2021年5月30日日曜日

トゥルーノース

北朝鮮強制収容所 過酷な場所で生き抜く人々の真実の物語





TRUE NORTH


2020年/日本・インドネシア
監督・脚本:清水ハン栄治
出演:ジョエル・サットン、マイケル・ササキ、ブランディン・ステニス、エミリー・ヘレス
配給:東宝ビデオ 
上映時間:94分
公開:2021年6月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
HP:https://true-north.jp


●ストーリー 
 金日成体制下の北朝鮮・平壌で両親と暮らす幼い兄妹、ヨハンとミヒ。1960年代の帰還事業で日本から北朝鮮に移民し幸せに暮らす家族だったが、突然父が政治犯の疑いで逮捕。連座制により母子も突如、強制収容所に送還されてしまう。そこでの生活は過酷を極めるが、ヨハン一家は、母親を公開処刑で失ったインスと共に厳しい暮らしを生き抜いていく。母と妹は人間性を失わずに生きようとするのだが、ヨハンは次第に純粋で優しい心を失っていく。
 そんなある日、愛する家族を失うことがきっかけとなり、ヨハンは絶望の淵で生きる意味を考え始める。


●レヴュー 
 ある男性が、聴衆を前に静かに語り始める。「政治の話はしません。これは私の家族の物語です」。3Dアニメーションで描かれるこの物語は、金日成体制下の北朝鮮から始まる。主人公の小学生ヨハンは、両親と幼い妹と共に幸せに暮らしていた。彼らは、在日朝鮮人帰還事情で北朝鮮へ戻った家族。父は翻訳の仕事についていたようなのだが、監視社会の中、ある疑いをかけられ父は突然政治犯の疑いで連行され、一家の生活は一変してしまう。父はどこへ連行されたのかもわからず、母とヨハン兄妹は「管理所」と言われる「強制収容所」に収容される。

 極寒の地のそこでの生活は凄惨を極める。強制労働、食料不足、密告、拷問、公開処刑・・。物語はそこで生きていくしかなくなった家族の姿を描いている。強制収容所は監獄ではなく、家族は共に暮らすことはできるが、あてがわれるのは布団もないあばら家。さまざまな労働を強いられ、人が人として扱われることのない世界。人々は必死に生きる姿に胸をが締め付けられる。
 清水監督の情報収集と強制収容所を経験した脱北者らからの取材によって構成されて物語には、悲惨さと一緒に家族の愛や仲間との絆も語られる。捨て鉢になった主人公が、「誰になりたいかを自分に問いなさい」という母の言葉から自分を取り戻していく姿も描かれている。アニメーションは、凄惨な状況をリアルとフィクションを絶妙なバランスで表現されていて、観客に伝わりやすいものになっていると思う。この物語と作品の持つメッセージを考えれば、この手法は表現はある意味に成功していると思う。

 政治の話ではないと最初に語られて始まった物語。けれども、この作品は単なる感動物語であってはならないと思う。強制収容所は過去の話ではなく、今現在も存在し、多くの人々が人権を奪われた状態でそこに身を置いている。そして、このことは決して私たちと無関係ではない。隣国にあるその場所には、在日帰還者や拉致被害者もいると言われているのだから。

 「トゥルーノース」というタイトルには二つの意味が込められているという。一つはニュースでは報じられない、12万人以上が人権無く政治犯強制収容所に収容されているという「北朝鮮の真実」。そしてもう一つは、「人間として進むべき方向、真に重要な目的」という意味。本当に大切なのは、アニメーションで描かれたこの作品の世界から、私たちは想像力を働かせられるかで、正しい方向が何かを考え、行動することができるのかが問われていると思う。監督の意図するところ、この作品の本当の意味はそこにあるのではないだろうか。隣国の現実はずっと厳しいに違いない。筆者は、最後に映し出される強制収容所のリアルな衛星写真に現実を突きつけられた。(★★★加賀美まき) 

2021年5月24日月曜日

ベルリン・アレクサンダープラッツ

ドイツ文学の名作を現代に置き換え、大胆に脚色した3時間の大作。

スタイリッシュな画面に引き込まれる。

 


 


 

Berlin Alexanderplatz

2020年/ドイツ・オランダ

 

