2022年8月22日月曜日

サハラのカフェのマリカ

サハラ砂漠に行き交う人々を受け入れる小さなお店

そこはまるでオアシスのような場所だった



143 Sahara Street

2019年/アルジェリア・フランス・カタール
監督・撮影:ハッセン・フェルハーニ
出演:マリカ、チャウキ・アマリ、サミール・エルハキム
配給:ムーリンプロダクション
上映時間:90分
公開:2022年8月26日(金)から ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国劇場公開
HP:https://sahara-malika.com


●ストーリー 

 アルジェリア、サハラ砂漠。そこに佇む一軒の雑貨店兼カフェはマリカという女性が一人で営んでいる。
ほとんどの営業時間中に客が来ることはなく、ネコと共に時間を過ごす。たまにトラックの運転手や旅人がやってくるとコーヒーやおやつを提供して、他愛もない世間話に興じる。
 日が暮れると、砂漠の真ん中の雑貨店に灯されるロウソクだけが光を放つ。そして彼女は自分の人生を語り出すのだった・・・


●レヴュー 

 サハラ砂漠と聞いて、どこまでも広がる砂の大地というイメージしか浮かばないのだが、その中に建つ一軒の雑貨店兼カフェが本作の舞台。そこで愛猫と暮らす高齢の女主・マリカが主人公である。
 アフリカ大陸北部の3分の1を占めるサハラ砂漠は、南北1,700キロメートル、東西4,800キロメートル。面積は約1,000万平方キロメートルで、アメリカ合衆国とほぼ同じ広さのとてつもない大きさの砂の大地だ。不毛の地のような想像をしてしまうが、そこは複数の国にまたがっていて、多数の民族が暮らしている。南北を縦断するトランス=サハラ・ハイウェイという大きな道路が整備されていて、人やモノが行き交っている。マリカのカフェはその道路沿い、アルジェリアの中央辺りにあるらしい。原題の『143 SAHARA STREET』はマリカの店の住所になる。

 彼女の店には、休憩や買い物のためにさまざまな人が訪れる。物資を運ぶトラック運転手、親戚を訪ねるために車を走らせてきた人、バイクで旅している女性ライダー、旅芸人らしき一団、過去には危険な人物が立ち寄ったこともあるらしい。民族は多種多様。マリカのオムレツが目当ての常連客もいるし、その時だけの出会いもある。客らは食事をしたり休息をとったりしながら、マリカと何気ない会話を交わして去っていく。マリカの小さな店に据えられたカメラは、定点観測をするように時折やってくるそうした人々の姿とマリカの日常を有り体に捉えていく。
 マリカは悠然とした風で客を迎え、客は皆どこか安堵の表情をしているように見える。砂漠を走る途中で立ち寄るその場所もマリカという存在もまさにオアシスなのだろう。人が心の拠り所に求めているもの、それが伝わってくる作品だと思う。
 
 監督は自身の旅の途中でマリカと出会い、映画を撮ることを決めたという。本当に何もない砂漠の中にポツンと佇むマリカの店。そのことがはっきりとわかるように、マリカの店をぐるりとカメラが映し出す映像やランプの灯りが窓から漏れるシーンは美しく印象的だ。 
 マリカの店の近くに巨大が給油所兼休憩所が建設されるなど、周辺の社会状況の変化も見えてくる。マリカについての詳細は語られず、想像するしかないのだが、マリカ自身にとってもかけがえのないその店は今も続いているのだろうか、私たちから遠く離れた世界に思いを巡らす。
(★★★☆加賀美まき)


2022年8月20日土曜日

みんなのヴァカンス

ヴァカンスの呪いを乗り越えろ!
ギヨーム・ブラック監督が描く鮮やかな青春映画



原題:À l’abordage
2020年/フランス
監督・脚本:ギヨーム・ブラック
配給:エタンチェ
上映時間:100分
公開:8/20(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
HP : https://www.minna-vacances.com/


