2019年1月31日木曜日

ヴィクトリア女王 最期の秘密


 晩年の女王と彼女に仕えたインド人の知られざる物語



2017年/イギリス、アメリカ
監督:スティーヴン・フリアーズ(『クイーン』『あなたを抱きしめる日まで』)
出演:ジュディ・デンチ(『マリー・ゴールドホテルで会いましょう』『007』シリーズ)、アリ・ファザル(『きっと、うまくいく』)、エディ・イザード、マイケル・ガンボン(『ハリー・ポッター』シリーズ)
配給:ビターズエンド、パルコ
公開:125日よりBunkamura ル・シネマにて公開中


●ストーリー
1887年、ヴィクリトア女王即位50周年を迎え、記念金貨の贈呈役としてインドからイスラム教徒の若者アブドゥルがやってきた。アドブゥルをひと目で気に入ったヴィクトリアは、彼を自分の身近に置くように命じる。長生きして愛する人を失ってきたヴィクトリアだが、アブドゥルを“ムンシ(先生)として”心を許すようになり、身分を超えた友情が芽生え始める。しかしアブドゥルを寵愛するヴィクトリアに、周囲は反発する。

●レヴュー
どこまでが事実かはわからないが、近年になって発見されたアブドゥルの日記や、
破棄を免れたヴィクトリアのウルドゥー語の練習帳などをもとにシャラバニ・バスが
小説を書き、それを映画化したしたのが本作だ。
ヴィクトリアは18歳にして即位。以来、在位期間が63年と7ヶ月に及んだ
イギリスの全盛期を象徴する女王だ。
その時代、イギリスは選挙制度が進み、近代国家として確立したが、
植民地支配を推し進めたという面もある。
ただしドイツなどの専制国家とは異なり、その時代のイギリスは立憲君主制が進み
政策は議会が決め、イギリスは女王といえど議会の決定を追認するしかなかった。
映画を見ていると、周囲は建前的には女王を敬うが、政策などには口を出させないことがよくわかる。
当時のヨーロッパの王室とは親戚関係にあり、
ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世とロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻アリックスは孫だ。

ヴィクトリアは夫アルバートを愛していたが42歳の時に死別。
その後、イギリス帝国主義を推し進めた政治家ディズレーリを偏愛したことは知られていて、
彼の死のときに葬式に出たいと言ったことは有名(当時は身分的にかなわなかった)。
孤独のまま長生きしていたヴィクトリアが、晩年に出会ったのがインド人のアブドゥルだった。
本作でも描かれているように、70歳を過ぎたおばあさんが若いイケメン男子を寵愛するのは、哀れでもあり可愛らしくもある。たとえば自分の息子、いや孫に近いぐらいのアイドルに熱狂する日本のおばさんたちと変わらない。
しかし、長く生きていれば、それぐらいの楽しみがあっても何が悪いとも言える。
老人は老人らしく、何の楽しみもなく静かにしていればいいと、周囲は思うかもしれない。
でも生きがいもなく、ただ生きるのは苦痛なのだ。

それまで抜け殻のようになっていたヴィクトリアだが、インドからやってきたアブドゥルを見て
一目で気に入り、自分の手元に置くように命じる。
アブドゥルはインド皇帝であるヴィクトリアの側近になるという野心もあったにちがいない(映画ではアブドゥルが本当は何を考えているのかをワザとはっきりとは描かない(善良だが、都合の悪いことは言わないというしたたかな面もある)。
抜け殻の老人から、恋する乙女に変身するヴィクトリアを演じるジュディ・デンチは本当に素晴らしく、その演技を見るだけでもこの映画をみる価値はある。
実際、本作を批判的な人でもデンチの演技だけは絶賛している。

