダッカ。親族が反政府組織に属し、またチェスの大会で8歳のファヒムが勝利を収めた妬みなどから、父親は息子の誘拐の危険を考え、息子を連れてパリへと脱出する。パリに到着した二人は難民センターに身を寄せるが、政治難民の申請手続きはなかなか進まない。その間、ファヒムは言葉も通じないまま地元の子供向けのチェスクラブに入る。最初はコーチのシルヴァンの指導に反発するファヒムだったが、次第にふたりは心を近づけていく。その一方で難民申請は却下。残る道は、ファヒムがフランス王者になることだった。

●レビュー
本作は実話を基にしている。
わずか8歳でパリへと移住し、時には路上生活を送りながらも、チェスのフランス大会の12歳以下の部で優勝し、それがきっかけでフランスの居住権を得たバングラデシュ出身の少年ファヒム。本作はその実話を基にした本を脚色して、映画化した作品だ。現在のファヒムは19歳。滞在許可証は取得したが、フランス国籍を取得するには、さらに5年が必要だという。

「チェス」というゲームスポーツを描く本作はチェスファンが楽しめる作品でもあるが、移民問題を考える社会派映画でもある。また、文化や習慣、さらに国籍や年齢さえ異なる者同士が、いかに信頼しあっていくかという人間ドラマでもある。


フランスに着いた時点で言葉が通じないファヒムが、言葉の壁を乗り越えて最初に仲良くなるのは、同じ子供たちだ。「時間を守らない」というアジア的慣習を親子揃ってし、注意されるファヒム親子。その国に住むなら、その国の流儀になじまなければならない。それがそこに住む人々と円滑にやっていくコツなのだ。
環境を変えるのが苦手な父親と異なり、子供は馴染むのが早い。食事を手ではなくナイフとフォークを使って食べ、フランス語を覚え、フランス文化になじんでいく。それに比べ、いつまでもフランス語を覚えられない父親の姿が次第にわびしくなっていくのが悲しい。

バングラデシュ人のファヒム父子が話すのはベンガル語か英語。なので難民申請にはフランス語への通訳がいる。ところがやってきた通訳は、ファヒムの父親が話すことを面談官の心象を悪くするようにワザと誤訳する。最初は「翻訳能力がないのだろうか?」と思って観ていたが、どうみても悪意がある。やがてフランス語がわかるようになったファヒムが彼の嘘を見抜き、追い出す。面談官によれはそういうことはたまにあるのだという。というのも通訳はインド系ベンガル人で、これ以上、バングラデシュ人がフランスにやってくることを快く思っていなかったからだ。

フランスは日本と異なり、国家の理念にうるさい。というのも、現在のフランス共和国は革命で多くの血を流し、作り上げたものだからだ。一部の武士階級がなんとなく作り上げてしまった近代日本とは違う。生まれた場所が違っても、フランスという国の理念に共感し、国に尽くすものを大事にするところがあるのだろう。思い出してみれば私たちが「フランス人」だと思い浮かべる有名人の中にも、イヴ・モンタン、ジダン、ジャン・レノのような外国出身者や移民がいる。フランスに貢献したものは、外国人でもフランス人として受け入れる土壌はあるのだ。
ただし逆もある。フランス国内に住む難民第一世代の多くは出身国の文化や習慣を捨てない。また、フランス人になろうとしても、白人でなければ差別の壁はある。フランス人になれといって努力しても、映画『レ・ミゼラブル』のように二級市民扱いされることはまだあるのだ。フランス国籍がないファヒムはチェスで優勝することにより在留のきっかけをつかむのだが、日本ではこんなことは起きないだろう。

映画としては物足りないところもある。しかし「移民問題を抱えながらも、なぜフランスは移民を受け入れるのか」という日本人にはわかりにくいことも、この映画を見れば少しは理解できるようになるかもしれない。(★★★前原利行)