2022年5月22日日曜日

ドンバス

 DONBASS

ロシアのウクライナ侵攻の前兆を捉えたドンバス地方の内戦と混乱



2018年/ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア
監督:セルゲイ・ロズニツァ
配給:サニー・フィルム
上映時間:121分
公開:5月21日(土)シアター・イメージ・フォーラムにて先行上映、
6/3(土)ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国順次公開


ストーリー

マイダン革命、クリミア併合以降、親ロシア派勢力「分離派」に実行支配されているウクライナ東部ドンバス地方。”クライシスアクター”と呼ばれる俳優たちを起用したフェイクニュース、支援物資を横領する医師と怪しい仕掛け人、地下シェルターでフェイクニュースを見る人々、新政権への協力という口実で民間人から資産を巻き上げようとする警察組織、国境での自作自演の砲撃…。無法地帯で起きている日常を13のエピソードでモキュメンタリー風に描く。


レヴュー

ロシアのウクライナ侵攻から3ヶ月が経とうとしている。未だ戦争終結の糸口は見えず、ますます泥沼化していきそうな気配である。人命はもとより、世界有数の穀倉地帯での戦争は、インドの干ばつと相まって、世界的な食糧危機も引き起こそうとしている。

この映画の舞台であるウクライナ東部ドンバス地方は、今まさに戦闘が激化している場所である。本作は、4−5年前に製作されたものだが、当時、すでに東部地域では内戦と混乱は常態化していたのだ。ロズニツァ監督は2014-15年頃インターネットに上がっている動画に着目、13の実話をモキュメンタリー風に映像化した。ブラックな笑いを想定して作られてる部分もあり、全てを事実として鵜呑みにするのは危険だが、この地方で何が起きていたのか、俯瞰することはできそうだ。

映画はクライシスアクターによるフェイクニュース映像作りのエピソードから始まる。ウクライナ政府軍の検問をくぐり、分離派が実効支配する区域へ移動していくリアルな様子に心臓が高鳴る。無法地帯とはこういうものか、と理解できる。13のエピソードは少しずつ関係性があり、登場人物が、次のエピソードへの橋渡しをするようなオムニバス形式で、連続性もある。『国葬』『粛清裁判』のロズニツァ監督だけあって、極めて中立的な、アイロニーを持った醒めた視線があるが、中には「ウクライナ寄り」と思わせるパートもある。捕虜になったウクライナ兵がロシア系住民に罵られ、小突かれ、しまいにはリンチされるという恐ろしいエピソードだ。ロシア系住民〜ロシア人に対する憎悪を駆り立ててしまわないか危惧する。だが、これが現実というものなのか。

当初、日本のメディアはプーチン糾弾一辺倒だったが、ゼレンスキー大統領がネオナチの極右民兵と連携していたことや、親ロシア的な野党を弾圧してきた事実も露わになってきた。元俳優の大統領が、映像やSNSを駆使して国際社会に支援を求めていく姿に、新しい時代性と同時に胡散腐さも感じてしまう。劇場型のハイブリッドな情報戦の中で、どこまで真偽を求めていいのか悩むところだ。これは、僕自身がコロナやワクチンの報道で、欧米の論調に乗っかるだけの日本のマスメディアに失望しているせいもある。一方的とも言える報道は、日本の防衛費増額や、憲法改正に弾みをつけてしまいそうで心配だ。

もちろん、ロシアの侵攻は倫理上も国際法上も批難されるべき蛮行にちがいないが、マイダン革命以後、ウクライナに多大な工作と支援をしてきたアメリカの暗躍こそ、本質的な部分があるのではないかと訝しがっている。オバマ政権下で副大統領としてウクライナに深く関わってきたバイデン大統領(とその息子)の因縁こそ、もっと注目されてほしいものだ。

(カネコマサアキ★★★☆)


映画の背景

2014年、マイダン革命によって親ロシア派だったヤヌコーヴィチ大統領が失脚すると、ロシアはウクライナの領土であるクリミア半島を併合し実行支配する。同時にウクライナ東部ドンバス地方(ドネツィク州とルハンシク州)にロシア軍から支援を受けた親ロシア派勢力「分離派」がウクライナから独立を宣言、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を自称し、ウクライナ政府軍との内戦が始まる。

かつてウクライナはナチス・ドイツに占領された時期に西部地方を中心に反ソ連的な動きがあった。一方で、東部地方はロシア系住民が多い。歴史的経緯や地域対立は複雑であり、ロシアの介入で分断は深まっていった。

プーチン大統領は、2月22日、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認、平和維持を目的とする「特別軍事作戦」としてロシア軍を派遣、現在のウクライナ侵攻につながった。「分離派」側には18世紀後半、エカチェリーナ2世がオスマン帝国に勝利して獲得した地域の名称を冠した「ノヴォロシア」連邦を作る思惑もあった。プーチンの復古的な思想が現れている。


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