実際のヴィクトリアは、短期で直情的、そして教養がなかったと言われている。
映画に描かれているように、息子のアルバート皇太子とは仲が悪く(若い頃から不品行で親を悩ませ、それが原因で夫が亡くなったとヴィクトリアは思っている)、アルバートも母親が長生きなのでいつまでも自分が国王になれないと思っている。
ヴィクトリアは夫の死後、ひとり噂されたお付きの者がいたが、その彼も亡くなっていた。
長生きするということは、ひたすら愛するものを失う日々が続く。
いいことばかりではないのだ。
そんなヴィクリトアにとって物怖じしないアドブゥルは大きな光だ。
同じイギリス人は本音と建前があり距離感を作るが、利害関係がなく屈託のないインド人には心許せるのだ。

恋する乙女になったヴィクトリアだが、途中アブドゥルに妻がいたことを知って怒る。
アブトゥルからしたら聞かれないことは言わなかっただけだが、まあズルい(笑)。
インドに帰れとなるが、思い直して「妻も呼びなさい」と命じる。
やがてヴィクトリアはアブドゥルにウルドゥー語を習い始める(当時のインドの宮廷語)。
大英帝国のトップが、支配下の国の言葉を学ぶというのは当時としては大問題だ。
逆にみんなが英語を覚えろという時代だから。
しかしヴィクトリアはそんなことにはおかまいなしだ。
ただ2人になれる時間が欲しかったのだろう。
ヴィクトリアのインド熱は高まり、インドの寸劇を王宮で演じたり、インドの王族の広間のダルバールホールを宮殿内に作らせたりもする(事実)。

当然ながら、周囲はアブドゥルを嫌い、ヴィクトリアを諌めるものも現れる。
「どうしゃったのだろう?」と。それが表面化するのは、ヴィクトリアがアブドゥルを叙勲しようとした時だ。また、アブドゥルが女王に言っていた家柄とは違うこと、「インド大反乱」についてアブドゥルがイスラム教徒よりの見解を伝えていたことがわかってくる。
そしてヴィクトリアに死期が迫ってくる。

本作は実際にあった話をもとにしているが、あくまでフィクションだ。
アブドゥルは実在の人物で、晩年のヴィクリアに仕えたが、スキャンダルを恐れた皇太子のエドワードが書類や手紙を全て焼却してしまったのでわからない。
残っているのは、アブドゥルの日記と、ヴィクトリアのウルドゥー語の練習帳だ(何が書いてあるかわからなかったので焼却を免れた)。
しかしどちらかといえば、ヴィクトリアの歳の方が近い自分としては、老人の生きがい、愛する人が皆死んでしまっての長生きなどを考えてしまった。
はたから見たら、「うちのばあちゃん、何やっているの」だが、当人にしてみたらそれぐらいの自由は欲しいのだと。

ヴィクトリアを演じるジュディ・デンチは、ヴィクトリアを映画で演じるのはこれが2回目になる。魅力的な若者アブドゥル役に抜擢されたのは、『きっと、うまくいく』に出演していたアリ・ファザル。途中で自殺してしまうイケメン役だ。監督は『クイーン』などのスティーヴン・フリアーズ。
映画としての出来はふつうだが、イギリス映画らしい丁寧さは落ち着く。
フリアーズ監督の手堅い演出は映画的なスケール感はないが、上質のテレビドラマを見たような感じで、実は僕は好きだ。
またデンチの演技は必見なので☆をプラス。
★★★☆

2019年1月25日金曜日

バジュランギおじさんと、小さな迷子

迷子の少女をパキスタンまで送り届けるヒューマンドラマ
 
 

2015年/インド
監督:カビール・カーン
出演:サルマン・カーン、カリーナ・カプール、ハルシャーリー・マルホートラ
配給:SAPCEBOX
公式ページ:bajrangi.jp/
公開:1月18日より新宿ピカデリーほかにて公開中

●ストーリー
パキスタンの山岳地帯に住む少女シャヒーダーは、幼い頃から声が出ない。そこで心配した母親がインドの聖者廟に願掛けに連れて行くが、帰国途中ではぐれてシャヒーダーはインドにひとり取り残されてしまう。そんな彼女に出会ったのは熱心なハヌマーン信者のバワン。「バカ」がつくほどの正直者の彼は、やがてシャヒーダーがパキスタン人と知って驚くが、彼女をパキスタンへ送り届けようと国境を越える。

