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2022年5月22日日曜日

ドンバス

 DONBASS

ロシアのウクライナ侵攻の前兆を捉えたドンバス地方の内戦と混乱



2018年/ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア
監督:セルゲイ・ロズニツァ
配給:サニー・フィルム
上映時間:121分
公開:5月21日(土)シアター・イメージ・フォーラムにて先行上映、
6/3(土)ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国順次公開


ストーリー

マイダン革命、クリミア併合以降、親ロシア派勢力「分離派」に実行支配されているウクライナ東部ドンバス地方。”クライシスアクター”と呼ばれる俳優たちを起用したフェイクニュース、支援物資を横領する医師と怪しい仕掛け人、地下シェルターでフェイクニュースを見る人々、新政権への協力という口実で民間人から資産を巻き上げようとする警察組織、国境での自作自演の砲撃…。無法地帯で起きている日常を13のエピソードでモキュメンタリー風に描く。


レヴュー

ロシアのウクライナ侵攻から3ヶ月が経とうとしている。未だ戦争終結の糸口は見えず、ますます泥沼化していきそうな気配である。人命はもとより、世界有数の穀倉地帯での戦争は、インドの干ばつと相まって、世界的な食糧危機も引き起こそうとしている。

この映画の舞台であるウクライナ東部ドンバス地方は、今まさに戦闘が激化している場所である。本作は、4−5年前に製作されたものだが、当時、すでに東部地域では内戦と混乱は常態化していたのだ。ロズニツァ監督は2014-15年頃インターネットに上がっている動画に着目、13の実話をモキュメンタリー風に映像化した。ブラックな笑いを想定して作られてる部分もあり、全てを事実として鵜呑みにするのは危険だが、この地方で何が起きていたのか、俯瞰することはできそうだ。

映画はクライシスアクターによるフェイクニュース映像作りのエピソードから始まる。ウクライナ政府軍の検問をくぐり、分離派が実効支配する区域へ移動していくリアルな様子に心臓が高鳴る。無法地帯とはこういうものか、と理解できる。13のエピソードは少しずつ関係性があり、登場人物が、次のエピソードへの橋渡しをするようなオムニバス形式で、連続性もある。『国葬』『粛清裁判』のロズニツァ監督だけあって、極めて中立的な、アイロニーを持った醒めた視線があるが、中には「ウクライナ寄り」と思わせるパートもある。捕虜になったウクライナ兵がロシア系住民に罵られ、小突かれ、しまいにはリンチされるという恐ろしいエピソードだ。ロシア系住民〜ロシア人に対する憎悪を駆り立ててしまわないか危惧する。だが、これが現実というものなのか。

当初、日本のメディアはプーチン糾弾一辺倒だったが、ゼレンスキー大統領がネオナチの極右民兵と連携していたことや、親ロシア的な野党を弾圧してきた事実も露わになってきた。元俳優の大統領が、映像やSNSを駆使して国際社会に支援を求めていく姿に、新しい時代性と同時に胡散腐さも感じてしまう。劇場型のハイブリッドな情報戦の中で、どこまで真偽を求めていいのか悩むところだ。これは、僕自身がコロナやワクチンの報道で、欧米の論調に乗っかるだけの日本のマスメディアに失望しているせいもある。一方的とも言える報道は、日本の防衛費増額や、憲法改正に弾みをつけてしまいそうで心配だ。

もちろん、ロシアの侵攻は倫理上も国際法上も批難されるべき蛮行にちがいないが、マイダン革命以後、ウクライナに多大な工作と支援をしてきたアメリカの暗躍こそ、本質的な部分があるのではないかと訝しがっている。オバマ政権下で副大統領としてウクライナに深く関わってきたバイデン大統領(とその息子)の因縁こそ、もっと注目されてほしいものだ。

(カネコマサアキ★★★☆)


映画の背景

2014年、マイダン革命によって親ロシア派だったヤヌコーヴィチ大統領が失脚すると、ロシアはウクライナの領土であるクリミア半島を併合し実行支配する。同時にウクライナ東部ドンバス地方(ドネツィク州とルハンシク州)にロシア軍から支援を受けた親ロシア派勢力「分離派」がウクライナから独立を宣言、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を自称し、ウクライナ政府軍との内戦が始まる。

かつてウクライナはナチス・ドイツに占領された時期に西部地方を中心に反ソ連的な動きがあった。一方で、東部地方はロシア系住民が多い。歴史的経緯や地域対立は複雑であり、ロシアの介入で分断は深まっていった。

プーチン大統領は、2月22日、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認、平和維持を目的とする「特別軍事作戦」としてロシア軍を派遣、現在のウクライナ侵攻につながった。「分離派」側には18世紀後半、エカチェリーナ2世がオスマン帝国に勝利して獲得した地域の名称を冠した「ノヴォロシア」連邦を作る思惑もあった。プーチンの復古的な思想が現れている。


関連事項

第71回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」監督賞受賞


2022年1月23日日曜日

国境の夜想曲

9.11から20年。戦争に翻弄され、分断された地域で生きる人々を捉えたドキュメンタリー


NOTTUR

2020年/イタリア・フランス・ドイツ
監督:ジャンフランコ・ロージ
撮影・音響:ジャンフランコ・ロージ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:104分
公開:2022年2月11日(金・祝) Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
HP:https://bitters.co.jp/yasokyoku/


●ストーリー

 イラク、シリア、レバノン、クルディスタン国境地帯のどこか。まだ薄暗い明け方、掛け声を発してランニングする兵士たちの隊列が続く。壁がそびえ立つ大きな建物の中で、女性たちが亡き家族の痕跡を探して嘆き悲しむ。一台のストーブを囲み暖を取る女性兵士たち・・。精神科病棟の患者たち、ハンターのガイドをする少年、悲惨な記憶を語る幼い子どもたち・・。さまざまな人々の生きる様がそこにはあった。


●レヴュー 

 本作は、ジャンフランコ・ロージ監督が、イラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯を撮ったドキュメンタリー。監督は、通訳も伴わずにひとりでこの地を周り、3年以上の歳月をかけて撮影を続けたという。2001年の9.11米同時多発テロ、2010年のアラブの春以降、この国境の地を取り巻く情勢は混沌を極め、紛争の結果、多くの犠牲者を出し、今もなお根深い痛みを残している。兵士、家族を死を哀悼する女性たち、精神を病んだ者。囚人。生計を得るために漁に出る人、残虐な行為を目の当たりにした子どもたち。監督はそうした人々の姿をモザイクのようにつなげ、この地の有り様を私たちに伝えようとしている。

