2022年5月31日火曜日

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

1秒だけのフィルムに映る娘。父親は逃亡者になりフィルムを追い、孤児の娘と出会う。イーモウ監督による映画の奇跡。

 

 


 

 

 

原題:1秒鐘

監督:チャン・イーモウ

出演:チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ

製作年:2020

製作国:中国

配給:ツイン

公開:2022520日よりTOHOシネマズシャンテほか

上映時間:103

公式HPhttps://onesecond-movie.com/

 

ストーリー

1969年、文化大革命が進行中の中国西北部の強制労働所から、ある男が脱走する。男が村にたどり着くと映画の上映が終わり、フィルムが次の町に届けられる所だった。男は、目の前でフィルムを盗み出す子供 “リウの娘”を目撃し、彼女を追う。妻と離婚し、娘とも疎遠になっていたその男は、フィルムに娘の姿が映っていると知り、一目見ようと逃亡者となったのだ。次の上映地となる村で、男はフィルムを取り返すが、別のトラブルが起きる。


レビュー

チャン・イーモウ作品が好きだ。大作でも小さな作品でも、画面の隅々まで監督の美意識が宿っており、それはリアルを通り越してメタファーとなり、すべてが寓話に見えてくる。この映画も1969年の文化大革命という特殊な時期の特殊な事情を背景に映画化しているが、それでもどの時間枠にもとらえられないような寓話と化しているのは、イーモウの演出の“くせ”とでも言うべきものだろう。

 

今や中国をと言うより、世界を代表する巨匠のチャン・イーモウ。先日行われた2022北京オリンピックの開会式と閉会式でも総合演出を務めたが、そこにもしっかりと彼の美意識が現れていた(前年の東京オリンピックの開会式が「隠し芸大会」になって散々だったのと対照的だ)。かと思うと、ハリウッドでは珍品とも言える大失敗作『グレート・ウォール』(2016)なんて怪獣映画を撮ってしまう。

 

そのイーモウ監督は、自身が文化大革命を経験している。下放され、農民や工場労働者として働いていたのだ。文化大革命は文化を根絶する革命のようなものだったが、それが終わった時、彼はようやく映画が撮れると開放感を味わったに違いない。

 

本作は、そんな文化大革命時代の彼の経験が生かされた作品だ。娘が映っているフィルムに男はなぜ脱走してまでこだわるのか。収容所で娘の成長を見ることができなかったからか。罪滅ぼしのためなのか。どちらにせよ、娘が映るのは一瞬で、しかも映画本編の前に上映されるニュース映像なので、その映画が次の映画に変わればおそらく永久に見ることはできなくなってしまう。少なくともいつ出所できるかわからない時代だから、その年齢の娘の姿を見る最後のチャンスかもしれない。

 

そんな男の目的はフィルムを見ることだけ。だから、周りの状況にも無頓着だ。フィルムを盗んだ孤児の少女を追いかけ、取り返すときにも、彼女の状況などお構いなしだ。しかし、取ったり取られたりの道中を繰り返すうちに、彼にも気づかない感情が湧いてくるようになる。

 

この映画の舞台となる、砂漠に囲まれた村や道中の風景がいい。フォトショップで、まるでいらない要素を全て消してしまったかのように、必要な絵だけが抽出されているような感じだ。到着した村の映画館の情景は、まるでイーモウ版『ニュー・シネマ・パラダイス』。みな映画を見るのを心待ちにしている。汚れてしまったフィルムを村人総出できれいにするシーンは、スペクタクル映画のようだ。フィルムの洗浄や修復作業の辺りは、下放中にイーモウ監督がしていた作業が反映されているのだろう。そして娘役のリウ・ハオツンがいい。これから、チャン・ツィイーのようなスターになっていくのだろうか。

 

寓話のような話だが、各人物たちに実際にそこに生きていたかのような存在感がある。映画が終わった後も、彼らはその後どうなったのだろうかと、生き続けている人のように感じてしまうのだ。それが映画の力だ。

 

★★★★前原利行)

 

2022年5月24日火曜日

ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇

拉致され「海の奴隷」として漁船で働かさせる男たちと

彼らを救うべく奮闘するタイ人女性追ったドキュメンタリー





2018年/アメリカ
監督:スアノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
出演:パティマ・タンプチャクル、トゥン・リン、チュティマ・シダサシアン(オイ)
配給:ユナイテッドピープル
上映時間:90分
公開:2022年5月28日(土) シアターイメージフォーラム他 全国順次ロードショー
HP:https://unitedpeople.jp/ghost/


