2020年8月3日月曜日

ファヒム パリの奇跡

バングラデシュからパリに渡った難民の少年が、チェスの王者を目指す




2019年/フランス
原題:Fahim
監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル
出演:アサド・アーメッド、ジェラール・ドパルデュー、イザベル・ナンティ
配給:東京テアトル、STAR CHANNEL MOVIES
公開:8月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて公開
上映時間:107分
公式HP:fahim-movie.com

●ストーリー
政変が続くバングラデシュの首都ダッカ。親族が反政府組織に属し、またチェスの大会で8歳のファヒムが勝利を収めた妬みなどから、父親は息子の誘拐の危険を考え、息子を連れてパリへと脱出する。パリに到着した二人は難民センターに身を寄せるが、政治難民の申請手続きはなかなか進まない。その間、ファヒムは言葉も通じないまま地元の子供向けのチェスクラブに入る。最初はコーチのシルヴァンの指導に反発するファヒムだったが、次第にふたりは心を近づけていく。その一方で難民申請は却下。残る道は、ファヒムがフランス王者になることだった。

●レビュー
本作は実話を基にしている。
わずか8歳でパリへと移住し、時には路上生活を送りながらも、チェスのフランス大会の12歳以下の部で優勝し、それがきっかけでフランスの居住権を得たバングラデシュ出身の少年ファヒム。本作はその実話を基にした本を脚色して、映画化した作品だ。現在のファヒムは19歳。滞在許可証は取得したが、フランス国籍を取得するには、さらに5年が必要だという。

「チェス」というゲームスポーツを描く本作はチェスファンが楽しめる作品でもあるが、移民問題を考える社会派映画でもある。また、文化や習慣、さらに国籍や年齢さえ異なる者同士が、いかに信頼しあっていくかという人間ドラマでもある。


フランスに着いた時点で言葉が通じないファヒムが、言葉の壁を乗り越えて最初に仲良くなるのは、同じ子供たちだ。「時間を守らない」というアジア的慣習を親子揃ってし、注意されるファヒム親子。その国に住むなら、その国の流儀になじまなければならない。それがそこに住む人々と円滑にやっていくコツなのだ。
環境を変えるのが苦手な父親と異なり、子供は馴染むのが早い。食事を手ではなくナイフとフォークを使って食べ、フランス語を覚え、フランス文化になじんでいく。それに比べ、いつまでもフランス語を覚えられない父親の姿が次第にわびしくなっていくのが悲しい。

バングラデシュ人のファヒム父子が話すのはベンガル語か英語。なので難民申請にはフランス語への通訳がいる。ところがやってきた通訳は、ファヒムの父親が話すことを面談官の心象を悪くするようにワザと誤訳する。最初は「翻訳能力がないのだろうか?」と思って観ていたが、どうみても悪意がある。やがてフランス語がわかるようになったファヒムが彼の嘘を見抜き、追い出す。面談官によれはそういうことはたまにあるのだという。というのも通訳はインド系ベンガル人で、これ以上、バングラデシュ人がフランスにやってくることを快く思っていなかったからだ。

フランスは日本と異なり、国家の理念にうるさい。というのも、現在のフランス共和国は革命で多くの血を流し、作り上げたものだからだ。一部の武士階級がなんとなく作り上げてしまった近代日本とは違う。生まれた場所が違っても、フランスという国の理念に共感し、国に尽くすものを大事にするところがあるのだろう。思い出してみれば私たちが「フランス人」だと思い浮かべる有名人の中にも、イヴ・モンタン、ジダン、ジャン・レノのような外国出身者や移民がいる。フランスに貢献したものは、外国人でもフランス人として受け入れる土壌はあるのだ。
ただし逆もある。フランス国内に住む難民第一世代の多くは出身国の文化や習慣を捨てない。また、フランス人になろうとしても、白人でなければ差別の壁はある。フランス人になれといって努力しても、映画『レ・ミゼラブル』のように二級市民扱いされることはまだあるのだ。フランス国籍がないファヒムはチェスで優勝することにより在留のきっかけをつかむのだが、日本ではこんなことは起きないだろう。

映画としては物足りないところもある。しかし「移民問題を抱えながらも、なぜフランスは移民を受け入れるのか」という日本人にはわかりにくいことも、この映画を見れば少しは理解できるようになるかもしれない。(★★★前原利行)