 監督はその地に浸り切り、そこで生きる人々に寄り添ってカメラを回してきたのだろう。厳しい境遇でも人々には日常があり、そのありのままを捉えてきた映像は、私たちに多くのものを投げかけてくれる。だが、この作品にはテロップやナレーションなど一切の説明がなく、この地に関する僅かな知識を辿ってみても、どこで起こっていることなのか残念ながら何もわからない。荒野の丘で見張りに立つ女性兵士の姿、乾いた草原でハンターのガイドをする少年、薄明かりの向こう側で銃声が轟き、閃光が上がる情景。囚人服の鮮やかなオレンジ色が目に焼き付けられる。瞭然と紡がれる映像には詩情が感じられとても美しいのだが、その印象だけが強く残ってしまう。

 前作の『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』は、明確な視点で難民問題を捉えたドキュメンタリーで、ベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞するなど高い評価を受けている。ロージ監督は今回は紛争の原因、宗教的・領土的な問題、政治の問題を追求することを目的とはしていないと語っている。本作の手法は新しい見せ方だと思うのだが、この映像の背景を知らずに観ることはできないのではないかと感じてしまう。遠く離れた場所にいる私たちは、どう見るべきなのだろうか、美しい映像に惹きつけられるほどに、それで終わっていいはずはないという歯痒さが残る。

 映像に登場した子どもたちのことが頭から離れない。悲惨な体験を語る子どもたちの心、家計を支える幼い少年の日々、難民キャンプの子どもたちの姿、何者かに連れ去られた少女は無事なのだろうか。こうした紛争の一番の犠牲者は子どもたちだ。夕闇の情景も多く、原題の『NOTTURNO』はイタリア語の「夜想曲・ノクターン」「夜」。この作品のイメージするところとよく合致していると思うのだが、やがて夜は明け、希望の光は見出せるのか。人それぞれの見方が問われる作品だと思う。(★★★☆加賀美まき)


2021年9月9日木曜日

アイダよ、何処へ?

ボスニア紛争末期に起こった集団虐殺事件の真実に迫った、ヤスミラ・ジュバニッチ監督の渾身作


Quo Vadis,Aida?



2020年/ボスニア・ヘルツエゴヴィナ・オーストリア・ルーマニア・オランダ・ドイツ・ポーランド・フランス・ノルウェー・トルコ
監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ
出演:ヤスナ・ジュリチッチ、イズディン・バイロヴィッチ、ボリス・レアー、ディノ・バイロヴィッチ
配給:アルバトロス・フィルム
上映時間:101分
公開:2021年9月17日(金)より Bunkamuraル・シネマ、ヒューマンとラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国順次ロードショー
HP:https://aida-movie.com


●ストーリー 

 ボスニア紛争末期の1995年7月11日、ボスニア東部の町スレブレニツァがセルビア人勢力の侵攻によって陥落。避難場所を求める2万人の市民が、町の外れにある国連施設に殺到した。国連保護軍の通訳として働くアイダは、同胞たちの命を守るため施設の内外を立ち回る。一方で、夫と二人の息子を強引に施設内に招き入れ、あらゆる手を尽くして家族を守ろうと奔走する。
 しかし、町を支配したムラディッチ将軍率いるセルビア人勢力は、国連軍との合意を一方的に破り、避難民を“移送”し、おぞましい処刑を始める・・


●レヴュー 

 1992年に勃発したボスニア紛争は、1995年の終結までに約20万人の死者、200万人以上の難民を出す紛争となった。『サラエボの花』、『サラエボ、希望の街角』のヤスミラ・ジュバニッチ監督が描く本作は、その末期に起きた「スレブレニッツァの虐殺」を真正面から描いた作品である。主人公は、元教師で国連軍の通訳者、妻であり二人の息子を持つ母でもあるボシュニャク人のアイダ。彼女の目を通して、スレブレニッツァの街に攻め込むセルビア人、街を追われれ被害者ボシュニャク人、国連施設を統括していたオランダ軍、3者の動向が語られる。彼女の鋭い眼差しが最後までこの物語を引っ張り、印象深いものにしている。

 セルビアの武装勢力に追われたボシュニャク人は、オランダ軍が統括する国連施設に助けを求めて殺到する。その数2万人以上。施設に入りきれず、ゲートは閉じられる。アイダは、必死の行動で夫と息子を施設に入れ、ある意味なりふり構わず家族を守ろうと画策する。しかし、国連軍はなすすべもない。セルビア人勢力に押し切られ、避難民たちを移送するバスが到着する。アイダも家族と引き裂かれ、夫と息子たち男性らは「選別」されてバスに乗せられる。その非常な光景、そして村の建物に押し込まれ、彼らに銃口が向けられるシーンに胸が締め付けられる。
 
 数年後のスレブレニッツァ。アイダはかつて暮らした家を再び取り戻すため訪れる。見つかっていない家族を探しに、掘り起こされた遺骨を確認しに出向く。そして教師という自分の仕事に戻り、さまざまな背景を持つ子どもたちと向き合う日々が始まる。緊迫感のある展開と変わって、その後の物語は淡々と語られていくのだが、このことがとても意味深い。
 
 劇中、国連施設のゲート前で、一人のセルビア兵の若者がアイダを「先生」と呼ぶシーンがある。彼はかつての教え子で、息子の友人でもあった。ボスニア紛争では、同じ地に暮らす隣人同士が、銃口を向け合い、そして紛争後、人々は再び折り合って生きていくことになる。
 本作で、ボシュニャク人のアイダを演じたヤスナ・ジュリチッチはセルビア出身。その逆の配役もある。そのことに意義があるかと問われ、ジュバニッチ監督は、同じ言語を話し、共通の歴史を持っている自分たちにとって、そして映画にとっても、国は重要でないはずとはコメントしている。

 筆者は、3年ほど前にボスニア・ヘルツェゴヴィナを車で旅した。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの周辺東部と北部に広がる、セルビア人主体のスルプスカ共和国に入ると、道路脇に立つ「スルプスカ共和国へようこそ」というキリル文字が書かれた巨大な看板が目を引いた。一方、スルプスカ共和国を出ると、二か国語表記の地名標識でキリル文字部分だけが黒いスプレーで消されたものがあった。民族が混在するヨーロッパでは、地域によって複数の言語表記の標識が設置されている。その一つが消されているというのは、時々見かける光景なのだが、手の届かないところにある標識まで消されてるものを見たのは、この地域が初めてだった。紛争は終わり四半世紀が経ち、かつて多民族が共存してきた地域は、様々な思いを残しながら、均衡を保っているように見えた。
 国境が見えず、民族という意識の薄い日本人には、本作はこの地域の情勢を知る機会になると思う。
 虐殺されたボシュニャク人は8000人以上。遺体はそのことを隠蔽するために埋め変えられて場所がわからなくなっていたという。今でも年に何体かの遺骨が発見され身元が特定されると、虐殺のあった7月11日に埋葬が行われている。(★★★★加賀美まき)

