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2021年11月9日火曜日

茲山魚譜 チャサンオボ

生きる意味を追い求めた師弟の、実話を基に描いた感動の物語



자산어보/The Book of Fish


2021年/韓国

監督:イ・ジュニク

脚本:キム・セギョム

出演:ソル・ギョング、ピョン・ヨハン

配給:ツイン

上映時間:126分

公開:2021年11月19日(金)より 新宿武蔵野館他全国順次公開

HP:https://chasan-obo.com


●ストーリー 

 19世紀初頭の朝鮮王朝時代。22代国王正祖の没後、天守教(キリスト教)が弾圧され、信者たちが迫害を受けていた。有能な学者で、天主教信者でもあった、丁三兄弟の長兄・若銓(ヤクチュン/ソル・ギョング)も最果ての黒山島に流罪となってしまう。

 豊かな海と自然に恵まれた島で海の生物の魅力に目覚めた彼は、庶民のための海洋学書を著したいという新たな目標を見つける。そして島で最も海の生物に詳しいが、貧しく学問への欲求を満たせない若き漁師昌大(チャンデ/ピョン・ヨハン)と出会い、二人は友情を築いていく。



●レヴュー 

 『茲山魚譜』とは、19世紀初頭の朝鮮時代、優れた学者であった丁若銓(チョン・ヤクチュン)によって書かれた海洋生物の博物誌。その序文に、魚や海藻などに詳しい昌大(チョンデ)という青年の助言によって完成されたと記されている。本作は、その実話に基づく物語である。


 主人公の一人、丁若銓。優れた学者だったが、天主教徒への厳しい弾圧によって黒山島に配流となってしまう。最果ての島は決して豊かではなかったが、素朴な島民たちは彼を温かく迎え入れる。美しい自然に囲まれた島で日々を送る中、海の生物への興味を掻き立てられた若銓は、わかりやすい博物誌を記したいと思うようになる。だが情報は乏しく、一筋縄ではいかない。

 もう一人の主人公は漁師の青年、昌大で、海の生物の知識を人一倍豊富に持っていた。優れた能力があったが、暮らしは貧しく、島では新しい本を手に入れることもできない。両班の父に認められずに育った彼は、向学心を満たすことも島から出ることもできずにいた。若銓は学問を教える代わりに、昌大に海の知識を教えて欲しいと協力を持ちかける。そうして、身分を超えた二人は互いを必要として師弟の絆を深めていく。その出会いと行末が、島のゆったりと流れる時間に身を任せるように訥々と描かれている。

 

 その二人を演じる、ソル・ギョングとピョン・ヨハンが見事。意外にも本作が時代劇初出演というソル・ギョングの上手さは言うまでもないが、島で生きることになり、その後『茲山魚譜』を書き上げた老練な学者を粛々と演じている。時にはお茶目な姿も見せる演技は、至高の境地にも思える。

 そして、ピョン・ヨハン。大ヒットドラマ『未生(ミセン)』で広く知られるようになり、その後は幅広い役柄、硬軟どちらもこなせる注目の若手俳優である。ソル・ギョングに一歩も引けを取らない演技で、向学心を持ち、島から出たいという野心を持ち合わせた青年を鮮やかに演じ精彩を放っている。

 自然豊かな島の情景も印象深い。撮影は、朝鮮半島南西端の島々で行われ、全編モノクロの映像が美しく、あたかも色があるような錯覚に陥る。色彩に目を取られないからだろうか。実力のある演者たちに恵まれ、演技の一挙手一投足に注視し、物語に吸い込まれる。厳しい状況下でも信念を持ちつづけた二人の主人公を揺るぎなく演じた二人の俳優。その相乗効果が、この物語を秀逸な作品にしていると思う。

 

 本作で登場する丁三兄弟は、朝鮮王朝時代の最大勢力「老論派」の対抗勢力で、実学を重んじる「南人」の一族。映画やドラマでは、22代王・正祖の側近で稀代の実学者、末弟・若鏞(ヤギョン)にスポットが当たることが多いのだが、本作の主人公、長兄・若銓の存在、天主教の迫害によって殉死した次兄・若鍾(ヤクチョン)ついては初めて知ることができた。若鏞が配流された全羅南道康津の茶山草堂や白蓮寺でもロケが行われている。「茲山」は「茲」は「黒」を意味しているそうで、「黒山」への畏れの気持ちから『茲山魚譜』と記したという。(★★★★加賀美まき)

2021年4月7日水曜日

狼をさがして

1974年、日本社会を揺るがした連続企業爆破事件。
「東アジア反日武装戦線」の実態に迫るドキュメンタリー



 2020年/韓国
監督・プロデューサー:キム・ミレ
出演:太田昌国、大道寺ちはる、池田浩士、新井まり子、溶田由紀子ほか
配給:太秦
上映時間:74分
公開:3月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開中

●ストーリー

1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工本社ビルで時限爆弾が爆発し、死者8名、負傷者380名を出す事件が起きた。1か月後、犯人から声明文が出される。「東アジア反日武装戦線“狼”」と名乗るその組織は、「日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である」と宣言した。その後も別働隊”大地の牙”や”さそり”による爆破事件は続いたが、1975年5月19日犯人グループは一斉検挙される。

2000年代初頭、釜ヶ崎で日雇い労働者を撮影していた韓国のキム・ミレ監督が、一人の労働者から東アジア反日武装戦線の存在を知り、彼らの思想を辿るドキュメントを撮り始めた。

