2022年5月24日火曜日

ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇

拉致され「海の奴隷」として漁船で働かさせる男たちと

彼らを救うべく奮闘するタイ人女性追ったドキュメンタリー





2018年/アメリカ
監督:スアノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
出演:パティマ・タンプチャクル、トゥン・リン、チュティマ・シダサシアン(オイ)
配給:ユナイテッドピープル
上映時間:90分
公開:2022年5月28日(土) シアターイメージフォーラム他 全国順次ロードショー
HP:https://unitedpeople.jp/ghost/


●ストーリー 
 世界有数の水産大国であるタイ。そこから遠洋漁業に出ている船には「うまい仕事がある」と誘惑され、拉致されたタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアなど貧困国の男たちが送り込まれている。人身売買業者はたった数百ドルで漁業会社に男たちを売り飛ばし、数ヶ月、酷いと10年以上も下船させることなく「海の奴隷」として働かせているというのだ。
 そうした漁船から逃亡した人々を捜索し救出すべく、タイ人女性パティマ・タンプチャヤクル(2017年ノーベル平和賞ノミネート)と11年間奴隷労働した経験のあるトゥン・リンらは、インドネシア東部の離島に向けて出航する。


●レヴュー 
 シーフード産業の闇に迫った衝撃的なドキュメンタリーだ。タイの沖合数千キロの漁場で操業する船。タイ、ミャンマー、ラオスやカンボジアといった貧困国から人身売買で男たちが送り込まれ、拘束は数ヶ月、酷いケースでは十数年に及ぶという。捕った魚は沖合で母船に荷揚げし、再び漁場に出るため、一度も下船することなく働かされているというのだ。そこから逃れてきた者たちは、寝る間もなく働かされ、逃げれば漁業会社に追われ拘束された。網に巻き込まれ大怪我をするものもいる、暴行を受けたり、海に投げ込まれた者もいたと証言する。にわかに信じがたい衝撃的な話だが、そうした労働者は数万人にも及ぶという。

 本作は、そうした奴隷労働の実態を明らかにすると同時に、ある女性人権活動家の姿を追っている。タイの労働権利推進ネットワーク(LPN)共同創設者のパティマ・タンプチャヤクル。2014年、インドネシアの離島から約2000人の奴隷を救出するなどして注目を集め、2017年にはノーベル平和賞の候補にも上がっている。 
 彼女と行動を共にするトゥンは、「海の奴隷」として10年以上拘束され、1日20時間以上の重労働を強いられていたという。海に飛び込み命がけでインドネシアの島に逃れたという経緯を持つ。母国へ帰る手段もなかったところをパティマに救出され、その後、漁業会社から指を失う事故の補償金をえることができた。彼女の熱心な支援がなければ彼の未来はなかっただろう。「一人でも多くの人を家に帰してあげたい」彼女の類稀な熱意と勇気、そして努力の積み重ねが多くの人たちを救っているのだと実感する。

 後半、パティマらの一行がインドネシアに捜索船を出し、救出活動に出向く様子が撮影される。事実を可視化するための意図を含む撮影ではあるが、漁船から逃れたタイ人がいるというわずかな情報を頼りに、危険を顧みず他国の無法地帯に乗り込んでいく様子は緊迫感に包まれる。次々と映し出される驚くべき事実に息を呑むが、ひとりの男の救出劇が、パティマらの活動の一筋の光となっている。

 このドキュメンタリーの焦点は、現代の奴隷労働という衝撃的な事例の告発だけではない。こうした労働下で捕った魚はシーフードやペットフードとなり私たちの生活と密接に繋がっている。この闇は私たちに無縁ではないのだと、本作は強く警告していると思う。 (★★★★加賀美まき)

*本作が取り上げている海の奴隷労働は、いわゆる密漁だけでなく、IUU漁業:Illegal,Unreporteed and Unregulated(違法・無報告・無規制)漁業によって引き起こされていると言われている。