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2018年8月10日金曜日

ゲンボとタシの夢見るブータン

The Next Gardian
2017年/ブータン・ハンガリー

監督:アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー
配給:サニーフィルム
公開:8月18日(土)よりポレポレ東中野ほか全国ロードショー

■ストーリー

ブータンの小さな村に暮らす兄ゲンボ(15歳)と妹タシ(14歳)。ゲンボは悩みを抱えている。一族が代々受け継いできた寺院を引き継ぐために学校を辞め、戒律の厳しい僧院学校に行くように父親から薦められているからだ。タシは女子サッカーに夢中でナショナルチームへ行くことを夢みている。急速な近代化で変わりゆくブータン社会の中で思春期を迎えた子供たちの未来をみつめるドキュメンタリー。

■レビュー

ゲンボとタシの兄妹が実に魅力的だ。
二人は今どきの日本の中高校生のようにYoutubeやFacebookに興じ、まるで仲のよい親友同士のように、サッカーや可愛い女の子の話で盛り上がる。え?と思った方も多いだろう。兄弟ならまだしも、兄と妹が?と。タシは男っぽい女の子で、性同一障害(FtoM)の要素があるようなのだ。両親も「男の子の魂を持って生まれて来た」と、その辺は理解を示してるようだ。

一方、ゲンボは父親の期待を一心に背負っている。舞台となっているブムタンはブータン中部にあり、一族が代々受け継いできたチャカル・ラカンは8世紀初頭にまでルーツを遡る由緒ある古刹らしい。ゲンボとタシは600年前にその地に寺を建てた高僧ドルジ・リンパの子孫にあたる。父親は責任を感じていて、一刻も早く僧院学校に入学させ一通りの祭事を息子に教えたいと思っているが、母親は海外の訪問者を案内するための英語の勉強も必要だしそんなに急がなくても、と言って意見が合わない。ゲンボ本人も進路を決めかねているようで父親の問いかけにも無口だ。

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国家として「国民総幸福量:GNH」という理念を掲げるブータンだが、実は目標の数値を達成できないでいる。鎖国状態から1999年にTV放送とインターネットが同時に解禁され、2008年に立憲君主制に移行する新憲法が公布、ブータンは急激な近代化のただ中にある。物質主義ではない豊かさに価値を求めようとシステム化されたGNHだったが、皮肉なことに、国際化・近代化は多様な価値観、金=幸福の認識を広めてしまったため、人々の幸福度は下がってしまったようだ。

子供たちにとって何が幸せなのか。映画は結論を出さず、我々に問いかける。現代人にとって、目移りしてしまうほどたくさんの可能性があることは、ある種の不幸かもしれないと時に思ったりする。だが、これはすでに近代化を終えた側の身勝手な言い分に過ぎないかもしれない。伝統と近代化の問題は戦後アジア各国で未だに引きずっている問題だが、ゲンボと父親が下見に訪問した僧院学校の先生がとても現実的で理性的な意見を言うのが意外で安堵もした。ゲンボとタシは将来どういう選択をしていくのか。彼らの成長が気になるので、ぜひ続編を希望したい。
(カネコマサアキ★★★)

■関連事項
ブータン出身のアルム・バッタライとハンガリー出身のドロッチャ・ズルボーは、若手ドキュメンタリー制作プログラム「ドッグ・ノマッズ」で出会い、世界7つのドキュメンタリー・ピッチング・イベントに参加。国をまたがる6つの財団から資金を得て、完成にこぎつけた。その制作過程も興味深い。



「ゲンボとタシの夢見るブータン」ポレポレ東中野 公開記念ミニ・トークイベント・シリーズ 
8/18(土)12:20~上映後、監督&出演者ゲンボによる舞台挨拶(Skype)
8/20(月)19:10〜の回上映後 内山 拓/NHKスペシャル「秘境ブータン 幻のチョウを追う」
8/26(日)12:20〜の回上映後 松本 紹圭/浄土真宗本願寺派光明寺僧侶、一般社団法人お寺の未来代表理事  
8/29(水)19:10〜の回上映後 天城 靱彦/Tokyo Docs 実行委員会委員長
8/30(木)19:10〜の回上映後 関 健作/写真家、元ブータン日本人教師
9/2(日)12:20〜の回上映後 関野 吉晴/探検家、医師
9/3(月)19:10〜の回上映後 石川 直樹/写真家
9/5(水)19:10〜の回上映後 南 のえみ/Be Inspired! 編集者
9/7(金)19:10〜の回上映後 加部 一彦/埼玉医科大学総合医療センター小児科