●レヴュー

連合赤軍や日本赤軍を扱った映画は数多あるが、「東アジア反日武装戦線」に焦点を当てた映画は珍しいかもしれない。また、それが日本人ではなく韓国人のドキュメンタリー作家によって見出されたことも興味深い。ネチズンたちが左派たちを揶揄する「反日」の言葉の源泉もここに行き着きそうだ。「東アジア反日武装戦線」は70年代初期に勃興した武闘派左翼グループの一つと考えられるが、彼らは一体どのような思想を持っていたのか。カメラは関係者や支援者にインタビューを重ね、実像に迫ろうとする。

「東アジア反日武装戦線」は法政大学の文学部史学科に在籍していた大道寺将司を中心に結成されたグループが源流で、明治以降の「日本帝国主義」がアジアで行ってきた「悪行」について考える研究会が基礎になっている。そのコアな部分を抜粋してみる。

〜36年間に及ぶ朝鮮の侵略・植民地支配をはじめとして、台湾、中国大陸、東南アジア等も侵略支配し、「国内」植民地としてアイヌモシリ・沖縄を同化吸収してきた。我々はその日本帝国主義の子孫であり、敗戦後開始された、日帝の新植民地主義侵略支配を許容・黙認し、旧日本帝国主義者の官僚群、資本家を再び生き返らせた帝国主義の本国人である〜
〜自らの逃避口=安全弁を残すことなく”身体”を張って自らの反革命に落とし前をつけることである〜 『腹腹時計』兵士読本vol.1より

大道寺将司の出身は北海道・釧路だった。アイヌの問題はとりわけ身近だったのかもしれない。大学受験で大阪外語大を受けるが失敗、そのまま大阪に残り、釜ヶ崎で一年を過ごし日雇い労働者との親交を深める。東京に移動し、法政大学に入学し全共闘に入るも、安保闘争の敗北とともに自然消滅。大学も中退する。そして、先に述べたように「東アジア反日武装戦線」を結成する。安保闘争の失敗が彼らを追い詰め、捨て身の戦術に出たような印象がある。
まず、那須帰りの昭和天皇を荒川鉄橋で爆殺しようとする「虹作戦」を計画。しかし厳重な監視を意識してか中止に至る。その翌日、朴正熈暗殺を企てた在日の文世光のニュースに衝撃とシンパシーを感じ、戦前・戦中・戦後も「帝国主義」を支援する企業と断定した三菱重工への爆破テロへと舵を切る。

この映画に不満があるとすれば、70年代初期の時代の空気が伝わってこないことだろうか。東西冷戦の深化とともに、70年の三島由紀夫の市ヶ谷自衛隊駐屯地での割腹事件も、イタリアの赤い旅団やドイツのバーダー・マイホフなどの左翼過激派の活動も巨視的にはつながっている。思いつきで言ってしまうが、彼らの生真面目さとプライドの高さは「敗戦国」コンプレックスから来るものではないだろうか。
ダッカ事件の超法規的措置によって釈放され、日本赤軍と合流したことで知られる溶田由紀子の素顔も見える。1995年にルーマニアで拘束され、”大地の牙”部隊の連続爆破事件の当時者で懲役20年の判決を受けた。2017年の釈放後、足立正生との抱擁の様子も映っていたが、この人が…?という感じで、もはや親戚のおばさんにしか見えない印象だ。

「無関係な人々を殺めてしまったことには非があるが、その思想は間違っていなかった」という論理にはついていけない。いや、ついていけなくなった。その思想はどこかで間違っているに違いないからだ。コロナ禍が、年齢を重ねたことが、なお一層、そう思わせる。事件を風化させないためにこの映画は存在してほしいとは思うが、一方で、どこか全共闘世代を慰めるようなニュアンスも感じてしまう。韓国人監督だからこそ成立する内容だろうか。
ただ、一つ言えることは、時代が異なれば、彼ら20代の若者たちは別の人生を送っていたかもしれない、ということだ。劇中で詠まれた大道寺将司の後悔の俳句が切なく響く。

先日、チベット映画を見るために、久しぶりに岩波ホールへ行った。劇場の壁に1974年オープンから上映された映画のチラシが貼り出されてあった。この1974年という符号を興味深く感じた。ご存知かと思うが、岩波ホールはアジアやアフリカ、ラテンアメリカなど、第三世界と呼ばれる国々の映画を多数上映してきた。この活動は、早急ではないが少しずつ人々の意識を変えて来たかもしれない。こういった方法もあったのではないか。
彼らを反面教師にして、狭量な見方しかできない知性を疑わなければならないと襟を正した。

(★★★カネコマサアキ)


●関連情報
『第40回韓国映画評論家協会賞』独立映画支援賞
『第21回釜山映画評論家協会』審査委員特別賞

2020年12月22日火曜日

チャンシルさんには福が多いね

予期せずにやってくる人生危機、
それを乗り越える「福」を見つける物語



찬실이는 복도 많지 / LUCKY CHAN-SIL



2019年/韓国
監督・脚本:キム・チョヒ
出演:カン・マルグム、ユン・ヨジョン、キム・ヨンミン、ユン・スンア、ぺ・ユラム
配給:リアリーライクフィルムズ、キノ・キネマ
上映時間:96分
公開:2021年1月8日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
HP:https://www.reallylikefilms.com/chansil

●ストーリー
 映画プロデューサーのチャンシル(カン・マルグム)は、長年組んできた監督が、飲み会の席で突然亡くなり、これまでの生活が一変する。今まで恋愛もろくにせず、仕事に没頭してきた人生だったが、その大切な仕事がなくなり、今まで一体何をしてきたんだろうと、途方に暮れてしまう。
 風変わりなおばあさん(ユン・ヨジョン)の家に間借りさせてもらいながら、食べていくために、後輩であり女優のソフィー(ユン・スンア)の家で家政婦として働くことになる。そこに現れたソフィーのフランス語の教師(ペ・ユラム)にチャンシルの心はときめく。そんな時にチャンシルの前に「レスリー・チャン」と名乗る謎の幽霊(キム・ヨンミン)が現れる。この怪しい幽霊のアドバイスを聞き、告白を試みるチャンシルだが…。

