2021年3月25日木曜日

水を抱く女

”水の精 ”の神話を現代に置き換えた、ミステリアスな愛の物語




Undine

2020年/ドイツ・フランス
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ
配給:彩プロ
上映時間:90分
公開:2021年3月26日(金) 新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
HP:https://undine.ayapro.ne.jp


●ストーリー
  ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネは、博物館でガイドとして働いている。ある日、職場近くのカフェで、恋人のヨハネスから他の女性へ心移りしたと別れを切り出される。ガイドを終えて急ぎカフェに戻るがヨハネスはもうそこにはいなかった。悲嘆にくれるウンディーネの前に、潜水作業員のクリストフが現れる。カフェの大きな水槽が割れ、不思議な運命に導かれるようにふたりは惹かれ合い恋に落ちる。
 穏やかに愛を育むふたり。だが、クリストフが感じた彼女への疑念をきっかけに、ウンディーネは自分の宿命と直面することになる・・・。


●レヴュー 
 ”水の精 ウンディーネ/オンディーヌ”の神話。水の中に住み、美しい女性の姿で現れ、人間の男性と結ばれると魂を得るという。その魅惑的な精霊は人々の心を魅了し、小説や人魚姫の童話、さまざまな舞台の題材にもなってきた。だが、ウンディーネは、「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して水に戻る」という悲しい宿命を背負っている。
 冒頭、恋人から別れを切り出された主人公ウンディーネは、「あなたを殺したくない、戻ってきて愛していると言って」と告げる。クリスティアン・ペッツォルト監督は、水の精の神話を現代に置き換えて、神秘的なファンタジー、そしてミステリアスな男女の愛の物語を仕立てている。バッハ・アダージョの旋律にのって展開される物語に、ウンディーネの宿命がどう物語に絡むのか観客は自然と引き込まれていく。

 愛に傷ついたウンディーネは、愛情深い純朴な潜水作業員のクリストフと出会い癒されていく。出会いのきっかけとなった水槽、ふたりが一緒に潜るダムの底、雨やプールといった時々に表現される「水」が意味を持っている。ロングショットを省き、ウンディーネの視点と観客の視点によって綴られていくシーン。そのひとつひとつが小気味よく、ミステリアスで大人しやかな、そしてファンタジーを併せ持った物語を際立たせていると思う。
 終盤でウンディーネは宿命に導かれるようにある行動をとる。物語は謎めいたまま、不思議な余韻を残して終わっていく。

 そうしたウンディーネを繊細に演じたパウラ・ベーアが素晴らしく、魅了される。本作の演技でパウラ・ベーアはベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した。
 舞台となるベルリンはスラブ語で「沼」あるいは「沼の乾いた場所」という意味だという。ベルリンには、その土地に人々が作り上げた歴史があり、冷戦時には壁で分断され、その後は再び一つの街、ドイツの首都として再生されている。ウンディーネが務める博物館にあるベルリン全体の仔細な模型、歴史を語る地図が見事で目を奪われた。またウンディーネによってベルリンという都市の成り立ちも語られる。『東ベルリンから来た女』などで歴史的、政治的背景を明確に表現してきたペッツォルト監督だが、愛の物語でもある本作の中にもそうした視点をしっかりと織り込んでいると感じた。(★★★★加賀美まき)