2018年9月19日水曜日

バッド・ジーニアス 危険な天才たち


監督・脚本:ナタウット・プーンピリヤ
出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、チャーノーン・サンティナトークン、タネート・ワラークンヌクロ(『ポップ・アイ』)
配給:ザジフィルムズ/マグザム
公開:9月22日(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー

■ストーリー

成績優秀で天才的な頭脳をもつリンは、授業料全額免除の奨学生としてとある高校に転入してくる。仲良くなったクラスメートのグレースに勉強を教えるも、彼女のレベルは低かった。中間テストの最中、リンはある方法で彼女に答えを教える。それによって見事にグレースの成績が上がった。それを聞いたグレースの彼氏パット(裕福な家の御曹司)は、彼女にビジネスの話を持ちかける。それはテストの答えを教える代わりに、一人一科目につき3千バーツを払うというものだった。

■レビュー

子供の頃の記憶になるけど、その昔、カンニング・ブームというのがあった。実際に学校でカンニングが横行したというのではなく、『ザ・カンニンング IQ=0』(1982年公開)というフランスのコメディ映画が話題になり、TVのバラエティ番組がこぞってネタにしたり真似をしたのだ。ジャッキー・チェンの映画に『カンニング・モンキー天中拳』(’83年公開)なんて邦題までつけてることから、当時の流行が伺える。(こちらは和製英語のカンニングではなく、本来の”ずる賢い”の意だと思うけど)

そんなわけで、カンニングを扱う映画と聞いて、コメディタッチの学園ドラマを想像していたのだが、これが良い意味で裏切られた。これはクライム・サスペンスといっていい領域だ。細部の作り込みが凝っていて、盛り上げ方もスピルバーグ並み。教室内で行われていたカンニングは、徐々にスケールを増し、アメリカ留学のために各国で行われる統一試験”STIC”で実行されることになる。オーストラリアとタイの時差を利用した国際的で大掛かりなものだ。

1981年生まれのタイの監督が『ザ・カンニング』を知ってるのかどうかわからないが、この『バッド・ジーニアス』は中国で実際にあったSAT試験カンニング事件から着想を得たらしい。なぜ今それを取り上げ、2017年のタイNo1ヒットになる社会現象になったのか。資料によると、近年のタイの受験熱が一因となってるようだ。90年代に大学制度が整備されて以来、学歴偏重社会が進み、現在大学進学率は50%に。バンコクのサイアム・スクエア近辺には進学塾が乱立するまでになっているらしい。

日本で『ザ・カンニング』が公開された時代というのは、'79年に共通一次試験が導入され(フランスの「バカロレア」を参考にしたという)、偏差値による大学の序列化が進み、1980年はあの「金属バット事件」があり、校内暴力も大きな社会問題になっていた頃だ。生徒の側からの学校制度・競争社会への抵抗や叫びが顕在化した年代でもあった。カンニング・ブームは、ある種の緩衝剤としての機能があったのかもしれない。

主人公のリンとバンクは成績優秀で本来優等生ではあるが、決して裕福とはいえない家庭の子どもたちだ。今ある状態(あるいは階層)から抜け出したいと思っている。追いつめられた彼らは自らの留学とカンニング・ビジネスでの収入を賭け、大きな勝負に出る。クライマックスの28分間のスリリングな展開は実に見事で、手に汗握るサスペンスとなっている。優れたエンタメ作品ながら、タイの不平等社会と学校制度を鋭く抉った快作だ。ラストのリンの描写に疑問がないわけではないが、青春映画としての魅力も十分にある。

(ちなみに、安室奈美恵が出演しているという『That's カンニング!史上最大の作戦』という日本映画が存在しているのをこの原稿を書く段階で初めて知った。公開された1996年は筆者は日本にいなかったので知らないのも当然なのであった。)

(カネコマサアキ★★★★)

■関連事項

第27回タイ・アカデミー賞(スパンナ賞)史上最多12部門受賞
アジアフォーカス福岡映画祭 観客賞
ニューヨーク・アジアフィルム・フェスティバル 作品賞/ライジングスター賞
カナダ・ファンタジア映画祭 作品賞/監督賞
ほか多数受賞