●レヴュー 
 映画プロデューサーとして、信頼する監督と組み、ずっと仕事に没頭してきたチャンシルさん。だが、突然、人生がお先真っ暗な状態に陥ってしまう。仕事を失い、お金もなく、不便な坂の上の家に間借りすることに。気づけばろくに恋愛もしてない、恋人もいないアラフォー世代。頑張ってきた映画の仕事で評価を得られたわけでもなく、すっかり落ち込んでしまう。
 
 本作は、仕事に邁進してきた40代の女性たちが直面するであろう現実を軽妙なタッチで描いている。突然、エアポケットに落ちたような変化に戸惑い、悩み、自虐的にもなる。そんな中でちょっぴり心のときめきも経験する。一所懸命に打ち込んできた仕事から離れて、初めて自分自身に向き合うチャンシルさんの姿に共感する人も多いだろう。それしかないと思い込んでいた仕事が、本当にやりたいことだったのか。自分の幸せはもっと他にあったのではないか・・。曲がり角にぶつかって悩んだり、思いも寄らない落胆を経験したりするのは人生の習いなのだから。

 この作品がそうした共感を得るのは、プロデューサーとしてホン・サンス監督作品に参加し、本作が長編デビューとなるキム・チョヒ監督の力量にあると思う。40歳を過ぎてから映画を撮り始めたという監督自身の姿を投影するストーリー展開。自然で乙な台詞やオフビートな進行がユニークで見るものの心に優しく響く。『はちどり』のキム・ボラ監督、『82年生まれ、キム・ジヨン』のキム・ドヨン監督に続く女性監督の進出が楽しみだ。
 そしてもう一つは、チャンシルさんを演じたカン・マルグムの魅力である。先に日本で公開された『悪の偶像』(イ・スジン監督)では、息子の罪の隠蔽を図る母親役を強かに演じて印象的だった。本作では一変、悩めるチャンシルさんをひょうひょうと、それでいてユーモラスで愛らしい演じっぷりが秀逸。遅咲きながら、これからどんな役柄をどう演じていくのか楽しみである。
 また、チャンシルさんは個性的な人物たちに囲まれ、心を通わせていく。紆余曲折の人生を送ってきた大家のおばあさんを手助けしたり、ちょっと心ときめいた年下のフランス語教師とは映画談義をしたり。女優の後輩には不思議と慕われ、レスリー・チャンの亡霊には励ましの言葉をかけられる。そうした人物を名優ユン・ヨジョン、演技派のぺ・ユラム、キム・ヨンミンといった俳優たちが確りと演じている点も必見。

 人は、自分の周りに「福」があることに気づかないでいるだけなのかもしれない。エンディングに流れる「家なし、金なし、男なし・・でもチャンシルさんは福が多いよ~」というパンソリ(韓国の民謡)調の歌。思わず口ずさんでしまい、同時にタイトルの持つ意味が心に染みてくる。人との小さな関わりを大切にしながら、誠実に一歩一歩前に進もう、この作品はそう思わせてくれる。韓国でスマッシュヒットとなったのも頷ける。(★★★☆加賀美まき) 

2020年9月10日木曜日

ブリング・ミー・ホーム 尋ね人

失踪した子どもを探し続ける母のドラマ



Bring  Me Home

2019年/韓国
監督・脚本:キム・スンウ
出演:イ・ヨンエ、ユ・ジェミョン、イ・ウォングン、パク・へジュン
配給:ザジフィルムズ、マグザム
上映時間:108分
公開:2020年9月18日(金) 新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
HP:www.maxam.jp/bringmehome/


●ストーリー 

 ソウルの病院で看護師として働くジョンヨン(イ・ヨンエ)。6年前、当時7歳の息子ユンスが公園で失踪し、夫のミョングク(パク・ヘジュン)と共に捜し続けている。夫婦で支え合いながら日々を送る中、捜索中に悲劇的な事故が起こる。突然の出来事に、憔悴しきるジョンヨン。そんな彼女の元に、ユンスの目撃情報が寄せられる。桃のアレルギー、耳の後ろの斑点、やけどの痕、そして足の小指の副爪(ふくそう)――。目撃された少年とユンスの特徴は一致しているようだ。その情報に一縷の望みをかけ、ジョンヨンは、ユンスに似た少年・ミンスのいる《マンソン釣り場》へと向かう。
 釣り場を営むのは、老夫婦と、夫を亡くした女性と息子の親子、そして何名かの従業員たち。しかし、彼らに尋ねても「ミンスなんて少年は知らない」の一点張り、さらに、地元警察のホン警長(ユ・ジェミョン)でさえ、ミンスの存在を隠そうとしているかのようだ。引き下がれないジョンヨンは、その夜、一家が寝静まった頃を見計らい釣り場の一角にある家に侵入するが…。

 
●レヴュー 

14年振りのスクリーン復帰、変わらないイ・ヨンエの魅力

 失踪した息子を探し続ける母を演じるのは、「宮廷女官チャングムの誓い」で国民的スターになり、パク・チャヌク監督の「「親切なクムジャさん」での圧倒的な存在感を残したイ・ヨンエ。14年ぶりのスクリーン復帰作になるが、彼女の可憐かつ凛とした美しさは健在。その中に芯の強さや凄みを見せる演技が本作でも際立っている。TVドラマの復帰作「師任堂(サイムダン)、色の日記」でも韓国の良妻賢母の鏡、申師任堂(韓国5万ウォン札の肖像)を演じ、良家の出の才媛でありながら、労苦の絶えない母役が印象的だった。彼女自身、結婚、出産を経て母親役に説得力が増している。本作も子どものために奮闘する彼女の姿に引き込まれる。
 