●ストーリー 
 世界有数の水産大国であるタイ。そこから遠洋漁業に出ている船には「うまい仕事がある」と誘惑され、拉致されたタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアなど貧困国の男たちが送り込まれている。人身売買業者はたった数百ドルで漁業会社に男たちを売り飛ばし、数ヶ月、酷いと10年以上も下船させることなく「海の奴隷」として働かせているというのだ。
 そうした漁船から逃亡した人々を捜索し救出すべく、タイ人女性パティマ・タンプチャヤクル(2017年ノーベル平和賞ノミネート)と11年間奴隷労働した経験のあるトゥン・リンらは、インドネシア東部の離島に向けて出航する。


●レヴュー 
 シーフード産業の闇に迫った衝撃的なドキュメンタリーだ。タイの沖合数千キロの漁場で操業する船。タイ、ミャンマー、ラオスやカンボジアといった貧困国から人身売買で男たちが送り込まれ、拘束は数ヶ月、酷いケースでは十数年に及ぶという。捕った魚は沖合で母船に荷揚げし、再び漁場に出るため、一度も下船することなく働かされているというのだ。そこから逃れてきた者たちは、寝る間もなく働かされ、逃げれば漁業会社に追われ拘束された。網に巻き込まれ大怪我をするものもいる、暴行を受けたり、海に投げ込まれた者もいたと証言する。にわかに信じがたい衝撃的な話だが、そうした労働者は数万人にも及ぶという。

 本作は、そうした奴隷労働の実態を明らかにすると同時に、ある女性人権活動家の姿を追っている。タイの労働権利推進ネットワーク(LPN)共同創設者のパティマ・タンプチャヤクル。2014年、インドネシアの離島から約2000人の奴隷を救出するなどして注目を集め、2017年にはノーベル平和賞の候補にも上がっている。 
 彼女と行動を共にするトゥンは、「海の奴隷」として10年以上拘束され、1日20時間以上の重労働を強いられていたという。海に飛び込み命がけでインドネシアの島に逃れたという経緯を持つ。母国へ帰る手段もなかったところをパティマに救出され、その後、漁業会社から指を失う事故の補償金をえることができた。彼女の熱心な支援がなければ彼の未来はなかっただろう。「一人でも多くの人を家に帰してあげたい」彼女の類稀な熱意と勇気、そして努力の積み重ねが多くの人たちを救っているのだと実感する。

 後半、パティマらの一行がインドネシアに捜索船を出し、救出活動に出向く様子が撮影される。事実を可視化するための意図を含む撮影ではあるが、漁船から逃れたタイ人がいるというわずかな情報を頼りに、危険を顧みず他国の無法地帯に乗り込んでいく様子は緊迫感に包まれる。次々と映し出される驚くべき事実に息を呑むが、ひとりの男の救出劇が、パティマらの活動の一筋の光となっている。

 このドキュメンタリーの焦点は、現代の奴隷労働という衝撃的な事例の告発だけではない。こうした労働下で捕った魚はシーフードやペットフードとなり私たちの生活と密接に繋がっている。この闇は私たちに無縁ではないのだと、本作は強く警告していると思う。 (★★★★加賀美まき)

*本作が取り上げている海の奴隷労働は、いわゆる密漁だけでなく、IUU漁業:Illegal,Unreporteed and Unregulated(違法・無報告・無規制)漁業によって引き起こされていると言われている。

2022年5月22日日曜日

ドンバス

 DONBASS

ロシアのウクライナ侵攻の前兆を捉えたドンバス地方の内戦と混乱



2018年/ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア
監督:セルゲイ・ロズニツァ
配給:サニー・フィルム
上映時間:121分
公開:5月21日(土)シアター・イメージ・フォーラムにて先行上映、
6/3(土)ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国順次公開


