2020年8月21日金曜日

行き止まりの世界に生まれて

 閉塞感の漂う街から抜け出そうともがく、3人の若者を追った12年間のドキュメンタリー



Minding The Gap


2018年/アメリカ

監督・撮影:ビン・リュー

出演:キアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リュー、ニナ・ボーグレン

配給:ビターズ・エンド

上映時間:93分

公開:2020年9月4日(金) シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー

HP:bitters.co.jp/ikidomari/


●ストーリー 

 家庭環境に恵まれないキアー・ジョンソン、ザック・マリガン、ビン・リューの3人の若者は、イリノイ州ロックフォードで暮らしている。厳しい現実から逃れるようにスケートボードに熱中する彼らにとって、スケート仲間はもうひとつの家族であり、ストリートこそが自分たちの居場所だった。その中の一人がスケートボードビデオを撮り始める。

 やがて彼らも成長し、目の前に立ちはだかるさまざまな現実に向き合う時期がやって来る。


●レヴュー 

 アメリカ中西部、イリノイ州北部のロックフォード。この作品の舞台となる小さな街は、かつて栄えた産業が衰退し、ラストベルト(錆びついた工業地帯)と呼ばれる地域にある。早朝の人気のない街をスケートボードに乗った若者たちが疾走する。アフリカ系アメリカ人のキアー、白人のザック、アジア系のビンの3人だ。問題の多い家庭で育つ彼らは、そこから逃れるようにスケートボードにのめり込み、その時間と仲間が唯一の居場所だった。その中の一人ビンが、カメラを回して自分たちの姿を撮り始める。はじまりは単に仲間を撮るスケートビデオだったが、それが記録となり、3人の12年間の軌跡を収めたドキュメンタリー作品となった。


 夢中でスケートボードに乗っていた3人も成長し、それぞれの生き方を模索し始める。低賃金ながら働き始めるキアー、家庭を持ったザック、映画監督になったビン。彼らの前には厳しい現実が立ちはだかるのだが、ビンのカメラは仲間に寄り添っていく。それぞれが抱えてきた葛藤、先が見えないことへの不安や苛立ち、大人になる痛み、家族間のわだかまりを浮き上がらせ、赤裸々な思いを吐露させる。カメラの前で語るパーソナルな告白は、本人には辛いものに違いないのだが、それは自身のセラピーとなり、希望を見出すきっかけにもなっていった。監督のビン自身も自分の生い立ちと自らが抱えてきたトラウマに向き合うことになる。母親をインタビューするビンを捉えた画面から、彼の複雑な思いが伝わり、そこに行き着く道のりがこの作品の心髄だと感じた。


 かつて栄えたこの地域では、いわゆるミドルクラスが多く、人種の棲み分けもなかった地域だったという。汗をかいて働けば人並みを暮らしができた。ところが産業構造の変化によってこの地域はすっかり輝きを失ってしまった。ここに登場する3人の住む場所も、決してスラムではないし、広くはないが一軒家に住み、貧しいが何とか生活は成り立っている。家族に問題を抱えてはいるが、非行や犯罪に走るわけではない。この作品は、アメリカの根深い問題を映し出しているように思う。街も人も閉塞感に飲み込まれ、まっすぐに生きようとすればするほど、希望が見出せなくなっているのは、一枚岩に思えたアメリカで、保たれていた均衡が崩れかけているのだろうか。


 原題は「Minding The Gap」。様々な「溝や隔たり」にぶつかる若者の姿を自身が撮り続けたエモーショナルで秀逸なドキュメンタリー。「アメリカで最も惨めな街」のひとつ、この行き止まりのような場所で、3人の若者が自分自身と向き合って掴んだ小さな希望と現実的な歩みを応援せずにはいられない。

 サンダンス映画祭をはじめ59もの賞を受賞している。(★★★★加賀美まき)