2020年6月30日火曜日

17歳のウィーン  フロイト教授 人生のレッスン

青年の成長とフロイト教授との交流を描く、儚くも美しいかけがえのない日々

Der Trafikant / The Tobacconist

2018年/オーストリア、ドイツ
監督:ニコラウス・ライトナー
脚本:クラウス・リヒター、ニコラウス・ライトナー
出演:ジーモン・モルツェ、ブルーノ・ガンツ、ヨハネス・クリシュ、エマ・ドログノヴァ
配給:キノフィルムズ
上映時間:113
公開:2020724日(金・祝) Bunnkamuraル・シネマほか全国公開
HP17wien.jp

ストーリー
 1937年、ナチ・ドイツとの併合に揺れるオーストリア。17歳の青年フランツ(ジーモン・モルツェ)は、自然豊かなアッタ湖のほとりで母親と暮らしていたが、母の恋人の事故死を機に、ウィーンのタバコ店に見習いとして働きに出ることになる。戦争で片足を失った店主オットー(ヨハネス・クリシュ)のそばで様々な客と出会っていく。
 ある日、特別な常連客が訪れる。それは、頭の医者として世界的に知られるフロイト教授(ブルーノ・ガンツ)だった。フロイト教授と親しくなったフランツは、教授から人生を楽しみ、恋をするよう勧めを受ける。ある日フランツは、街の遊園地で出会ったボヘミア出身の女性に一目惚れするのだが、初めての恋に戸惑ってしまう。フロイト教授は彼にある3つの処方を与える。
 やがて時代は国全体を巻き込んで、激動の時を迎えようとしていた。

レヴュー 
 この作品は、17歳の若者の成長物語である。オーストリア、ザルツカンマーグートのアッター湖のほとり、自然豊かな田舎で育った17歳のフランツは、母の勧めでウィーンのタバコ店で働くことになるのだが、純朴な青年は、そこで様々な人と出会い、恋をし、人生経験を重ねていく。ナチ・ドイツの勢力がオーストリアにも拡大し、混沌としていた時代を背景に、フランツが成熟した大人になっていく姿が印象的な作品になっている。
 
 物語は、フランツが一目惚れしたボヘミアンのアネシュカとの初恋とその行方を軸に進んでいき、その恋の悩みや不思議な夢のことをタバコ屋で知り合ったフロイト博士に相談する。「答えを見つけるために生まれてくるのではない、問いかけるためだ」という人生のヒントを得て、フランツは前を向き着実に成長していく。実在するフロイト博士の存在が、この作品にリアリティを持たせ、情緒ある物語にしていると思う。

 フランツの成長には、彼が出会った様々な人の生き様が織り込まれている。歴史的背景の描写は、前半は控えめな演出になっているが、後半、ナチ・ドイツによりオーストリアが併合されると、街と人の様相の変化が瞭然と描かれる。したたかに生きる道を選ぶアネシュカ、街の劇場の演目はナチを賞賛するものに変わり、隣の肉店の密告により、タバコ店はナチ親衛隊の襲撃を受ける。オットーは捕らえられ、フロイト教授も亡命を余儀なくされる。時代の波がフランツを取り巻く人たちの人生に大きな影響を及ぼしていく。物語は終始、フランツの目線でしっかりと捉えられ、彼の人生にも劇的な変化が起きていく様子が説得力をもって描かれている。ラストに、「足跡を残す」べくフランツがとる行動は、この作品を象徴するシーンになっていて、胸に迫る。

 原作はローベルト・ゼーターラーの『キオスク』で、ドイツ語圏では80万部を超える大ベストセラーになった。ウィーン市中のタバコ店は、タバコはもちろん、新聞や雑誌、文房具なども扱う。様々な街の人が出入りし、世相を映し出す場所だろう。監督は、ウィーンの雰囲気大切にして、野外のシーンはウィーン市内で撮影したという。リンク内の市街地は、今も石畳の道が続き、建物も当時のままに撮影ができるところが素晴らしい。フランツとフロイトがカフェで話すシーンがあるのだが、そこは1988年創業のカフェ・シュペール。筆者がウィーンで必ず訪れる店ですぐにわかった。今も変わらず、当時の雰囲気を醸し出している。銀のお盆にのって、一杯の水が添えられてくるのがウィーンのカフェの伝統。美味しい水が自慢のウィーンならではのサービスは、今も変わらず受け継がれている。フロイト教授を老練に演じた名優ブルーノ・ガンツは、この作品が遺作となった。
                                     (★★★☆加賀美まき)