監督:ブルハン・クルバニ

出演:ウェルケット・ブンゲ、イェラ・ハーゼ、アルブレヒト・シュッヘ、アナベル・マンデン

配給:STAR CHANNEL MOVIES

公開日:2021520日よりMIRAIL(ミレール)Amazon Prime VideoU-NEXTにて有料(1500円)配信開始

上映時間:183

公式HPhttps://www.star-ch.jp/starchannel-movies/detail_048.php

 

 

ストーリー

アフリカから欧州の海岸に漂着したフランシス。生き残ったのは彼ひとりで、フランシスはこれを機会に正しい人間として生きることを神に誓う。しかし流れ着いたベルリンで、フランシスは知り合った麻薬の売人のドイツ人、ラインホルトの手伝いをするようになる。情緒不安定なラインホルトは、フランシスを支配することで心のバランスを保っていたが、フランシスはそれを友情だと信じる。やがてフランシスは、ラインホルトに手痛い目に遭う。


レビュー

2020年のドイツ映画賞で作品賞を含む5部門を受賞した話題作だ。

 

ドイツ文学の名作を現代に蘇らせたのは、アフガニスタン系ドイツ人のブルハン・クルバニ監督だ。1920年代の話を現代に、主人公をドイツ人からアフリカからの難民に置き換え、物語を再構築した。監督によれば、現在では社会の底辺にいる主人公を描くのには、難民の方がリアリティがあるからだ。

 

社会の底辺にいたり、犯罪を犯したりした者には、再び悪の誘惑が寄ってきやすい。

更生はなかなか難しいという話でもあるのだが、それを抜きにして僕は、主人公フランシスとこの物語では悪者になるラインホルトの関係がとてもスリリングで、最後までどうなるかハラハラして見てしまった。フランシスを愛する女たちが出てくるし、フランシスも女を愛するが、彼が依存しているのは女たちではなく、ラインホルトなのだ。

 

とにかくこのラインホルトという男が、観客の嫌悪感を一手に引き受けるようなゲスな男だ。

最初は麻薬組織でも下から数えた方が早いランクで、品がなくボスにも見下されている男として登場するラインホルト。

女を肉体的にしか愛せなく、人の嫌がることをしたがるかと思えば急に親切になる。相手が心を許せば支配したがる。そのくせ急にメソメソしだす。とにかく見ていて最低なやつだ。

 

フランシスも私たちと同じように、最初はラインホルトを嫌悪する。しかし、やがて自分にいいように解釈し、友情を感じるようになる。もっともその友情は一方通行で、周囲から見れば虐待を受けているようにしか見えない。男女のDV事件でこうした相互依存があるようだが、この二人の関係もそうした愛情関係に近いのだろう。フランシスは、支配は愛と勘違いしているのだ。

 

しかしラインホルトがフランシスを優遇するのは、自分にない“気品”や“誠実さ”を彼に感じ、フランシスが人に好かれる何かを持っているからだ。そんな存在を支配することで、自分が気持ちよくなれる。これは嫉妬でもあるが、歪んだ愛情でもある。だからフランシスが女性と付き合いだすと、嫉妬を覚える。だが、ラインホルトは、支配と虐待でしか、相手に愛情を示せない。そこには、2人は無意識なのだろうが、ホモセクシャル的な関係が見える。

 

スタイリッシュな撮影スタイルと寒色系の画面の色彩設計、音楽といったルックだけでなく、存在感のある俳優たちのアンサンブルも素晴らしい。残酷な話だが、ずっと画面を見ていたくなる美しさがある。

 

劇場公開がなく有料配信のみなのが残念。

ただし画像はきれいなので、3時間という長尺だが機会があったらぜひ家で見て欲しい。

 

(★★★★前原利行)

 

有料配信(1500円)MIRAIL(ミレール)Amazon Prime VideoU-NEXTにて

 

 

●映画の背景

原作は1920年代にアルフレート・デーブリーンにより書かれた『ベルリン・アレクサンダー広場』。

社会の底辺にいる元犯罪者フランツ・ビーバーコップが更生を誓いつつも、再び犯罪に手を染めて落ちていくという話で、20世紀ドイツ文学の名作といわれている。

1980年代にヴェルナー・ファスビンダー監督により、15時間に及ぶ長編TV映画化されてもいる(日本では特集上映やDVD販売)。