8/25(土)& 8/26(日)大阪公開記念トークイベント
25日(土)12:20の回上映後にトーク ゲスト: 松尾 茜/元・ブータン政府観光局職員、現・京都大学大学院 地球環境学舎 持続的農村開発論分野
26日(日)12:20の回上映後 草郷 孝好/関西大学 社会学部 社会システムデザイン専攻 教授

9/1(土)「ゲンボとタシの夢見るブータン」 京都公開記念特別講演会
講師:熊谷誠慈/京都大学こころの未来研究センター
会場:出町座/時間:12:30〜の回上映後/劇場イベントページ



2016年10月11日火曜日

とうもろこしの島


人里離れた山間の川の中州に、とうもろこしを植えて収穫を待つ老人とその孫娘。しかしそこにも戦争の影が迫っていた




 Simindis Kundzli
2014

監督:ギオルギ・オヴァシュヴィリ
出演:イリアス・サルマン、マリアム・ブトゥリシュヴィリ
配給:ハーク
公開:917日より1111日まで岩波ホールにて公開中

●ストーリー

ジョージア(グルジア)西部のアブハジアで、独立を目指すアブハズ人と、それを阻止するジョージア人との間で紛争が起きていた。一方、戦争から遠く離れた山間の川では、毎年春先になると雪解け水によって川の中洲に島が生まれていた。今年もどこからかアブハズ人の老人が新しくできた島にやってきた。この土地では、そんな肥沃な土地でとうもろこしを作流のが習慣だからだ。老人は小屋を作り、土を耕して種をまく。戦争で両親を失った孫娘も一緒だ。ときおり、両軍の兵士たちが川をボートで行き来し、両岸でにらみ合うこともあるが、老人たちには関心を示さない。とうもろこしは成長していくが、老人たちはその畑の中で傷を負ったジョージア兵を発見する。


●レヴュー

1992年にジョージア(グルジア)で起きたアブハジア紛争を描く映画の連続上映の1本。もう1本は『みかんの丘』で、これも同時公開中だ。そちらでも解説したが、アブハジア紛争はソ連邦が解体してジョージアがソ連から離れていくと、ジョージア内の自治共和国がさらに分離していくという、独立の入れ子構造のような戦争だった。『みかんの丘』でも触れたが、この戦争は元は同じ国民が殺し合う救われない戦いだった。

しかしこの映画はそうした戦争の背景の説明を一切排し、登場人物にも主張をさせない。中洲にできた島にまず老人がやってきて黙々と小屋を建て始め、そこに孫娘が加わる。二人とも寡黙で、特に前半は会話もほとんどない(少女は話せないのかと思ってしまったほどだ)。そのため、この映画は時代背景もわからない、どこか現実離れした寓話の趣さえ見せるが、ときおり通り過ぎる兵士たちが外の世界と戦争の影を落としていく。

季節は進み、とうもろこしは成長して収穫の時期を待つ。その生命の力強さと対照的に、常に“死”の影を背負う兵士たち。しかし傷ついた兵士を目の前にすれば、老人はただ命を助けるだけだ。戦争は老人と子供しかいない世界を生む。孫娘が心動かされる相手は、もはや世界には傷ついた兵士しか残っていない。

両岸で睨みあう兵士たちがいる。とすればこの川の中州の島は、どちらにも属さない平和な世界だが、そこには老人と子供しかいない。そしてその存在すら許されないかのように、そんな平和さえも川の濁流が奪っていく。この世界に、もはや平和な場所は残っていないのか。しかし、翌年になればまた、新たな島が生まれ、そこにとうもろこしを植える男がやってくる。世界はまた同じことを繰り返していくのだろうか。

美しい自然の中で、生命を育むことと奪うことを描くこの寓話は、きっと多くのことを考えさせてくれるはずだ。(★★★☆前原利行

 