 劇中、母は必死で子どもを探すのだが、嘘の情報や、親戚の食言によって追い詰められていく。そして、似た子どもがいるという情報を頼りに海辺の釣り場に行き着くのだが、そこを営む家族や従業員たちも、連れてきた子どもを虐待まがいに働かせている醜悪な輩だった。その中心人物、不徳な地元の警察官を演じるのはユ・ジェミョン。話題のドラマ「梨泰院クラス」では、主人公の敵役をこれでもかと嫌らしく演じるなど、このところ様々な癖のある役を演じて存在感を増している。本作での、自分の領域を侵害され、ひと一倍警戒感を露わにする怪演ぶりは、イ・ヨンエ演じる母との対比で見どころの一つになるだろう。

 韓国映画らしい激しく容赦のない演出と二転三転する展開は面白いのだが、後半は凄惨なホラーの様。人身売買、児童虐待、DVなど様々な社会問題を絡めていながら、それらの視点はどこかに消散してしまった。子どもの失踪事件はあとをたたず、日本でもキャンプ場で女児が姿を消した事件が記憶に新しい。原題は「私を探して」。ラストシーンを見てこの原題がやっと腑に落ちた。子どもの失踪と子どもを探す母親の姿を追った作品として、大人の無関心さや子どもを取り巻く問題へのアプローチがもう少しあればよかったと思う。(★★★☆加賀美まき)


母の話がかすむほどの釣り場の人々の鬼畜ぶり

 基本的には失踪した子供を探す母親の話だが、鑑賞後に印象に残るのはむしろ“悪役”とも言える釣り場の人々だ。失踪した子供によく似た少年が、この釣り場で働いているのだが、それが児童労働を通り越して“虐待”と言えるほど酷い扱いを受けている。変態従業員が少年を海に蹴り落とすところなど、「韓国映画、子供といえども容赦ないなー」と驚くほど。

 釣り場で働く人々はみな保身しか考えない鬼畜ばかりだが、そこから見えてくるのは「生活に余裕のない所(選択肢のない所)では、立場の強いものがより弱いものから搾取する」という構造だ。一番下はもちろん奴隷のように使われている身寄りのない子供、その上が安い賃金で働かせられている前科者、その上の釣り場の一家でさえ地元警察に賄賂を払わなければならない。では警察が巨悪かというとそうではなく、所詮田舎の警察なので得た金も小遣い稼ぎ程度なのだ。

 そんな連中の中に憔悴しきった主人公が放り込まれるのだから、後半はもはやホラー映画。といっても、鬼畜一家は犯罪を犯したいのではなく、違法行為を暴かれたくないだけ。彼らも突然現れたよそ者に精神的に追い詰められていくのだ。

 たぶん脚本が上手くない(雑)のか、話が目移りしたのか、「失踪した息子を探す母」を描く以外の要素(場面)が強くなり、作品としては変なバランスになってしまった。まあ、そこが面白い本作なのだけど。(★★★前原利行)

2020年7月27日月曜日

ディヴァイン・フューリー/使者

右手に神の力が宿った若き格闘家と老練な神父が悪魔に挑む!

THE DIVINE FURY


2019年/韓国

監督・脚本:キム・ジュファン

出演:パク・ソジュン、アン・ソンギ、ウ・ドファン、チェ・ウシク

配給:クロックワークス

上映時間:129分

公開:2020年8月14日(金) シネマート新宿ほか全国ロードショー

HP:http://klockworx-asia.com/divinefury/



●ストーリー

 警察官の父親と二人暮らしの幼いヨンフは、信心深い父と共に教会に通って祈りを捧げていた。ある晩、父は検問中に事故に巻き込まれてしまう。ヨンフは信じれば主は願いを聞いてくれるはずと熱心に祈るが、父は死んでしまう。弔問にきた神父に十字架を投げつけ怒りをあらわにしたヨンフは、神への信仰を失ったまま成長する。

 20年後、総合格闘技のチャンピオンとなったヨンフ。対戦相手の背中に十字架の刺青を見ると、どこからか「父のために復讐しろ」という声が聞こえ、気づくと相手を激しく打ちのめしていた。ある日、目が醒めると彼の右手には覚えのない傷ができていた。夜にはうなされるようになり、傷からの出血が止まらない。その傷について調べるうち、彼は何かに導かれるようにヴァチカンから派遣された悪魔払いのアン神父と出会う。そして、その右手に不思議な力が隠されていることを知る。一方、街にはびこる悪が密かに彼らの前に迫っていた。


●レヴュー 

 不思議な力を得た青年が、ヴァチカンから来た老練な悪魔払いの神父とともに闇の司教に挑む、というストーリー。主人公の右手にできた傷が聖痕で、そこに正義の力が宿っていることを知ると、彼はその力を使って神父を助けて、悪霊と戦うことになる。悪魔払いの映画では、エクソシストと人間に取り憑いた手強い悪霊との死闘がグロテスクに描かれることが多いのだが、本作は、主人公の葛藤にも焦点が当てられていて、見所はもう少し別なところにあるようだ。