●レビュー
『ダンガル きっとつよくなる』『バーフバリ 王の凱旋』に次ぐインド映画世界歴代興行収入第3位というヒットのヒューマンドラマ。
タイトルロールのバジュランギおじさんことバワンを演じるのは、インド映画界の大スターのサルマン・カーン。アクションもののイメージが強い彼だが、今回は多少の立ち回りはあるものの、“頭がちょっと弱いギリギリの正直者”(昔の邦画喜劇ではよくあったキャラ)を演じている。
 
面白いと感じたのは日本人には馴染みが薄い宗教の違いから来るギャグだ。
迷子の少女を最初は「バラモンの子」と勘違いしていた主人公。
シャヒーダーが目を離した隙にイスラム教徒の家に入り込んで肉を食べているのを見てビックリするシーン、モスクに入り込んでお祈りしようとしているのを見て「ムスリムだ」とショックを受けるというのも、日本人には異文化を感じるシーンだ。
 バワンはバラモン階級らしいヒンドゥー教徒で、しかもハヌマーン信者とドラマ内では公言しているが、これがどんなタイプなのかがわからない。
シヴァとかヴィシュ信者は聞くけど。
 
パキスタンに住むシャヒーダー(イスラムの「殉教者」という意味)が、「ご利益あり」として母親に願掛けに連れて行かれるのが、デリーのニザーム・ウッディーン・アウリヤー廟。
ガイドブックではおなじみの場所だが、ここがパキスタンからわざわざ苦労してくるほどの場所だとは知らなかった。
厳格なイスラーム原理主義の国とは違い、インドを含む南アジアではイスラーム神秘主義(スーフィズム)による聖者信仰が盛んだ。モスクは神のために祈る場所であり、神様は個人の願いなど聞いてくれない。
しかし人々は神様にすがって何かを祈願したい。
そこでイスラーム教の場合、神様ではなく聖者にご利益を求める。有名な聖者の廟は、男ばかりのモスクと違って女性が多い。
厳粛なモスクと違い、ここでは熱狂が渦巻くことがある。
ただし、厳格なムスリムからすればそれは偶像崇拝で異端でもある。
しかしヒンドゥー寺院などみれば、聖者廟はインドの文化に受け入れやすい。
「声が出ますように」という祈りは、娯楽映画なので最後には叶えられるのだが。
 
また、映画には「インド人のパキスタン人観」が垣間見られ、面白い。
バワンは最初は正規のルートでパキスタン行きを申請しようとするのだが、埒があかない(役人のダメさ加減は笑いの対象)。
結局はジャイサルメールの砂漠から密入国しようとするのだが、砂漠の国境地帯にはメキシコ国境よろしくたくさんのトンネルが掘られているというのは、都市伝説かもしれないが面白かった。
 
密入国したインド人は、当然ながらパキスタンではスパイ容疑がかけられる。
しかし人々の善意と警察の無能ぶりにより、ふたりは何とかシャヒーダーの故郷であるカシミールへと向かう。
バレそうになっても、正直なバワンに皆心打たれて、一般人は彼を守るのだ。
舞台は砂漠地帯から一転してカシミールの山岳地帯へ。美しい風景もこの映画の見所だ。
ラストは、バワンの行動がインド、パキスタン両国の人々の心を動かす。
ヒマラヤの国境に両国の大勢の人々が押し寄せるシーンは感動的だ。
 
とはいえ、映画的には“古〜い邦画喜劇”的な緩さ(インドの娯楽映画)なので、映画として出来はというと、ゆるくみればいい。
一応、「両国は仲良くしましょう」という社会的メッセージはあるが、昨年の『パッドマン』ほど強くはなく、「人々の善意で何とかなる」という程度のゆるいもの。
あと、個人的には子役の演技が古すぎてイラつくときがあった。
インドではまだ、子役に定型の演技を求めるのだが、ほら、邦画で不自然な子役の演技にイラっとすることあるでしょ。あれと同じ。
インドということで、自動的に☆ひとつおまけして、★★★

