2020年9月10日木曜日

ブリング・ミー・ホーム 尋ね人

失踪した子どもを探し続ける母のドラマ



Bring  Me Home

2019年/韓国
監督・脚本:キム・スンウ
出演:イ・ヨンエ、ユ・ジェミョン、イ・ウォングン、パク・へジュン
配給:ザジフィルムズ、マグザム
上映時間:108分
公開:2020年9月18日(金) 新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
HP:www.maxam.jp/bringmehome/


●ストーリー 

 ソウルの病院で看護師として働くジョンヨン(イ・ヨンエ)。6年前、当時7歳の息子ユンスが公園で失踪し、夫のミョングク(パク・ヘジュン)と共に捜し続けている。夫婦で支え合いながら日々を送る中、捜索中に悲劇的な事故が起こる。突然の出来事に、憔悴しきるジョンヨン。そんな彼女の元に、ユンスの目撃情報が寄せられる。桃のアレルギー、耳の後ろの斑点、やけどの痕、そして足の小指の副爪(ふくそう)――。目撃された少年とユンスの特徴は一致しているようだ。その情報に一縷の望みをかけ、ジョンヨンは、ユンスに似た少年・ミンスのいる《マンソン釣り場》へと向かう。
 釣り場を営むのは、老夫婦と、夫を亡くした女性と息子の親子、そして何名かの従業員たち。しかし、彼らに尋ねても「ミンスなんて少年は知らない」の一点張り、さらに、地元警察のホン警長(ユ・ジェミョン)でさえ、ミンスの存在を隠そうとしているかのようだ。引き下がれないジョンヨンは、その夜、一家が寝静まった頃を見計らい釣り場の一角にある家に侵入するが…。

 
●レヴュー 

14年振りのスクリーン復帰、変わらないイ・ヨンエの魅力

 失踪した息子を探し続ける母を演じるのは、「宮廷女官チャングムの誓い」で国民的スターになり、パク・チャヌク監督の「「親切なクムジャさん」での圧倒的な存在感を残したイ・ヨンエ。14年ぶりのスクリーン復帰作になるが、彼女の可憐かつ凛とした美しさは健在。その中に芯の強さや凄みを見せる演技が本作でも際立っている。TVドラマの復帰作「師任堂(サイムダン)、色の日記」でも韓国の良妻賢母の鏡、申師任堂(韓国5万ウォン札の肖像)を演じ、良家の出の才媛でありながら、労苦の絶えない母役が印象的だった。彼女自身、結婚、出産を経て母親役に説得力が増している。本作も子どものために奮闘する彼女の姿に引き込まれる。
 
 劇中、母は必死で子どもを探すのだが、嘘の情報や、親戚の食言によって追い詰められていく。そして、似た子どもがいるという情報を頼りに海辺の釣り場に行き着くのだが、そこを営む家族や従業員たちも、連れてきた子どもを虐待まがいに働かせている醜悪な輩だった。その中心人物、不徳な地元の警察官を演じるのはユ・ジェミョン。話題のドラマ「梨泰院クラス」では、主人公の敵役をこれでもかと嫌らしく演じるなど、このところ様々な癖のある役を演じて存在感を増している。本作での、自分の領域を侵害され、ひと一倍警戒感を露わにする怪演ぶりは、イ・ヨンエ演じる母との対比で見どころの一つになるだろう。

 韓国映画らしい激しく容赦のない演出と二転三転する展開は面白いのだが、後半は凄惨なホラーの様。人身売買、児童虐待、DVなど様々な社会問題を絡めていながら、それらの視点はどこかに消散してしまった。子どもの失踪事件はあとをたたず、日本でもキャンプ場で女児が姿を消した事件が記憶に新しい。原題は「私を探して」。ラストシーンを見てこの原題がやっと腑に落ちた。子どもの失踪と子どもを探す母親の姿を追った作品として、大人の無関心さや子どもを取り巻く問題へのアプローチがもう少しあればよかったと思う。(★★★☆加賀美まき)


母の話がかすむほどの釣り場の人々の鬼畜ぶり

 基本的には失踪した子供を探す母親の話だが、鑑賞後に印象に残るのはむしろ“悪役”とも言える釣り場の人々だ。失踪した子供によく似た少年が、この釣り場で働いているのだが、それが児童労働を通り越して“虐待”と言えるほど酷い扱いを受けている。変態従業員が少年を海に蹴り落とすところなど、「韓国映画、子供といえども容赦ないなー」と驚くほど。

 釣り場で働く人々はみな保身しか考えない鬼畜ばかりだが、そこから見えてくるのは「生活に余裕のない所(選択肢のない所)では、立場の強いものがより弱いものから搾取する」という構造だ。一番下はもちろん奴隷のように使われている身寄りのない子供、その上が安い賃金で働かせられている前科者、その上の釣り場の一家でさえ地元警察に賄賂を払わなければならない。では警察が巨悪かというとそうではなく、所詮田舎の警察なので得た金も小遣い稼ぎ程度なのだ。

 そんな連中の中に憔悴しきった主人公が放り込まれるのだから、後半はもはやホラー映画。といっても、鬼畜一家は犯罪を犯したいのではなく、違法行為を暴かれたくないだけ。彼らも突然現れたよそ者に精神的に追い詰められていくのだ。

 たぶん脚本が上手くない(雑)のか、話が目移りしたのか、「失踪した息子を探す母」を描く以外の要素(場面)が強くなり、作品としては変なバランスになってしまった。まあ、そこが面白い本作なのだけど。(★★★前原利行)