2021年3月31日水曜日

ブータン 山の教室

ブータン、秘境の村を舞台に、若い先生と子どもたちの交流を描く



Lunana A YAK IN THE CLASSROOM

2019年/ブータン
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム
配給:ドマ 
上映時間:110分
公開:2021年4月3日(金)より 岩波ホール他にて全国順次公開
HP:https://bhutanclassroom.com


●ストーリー
ブータンの首都ティンプーに暮らす若い教師のウゲン。歌手になりオーストラリアに行くことを夢見る彼は、夜遊び好きで教職には身が入らない。教師を辞めようと思っていた矢先、上司から呼び出され、僻地のルナナ村に赴任するように告げられる。
 ウゲンは、夏場限定の勤務と割り切って村へ向かう。1週間かけ、テントで寝泊まりしながらようやく標高4800メートルの秘境ルナナ村へ。村が近づくと56人の村人が総出で新任教師を迎えてくれた。電気も通らず、現代社会から隔絶された村。学校には黒板もノートもないが子どもたちは新しい先生を待ち望んでいた。目を輝かせる彼らの姿にウゲンの心は少しずつ変化していく。


●レヴュー 
 ブータンの面積は3.8万平方キロメートル、九州と同じくらいの広さに72万人が暮らしている。精神的な豊かさGNH(国民総幸福)が重要とされ、”国民総幸福の国”として知られている。独自の文化や伝統を守る暮らしの一方で、都市化やグローバル化も進んでいるようだ。本作は、都会の若者が訪れることになった僻地の村を舞台に、ブータンのそうした隔たり映し出し、本当の豊かさとは何かを問うている。
 
 主人公のウゲンは、ティンプーに暮らす今時の若者。ミュージシャンになりたいという夢を果たすため、不向きな教師を辞めようとしていた矢先、世界一の僻地を言われるルナナ村への赴任を言い渡される。バスの終点、山奥の村からさらに1日程かかるのかと思いきや、とんでもなかった。ラバに荷物を運ばせ、6日間テント泊をしながら山道を進みようやく標高は4800メートルの村に到着。険しい山に囲まれ、ヤクが草を喰む雄大な風景が広がっている。電気もなく現代社会から隔絶された場所だが、新しい先生を待っていた子どもたちは、好奇心いっぱいに目を輝かせていた。「先生は未来に触れられる人」なのだ。
 電気もなく、産業も乏しく冬は雪で閉ざされる辺境の村。ウゲンは、村人と交流しながら伝統的な生活に触れ、「ヤクに捧げる歌」を知り、次第に教師としての気持ちを子どもたちへと向かわせる。伝統や自然を遮断するようにヘッドフォンをしながら村へ向かったウゲンも少しずつ変化を見せていく。
 ルナナ村は実在し、撮影も現地で行われた。9人の生徒たちは実際に村で暮らす子どもたちである。中心となる少女ペム・ザムはくっきりした瞳がとても印象的だ。物語と同様、実際のペム・ザムも祖母と貧しい暮らしをしているという。そうした厳しい村の現実と豊かで教育も行き届いている首都ティンプーとの格差。ブータンの知られざる部分が見えてくる。「幸せ」とは何なのだろうかと考えさせられる。

 ブータン出身のパオ・チョニン・ドルジ監督は写真家でもあり、本作が初の長編映画になる。ブータンの伝統や言い伝えを盛り込みながら、壮大な自然と素朴な村の暮らしぶりを美しい映像に収めている。それは、映像美で綴られた写真集のようにも感じられ、村へ向かう途中、宿を借りた農家の父親の素足と子どもの赤い長靴のワンショットがとりわけ印象深い。物語はシンプルで淡々と進んでいくので、登場人物の心情の変化をもう少し深く描いて欲しかったように思う。
(★★★☆加賀美まき)

2021年3月30日火曜日

春江水暖~しゅんこうすいだん

大河沿いの都市に住む4人兄弟。それぞれの家族の生活を、四季の風景を織り交ぜながら描く。

©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

春江水暖 Dwelling in the Fuchun Moutains

 

2019
監督:グー・シャオガン

出演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン、スン・ジャンジエン、スン・ジャンウェイ

配給:ムヴィオラ

公開:2020211日より公開中

上映時間:150

公式HPwww.moviola.jp/shunkosuidan/

 

●ストーリー

杭州近く、富春江が流れる都市・富陽。夏、年老いた母親の誕生日を祝うため、顧(ぐー)家4人の息子たちの家族や親戚がレストランに集う。長男はレストラン経営、次男は漁師、三男は定職に就かず、四男は独身で解体作業をしていた。その祝宴中に母親が脳卒中を起こし、倒れてしまった。長男が介護のために母親を家に引き取るが、生活はギリギリだった。

 

 

 
©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved.