2019年1月23日水曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2018年度映画ベスト10 (前原利行、カネコマサアキ、加賀美まき)




■前原利行(旅行・映画ライター)
2018年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作・旧作含めて160本。前年の129本に比べ、ずいぶん増えた。相変わらず英米映画が多いが、小粒だが気になる第三世界の映画もある。英米の映画は大作より、中堅で作家性を感じさせるものものが気に入った。
 

1.アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダルクレイグ・ギレスビー監督/アメリカ
最近は実話スポーツものの良作が多いアメリカ映画だが、これは実録スポーツ版「グッド・フェローズ」ともいうべき傑作。「社会の底辺にいるダメな人間が這い上がって何が悪い」と画面のこちらを見据えながらも、今日に通じる階層社会への批判を込めたブラックコメディ。出てくるのは最低の人たちだが、上から目線の世間よりも愛おしく、もっとやれと拍手を送りたくなる。

2. カメラを止めるな(上田慎一郎監督/日本)
昨年の話題をさらった邦画で、予備知識ない前にと慌てて行ったらほぼ満席。そんなイベント感も観客の期待もあり、劇場で多幸感に包まれた作品。いや、あらを探す人もいるが、ものを作っている人はこの感じ、わかるはず。

3. ブリグズビー・ベアデイヴ・マッカリー監督/アメリカ
幼い頃に誘拐されて隔離されて育った少年が、自らのアイデンティを取り戻すために映画を作る。ユーモアと哀愁と周りの善意が自分好み。今見逃すと、見られなくなるよ!

4. スリービルボード(マーティン・マクドナー監督/アメリカ、イギリス)
『セブン・サイコパス』の監督がこんな名作を作るとは。ひとつの事件から町に起きた波紋を、いくつもの視点で描く“大人の映画”。俳優陣がいい。

5. 万引き家族是枝裕和監督/日本
社会的弱者に優しい目線を向ける映画が心に残る。なのでヤフコメみたいな“独善的な社会正義”は大嫌い。本作もそんな優しさをあなたが持っているかという、心の踏み絵になる作品かもしれない。

6. バトル・オブ・ザ・セクシーズ(ジョナサン・デイトン&ヴァレー・ハリス監督/アメリカ)
空き時間に入った映画館で見て得した気分。これもアメリカのスポーツ実話だが、ユーモアを交えながら社会批判をさらり。

7. パティ・ケイク$ジェレミー・ジャスパー監督/アメリカ
ニュージャージーのこれまた底辺に暮らす主人公が、ラップでそこから抜け出ることを目指す。荒削りといえば荒いが、それでなくては生まれないインディーズの力強さ。インド人がラップすると、英語なのにヒンディーポップみたくなるのも面白い。とにかくダメな顔ばかり映し出されるが、それも人生。

8. ミッションインポッシブル/フォールアウトクリストファー・マッカリー監督/アメリカ
正直、話はアクションを成立させるための方便で崩壊している。しかし自ら体を張り、やらなくていいアクションをするトム・クルーズの姿には感動すら覚えた。

9. 恐怖の報酬 オリジナル全長版(ウィリアム・フリードキン監督/アメリカ)
昔の劇場公開の時は大した印象も無かった作品だが、こうして30分近く長い全長版を見ると、こんなに面白かったのかと驚く。そして公開時の世界情勢を思い出した。

10. 判決、ふたつの希望ジアド・ドゥエイリ監督/レバノン、フランス
最後には旅シネらしい作品を。プライベートなイザコザが社会に波紋を呼んでいく。他者を憎むことで自分の境遇を忘れる人は、日本でもありがち。憎しみの連鎖は時間の浪費。

上位5以内は不動の5本だが、610位に入れていい力作は以下の通り。『女は二度決断する』『ダンガルきっと強くなる』、『犬ケ島』、『祈り』、『ボヘミアン・ラプソディ』。