2021年7月31日土曜日

アウシュヴィッツ・レポート

勇気ある脱走者のレポートが、12万人のユダヤ人の命を救った実話を映画化



The Auschwitz Report

2020年/スロバキア・チェコ・ドイツ
監督:ペルテ・ベブヤク
脚本:ジョセフ・パシューテカ、トマーシュ・ボムビク、ペルテ・ベブヤク、
出演:ノエル・ツツォル、ぺテル・オンドレイテカ、ジョン・ハナー、ヤン・ネドバル
配給:STAR CHANNEL MOVIES
上映時間:94分
公開:2021年7月30日(金)より 新宿武蔵野館他全国順次公開
HP:https://auschwitz-report.com


●ストーリー
 1944年4月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。遺体の記録係をしているスロバキア人のアルフレートとヴァルターは、毎日多くの人々が殺される収容所の惨状を目の当たりにしていた。彼らは、その残虐な行為の証拠を持ち出し、外部に訴えるため脱走を決行し材木置き場に身を隠す。二人がいないと気づいたドイツ兵は、同じ収容棟の囚人らを極寒の野外に立せて執拗に尋問を繰り返していた。数日後、機会をうかがっていた二人はやっとのことで収容所の外に脱出し、国境を目指して山林を歩き続ける。
 その後救出された二人はアウシュヴィッツの実態を赤十字職員に告白し、レポートとして提出する。

●レヴュー 
 アウシュビッツ=ビルケナウ収容所は、ポーランド南部の村に作られた強制収容所で、ユダヤ人をはじめ多くの人々が理不尽にも命を落していった。その犠牲者の数は110万人を超えると言われている。本作は、強制収容所を命懸けで脱走した2人の若いスロバキア系ユダヤ人によって、強制収容所の実態が国際赤十字にもたらされ、初めて世に伝わったという実話に基づく作品である。今では歴史的真実であるホロコーストも、当時、事実を知る者たちによる命がけの行動がなければ、その実態は世に知らされることはなかった。

 事実を伝えなければという思いが、二人の若者を決死の覚悟の脱出へと駆り立てる。厳しい道のりだったが、山で民間人に助けられ国際赤十字の担当者へ面会が叶い、強制収容所の実態が初めて驚きを持って伝えられる。それまで「難民キャンプ」と思われていた収容所で実際は何が起こっていたのか、誰も見抜けなかったのだ。
 そして、収容所では、残された人々が過酷な状況に置かれていく。極寒の中、野外に何日も立たされ、手引きした者を割り出そうとするドイツ兵から執拗に尋問を受けていた。だが誰も口を割らない。ドイツ兵の苛立ちも極限に達していく。そうした迫感感が見事に演出されて胸をつかれる。とりわけ凍てつく夜間、立ち続ける人々の姿が薄暗いライトに照らされるシーンは収容所の凄絶さが伝わってくる。
 
 後半、二人はレポートを書き上げるが、そのレポートがどう伝わり、どう効力を発揮したのかは詳しくは語られていない。ハンガリー政府はユダヤ人の移送を断念し、10万人を超える命が救われたとされるが、その後も多くの人が強制収容所に送られ、犠牲者を出し続けた。
 今日に至るまでホロコーストの悲劇を描いた作品が数多く発表されている。こうした映画の意味は、単にナチスが行なった蛮行を語り継ぐということだけではないだろう。映画の冒頭でジョージ・サンタヤーナの言葉「過去を忘れる者は、同じ過ちを繰り返す」が引用されている。そしてエンドロールでは、過去から学ぶことなく発言された「現代の声」がコラージュされて流される。非人道的な犯罪や行為、差別は、今なお世界各地で繰り返されている。最も大事なのは、きちんと過去を知り、そこからしっかり学ぶことだろう。それは、国際社会の一員として生きる日本も同じだとこの作品は教えてくれる。(★★★☆加賀美まき)

2021年5月24日月曜日

ベルリン・アレクサンダープラッツ

ドイツ文学の名作を現代に置き換え、大胆に脚色した3時間の大作。

スタイリッシュな画面に引き込まれる。

 


 


 

Berlin Alexanderplatz

2020年/ドイツ・オランダ

 

監督:ブルハン・クルバニ

出演:ウェルケット・ブンゲ、イェラ・ハーゼ、アルブレヒト・シュッヘ、アナベル・マンデン

配給:STAR CHANNEL MOVIES

公開日:2021520日よりMIRAIL(ミレール)Amazon Prime VideoU-NEXTにて有料(1500円)配信開始

上映時間:183

公式HPhttps://www.star-ch.jp/starchannel-movies/detail_048.php

 

 

ストーリー

アフリカから欧州の海岸に漂着したフランシス。生き残ったのは彼ひとりで、フランシスはこれを機会に正しい人間として生きることを神に誓う。しかし流れ着いたベルリンで、フランシスは知り合った麻薬の売人のドイツ人、ラインホルトの手伝いをするようになる。情緒不安定なラインホルトは、フランシスを支配することで心のバランスを保っていたが、フランシスはそれを友情だと信じる。やがてフランシスは、ラインホルトに手痛い目に遭う。


レビュー

2020年のドイツ映画賞で作品賞を含む5部門を受賞した話題作だ。

 

ドイツ文学の名作を現代に蘇らせたのは、アフガニスタン系ドイツ人のブルハン・クルバニ監督だ。1920年代の話を現代に、主人公をドイツ人からアフリカからの難民に置き換え、物語を再構築した。監督によれば、現在では社会の底辺にいる主人公を描くのには、難民の方がリアリティがあるからだ。

 

社会の底辺にいたり、犯罪を犯したりした者には、再び悪の誘惑が寄ってきやすい。

更生はなかなか難しいという話でもあるのだが、それを抜きにして僕は、主人公フランシスとこの物語では悪者になるラインホルトの関係がとてもスリリングで、最後までどうなるかハラハラして見てしまった。フランシスを愛する女たちが出てくるし、フランシスも女を愛するが、彼が依存しているのは女たちではなく、ラインホルトなのだ。

 

とにかくこのラインホルトという男が、観客の嫌悪感を一手に引き受けるようなゲスな男だ。

最初は麻薬組織でも下から数えた方が早いランクで、品がなくボスにも見下されている男として登場するラインホルト。

女を肉体的にしか愛せなく、人の嫌がることをしたがるかと思えば急に親切になる。相手が心を許せば支配したがる。そのくせ急にメソメソしだす。とにかく見ていて最低なやつだ。

 

フランシスも私たちと同じように、最初はラインホルトを嫌悪する。しかし、やがて自分にいいように解釈し、友情を感じるようになる。もっともその友情は一方通行で、周囲から見れば虐待を受けているようにしか見えない。男女のDV事件でこうした相互依存があるようだが、この二人の関係もそうした愛情関係に近いのだろう。フランシスは、支配は愛と勘違いしているのだ。

 