 

●レビュー

ストーリーは、レストランを経営する長男一家のエピソードを中心に進む。長男は四兄弟の中では一番余裕はあるものの、富裕層とも言えない。だから一人娘に富裕層の息子との結婚を願うが、娘が好きなのはお金がない学校教師だ。娘の将来のためと言いつつ、長男夫婦は親の望みを押し付けようとする。

 

漁師をしている次男一家は、集合住宅が取り壊しになり今は船上で暮らしている。立ち退き料を元手に新しい住宅に住み、息子を結婚させてあげたいと願う。自身は貧しくとも、子供には不自由させたくないと願う両親は、現代の日本でも珍しくはない。

 

兄弟のトラブルメーカーである三男は、賭博やヤクザな仕事に手を出しており、兄弟から借りたお金を返したためしはない。それも男手一つでダウン症の息子を育てているからで、そのためにもお金が必要なのだ。

 

いまだ独身の四男は、ビルの解体工事をしている。ただし出番は少なく、四人の中では影が薄い。

 

この四人兄弟を結びつけていた母親が倒れ、認知症になってしまう場面から話は始まる。少しずつ状況が変わっていくが、格別大きな事件が起こるわけではない。せいぜい長男の娘の結婚問題とヤクザな三男がトラブルを起こすぐらいだ。

 

本作はアジア映画を見慣れた人なら、侯孝賢などの台湾映画や中国のジャ・ジヤンクー作品を連想するだろう。僕は何となく『悲情城市』を思い出した。あれも家族をめぐる物語だった。本作もそれらの作品同様、ゆったりとした長回しが特徴だ。特に途中、何度か出てくる河面の横移動が印象的だ。これは、横に長く描かれた山水画の巻物を表すためだという。ただ、時としてその技法が先行しすぎて、鼻につくシーンもある。

 

そうした技術的な演出より感心したのは、素人たちの良さをうまく引き出したキャスティングだ。三男とダウン症の息子の顔がよく似ていて、よく見つけてきたなとプレスシートを見たら、本当の親子だった。そして他の人もチェックしてみたら、他の夫婦も素人で、本当の夫婦が演じていた。なるほど、本当に中国の街にいそうな顔つきという強烈なリアル感は、そこからきていたのかと納得がいった。

 

素人と言っても、長々とした台詞や芝居もあり、下手ではない。多分、本人をイメージした脚本の当て書きをしたのだろう。それに比べると、本物の役者が演じるキャラは少し演技臭ささえを感じる。これは物語を動かしていく役目なので、演技ができる俳優を配さないと仕方がないのだろう。

 

本作は、グー・シャオガン監督のデビュー作で、2019年のカンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれたほか、東京フィルメックスで審査員特別賞を受賞している。

 

★★★☆前原利行)

2021年3月25日木曜日

水を抱く女

”水の精 ”の神話を現代に置き換えた、ミステリアスな愛の物語




Undine

2020年/ドイツ・フランス
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ
配給:彩プロ
上映時間:90分
公開:2021年3月26日(金) 新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
HP:https://undine.ayapro.ne.jp


●ストーリー
  ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネは、博物館でガイドとして働いている。ある日、職場近くのカフェで、恋人のヨハネスから他の女性へ心移りしたと別れを切り出される。ガイドを終えて急ぎカフェに戻るがヨハネスはもうそこにはいなかった。悲嘆にくれるウンディーネの前に、潜水作業員のクリストフが現れる。カフェの大きな水槽が割れ、不思議な運命に導かれるようにふたりは惹かれ合い恋に落ちる。
 穏やかに愛を育むふたり。だが、クリストフが感じた彼女への疑念をきっかけに、ウンディーネは自分の宿命と直面することになる・・・。


●レヴュー 
 ”水の精 ウンディーネ/オンディーヌ”の神話。水の中に住み、美しい女性の姿で現れ、人間の男性と結ばれると魂を得るという。その魅惑的な精霊は人々の心を魅了し、小説や人魚姫の童話、さまざまな舞台の題材にもなってきた。だが、ウンディーネは、「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して水に戻る」という悲しい宿命を背負っている。
 冒頭、恋人から別れを切り出された主人公ウンディーネは、「あなたを殺したくない、戻ってきて愛していると言って」と告げる。クリスティアン・ペッツォルト監督は、水の精の神話を現代に置き換えて、神秘的なファンタジー、そしてミステリアスな男女の愛の物語を仕立てている。バッハ・アダージョの旋律にのって展開される物語に、ウンディーネの宿命がどう物語に絡むのか観客は自然と引き込まれていく。

 愛に傷ついたウンディーネは、愛情深い純朴な潜水作業員のクリストフと出会い癒されていく。出会いのきっかけとなった水槽、ふたりが一緒に潜るダムの底、雨やプールといった時々に表現される「水」が意味を持っている。ロングショットを省き、ウンディーネの視点と観客の視点によって綴られていくシーン。そのひとつひとつが小気味よく、ミステリアスで大人しやかな、そしてファンタジーを併せ持った物語を際立たせていると思う。
 終盤でウンディーネは宿命に導かれるようにある行動をとる。物語は謎めいたまま、不思議な余韻を残して終わっていく。

 そうしたウンディーネを繊細に演じたパウラ・ベーアが素晴らしく、魅了される。本作の演技でパウラ・ベーアはベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した。
 舞台となるベルリンはスラブ語で「沼」あるいは「沼の乾いた場所」という意味だという。ベルリンには、その土地に人々が作り上げた歴史があり、冷戦時には壁で分断され、その後は再び一つの街、ドイツの首都として再生されている。ウンディーネが務める博物館にあるベルリン全体の仔細な模型、歴史を語る地図が見事で目を奪われた。またウンディーネによってベルリンという都市の成り立ちも語られる。『東ベルリンから来た女』などで歴史的、政治的背景を明確に表現してきたペッツォルト監督だが、愛の物語でもある本作の中にもそうした視点をしっかりと織り込んでいると感じた。(★★★★加賀美まき)