 自分の誕生と引き換えに母を失い、信仰に厚い父と二人で暮らしてきた主人公のヨンフ少年。神を信じれば、主は自分の声を聞いてくれると疑っていなかった。しかし、警官だった父は事故に合い、ヨンフの祈りは届かず、父は命を落としてしまう。それ以来、ヨンフは神や十字架に憎悪を抱くようになり、「父の復讐をしろ」という悪魔の囁きながら成長していくのだが、その裏には、父への強い思慕の念があったようだ。アン神父との出会いが、苦悩を続けてきたヨンフの心を少しずつ解放していく。幼少時の父との別れ、そして成長した今、ずっと心にしまっていた父と会いたいという思いが募り、父の姿をアン神父に重ねていくところが静かに描かれている。ひとり悪魔払いに向かうアン神父の後ろ姿に、最後に見た父の姿を重ねるシーンが秀逸。アン神父を助けたいという必然の思いが、上手く描かれていて、悪魔払いの作品に物語性を深めている。謎の傷は、それは父が死に行く時に、夢枕で息子の手に自分の手を重ね、力を授けていたということに気づく。それが聖痕で、そこに宿った力は、父がヨンフに残したメッセージというわけだ。


 そうした苦悩を抱えた主人公を演じたのは、ドラマ『花郎(ファラン)』、最近では『梨泰院クラス』が日本でもヒットしたパク・ソジュン。『ミッドナイトランナー』では、若手のカン・ハヌルと共に警察学校の生徒役を好演した。本作では、格闘家という設定で、肉体美とアクションも見所。前半は苦悩を抱え、憂いの表情を見せながら(女性ファンを惹きつけている魅力溢れる笑顔を見せるのは、ほんの一瞬!)で、後半は、正義感溢れる姿で魅力全開。そして、もう一人の主役、ヴァチカンから来たエクソシストを演じたのが名優アン・ソンギ。堅物なヨンフとの会話に時折茶目っ気をみせる人物像で、登場した瞬間から観客を作品に引き込む演技力はさすがだ。名優の力量もあるだろうが、主演ふたりの相性とバランスが絶妙で、この作品の見どころのひとつになっている。

 アクション、特撮VFXはスタイリッシュ。悪魔祓いの映画としては、筋書きがシンプルでエグさは控えめ。適役の背景の描写がもう少し欲しかったと思うが、気弱な悪魔祓いのチェ神父役に『パラサイト 半地下の家族』のチェ・ウシク、悪魔に魂を売った適役には『MASTER /マスター』、TVドラマ『ザ・キング 永遠の君主』のウ・ドファンと旬な若手俳優が顔を揃え、新旧俳優の共演が韓国映画ファンには嬉しい作品になっている。

 悪魔は人の心の弱さに付け入ってくるようだ。昨今の世相を見ると、悪魔はこの世のどこかに常に蔓延っているように思えてしまった。(★★★☆加賀美まき)

2020年1月7日火曜日

パラサイト 半地下の家族


世界の映画祭で各賞を受賞した社会派エンタメ
半地下に住む無職の一家が、高台の裕福な一家の家で働き出すが


2019年/韓国

監督:ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『グエムル-漢江の怪物-』)
出演:ソン・ガンホ(『タクシー運転手 約束は海を越えて』『シークレット・サンシャイン』)、イ・ソンギュン(『ソニはご機嫌ななめ』)、チェ・ウシク(『新感染ファイナル・エクスプレス』)、チョ・ヨジョン
配給:ビターズ・エンド
公開:2020110日より全国にて
公式HPwww.parasite-mv.jp

●ストーリー
事業に何度も失敗しているが楽観的な父ギテク、妻チュンスク、大学受験に失敗して浪人中の長男ギウ、美大に進学したいが予備校に行くお金のない長女のギジョンの4人のキム一家。
ただし家族全員で失業し、今はなんとか内職で食いつないでいる。
一家の住む半地下の住宅は、電波が悪いし、水圧が低いからトイレは家の一番高い位置にあると住みづらい。
ある日ギウは友人の紹介で、大学生と偽って高台に住む裕福なパク一家の娘ダヘの家庭教師の仕事を得る。
パク一家はIT社長のドンイク、美人でおっとりとした妻のヨンキョ、高校生の長女ダヘ、小学生の長男ダソンの四人暮らしだ。
ギウは妹のギジョンを、兄妹であることを隠してダソンの家庭教師として紹介する。
こうして次々にパク一家に“パラサイト(寄生)”していくキム一家だが、事態はキム一家の想定を超えるようになっていく。

●レビュー
2019年のカンヌ国際映画祭で最高賞であるパルムドールを受賞。以降、世界各国の映画賞を次々と獲得し、外国語映画には敷居が高いアメリカでも、ゴールデン・グローブ賞外国語映画賞、全米映画批評家協会賞などを受賞。間もなく発表されるアカデミー賞でもノミネート確実と言われている作品だ。

監督のポン・ジュノは、『殺人の追憶』『グエムル -漢江の怪物-』などの作品で日本にもファンが多く、国際的にも高い評価を得ており、2013年の『スノーピアサー』では海外進出も果たしている。
韓国では誰もが知る人気監督で、本作も韓国で公開されると1000万人を動員する大ヒットとなった。
また韓国以外の国でも動員は好調で、フランスでは160万人動員、アメリカでも動員は好調だという。

落ちこぼれて半地下に暮らす一家が、丘上の高級住宅に住む一家から仕事を得たことで、思わぬ事態が起きていく。
家族構成はほぼ同じだが、まるで対照的と言っていい家族。
誰もが指摘することだが、世界を代表する映画監督たちがここ12年でこうした格差社会への問題提起映画を、まるで示し合わせたように作っている。
是枝裕和監督の『万引き家族』、トッド・フィリップス監督の『ジョーカー』、ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』、ジョーダン・ピール監督の『アス』などを連想する人もいるだろう。
世界的に「格差」は今や避けられない問題になっているのだ。