■カネコマサアキ(イラストレーター、マンガ家)

.『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』(ビー・ガン畢贛監督/中国)
2015年のベストテンにも挙げた『凱里ブルース』の監督の新作。記憶+=映画である、という監督の映画論を語るような作品。構造的にも前作を踏襲し、後半に驚異の60分1カット3D映像が用意されている。画とセリフの詩的表現が素晴らしく、男と女の出会いを描きつつ地球を意識する言葉が。(原題は『地球最后的夜晩』)今年公開が決まっているのですが、これなくしてこの年の映画は語れないくらいのインパクトなので。

.『マンタレイ』(プッティポン・アルンペン監督/タイ)
タイ南部の港町。妻に逃げられた漁師の男は林の中に瀕死の謎の男を見つける。口のきけない男にトンチャイという名前をつけ共同生活を送っていたが…。ダブル(分身)の仕掛けを使い、故国を追われたロヒンギャ族の居場所を憂う。美しさと哀切をもった鎮魂歌。ベネチア・オリゾンティ作品賞。フィルメックスにて。

.『象は静かに座っている』(フー・ボー胡波監督/中国)
河北省・石家荘。友人を庇い殺人の汚名を着せられたブーは満州里を目指し逃避行を試みる。彼と関わる行き場のない絶望を抱えた4人の一日を描く4時間の群像劇。『牯嶺街〜』の影響下にあると思われる作品だが、独特の演出で中国社会の負の連鎖と出口の見えない閉塞感が見事に表現されていた。残念なことに29歳の監督は作品完成の前に自死。ベルリン国際批評家連盟賞、金馬奨グランプリの知らせを聴く事はなかった。フィルメックスにて。

.『夏の鳥』(クリスティーナ・ガジェゴ&シーロ・ゲーラ監督/コロンビア)
『彷徨える河』のシーロ・ゲーラ監督の新作。コロンビア北部グアヒラ。先住民族ワユーの氏族間の麻薬絡みの抗争を68-80年に渡って5部構成で描く。まるで『仁義なき戦い』の様相を呈するが、カルテル抗争と違って、ワユーの精霊信仰や慣習に基づく行動原理が克明に描かれているのが白眉。ラテンビート映画祭にて。

5.『ゴッズ・オウン・カントリー』(フランシス・リー監督/イギリス)
ヨークシャーの家族経営の廃れた牧場を切り盛りする自暴自棄気味の青年ジョニーはルーマニアからの季節労働者ゲオルクに惹かれていく。昨年のLGBT映画も良作揃いで『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニーノ監督/イタリア・アメリカ)、『傷』(ジョン・トレンゴーヴ監督/南アフリカ)など全て挙げたいところだが、主人公の孤独と切実さが伝わってくるこちらを。

6.『万引き家族』(是枝裕和監督/日本)
ある時代の家族像への憧憬。日本映画の数々の名作を思い起こさせる。「巨人の柴田」を知ってる世代は、その家族像が幻想になりつつあることに気づかされ、切なくなる。家族のあり方の是非を描きつつ、次世代に託してる感じも良かった。

7.『寝ても覚めても』(濱口竜介監督/日本)
恋人の麦(バク)が突然姿を消してから数年後、朝子は彼とそっくりな亮平と出会う。ある種の「ダブル(分身)」、あるいは「分人」モノ。3.11の前と後、信と不信、生と死、が2人の男を対立軸に重層的に描かれている。実験的だが今の現実感を見事に掬いとっている気がする。「ノルウェイの森」の読後感を思い出した。

8.『祈り』1967年、テンギス・アブラゼ監督/ジョージア)
ジョージアの国民的作家V.ブシャヴェラの叙事詩をもとに19世紀の部族の対立を描き、文化・宗教が共存する希望・祈りを描く。詩的かつ精緻なモノクロ映像は宗教性を帯びていてカール・ドライヤーの作品を思わせる。