●ストーリー

夏の夜、セーヌ川のほとりで、フェリックスはアルマと出会い、恋に落ちる。夢のような時間を過ごすが、翌朝アルマは家族と共にヴァカンスへ旅立ってしまう。 フェリックスは、親友のシェリフを誘い、相乗りアプリで知合った学生エドゥアールを道連れに、アルマを追って南フランスの田舎町ディーに乗りこんでいく。しかし、車が故障してから、暗雲が立ち込める。アルマは予期せぬ彼らの訪問に戸惑っている様子だ・・・。

●レヴュー

新型コロナ感染予防のための行動制限がない夏休みということで、今年は旅行に出かけている人も多そうだ。自分のように、どこへも出かける予定のない人も少なからずいると思うが、映画館に篭ってヴァカンス気分に浸るのも良いかもしれない。

ヴァカンス映画といえば、エリック・ロメールの『海辺のポリーヌ』(83)『緑の光線』(86)を真っ先に思い出すけど、そういえば、ロメールの処女長編作『獅子座』(55)もある意味ヴァカンス映画だったな、と思い出した。親戚から遺産が入る予定だった男が、当てがはずれ文無しになり、ヴァカンスシーズンをパリで浮浪者同然に過ごすというストーリーだ。
ここまで悲惨ではないが、ヴァカンスには良いことばかりでなく、トホホな出来事がつきまとうことは、誰もが経験することだろう。天候に恵まれなかったり、同行した家族や友人と喧嘩したり、恋人とは別れるきっかけになったり、・・・。僕は、それを「ヴァカンスの呪い」と名付けたい。(当然、ヴァカンスへ行けなかった人の怨念が含まれる)

本作で新鮮に感じたのは、アフリカ系移民の若い労働者をメインキャラクターにしていること。ヴァカンス映画は、たいてい中流以上の白人が主人公に据えられていることが多いので、彼らがどういう思いでヴァカンスを過ごすのか興味を引く。もちろん、ママから「子猫ちゃん」と呼ばれる裕福そうな家庭で育ったエドゥアールが、「相乗りアプリ」で女装したフェリックスたちとマッチングし、巻き込まれる形で伴走するのだけれど。(彼は常連俳優ヴァンサン・マケーニュのヤング版といった風貌だ)

彼の運転する車が故障するあたりから、雲行きが怪しくなってくる。「ヴァカンスの呪い」は既に始まっているのだ。宿泊所は小学生が使うようなキャンプ場で、狭くて小便くさいテント寝泊まりするハメに。フェリックスは入れ上げたアルマに再会することはできたが、当初の熱はなく軽くあしらわれ、ギクシャクする。一方、友人思いの温厚なシェリフは幼な子を連れた既婚女性と仲良くなるが、「お前は恋愛に発展性のない女ばかりを好きになってる!」とフェリックスに罵られる。エドゥアールはひたすらカラオケで歌っている。男3人はフラストレーションをためながら、ヴァカンスが終わりに近づいていくが、ちょっとしたマジックが起きる。

ロメールの後継者と目されるギヨーム・ブラック監督が注目を浴びるきっかけになった中編『女っ気なし』(11)は北部の漁村オルトにヴァカンスに訪れた母娘と、彼女たちが滞在するアパート管理人シルヴァン(ヴァンサン・マケーニュ)との真剣かつトホホなドラマが印象的だった。本作は海ではなく、ドローム川周辺の山が舞台だが、『女っ気なし』の構造を踏襲、発展させたような群像劇だ。未見だが『7月の物語』(17)と同様、フランス国立高等演劇学校の学生たちと作り上げた作品で、学生たちの身の上話から着想を得たそうだ。

同館では、ギヨーム・ブラック監督特集も組まれており、上記のほか、代表作『やさしい人』(13)、 短編『遭難者』(09)『勇者たちの休息』(16)も上映される。この機会にぜひ。

(★★★☆カネコマサアキ)


●関連事項

 第70回ベルリン国際映画祭国際映画批評家連盟賞特別賞(パノラマ部門)
2020年シャンゼリゼ映画祭批評家賞(フランス映画長編部門)
2020年カブール映画祭グランプリ(長編部門)