2018年9月15日土曜日

ヒトラーと戦った22日間

 「『ヒトラーと戦った22日間』予告編」の画像検索結果
 
2018年/ロシア、ドイツ、リトアニア、ポーランド
 
監督:コンスタンチン・ハベンスキー
出演:コンスタンチン・ハベンスキー、クリストファー・ランバート
配給:ファインフィルムズ
公開:9月8日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館にて公開中
公式ページ http://www.finefilms.co.jp/sobibor/


■レビュー

 最近、ナチス政権下のユダヤ人もの、「ヒトラー」を入れ込んだ邦題が多いのが気になるが、本作にもヒトラーは出てこない。そして本作は収容所ものには珍しい、ロシア映画。監督・脚本・主演をこなすのは、ロジア人のコンスタンチン・ハベンスキーだ。というのも、実話に基づいた本作だが、反乱のリーダーとなるサーシャが、ユダヤ系ソ連兵だったからだ。

 1943年9月、ポーランドにあるソビボル絶滅収容所に、ソ連兵のサーシャが送られてくる。ほとんどのユダヤ人はすぐにガス室に送られて殺されてしまうが、作業に必要なユダヤ人だけは生かされていた。彼らは脱出計画を練っていたが、強力なリーダーがいない。そこにウクライナで脱走経験のあるサーシャが来たので、一部のものたちが彼をリーダーにして反乱計画を練る。それはSS将校たちを殺し、全員が脱走するというものだった。そして22日後の10月14日、反乱が決行される。

 有名なアウシュヴィッツ=ビルケナウ以外にも、多くのユダヤ人強制収容所があった。勉強不足だったが、強制労働を目的とした強制収容所のほかに、最初から殺戮だけを目的とした絶滅収容所があった。そのうち、本作の舞台となるソビボルでは16万7000人が殺されているという。殺害が目的だから、列車で着いたユダヤ人のうち、生かされるのは死者の遺品の整理やそれを直して再利用できる職人などごくわずか。仕事ができない子供は問答無用で殺された。そしてソビボルなど、多くの絶滅収容所はソ連軍が迫ると、証拠隠滅のために残っていたユダヤ人もろとも、なかった状態にされた。

 本作の題材となった事件は、珍しく、収容されていたユダヤ人たちがやられっぱなしではなく、反乱を起こしたことだ。機を見て、11人のナチス将校を殺して武器を奪い、600名中、360名が脱走に成功。そんな歴史があったことは、あまり知られていないのでは。映画は、決してうまい出来ではなく、前半はナチスの囚人いじめがネチネチ描かれ、まったり感がある。ただし、脱走当日になると展開はスピーディに。結末を知らなかったので、ハラハラしながら見る。将校をひとりひとり呼び出して、ナイフで殺害するくだりは、「殺っちゃってください」と心の中で拍手喝采(映画なので、ナチス軍人は良心の欠片もない極悪人として描かれている)。


 脱走後の顛末は、字幕で書かれるが、脱走した360人のうち200人は、すぐに追っ手の親衛隊によって殺され、逃げられなかった240人も全員殺され、残った160人のうちの100人余りは、民間のポーランド人に殺されたり密告によって命を落としたという。当時のポーランドでは、反ユダヤ主義も根強く、自分たちがナチスに占領されながらも、そこから逃げてきたユダヤ人を殺したりしていたというのも陰惨な話だ。また、映画では触れられていないが、看守などにはドイツ人ではなく、反共産のウクライナ人が多く使われており、彼らもまた残虐だったという。弱いものがより弱いものをいじめるという構図はやりきれない。


 本作の主人公であるサーシャも、脱出後にはパルチザンに加わり戦ったが、戦後はドイツの収容所にいたとして「外患罪(外国の捕虜になった者は半共産思想に感染しているという言い分)」により、ソ連の強制収容所に入れられたこともあるという数奇な運命を辿っている。
 ということで、人間ドラマとしては薄い出来だが、こうしたことがあったという事実を知るにはいいテキストかもしれない。(前原利行 ★★★