ポン・ジュノも2013年の『スノーピアサー』で社会の格差の寓話を、近未来の走る列車の中というSFアクションですでに描いている。
『スノーピアサー』では列車の最後尾から前の車両へという横移動だったが、本作では高台と半地下という高低差を生かしたよりわかりやすいビジュアルだ。
本作の方が、重いテーマもよりエンタテインメントとして消化されており、その洗練された演出にジュノ監督の成長ぶりが見える。

ただしひとつの映画の中でサスペンス、ドラマ、コメディといったジャンルがめまぐるしく変わり、なんとも言えぬ味わいを生み出していくジュノ作品の特徴は消えていない。

無難なエンタメではなく、毒があり、人の嫌がる部分にも触れることは変わりない。
意外の連続を楽しんで欲しいのでストーリーを語れないが(ここで紹介したストーリーは映画の導入部のみ)、笑いながらもスリリングな結末に向かっていく展開には、誰もが引き込まれるだろう。これといった悪人がいるわけでもないのになぜこうなるかは、結論の出ない話かもしれない。しかし見るべき1年に数本のベスト級の作品だ。
まあ、ここにいろいろ書きたいけど、見た人たちだけのオフ会で(笑)。

★★★★前原利行

2018年8月13日月曜日

1987、ある闘いの真実


1987

2017年/韓国
監督:チャン・ジュナン
脚本:キム・ギョンチャン
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ユ・へジン、キム・テリ、パク・ヒスン、イ・ヒジュン、
   ソル・ギョング、カン・ドンウォン、ヨ・ジング
配給:ツイン
上映時間:129分
公開:2018年9月8日(土)、シネマート新宿、シネマート心斎橋 全国順次ロードショー


●ストーリー 

 1987年1月、警察での尋問中に大学生パク・ジョンチョル(ヨ・ジング)が死亡する。パク署長(キム・ユンソク)は、部下らに遺体の火葬を命じるが、その日当直だったチェ検事(ハ・ジョンウ)は不審を抱きそれを拒否、上層部の反対を押し切り解剖を執行させる。警察は心臓麻痺という虚偽発表を続けるが、現場の痕跡や解剖所見は拷問致死を示していた。事件を取材していたユン記者(イ・ヒジュン)は「水拷問中の窒息死」と報道。これに対しパク署長は、チョ班長(パク・ヒスン)と刑事の2人だけを拘束し事態を収束させようとする。
 一方、民主化運動家で指名手配中のキム・ジョンナム(ソル・ギョング)は真実を暴く機会をうかがっていた。協力者のハン刑務官(ユ・へジン)は、収監中のチェ班長から情報を得ると、検問をかいくぐるため、姪のヨニ(キム・テリ)に情報伝達の任務を託す。そして民主化運動が拡大する中、ヨニが知り合った学生運動家イ・ハニョル(カン・ドンウォン)に事件が起こる・・。

●レビュー 

 「1987」は、軍事政権下の1987年、大学生の死に端を発した韓国民主化闘争を描いた作品で、実話に沿い気骨に語られている。その年の1月、体制への不満が高まり各地で学生デモが勃発する中、警察に連行されたソウル大生が拷問中に死亡。隠蔽されようとしていた死因が暴露されるや前途ある若者の死の衝撃は、民主化の動きとなって韓国全土に広がっていく。

 実際の事件に基づくため、実在する多くの人物が登場する。脱北者の立場から任務遂行に執念を燃やす署長。青年の死を隠蔽しようする警察や強権的な政治指導者。その末端で命令に従う者たち。一方、体制に抗う者は、事実を暴こうする奔走する。民主化運動家、自ら行動を起こす学生たちや協力者。その裏では、体制に翻弄されてきた国民がいて、やがて彼らも民主化のうねりのひとつとなっていく。劇中、そうした登場人物一人一人に焦点がしっかりと当てられ、当時の韓国に生きた人々の姿がリアルに描かれている。キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、カン・ドンウォンら力のある俳優が背景をしっかりと含みながら役柄を演じて秀逸。特に刑事役のパク・ヒスン、記者役のイ・ヒジュンの堅実な演技がさらなる説得力を生んでいる。

 隣国が軍事政権下にあり、民主化運動が起こったのは、日本が「バブル」という名の景気に踊らされていた頃。この物語の1987年は、わずかに31年前のことだ。アジア大会後、「漢江の奇跡」と言われた経済発展を遂げ、ソウルオリピックを控えた隣国の実情を私たちは知らずにいたと思う。こうした作品を通じてあらためて隣国の本当の姿に気付かされる。

 最終盤、学生たちの民主化運動が激しさを増す中、無差別に発射される催涙弾が学生のひとりを直撃する。重症を負ったその学生の死亡が伝えられると、民主化運動は最大のうねりとなっていく。亡くなった学生の写真が掲げられる中で集まった市民。声をあげた彼らの勇気が大きな希望となり国を動かしていったことに心を動かされる。そして、知らずにいたことを目を向けていくこと、それがこれからの隣国との関係に必要なのだろうと感じる。韓国を知る上で必見の作品。最後には実際の写真も多く映し出される。
★★★★)

第69回 百想芸術大賞4部門
    (大賞、脚本賞、主演男優賞/キム・ユンソク、助演男優賞/パク・ヒスン)