9.『快楽の漸進的横滑り』(1974年、アラン・ロブ=グリエ監督/フランス)
アラン・レネ監督『去年マリエンバートで』の脚本や『消しゴム』などで知られるヌーボー・ロマンの代表的作家ロブ=グリエ。彼が監督した映画作6品を集めたレトロスペクティヴが年末に開催された。1作をのぞき、本邦初公開作が並ぶ。今まで紹介されてこなかったことが不思議でならない面白さ。ヌーベルバーグとベルトルッチを結ぶミッシングリンクのようなトランティニャン主演の『ヨーロッパ横断特急』('66)『嘘をつく男』('68)も見逃せないが、真骨頂と思われるこの作品を推したい。

10.『オーファンズ・ブルース』(工藤梨花監督/日本)
記憶障害をもっているエマは、同じ孤児院で一緒だった友人から手紙を受け取ると、彼に会うために旅に出る。「内なるアジア」を旅するような感覚。近年気になるのは、日本の若手女性監督の驚くような才能の出現だ。『わたしたちの家』(清原惟監督)、『あみこ』(山中瑶子監督)、『夜明け』(広瀬奈々子監督)など甲乙つけがたいが、中でもこの作品の卓越した映画センスに驚かされた。PFFにて。

次点(入れ替え可能作品)
『轢き殺された羊』(ペマ・ツェテン監督/チベット・中国)
『ザ・リバー』(ミカエル・バイガジン監督/カザフスタン)
『アイカ』(セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督/ロシア)
『シベル』(チャーラ・ゼンジルシ+ギヨーム・ジョバネッティ監督/トルコ)
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(ナタウット・プーンピリヤ監督/タイ)
『同意 Raazi』(メーグナー・グルザール監督/インド)
『翡翠之城』(ミディ・ジー監督/台湾・ミャンマー)
『スリー・ビルボード』(マーティン・マクドナー監督/アメリカ)
『聖なる鹿殺し』(ヨルゴス・ランティモス監督/イギリス・アイルランド)
RAW 少女のめざめ』(ジュリア・デュクル監督/フランス)
『赤色彗星倶楽部』(武井佑吏監督/日本)
『僕の帰る場所』(藤元明緒監督/日本・ミャンマー)
『川沿いのホテル』(ホン・サンス監督/韓国)
『少女ポニラー』(1983年、スラメット・ラハルジョ・ジャロット監督/インドネシア)
『自由行』(応亮監督/香港・中国)

昨年は、国際映画祭の受賞作品の傾向を見ても日本を含むアジア映画の当たり年だったように見える。例年通り大半が映画祭で見たものになってしまったが、時代を反映してか「移民」がキーワードになった作品「ダブル・分身」の仕掛けを使った作品が多かった。トピックとしては『2001年宇宙の旅』70mm上映会、幼少時の頃から楽しませてくれた高畑勳監督と樹木希林さん、学生時代に多大な影響を受けたベルトルッチ監督の逝去が印象に残る。特集上映としては「東南アジア 巨匠から新鋭まで」「台湾巨匠傑作選」「中国映画祭〜電影2018」「イスラーム映画祭3」「ショート・ショート・フィルム・フェスティバル&アジア」「レインボーリール映画祭」「インディアン・シネマ・ウィーク」「PFF「韓国インディペンデント映画特集」「山形ドキュメンタリー・フェスティバル in 東京」「東京国際映画祭」「フィルメックス」「アラン・ロブ=グリエ・レトロスペクティヴ」などに通った。

加賀美まき(造形エデュケーター)

 2018年は、多くの韓国映画が劇場公開され、映画祭、上映会なども含めるとかなりの作品を観る機会を得ました。内容も多彩で、ファンにとっては久しぶり嬉しい1年でした。今年は3年ぶりに10作を選び、以下3作品は順不同です。

●韓国映画

1.「タクシー運転手 ~約束は海を超えて~」 (チャン・フン監督/韓国)
 光州事件下、ドイツ人記者を乗せソウルと光州を往復したタクシー運転手が主人公。事件が世界に報道されるきっかけとなった実話に基づく物語。主演のソン・ガンホが、事件に巻き込まれていく市井の男を圧巻の演技で見せる。光州事件を新たな角度から捉え本国で大ヒット。多くの映画賞を受賞した。