ストーリー

マイダン革命、クリミア併合以降、親ロシア派勢力「分離派」に実行支配されているウクライナ東部ドンバス地方。”クライシスアクター”と呼ばれる俳優たちを起用したフェイクニュース、支援物資を横領する医師と怪しい仕掛け人、地下シェルターでフェイクニュースを見る人々、新政権への協力という口実で民間人から資産を巻き上げようとする警察組織、国境での自作自演の砲撃…。無法地帯で起きている日常を13のエピソードでモキュメンタリー風に描く。


レヴュー

ロシアのウクライナ侵攻から3ヶ月が経とうとしている。未だ戦争終結の糸口は見えず、ますます泥沼化していきそうな気配である。人命はもとより、世界有数の穀倉地帯での戦争は、インドの干ばつと相まって、世界的な食糧危機も引き起こそうとしている。

この映画の舞台であるウクライナ東部ドンバス地方は、今まさに戦闘が激化している場所である。本作は、4−5年前に製作されたものだが、当時、すでに東部地域では内戦と混乱は常態化していたのだ。ロズニツァ監督は2014-15年頃インターネットに上がっている動画に着目、13の実話をモキュメンタリー風に映像化した。ブラックな笑いを想定して作られてる部分もあり、全てを事実として鵜呑みにするのは危険だが、この地方で何が起きていたのか、俯瞰することはできそうだ。

映画はクライシスアクターによるフェイクニュース映像作りのエピソードから始まる。ウクライナ政府軍の検問をくぐり、分離派が実効支配する区域へ移動していくリアルな様子に心臓が高鳴る。無法地帯とはこういうものか、と理解できる。13のエピソードは少しずつ関係性があり、登場人物が、次のエピソードへの橋渡しをするようなオムニバス形式で、連続性もある。『国葬』『粛清裁判』のロズニツァ監督だけあって、極めて中立的な、アイロニーを持った醒めた視線があるが、中には「ウクライナ寄り」と思わせるパートもある。捕虜になったウクライナ兵がロシア系住民に罵られ、小突かれ、しまいにはリンチされるという恐ろしいエピソードだ。ロシア系住民〜ロシア人に対する憎悪を駆り立ててしまわないか危惧する。だが、これが現実というものなのか。

当初、日本のメディアはプーチン糾弾一辺倒だったが、ゼレンスキー大統領がネオナチの極右民兵と連携していたことや、親ロシア的な野党を弾圧してきた事実も露わになってきた。元俳優の大統領が、映像やSNSを駆使して国際社会に支援を求めていく姿に、新しい時代性と同時に胡散腐さも感じてしまう。劇場型のハイブリッドな情報戦の中で、どこまで真偽を求めていいのか悩むところだ。これは、僕自身がコロナやワクチンの報道で、欧米の論調に乗っかるだけの日本のマスメディアに失望しているせいもある。一方的とも言える報道は、日本の防衛費増額や、憲法改正に弾みをつけてしまいそうで心配だ。

もちろん、ロシアの侵攻は倫理上も国際法上も批難されるべき蛮行にちがいないが、マイダン革命以後、ウクライナに多大な工作と支援をしてきたアメリカの暗躍こそ、本質的な部分があるのではないかと訝しがっている。オバマ政権下で副大統領としてウクライナに深く関わってきたバイデン大統領(とその息子)の因縁こそ、もっと注目されてほしいものだ。

(カネコマサアキ★★★☆)


映画の背景

2014年、マイダン革命によって親ロシア派だったヤヌコーヴィチ大統領が失脚すると、ロシアはウクライナの領土であるクリミア半島を併合し実行支配する。同時にウクライナ東部ドンバス地方(ドネツィク州とルハンシク州)にロシア軍から支援を受けた親ロシア派勢力「分離派」がウクライナから独立を宣言、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を自称し、ウクライナ政府軍との内戦が始まる。

かつてウクライナはナチス・ドイツに占領された時期に西部地方を中心に反ソ連的な動きがあった。一方で、東部地方はロシア系住民が多い。歴史的経緯や地域対立は複雑であり、ロシアの介入で分断は深まっていった。

プーチン大統領は、2月22日、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認、平和維持を目的とする「特別軍事作戦」としてロシア軍を派遣、現在のウクライナ侵攻につながった。「分離派」側には18世紀後半、エカチェリーナ2世がオスマン帝国に勝利して獲得した地域の名称を冠した「ノヴォロシア」連邦を作る思惑もあった。プーチンの復古的な思想が現れている。


関連事項

第71回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」監督賞受賞