しかしラインホルトがフランシスを優遇するのは、自分にない“気品”や“誠実さ”を彼に感じ、フランシスが人に好かれる何かを持っているからだ。そんな存在を支配することで、自分が気持ちよくなれる。これは嫉妬でもあるが、歪んだ愛情でもある。だからフランシスが女性と付き合いだすと、嫉妬を覚える。だが、ラインホルトは、支配と虐待でしか、相手に愛情を示せない。そこには、2人は無意識なのだろうが、ホモセクシャル的な関係が見える。

 

スタイリッシュな撮影スタイルと寒色系の画面の色彩設計、音楽といったルックだけでなく、存在感のある俳優たちのアンサンブルも素晴らしい。残酷な話だが、ずっと画面を見ていたくなる美しさがある。

 

劇場公開がなく有料配信のみなのが残念。

ただし画像はきれいなので、3時間という長尺だが機会があったらぜひ家で見て欲しい。

 

(★★★★前原利行)

 

有料配信(1500円)MIRAIL(ミレール)Amazon Prime VideoU-NEXTにて

 

 

●映画の背景

原作は1920年代にアルフレート・デーブリーンにより書かれた『ベルリン・アレクサンダー広場』。

社会の底辺にいる元犯罪者フランツ・ビーバーコップが更生を誓いつつも、再び犯罪に手を染めて落ちていくという話で、20世紀ドイツ文学の名作といわれている。

1980年代にヴェルナー・ファスビンダー監督により、15時間に及ぶ長編TV映画化されてもいる(日本では特集上映やDVD販売)。

 

2021年4月22日木曜日

ハイゼ家 百年

東ドイツ出身のドキュメンタリー作家が家族の遺品から紡ぎ出す、 
全5章218分のファミリーヒストリー



Die Heimat ist ein Raum aus Zeit
2019年/ドイツ、オーストリア
監督・撮影:トーマス・ハイゼ
配給:サニーフィルム
上映時間:218分
公開:4月24日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国劇場公開

●ストーリー

旧東ドイツ出身の映画監督トーマス・ハイゼ。その家族が19世紀後半から保管してきた遺品〜書簡・日記・写真・音声記録をコラージュし、ハイゼ家が歩んだ来た激動の百年を監督自らの語りで綴る。

●レヴュー

「戦争は本当に恐ろしい。家畜も牛飼いも叩きのめす」
1912年3月19日に書かれたヴィルヘルム・ハイゼ14歳の作文だ。ヴィルヘルムは監督の祖父にあたる人物。作文の戦争は何を指してるのか。第一次世界大戦の勃発はその2年後なので、14歳の少年にしては想像力が長けている感じがするが、その後のハイゼ一族の波乱万丈を予見するような内容にも見える。
                    
ヴィルヘルムは成長すると教師となり、ウィーン出身のユダヤ人の娘で彫刻家のエディトと知り合い、結婚する。そして二人の子供を儲ける。家庭的な幸せの絶頂とは裏腹に、社会は混迷を深めていく。1933年、ナチ党が政権を取った翌年、ヴィルヘルムは突如、教師の職を解かれる。妻エディトとの「混血婚」が問題とされたのだ。
「私は40歳、財産もない、子供は10歳と11歳…」国務大臣に対して公務員法第6条の措置を適用しないでほしい、という嘆願書の下書きが残されている。走り書きだが、幾度も書き直している様子に焦燥感が窺える。さらに胸を締め付けられるのが、妻エディトのウィーンにいる両親や親戚との手紙のやり取りだ。「私たちを助ける手段があるのなら、何とかしてほしい、もし迷惑でないのなら…」緊迫の度合いが伝わってくる。親戚たちが次々とユダヤ人収容所へ送られていくのだ。

第2章は、ロージーという女性の日記から始まる。監督の母親に当たる人物だ。彼女は恋多き女性のようだが、その後、ヴィルヘルムの長男で哲学者のヴォルフガングと知り合い結婚する。(つまり監督の両親である)終戦後、東西ドイツが分裂し、東ドイツの生活が書簡の中で語られる。1961年、労働力の西側への流出を避けるため作られた「ベルリンの壁」。その建設自体が、今まで理想的で順調にみえた「社会主義」の翳りを見せ始める。ヴォルグガングはフンボルト大学で副学長まで上り詰めたが、反体制知識人のかどで辞めさせられてしまう。

第3章はヴォルフガングと反体制派知識人たち〜ヴォルフ・ビーアマン、ローベルト・ハーヴェマン、ハイナー・ミュラー、クリスタ・ヴォルフとの交流が描かれる。のちに明かさられることになる秘密警察(シュタージ)の暗躍や陰の協力はこの時期の出来事だ。
第4章で、ようやくトーマス・ハイゼ監督本人の回想が語られる。廃屋の映画館のエピソードから始まり、1989年のベルリンの壁崩壊前夜の雰囲気がリアルに伝わってくる。壁を壊す華やかで象徴的なシーンを描かないところがこの監督らしさだ。
                   

ハイゼ家三代の物語の重厚感に思い出したのは、北杜夫の小説『楡家の人々』だ。大正から昭和の激動期に精神病院を経営する自身の家族をモデルにしたこの小説は、トーマス・マンのノーベル文学賞の契機となった『ブッデンブローク家の人々』に影響を受けたといわれている。同国出身のハイゼ監督も企画の参考にしてるのかもしれない。
ドイツ語原題は、Die Heimat ist ein Raum aus Zeit(故郷とは時間からなる空間である)。縁のある場所を撮ったと思われるモノクロの静謐な映像が、歴史という深い井戸を想像させ、底の方から徐々に光に向かって這い上がっていくような印象をもたらす。また、それぞれの時代に書き記された”言霊”が思いのほか生々しく響いてくる。語るのはハイゼ家の末裔である監督自身。全体的にクールな印象だが、歴史の教訓ばかりではなく、一族が命を紡いできたこと、生き延びてきたことへの祝福をも感じるドキュメンタリーだった。

(★★★★カネコマサアキ)


●関連情報

第69回ベルリン国際映画祭フォーラム部門最高賞カリガリ賞
ドイツ映画批評家賞2020 最優秀ドキュメンタリー賞

 

2021年3月25日木曜日

水を抱く女

”水の精 ”の神話を現代に置き換えた、ミステリアスな愛の物語




Undine

2020年/ドイツ・フランス
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ
配給:彩プロ
上映時間:90分
公開:2021年3月26日(金) 新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
HP:https://undine.ayapro.ne.jp


●ストーリー
  ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネは、博物館でガイドとして働いている。ある日、職場近くのカフェで、恋人のヨハネスから他の女性へ心移りしたと別れを切り出される。ガイドを終えて急ぎカフェに戻るがヨハネスはもうそこにはいなかった。悲嘆にくれるウンディーネの前に、潜水作業員のクリストフが現れる。カフェの大きな水槽が割れ、不思議な運命に導かれるようにふたりは惹かれ合い恋に落ちる。
 穏やかに愛を育むふたり。だが、クリストフが感じた彼女への疑念をきっかけに、ウンディーネは自分の宿命と直面することになる・・・。