2018年2月22日木曜日

ザ・キング


2017年/韓国

監督:ハン・ジェリム
脚本:ハン・ジェリム
出演:チョ・インソン、チョン・ウソン、ぺ・ソンウ、リュ・ジュンヨル
配給:ツイン
上映時間:134分
公開:2018年3月10日(土)、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次ロードショー

●ストーリー 

 木浦に暮らす喧嘩好きの貧しい青年パク・テス(チョ・インソン)は、暴力ではなく権力で悪を制する検事に憧れ、猛勉強の末に検事となる。新人検事として地方都市で多忙な日々を送っていたが、ある事件をきっかけに部長検事ハン・ガンシク(チョン・ウソン)と出会い、人生が激変していく。他人を踏み台にし政治を利用してのし上がり「1%の成功者」となったガンシク。正義の仮面の下に隠された正体を知ったテスもまた、次第に悪の魅力に染まっていく。
 だが、制裁の刃はすぐそこに迫っていた・・。

●レビュー 

 冒頭、車の中で3人の検事が訝しげな会話をしている。その車が激しい衝突事故に見舞われる中で、検事のうち一人、パク・テス(チョ・インソン)が自らを回想する独白から物語が始まる。独白で語られる理由はのちにわかるが、前半は、木浦で暮らす貧しく素行も不良だったテスの成功物語。検事の持つ「力」を目の当たりしたのをきっかけに猛勉強の末、名門大に合格。運も味方してあれよあれよという間に新人検事になり、地方都市で仕事に邁進する姿が、韓国の80年代の激動を背景に現代史とともにコメディタッチで語られる。

 中盤、ある事件の揉み消しをきっかけに、政治や金、暴力団を利用して成り上がった部長検事ガンシクと出会い、テス自身も悪の道に染まっていく。権力に擦り寄り、裏社会とも繋がって出世してきたガンシクと戸惑いながらもプライドを捨てて追随するテスを、二人のイケメン俳優が、それぞれに持ち味を出し演じていて面白い。そして、監察部が彼らの悪徳行為を嗅ぎつけ、権力争いと私情にまみれた抗争が、二転三転しながらテンポよく進んでいく。

 注目したいのは、検察が出世と保身のために動き出す大統領選だ。劇中、実写を盛り込んだ歴代の大統領の姿が写し出され、実際の事件と物語を上手く絡めてリアル感を増している。歴代の大統領の汚職が次々と明らかになる韓国。パク・クネ元大統領の事件も耳に新しい。悪徳検事をめぐるクライムノワール映画という以上の、韓国に政治や社会に対する監督の痛烈な批判。それを語る脚本が秀逸で見事だと思う。社会の不条理は弱者の目線で描かれることが多いが、権力者の浮沈を全面に押し出すことで、世の中の生活者こそが真の「王」であって、本当の正義とは何かを教えられる。

 青年時代から、人生の起伏をに絶妙に演じたチョ・インソンは、嬉しい8年ぶりの映画出演。若手のリュ・ジュンヨルが、テスとの友情を紡ぎ本作の鍵となる暴力団のドゥイル役をキラリと光らせる好演。そして、男たちの抗争に楔を打つ、監察部の女性検事役のアン・ヒヨン役のキム・ソジン。彼女の静かな情熱を持った好演が際立っていて、この物語の勘所となっている。隣国の近代史と社会のあり様を知る作品として観たいと思う。★★★☆)加賀美まき



2017年6月9日金曜日

マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白

たった1年の出稼ぎのはずが騙されて中国の農村に売られてしまう‥。
二つの家族の間で揺れながら、貪欲に生き抜こうする一人の北朝鮮女性の記録。

有効にしてください。</div></div>
MRS.B.  A NORTH KOREAN WOMAN

2016年/韓国、フランス
監督:ユン・ジェホ
配給:33BLOCKS
上映時間:72分
公開:2017年6月10日(土)、シアター イメージフォーラムにてロードショー

●ストーリー

 北朝鮮女性B(ベー)は、十年前、家族のために一年間だけの出稼ぎで中国に渡るが、騙されて中国の貧しい農村へ嫁として売り飛ばされてしまう。憎むべき中国人の夫と義父母との生活を受け入れ、中国と北朝鮮の家族を養うため脱北ブローカーとなっていく。
 その後、北朝鮮に残してきた息子たちの将来を案じた彼女は、息子たちを韓国へ脱北させ、自らも過酷な脱北の旅へと出る。命からがら辿り着いた韓国で、彼女を待ち受けていたのは、苦しく辛い日々だったが‥ 

●レビュー

 北朝鮮のニュースを毎日のように触れる昨今。海を隔てた隣国でありながら、私たちはこの国のの本当の姿を知らないと思う。ここ数年、北朝鮮を捉えたドキュメンタリー映画がいくつか公開された。統制下での撮影からは、ごくわずかな断面しか伺い知ることはできないし、その国から決死の覚悟で脱北する人々が数多くいることは知っていても、その実際は私たちにはわからない。この作品は、脱北した名もなき北朝鮮出身の女性・ベーを記録したドキュメンタリーである。

 脱北者を扱った作品ということで、脱北の経緯やその様子を追ったものと思ったが、彼女の生き様は私たちの想像を超えていた。登場した北朝鮮出身のマダム・ベーは、中国の片田舎で貧しい農家の嫁となり、たくましく一家を支えていている。十年前、夫と二人の息子を残し出稼ぎのために中国に渡ったが、騙されて売られてきたのだという。そのようなケースは珍しくないらしい。中国人の夫と年老いた義父母との生活を余儀なくされる中、自らも脱北者を手助けするブローカーになっていく。両方の家族を養うための手段だったといい、自らの厳しい境遇を超えて生き抜く貪欲なたくましさに驚かされる。そのような生活の中、彼女は息子二人を韓国に脱北させ、自らもラオス、タイ経由の脱北ルートで韓国へ向かうことを決意する。彼らの将来を案じての決断。決死の道程。安定と平穏な暮らしを求めて突き進む彼女には、境遇、倫理感や心持ちを超えた人として強さが漲っている。

