2020年9月1日火曜日

おかえり ただいま

「名古屋闇サイト殺人事件」

 社会に衝撃を与えた残虐な事件から13年、その深層に迫るドキュメンタリー




2020年/日本     
監督・脚本:齋藤潤一
出演:齋藤由貴、佐津川愛美、浅田美代子、大空眞弓、須賀健太
配給:東海テレビ
配給協力:東風
上映時間:112分
公開:2020年9月日19日(土) ポレボレ東中野にてロードショー ほか全国順次公開
HP:https://www.okaeri-tadaima.jp


●ストーリー  
 2007年8月24日深夜、帰宅途中の女性が拉致、殺害され、山中に遺棄された。犯人は、携帯電話のサイト“闇の職業安定所”で知り合った3人の男たち。マスコミの報道は過熱、母は加害者全員の死刑を望んだ。しかし、立ちはだかったのは「1人の殺害は無期懲役が妥当」という判例。母は街頭に立ち、極刑を求めて約33万筆の署名を集めた。裁判は1人が死刑、2人に無期懲役。その後、無期の1人に別の強盗殺人の余罪が発覚し、死刑が確定した。

●レヴュー 
 2007年に起きた「名古屋闇サイト殺人事件」である。帰宅途中の女性が拉致、殺害され、山中に無残に遺棄された残忍な事件。すぐに犯人は逮捕されるが、面識のなかった男3人が、ネット上の闇サイトを通じて集まって犯行に及んだというあまりに短絡的な事実に、当時、強い憤りを感じたことを覚えている。
 本作は、『人生フルーツ』『さよならテレビ』など、さまざまな社会問題を取り上げてきた東海テレビの制作。2009年に一度この事件を扱った番組を放送しているが、さらなる取材、そして新しい映像が加えられ、より被害者に寄り添った内容に再構成されている。 
 
 前半は、ドラマ映像で被害者となった女性と家族の姿を映し出す。被害者は、まだ赤ちゃんだった頃に病気で父を亡くし、母と祖母の愛情を受けて育てられた女性。人一倍母を大切に思って成長していった。母は、女で1つで娘を育てながら、大きな家を買うという夫との約束を果たそうと、懸命に働いてきた。お互いを思いやりながら、絆が紡がれていく。なにげない日常のやりとりから二人の心情が汲み取れる。斉藤由貴、佐津川愛美らの、実際の人物に添った真摯な演技が、再現ドラマをを実直なものにしている。事件の背景を追うだけでなく、被害者家族の姿を知ることが、このドキュメンタリーではとても重要な意味を持っている。

 後半は、突然娘の死を知らされた母親の姿を追う。裁判では、一人の殺害ならば死刑ではなく無期懲役が妥当、自首したものは情状酌量するという非常な司法判断が下される。3人に極刑を望む母は、署名活動を行い、運動は全国に広がりを見せていく。母と娘に流れていたかけがえのない時間、前半の二人のドラマを重ねることで、母の強い思いを知ることができると思う。そして、娘にも母のために絶対守りたいものがあった。絶望の中で犯人に教えた嘘のキャッシュカードの暗唱番号「2960」。恋人とよく語呂合わせを楽しんでいた被害者が、この番号に込めた意味に胸が締め付けられる。

 その一方で、加害者の男の生い立ちもドラマで構成し、事件の背景にある問題を浮かび上がらせている。タイトルの「おかえり ただいま」は、家族の間では不断の挨拶だが、加害者にその言葉を交わす大人はなかった。人は二つの命を持って生きているという。ひとつは自分の人生、もう一つは誰かの心の中で生き続ける人生。誰とも心から繋がれずにいた加害者の結末。最後は、死刑となった加害者の父の取材で終わっているが、本作品には、死刑存廃論を超えて、「家族」の意味をあらためて考えさせられる。
 監督は「死刑弁護人」など「司法シリーズ」を手掛ける齊藤潤一で、本作は東海テレビ・ドキュメンタリーシリーズの第13弾になる。辛い日々は忘れたいが、事件は風化させたくないと語る母親の言葉に沿う、事件を記憶に刻む秀逸なドキュメンタリー作品となっている。(★★★☆加賀美まき)