●レヴュー 
 ”水の精 ウンディーネ/オンディーヌ”の神話。水の中に住み、美しい女性の姿で現れ、人間の男性と結ばれると魂を得るという。その魅惑的な精霊は人々の心を魅了し、小説や人魚姫の童話、さまざまな舞台の題材にもなってきた。だが、ウンディーネは、「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して水に戻る」という悲しい宿命を背負っている。
 冒頭、恋人から別れを切り出された主人公ウンディーネは、「あなたを殺したくない、戻ってきて愛していると言って」と告げる。クリスティアン・ペッツォルト監督は、水の精の神話を現代に置き換えて、神秘的なファンタジー、そしてミステリアスな男女の愛の物語を仕立てている。バッハ・アダージョの旋律にのって展開される物語に、ウンディーネの宿命がどう物語に絡むのか観客は自然と引き込まれていく。

 愛に傷ついたウンディーネは、愛情深い純朴な潜水作業員のクリストフと出会い癒されていく。出会いのきっかけとなった水槽、ふたりが一緒に潜るダムの底、雨やプールといった時々に表現される「水」が意味を持っている。ロングショットを省き、ウンディーネの視点と観客の視点によって綴られていくシーン。そのひとつひとつが小気味よく、ミステリアスで大人しやかな、そしてファンタジーを併せ持った物語を際立たせていると思う。
 終盤でウンディーネは宿命に導かれるようにある行動をとる。物語は謎めいたまま、不思議な余韻を残して終わっていく。

 そうしたウンディーネを繊細に演じたパウラ・ベーアが素晴らしく、魅了される。本作の演技でパウラ・ベーアはベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した。
 舞台となるベルリンはスラブ語で「沼」あるいは「沼の乾いた場所」という意味だという。ベルリンには、その土地に人々が作り上げた歴史があり、冷戦時には壁で分断され、その後は再び一つの街、ドイツの首都として再生されている。ウンディーネが務める博物館にあるベルリン全体の仔細な模型、歴史を語る地図が見事で目を奪われた。またウンディーネによってベルリンという都市の成り立ちも語られる。『東ベルリンから来た女』などで歴史的、政治的背景を明確に表現してきたペッツォルト監督だが、愛の物語でもある本作の中にもそうした視点をしっかりと織り込んでいると感じた。(★★★★加賀美まき)

 

2020年11月17日火曜日

ホモ・サピエンスの涙

 33のエピソードで紡がれる、この時代に生きる人々への映像詩



About Endlessness

2019年/スウェーデン、ドイツ、ノルウェー、、
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
出演:マッティン・サーネル、イェッシカ・ロウトハンデル、タティアーナ・デローナイ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:76分
公開:2020年11月20日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
HP:http://www.bitters.co.jp/homosapi/

●ストーリー
 高台にあるベンチに座る男と女。鳥の群が飛んでいる。「もう9月ね」永遠に続きそうな、穏やかな時間が流れる・・。
 美味しい夕食で妻を驚かそうとしていた男。数年ぶりに再会した友人に声をかけるが無視される。彼の横をその友人が再び通り過ぎるがやはり無視されてしまう。
 ぼんやり別のことを考えていたウエイター。唯一の客にワインを注ぐが、溢れてどんどんテーブルに広がっていく。助けを呼ぼうにも店内には誰もいない。
 さまざな人たちの33のエピソードが紡がれていく。

●レヴュー 
 淡々としたナレーションに導かれて、小さな33のエピソードが続いていく。色彩を抑えたブルーグレートーンの画面。登場する人々の動きはおしなべて緩やか。表情の変化も言葉も少なめで、時折静止画を見ているのかと錯覚してしまう。そこに散りばめられているのは、時代も世代も異なるが、どこか(文章や映像の中かもしれないが)で見聞きしたような市井の人々の人間模様。そんな彼らの姿に次第に惹きつけられていく。短いエピソードの断片は、最初は詩的なものにも感じられるのだが、実は自分の近くで起きていたかもしれない、不器用な人間たちのありのままの姿だと気付かされる。映像の魔術師と言われるロイ・アンダーソン監督は、そんな人間たちの愛すべき姿をユーモアとシニカルな独特の視線で描き出している。
 ひとつひとつのエピソードに、押し並べて関連性はないようなのだが、凡庸な人々の姿の合間に、20世紀を訓誡するような戦争の敗北者を登場させる。その中に、シャガールの絵に着想したという、空爆で破壊された都市の上空を飛ぶカップルのエピソードが印象的に織り込まれている。そのバランスが絶妙で意味深く、切れ切れにも思えるエピソードを見事に一つの作品にまとめ上げていると思う。

 もうひとつの見どころは、アンダーソン監督の構図・色彩・美術など細部に至るまで徹底的なこだわり。ほぼ全て、監督自身の巨大なスタジオにセットを組み、ワンシーンワンカットで撮影されている。前出の空爆された都市は、1/200の縮尺でケルンの街並みの模型を建てたという。そのディテールの再現、画面全体のグレーのグラデーションが秀逸。多くの絵画からインスピレーションを得ている監督だが、特に美的にも印象的なシーンになっている。
  
 そして、この作品を見ながら、不思議な感情が沸き起こった。薄雲に覆われたような世界、人の少ない空間、言葉少なに距離を取る人々の姿。監督はこの作品のテーマは人間の脆さだと語っているが、まるで新型コロナウイルス感染症によって様変わりした今の社会を予言していたかのようだ。人類が繰り返し経験してきた敗北、人間が誰しも抱える孤独、憂いや悲しみ。今まさにその渦中にあって、私たちはもがいていると思う。この作品の小さなエピソードから何を感じるかは観客に委ねられていると思うのだが、意味深長な逸話が多い中、3人の若い女性たちが、流れてきた軽快な音楽に合わせて道で楽しく踊リ出すシーンが、不思議と心に残る。人間の小さな希望や喜びがまた新しい世界へと繋がっていくのだと思わせてくれるからかもしれない。人生悲喜こもごも。悪いこともあるが、そればかりではない、原題の『無限』にその思いが込められていると思う。
(★★★☆加賀美まき)

76回ベネチア国際映画祭 銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞。

2020年11月16日月曜日

セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選

 

 

そのほとんどの作品が主要国際映画祭に出品されているという、ドキュメンタリー作家セルゲイ・ロズニツァ。

今回《群衆》をテーマにした3作品の連続上映が行われるが、日本では今回の特集上映が初上映になるという。スターリンの国葬の記録映像を再編集した『国葬』、政府の自作自演だった裁判を描く『粛清裁判』、ダークツーリズムを考えさる『アウステルリッツ』の3本だ。

 

監督:セルゲイ・ロズニツァ

配給:サニー・フィルム

公開日:202011141211日シアター・イメージフォーラム

公式HPwww.sunny-film.com/sergeiloznitsa

 

 


 

 

国葬 State Funeral

 

2019年/オランダ、リトアニア

 