 そして韓国。脱北した夫も合流し、家族揃っての生活が映し出されるが、安定した職を得て働くマダム・ベーの表情には以前の力強さがなくなっていた。貧しさから抜け出してやってきた韓国で、家族は本当の意味での安寧を得ることができていないように見える。脱北者の韓国社会での実際を知る機会は少なく、彼らの置かれた境遇を知ることはとても興味深い。そして、中国の夫と連絡を取り合っているマダム・ベー。中国での生活は、愛情あるものではなかっただろうが、自然と誼が生まれていたようだ。第二の家族との間の心の揺れに彼女の生き様の残酷さを垣間見る。

 分断国家という現実。同じ民族でありながら二つの国は大きく乖離してしまっているように思える。たくましく生き方を模索し、懸命に幸せをつかもうとしている人間の強さと、そこに立ちはだかる現実を強く印象付けられるこのドキュメンタリー作品。マダム・ベーはさらに自分の手で何かをつかもうとするのか否か。生きる道を模索するマダム・ベーのような女性が他にもいるのだろう。★★★☆)加賀美まき

2016年 モスクワ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー映画賞 受賞
2016年 チューリッヒ国際映画祭 最優秀ドキュメンタリー映画賞 受賞
2016年 カンヌ国際映画祭 ACID 部門正式出品

2015年4月28日火曜日

国際市場で逢いましょう

朝鮮戦争から現代へ、激動の時代を生きた男とその家族の物語。

국제시장(国際市場)

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2014年/韓国
監督:ユン・ジェギュン(『TSUNSMI-ツナミ-』)
出演:ファン・ジョンミン(『新しき世界』)、キム・ユンジン(『ハーモニー心をつなぐ歌』、オ・ダルス(『10人の泥棒たち』、 チョン・ジニョ ン(『7番房の奇跡』、チャン・ヨンナム(『チング2 永遠の絆』、ラ・ミラン(『ソウォン/願い』)、キム・スルギ(『怪しい彼女』)、チョン・ユンホ(東方神起)
配給:CJ Entertainment Japan
上映時間:127分
公開:5月16日(土)、 ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー

   ストーリー
 朝鮮戦争の最中、興南波止場には膨大な数の難民が詰めかけていた。家族と共に撤収する船に乗り込もうとした少年ドクス(ファン・ジョンミン)は、おぶっていた妹の手を離してしまう。父は「今からお前が家長として家族を守れ」とドクスに言い残すと妹を捜すため下船していった。
 ドクス一家は釜山へ辿り着き、国際市場で店を持つ叔母のもとに身を寄せる。靴磨きをしながら家計を助けるドクス。青年になっても肉体労働で懸命に家族を支えるが一家の暮らしは貧しいままだった。そんな折、弟の学費を工面するため、西ドイツの炭鉱労働の出稼ぎ鉱員に応募。親友とダルグ(オ・ダルス)と共にドイツに渡る。炭鉱の仕事は過酷を極めるが、そんな中、看護師として派遣されていた美しい韓国人ヨンジャと出会う・・


   レヴュー
 韓国・釜山で暮らすドクスは、長年連れ添った妻、子や孫たちに囲まれて幸せそうだ。しかし、彼の人生は、朝鮮半島の激動の歴史そのもの。ドクスの回想を通して、一家を支えながら懸命に生き抜いた姿と、家族の絆を描いたのがこの作品だ。
 第二次大戦後、朝鮮半島は日本の占領から解放されるが、惨苦の歴史はその後も続く。朝鮮戦争は半島と多くの家族を分断することになり、この物語もそこから出発する。少年ドクスは、南へと避難する途中で妹の手を離してしまい、父は見失った妹を探しに戻り家族は離散。罪悪感と悲しみに苛まれるが、「家長として家族の守れ」という父の言葉を胸にドクスは必死に働き時代を生き抜いていく。「漢江の奇跡」と言われる韓国の経済発展の以前、苦労の耐えなかった世代を描いた本作は、涙あり笑いありで、苦悩の歴史を振り返るというストーリー展開もあって、本国で大ヒットとなった。 
 また、この作品が感動的なエピックとなったのは、主演のファン・ジョンミンによるところも大きい。ドクスという人物像が、ファン・ジョンミンという幅広い役柄をこなす卓越した俳優によって演じられたことで、観客に大きな共感をもたらしたと思う。
 劇中、実在の人物が登場し、ドクスとの出会いが演出されているのも一興。国産車を作ってみせると言う、若き日の現代自動車の創業者や新しい生地を探す、のちの世界的ファッションデザイナー。また、実在の歌手でベトナム戦争に従軍したナム・ジンがドクスを助けるというシーンも。映画初出演のユンホ(東方神起)が全羅道訛りで明るいキャラクターを演じているのも見どころ。

                                                                  (c)2014 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.

 物語には、西ドイツへの炭鉱労働者と看護師の出稼ぎ事業、ベトナム戦争への従軍、民主化宣言後まで続いた国民儀礼の様子、離散家族を探す番組のエピソード等が盛り込まれている。私たち日本人には、朝鮮半島の歴史を知る機会になるだろう。タイトルになっている「国際市場」は戦後、避難民たちが生計を立てる場となり、庶民の日常生活を支えた需要な場所。その様子が再現されていて、人々の熱気も伝えている。(★★★ 加賀美まき)