2.1987、 ある闘いの真実 」(チャン・ジュナン監督/韓国)
 一人の学生運動家の死に起因した民主化闘争を史実に忠実に沿って映画化した作品。日本がバブルに湧いた時代、隣国で何が起きていたかを知る一作。キム・ユンソク、ハ・ジョンウら実力派俳優が多数出演し、当時様々な立場に置かれた人物を演じきっている点が秀逸。見応えのある作品になっている。

3.「コンフィデンシャル/共助」(キム・ソンフン監督/韓国)
 北朝鮮のイケメン・エリート刑事(ヒョンビン)と韓国の庶民派ダメ刑事(パク・へジン)が協力して事件解決に挑む、バディーものアクション作品。韓国映画らしいコメディ要素も満載で楽しめる。必見はストイックに悪役を演じたキム・ジュヒョクだが、昨年事故で亡くなったのは本当に残念。合掌

4.「共犯者たち」(チェ・スンホ監督/韓国)
 2008年の韓国、支持率の下がった保守政権がとったメディアへの直接介入、言論弾圧を告発するドキュメンタリー。公営放送局を不当に解雇された元ジャーナリストのチェ・スンホがメガホンを取り、突撃インタビューなどを通じて、その信じられない実態を糾弾する。隣国の深層に迫る必見の一作。

5.「名もなき野良犬の輪舞」(ビョン・ソンヒョン監督/韓国) 
 ソル・ギョング、イム・シワン共演のハードボイルド作品。組織ナンバー1を狙う男と新入りで野心家の若者が刑務所で出会い手を組むのだが・・。全編に流れるシリアスで湿った空気感がよく、若手のイム・シワンが、この作品でも高い演技力を見せてくれる。役者としての成長が今後も楽しみ。

6.「正しい日・間違った日」(ホン・サンス監督/韓国)
 偶然出会った男女、ちょっとしたタイミングでその成り行きは違うものに...。二通りの展開で綴られるホン・サンスらしい作品。キム・ミニが、監督の新たなミューズとして魅力を放つ。ホン・サンス作品が4本まとめて公開になったが、大好きなチョン・ジェヨン出演のこの作品をランクイン。

7.「天命の城」(ファン・ドンヒョク監督/韓国)
 1636年、清の大軍に攻め込まれた朝廷は山城に逃げ込むが、完全孤立し和平か抗戦か決断を迫られる。対立する家臣役のイ・ビョンホンとキム・ユンソク、苦悩する王役のパク・ヘイルが粛々と演じて流石。極寒の山でのオールロケ。モノトーンの情景は緊張と峻烈さ全編に醸し出す。音楽は坂本龍一。

8.「ザ・キング」(ハン・ジェリム監督/韓国)
 地方出身の新人検事(チョ・インソン)と悪徳エリート検事(チョ・ウソン)が繰り広げるクライム・エンタテイメント。大統領選に絡む権力争いなど社会風刺の要素も。「タクシー運転手」にも出演した若手成長株リュ・ジュンヨル、複数の助演賞をとった検事役キム・ソジンの好演も見どころ。

9.「犯罪都市」(カン・ユンソン監督/韓国)
 このところテレビや映画に引っ張りだこのマ・ドンソクが、組織から一目置かれる強行班刑事役で主演。ある事件をきっかけに韓国の犯罪組織と手段を選ばない中国の新興マフィアらが対立し、抗争が激化していく。たくまいがたい、丸太のような腕っ節、張り手一発で相手を倒すマ・ドンソクが爽快。

10.「ミッドナイト・ランナー」(キム・ジュファン監督/韓国)
 女性の拉致事件を目撃してしまった警察大学校生コンビが、図らずも事件解決に奔走する姿を描くアクション・コメディー。行動派と頭脳派、正反対の二人を若手の人気俳優、オルチャン&モムチャン(顔よし身体よし)のパク・ソジュン、カン・ハヌルがW主演しツボ。その奮闘ぶりが楽しい。