195335日、ソ連の指導者スターリンの死がソビエト全土に報じられた。世界最大級の国葬のため、彼の死を嘆く人々や世界各地から要人たちが集まってくる。首脳陣たちのスピーチが壇上で始まるが、その後まもなく粛清されてしまう顔も見える。

 

スターリンの国葬の模様を収めたフィルムがリトアニアで発見され、そのアーカイブ映像を編集した作品。驚くのが、デジタル修復されたその映像のクリアさ。スターリンの遺体を一目見ようと多くの群衆がモスクワに集まってくる。盛大な葬儀を世界に発信しようとする政府。人々はスターリンを畏れる一方で敬い、彼が死んだ後はどうして生きていけばいいかわからないと口にするものも少なくなかった。

最後にレーニン廟に埋葬されるスターリンだが、のちにそれが撤去される。権力は時代の前に風化し、群衆の関心はすぐに移り変わるのだ。★★★☆前原利行)

 

 

粛清裁判 The Trial

 

2019年/オランダ、ロシア

 

1930年のモスクワで、8人の有識者の裁判が行われていた。彼らは「産業党」というグループで、共産主義政権への破壊活動を行っていたという容疑だ。その裁判と並行して、街頭で「裏切り者に死を」というスローガンを抱えた群衆が練り歩く。しかしこの裁判はそもそも、“やらせ”だった。

 

本作が進むにつれ、観客は次第に違和感を抱いていく。8人は有罪になれば死刑になるのに、みな積極的に過ちを認め、深い反省の念を述べ、計画が失敗に終わったことを声高に言う。最後になり、ようやく私たちはこの裁判自体がやらせだったことをテロップで知る。今でもたいていの国で、政府は失敗すると国民の不満を逸らすために茶番をでっち上げる。権力を持っているものは、失敗を認めない。そして群衆はそれを信じる。人は自分が思っているよりも、騙されやすい。★★★前原利行)

 

 

 

アウステルリッツ Austerlitz

 

2019年/ドイツ

 

ベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所跡。夏の晴れた日に多くの観光客がやってくる。かつてここには政治犯のほかユダヤ人やロマの人々が収容されていた。しかし今では単なる観光地と化している。

 

一つのシーンが固定で5分近くあるが、その間私たちは画面をずっと見つめるしかない。一体これは何なのだろうかと観客は自問していく。実はただベタで撮っているようでも、編集によりシーンは巧みに選ばれている。そしてロズニツァ作品共通のサウンド編集がある。意図的に音はクローズアップされている。

 

映画のタイトル「アウステルリッツ」は、本作はドイツの文学者WG・ゼーバルトの代表作「アウステルリッツ」にインスパイアされ、製作されたため。語り手である“私”が、ドイツ帝国時代の建物を巡るアウステルリッツから暴力や権力の歴史を聞く。

建物やその場所には、暴力や権力を刻んだものもある。それを再確認しに行くのがダークツーリズムだが、本作は、すっかり形骸化して単なる観光地になっている事実を映し出す。★★★前原利行)

 

2020年8月6日木曜日

シチリアーノ 裏切りの美学

組織に忠誠を誓った男は、何故「血の掟」を破り政府に寝返ったのか

シチリア・マフィア史上の驚くべき実話を映画化



IL TRADITORE


2019年/イタリア、フランス、ブラジル、ドイツ


監督:マルコ・ベロッキオ

脚本:マルコ・ベロッキオ、ルドヴィカ・ランポルディ、ヴァリア・サンテッラ、

   フランチェスコ・ピッコロ

出演:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、マリア・フェルナンダ・カンディド、

   ファヴリツィオ・フェラカーネ

配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス

上映時間:145分

公開:2020年8月28日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、

   Bunkamuraル・シネマ他 全国公開

HP:https://siciliano-movie.com


●ストーリー 

 1980年代初頭、シチリアでは、マフィアの全面戦争が激化していた。パレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)は、抗争の仲裁に失敗しブラジルに逃れるが、残された家族や仲間達はコルレオーネ派の報復によって次々と抹殺されていった。

 その後、ブラジルで逮捕されイタリアに引き渡されたブシェッタは、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事(ファウスト・ルッソ・アレジ)から捜査への協力を求められる。麻薬と殺人に明け暮れ、堕落した犯罪組織となったコーザ・ノストラに失望していたブシェッタは、固い信頼関係で結ばれたファルコーネに組織の罪を告白する決意をするが、それはコーザ・ノストラの“血の掟”に背く行為だった。


●レヴュー 

 1980年代のイタリア、シチリアのパレルモは、ヨーロッパ中の麻薬が集まり犯罪の巣窟と言われるような場所。その地を牛耳るのが「コーザ・ノストラ」というマフィアの一大組織だった。そのファミリーの1つ、パレルモ派の大物が実在したマフィア、トンマーゾ・ブシェッタでこの物語の主人公。のちに司法当局に協力し、その情報提供によりマフィアは掃討されることになる。


 冒頭は、美しい海を臨む豪邸にコーザ・ノストラの2つのファミリーが集う、ゴージャスなパーティーのシーン。表向きは均衡を装っているが、その裏では血を血で洗う抗争が続いていた。前半はブシェッタが組織から離れ、海外に潜伏、その後捕まってイタリア政府に身柄が引き渡されるまでが描かれる。

 後半、ブシェッタはイタリアに移送され、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事と対面する。彼の説得に応じ、組織を裏切って全ての情報を当局に渡すことになる。マフィアは一網打尽にされ、彼の告白により457人が起訴され、360人が有罪となった歴史的な裁判シーンへ。大法廷で、マフィアたちは法廷を半円に囲むように分割された檻に入れられ、そこで繰り広げられる裁判の光景に驚かされる。81歳になる巨匠マルコ・ベッキオ監督は、独特の美学でブシェッタの姿とこの抗争劇を演出している。劇中、次々と殺されていく関係者。ブシェッタの息子たちも貶められ身内に無残に殺され、裁判が進む裏でもブシェッタに対する報復が繰り返される。判事も移動中に橋ごと爆破されて死亡する。抗争で死んだ人の数がカウントアップされていき、数字は最後に157に。この抗争がいかに激しいものだったか想像を絶するが、人の命がかくも軽く扱われるのかと思うと恐ろしく、実話を元に描かれているだけに、劇場的なこうした演出に少し胸が痞えた。

 

 原題の「IL TRADITORE」は、裏切り者の意味。トンマーゾ・ブシェッタを描く作品は、いままであまりなかったという。「血の掟」という固い絆で結ばれた組織の大物が自己の全てを投げ打って新生する。その結果がただの改悛なのか美学を持った裏切りなのか、それがあまり釈然としなかった。組織の全てを当局に渡した理由。それは彼が理想とする高潔なマフィアが、麻薬売買に依存する堕落したものになっていったからだろう。冒頭でブシェッタが思うマフィア像は既に崩れていて、彼の変化は、その時から始まっていたということになる。判事との間にどのようなやりとりがあり、ファミリーを率いていたほどの大物に起きた心境の変化の核心は何だったのだろうか。ブシェッタを演じるピエルフランチェスコ・ファヴィーノの存在感が光っていただけに、ブシェッタのそれまでに生き様や彼が理想とするマフィアの美学を見たかったと思う。実際をあまり知らない日本人だからかもしれないのだが。