●その他 順不同
・「映画チーズ・イン・ザ・トラップ」(キム・ジェヨン監督/韓国)
  Web漫画が原作。ドラマ化に続き映画化された。美形パク・へジンのユ・ジョン先輩に釘付け。
・「エターナル」(イ・ジュヨン監督/韓国)
  イ・ビョンホン主演。劇中、何となく感じる違和感、その結末とは・・。
・「悪女/AKUJO」(チョン・ビョンギル監督/韓国)
  女殺し屋の復讐劇。キム・オクビンの体を張ったアクションが見もの。

2018年12月23日日曜日

宵闇真珠

  香港最後の漁村で、少女は異国の男に出会った


 
監督:クリストファー・ドイル、ジェニー・シュン
出演:オダギリジョー、アンジェラ・ユン
配給:キノフィルムズ/木下グループ
公開:12月14日よりシアター・イメージフォーラムにて公開中
公式HP:https://yoiyami-shinju.com/

キャッチコピーに「90年代香港映画の興奮よ、ふたたび」とあるが、けっこう当たっていると思う。
でも興奮かな。なんともいえない、やるせなさかな。
あのころ香港は、憧れの地だった。
もう10年も行っていないけど、ノスタルジアと熱気と気だるさと、独特の人くささが魅力だった。
この『宵闇真珠』のムードは、撮影、音楽、テンポは、そんな初めて接したアジア圏の映画のムードに包まれている。
もちろん撮影・監督がクリストファー・ドイルということもあるのだけれど。
『恋する惑星』や香港映画ではないが『非情城市』あたりのムードだ。

開発が進む香港に残る最後の漁村。
珠海村に住む16歳の少女(アンジェラ・ユン)は、太陽の光に当たると病気になると言われ、日中はサングラスに日傘をさし肌を隠して暮らし、村人からは「幽霊」と言われている。
ある日、死んだという母親の荷物からミスコンのオーディションのカセットテープが見つかる。
その歌を聴き、母に思いを募らせていく少女。
そのころ、村はずれの廃屋に、いつしか異邦人の男(オダギリジョー)が住み着くようになった。
少女は自分を見つめる男と出会い、
自分が変わっていくのを感じる。

常にどんよりと曇り、フィルターがかかったような画面。
時代を感じさせるものが少ない漁村のみで進むこの物語には、
携帯やパソコンは登場せず、
現在のようでもあり、20年前かもしれない。
少女にとってはこの村の中がすべてであり、
孤独が慣れっこになっている。
しかしすでに子供ではなく、大人になりかかっている少女の、
旅立ちの日はそこまで近づいている。

オダギリジョー扮する男は、何かに追われてきたように
この村の廃屋に身を隠している。
彼が大活躍するわけではなく、ただそこにいるだけなのだが、
少女は彼の存在で、村の外を意識する。

そのふたりの背景に、村の再開発問題と
村長の腹黒い計画がコミカルに語られる。
それはこの停滞したような村の生活が続くのも、
あと数年しかないという予感を感じさせるためだろう。
若い頃は自分の周りの生活が永久に変化しないと思っていても、そんなことはない。変わらないものなどないのだ。
同じ風景を見ても、5年もすれば同じに見えないことがある。
自分も知らないうちに変わっているのだ。

90年代香港映画に感じたノスタルジアは、
70年代の邦画に通じるものだった。
その雰囲気はこの映画に十分に感じるが、昔と違うのは、かなり意識して作り出していることを感じることだろうか。
なので本作にとっては、雰囲気は背景ではなく、
作品の中核になっている。
そのあたりが、きっと好き嫌いがわかれるかもしれない。
つまりストーリーはそれほど重要じゃないので、
骨太な映画見たい人は物足りないかな。

あと、アンビエント的な音楽がいい。けっこう耳に残るというか、『非情城市』のサントラ思い出した。
★★★