 本作は2020年のイタリアアカデミー賞で作品賞や監督賞を含む最多6部門に輝いた。シチリアは、地中海の中央に位置し、歴史的にも要衝としてさまざまな民族の覇権争いの地となってきた場所。そこに存在してきた闇を、作品ではしっかりと照らし出している。今のシチリアを旅してみたいと思う。(★★★☆加賀美 まき)

2020年6月30日火曜日

17歳のウィーン  フロイト教授 人生のレッスン

青年の成長とフロイト教授との交流を描く、儚くも美しいかけがえのない日々

Der Trafikant / The Tobacconist

2018年/オーストリア、ドイツ
監督:ニコラウス・ライトナー
脚本:クラウス・リヒター、ニコラウス・ライトナー
出演:ジーモン・モルツェ、ブルーノ・ガンツ、ヨハネス・クリシュ、エマ・ドログノヴァ
配給:キノフィルムズ
上映時間:113
公開:2020724日(金・祝) Bunnkamuraル・シネマほか全国公開
HP17wien.jp

ストーリー
 1937年、ナチ・ドイツとの併合に揺れるオーストリア。17歳の青年フランツ(ジーモン・モルツェ)は、自然豊かなアッタ湖のほとりで母親と暮らしていたが、母の恋人の事故死を機に、ウィーンのタバコ店に見習いとして働きに出ることになる。戦争で片足を失った店主オットー(ヨハネス・クリシュ)のそばで様々な客と出会っていく。
 ある日、特別な常連客が訪れる。それは、頭の医者として世界的に知られるフロイト教授(ブルーノ・ガンツ)だった。フロイト教授と親しくなったフランツは、教授から人生を楽しみ、恋をするよう勧めを受ける。ある日フランツは、街の遊園地で出会ったボヘミア出身の女性に一目惚れするのだが、初めての恋に戸惑ってしまう。フロイト教授は彼にある3つの処方を与える。
 やがて時代は国全体を巻き込んで、激動の時を迎えようとしていた。

レヴュー 
 この作品は、17歳の若者の成長物語である。オーストリア、ザルツカンマーグートのアッター湖のほとり、自然豊かな田舎で育った17歳のフランツは、母の勧めでウィーンのタバコ店で働くことになるのだが、純朴な青年は、そこで様々な人と出会い、恋をし、人生経験を重ねていく。ナチ・ドイツの勢力がオーストリアにも拡大し、混沌としていた時代を背景に、フランツが成熟した大人になっていく姿が印象的な作品になっている。
 
 物語は、フランツが一目惚れしたボヘミアンのアネシュカとの初恋とその行方を軸に進んでいき、その恋の悩みや不思議な夢のことをタバコ屋で知り合ったフロイト博士に相談する。「答えを見つけるために生まれてくるのではない、問いかけるためだ」という人生のヒントを得て、フランツは前を向き着実に成長していく。実在するフロイト博士の存在が、この作品にリアリティを持たせ、情緒ある物語にしていると思う。

 フランツの成長には、彼が出会った様々な人の生き様が織り込まれている。歴史的背景の描写は、前半は控えめな演出になっているが、後半、ナチ・ドイツによりオーストリアが併合されると、街と人の様相の変化が瞭然と描かれる。したたかに生きる道を選ぶアネシュカ、街の劇場の演目はナチを賞賛するものに変わり、隣の肉店の密告により、タバコ店はナチ親衛隊の襲撃を受ける。オットーは捕らえられ、フロイト教授も亡命を余儀なくされる。時代の波がフランツを取り巻く人たちの人生に大きな影響を及ぼしていく。物語は終始、フランツの目線でしっかりと捉えられ、彼の人生にも劇的な変化が起きていく様子が説得力をもって描かれている。ラストに、「足跡を残す」べくフランツがとる行動は、この作品を象徴するシーンになっていて、胸に迫る。

 原作はローベルト・ゼーターラーの『キオスク』で、ドイツ語圏では80万部を超える大ベストセラーになった。ウィーン市中のタバコ店は、タバコはもちろん、新聞や雑誌、文房具なども扱う。様々な街の人が出入りし、世相を映し出す場所だろう。監督は、ウィーンの雰囲気大切にして、野外のシーンはウィーン市内で撮影したという。リンク内の市街地は、今も石畳の道が続き、建物も当時のままに撮影ができるところが素晴らしい。フランツとフロイトがカフェで話すシーンがあるのだが、そこは1988年創業のカフェ・シュペール。筆者がウィーンで必ず訪れる店ですぐにわかった。今も変わらず、当時の雰囲気を醸し出している。銀のお盆にのって、一杯の水が添えられてくるのがウィーンのカフェの伝統。美味しい水が自慢のウィーンならではのサービスは、今も変わらず受け継がれている。フロイト教授を老練に演じた名優ブルーノ・ガンツは、この作品が遺作となった。
                                     (★★★☆加賀美まき)

2020年2月20日木曜日

名もなき生涯



自らの信念を貫き通しナチスに立ち向かった男。
名匠テレンス・マリックが知られざる実話を映画化。


A Hidden Life
2019年/アメリカ・ドイツ

監督・脚本:テレンス・マリック
出演:アウグスト・ディール、ヴァレリー・パフナー、ブルーノ・ガンツ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公開:2月21日(金)TOHOシネマズシャンテほかロードショー

■ストーリー

1938年、オーストリアはナチス・ドイツに併合され、その影響は山間の片田舎にまで及ぼうとしていた。農夫のフランツはファニと結婚し、幸せな家庭を築いていたが、たびたび軍事演習に駆り出され、時おり家族と離ればなれになっていた。フランスが降伏したことで戦争は終わるかに見えたが、戦火は広がる一方で、村人たちはナチス党の煽動に飲み込まれて行く。しかし、フランツはヒトラーの思想に疑問を持ち、村長や司教の説得にもかかわらず戦争協力を拒否する。家族が「裏切り者」として村八分にあう中、フランツに召集令状が届くのだった。

■レビュー

まず、こんな人物がいたのか、と驚かされる。
主人公フランツ・イェーガーシュテッターはオーストリアのザンクト・ラーデグント村出身の実在の農夫。映画はフランツとその妻の書簡集『監獄からの手紙』を元にしている。オーストリアがナチス・ドイツに併合されてから、ファシズムは長閑な農村にまで及ぶ。当時の農村というのは互いに助け合い、種まきから収穫まで協同作業をしないと成立しない。周りとうまくやっていかないと生きていけない場所だ。

だが、フランツは村で集める戦争義援金を出す事も、兵役も拒否するようになる。彼の強固な意志は、ヒトラーへの反発というより、純粋に人を殺めることへの罪の意識から来るものだろうと推測する。映画には描かれていないが、意外にもフランツはファニと出会い結婚するまでは暴力的で粗野な男だったらしい。もともとカトリックの信仰に厚い土地柄ではあったようだが、彼女からの愛、彼女を通じた神の愛の発見によって彼が変わったのは想像に難くない。一方で、彼の内なる暴力性は反ナチスへと向かったのかもしれない。現代でいう”パンキッシュ”な形で。

テレンス・マリックの作風は『シン・レッド・ライン』『ツリー・オブ・ライフ』を観ても一貫してるように思う。人間を自然の中の一部として捉える。キリスト教的な神との対話を描きながら、万物に宿る八百万の神をも描いているように見える。人間社会が相対化され、とるに足らない世界に見えてくる。縦横無尽でダイナミックなカメラワークも健在だ。『ベルリン天使の詩』で堕天使役、『ヒトラー〜最後の12日間』でヒトラー役を演じたブルーノ・ガンツのキャスティングも興味深い。

フランツは兵役を拒否したためにベルリンへ送られ収監される。この時期、妻へ手紙を許されたのは月に一度だけだった。独り身ならいいが、三人の子供も妻もいる家長である。本来、守るべきは家族ではないのか?と疑問に思うが、この過酷な状況で信念を貫き通そうとする。名もなき人物のこの行動は、当時、特にニュースとなったわけでもなく、キリストのように十字架にかけられ聖人化されたわけでもなく、何の意味もなさなかったはずだ。だが発掘された事実は、後世に生きる我々に大きなものを投げかけてくる。目の前に見えるものだけを観ていればいいのだろうか?ということを。

(カネコマサアキ ★★★☆)

2020年2月16日日曜日

屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ


リアルなシリアルキラーの姿を見せてくれる。おぞましいが画面から目を離せない実録犯罪ドラマ

       屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカのイメージ画像1



2019
監督:ファティ・アキン(『ソウル・キッチン』『女は二度決断する』)
出演:ヨナス・タスラー、マルカレーテ・ティーゼル
配給ビターズエンド
公開:214日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館

●ストーリー
1970年代のハンブルグ。
屋根裏部屋にひとりで住むフリッツ・ホンカは、しがない労働者だ。
彼は行き場をなくした人々が集まるバー「ゴールデングローブ」で酒を飲み、店にやってくる売春婦に声をかける。
しかしホンカの相手をしてくれるのは、老人とも言える年老いたアル中の女性だけだった。
歯並びは悪く斜視という見かけの上、人と会話もできず、暴力的な行動を取ってしまうンカ。
彼は誰からも気に止められない男だったが、大きな秘密があった。
彼の部屋には殺してバラバラにされた女性たちの遺体が隠されていたのだ。

●レヴュー
昨年は『ハウス・ジャック・ビルト』というシリアルキラーを描いたトラウマ級のおぞましい傑作があったが、あれはフィクション。
殺される人もある意味映画的だったが、こちらは実際に1970年代にドイツのハンブルグで起きた、連続売春婦殺人事件を元にした実話の映画化だ。
そしてこちらもトラウマ級のいやーな映画だ。
なのでインパクト大だが、見る人を選ぶだろう。

映画はシリアルキラーであるンカの行動をひたすら追うが、彼の内面はわざと描かない
なのでなぜ彼がこういう人格になったのかは、見るものの想像に任せている。
その代わり彼に殺される運命になる老娼婦たちの側の痛みは、嫌という程伝わってくる。
老いて、彼女たちを買う男もおらず、家族からも相手にされなくなり、一杯の酒を求めて酒場にやってくる。
そして殺人鬼の手にかかり殺されて、バラバラにされるが、誰も彼女たちがいなくなったことも気にかけない。

映画が始まってまもなく最初の殺人の様子をカメラがとらえる。
死体を布に包み、階段をゴトゴトと無造作に引き摺り下ろすが、目立って人に見られてしまう。
そこで死体をのこぎりで切ってバラバラにして運びやすくするのだが、計画性のないンカはそれを近くの公園に捨ててしまう。
まもなく死体は発見されニュースになり、ンカはそれ以来、死体を屋根裏の自分の部屋に隠すようになる。
防腐処理を施すわけではないので、夏には悪臭が漂う部屋になる。
彼の部屋に来た者は皆一様にその悪臭に顔をしかめるが、ンカはその部屋で寝起きし、飯を食い、女を犯し、そして殺す。

映画はンカを通して事件を描くが、ンカの内面は見せないので、私たちは常にンカを外側から見ることになる。
ンカは見た目も中身も下品で最低な男だ
飲み屋で隣に座っていても、友達にはなりたくないし、女からすれば彼氏になんて夢にも思わない男だ。
そしてコミュニケーション下手で、言葉で女を気持ちよくさせることはできず、少しでも女が寄ってきたら暴力的に犯すことしか考えない。
そんな社会の底辺にいる男が殺すのは、同じ、いや、さらに底辺にいる女性たちだ。
まさに地獄。
予告やチラシに使われているような、若くて美しい女性ではなく、年老いて醜い体型をさらしているような女性たちが殺されていく
なんとかここまで生きてきた人生の最後が、こんなのでは地獄すぎる。

そんな陰惨な話だが、語り口は重々しいアート系ではなく、時にはコミカルであったり、時にはサスペンス映画のようであったりと、なかなかうまい。
そして「あー、このままだと殺されちゃうな」というこちらの予想(期待)を裏切る展開はうまい。
つまりンカは殺しでさえ、自分の望む女を手に入れることができないのだ。
また、本筋と関係ないバーに集まる人々や脇役のキャラの描き方もなかなかよく、みなそれぞれの人生が垣間見えるようになっている。
それぞれが懸命になんとかここまで生きてきた。その結果がこれなのか?

あとはアルコール依存の恐ろしさ
劇中、一回だけンカが事故をきっかけにアルコール断ちし、仕事にも復帰して社会的には真面目に生きて行くのだが、それが崩れてまた元の世界に戻ってしまうあたり。
あれ、怖い。“ほどほどに呑む”ができない人もいるのだ。

社会の底辺ということで、昨年大ヒットした映画『ジョーカー』とも共通点があるが、あちらはやはりハリウッド映画なので、「ジョーカー=アーサー」を魅力的に描いているが、こちらは誰も共感を感じないだろう。
そこに、より冷静な視点があると思う。
問題を提起して煽るのではなく、「これは何なんだ」と観客が考える。
『ジョーカー』よりも大人の映画だが、その分、毒も強い。
監督は『愛より強く』『女は二度決断する』など国際的にも評価が高いドイツ人監督のファティ・アキン
★★★★前原利行)