■関連情報


2015年ゴールデングローブ賞外国語映画賞ノミネート

2016年1月24日日曜日

サウルの息子


Saul Fia

アウシュヴィッツで同胞をガス室に送り込むゾンダーコマンドのサウルが、息子の遺体を埋葬するために奔走する。強い衝撃を与える、力強い作品。



2015
監督:ネメシュ・ラースロー
出演:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン
配給:ファインフィルムズ
公開:2016123日より新宿シネマカリテほか
上映時間:107分



●ストーリー


194410月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。ナチスが収容所のユダヤ人から選抜した死体処理に従事する特殊部隊“ゾンダーコマンド”の一員として、サウルは働いていた。労働力にならない女性、子供、老人をガス室に送り込み、残った衣服を処分して金品を集める仕事だ。しかしゾンダーコマンド自身も、数ヶ月後には同じように殺されてしまう運命だった。ある日、サウルはガス室で生き残った少年を発見する。その少年は目の前ですぐに殺されてしまうが、サウルは少年の死体を盗み出し、ラビ(ユダヤ教の聖職者)のもとで埋葬しようとする。少年はサウルの息子だった。


●レヴュー

まちがいなく、今年のベストテン級、いや、現在のところ暫定1位の作品。しかしすごく感動したとか、良かったということでは語れないほど、強烈な映画だ。映画が4DXでアトラクション化しているこの世の中だが、この映画は昔のテレビと同じスタンダードサイズ(ほぼ四角)ながら、どんな大作映画よりも臨場感がある。それはまるで自分がその日、アウシュヴィッツに放り込まれているかのような、最悪の体験だ。かといって直接的なグロいシーンがアップで映し出されるわけではない。狭い画面の中でさらにピントは画面の中央のサウルにしか合っていないシーンも多いが、それが画面の隅でものすごく恐ろしいことが起きていることをより想像させるのだ。「地獄というものがあるとすれば、これじゃなくてなんだろう」と考えながら、暗闇の中でスクリーンを見つめ、2時間の地獄巡りに耐えた。

映画はほとんどピンボケのような画面で始まる。やがてサウルの背中を映し出すが、最初は何の場面か分からない。まもなく、収容所に列車で着いたユダヤ人たちが裸にされ、ガス室に送り込まれる。扉が閉まり、やがて中から悲鳴が聞こえてくるが、カメラは扉の外で虐殺が終るのを待っているサウルの無表情な顔をとらえ続ける。中がどんなことになっているかは、観客の想像に委ねられている。シーンが切り替わり、血や汚物にまみれた床を掃除するサウル。脇には裸の死体が積み上げられていく。その日もサウルにとっては同じような日だったろう。しかしそれはある少年の死によって変わる。サウルは少年の遺体を盗み、何とか埋葬しようとするのだ。サウルは少年を「息子」というが、それも本当に息子なのか、息子に似ていただけなのか、それはわからない。

すべての行為が無駄に思える収容所内で、なぜサウルは生きることでなく、埋葬にこだわるのか。それはユダヤ教では復活に備えるため、火葬は禁じられているかららしい。収容所内では虐殺の証拠を消すため、火葬した灰は川に流してしまうのだが、そのためサウルは自分の身の危険を冒しても死体を運び、ラビを探す。こんな場所で埋葬することに何の意味があるのか、生きるのに必死の仲間たちは無視するが、サウルにはそれがすべてだ。

そのサウルの背後で、ゾンダーコマンドたちによる蜂起の計画が立てられている。僕も初めて知ったのだが、実際に107日、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所で武装蜂起が起こった。しかしそれはソ連軍が収容所を解放する3ヵ月前だった。また、映画の中で出てくるように、実際に隠し持ったカメラで収容所の様子が写されていたらしい。それは収容所で行われていることを、記録して伝えるという使命感からだったのだろう。ナチスは記録を残さないようにしていたからだ。

映画は終始息苦しい。そして収容所の中の状況は、いっそう絶望的になって行く。もし自分があの場にいたら? ネット上には「あれがオチ?」というコメントもあったが、ハリウッド映画しか見ていない人は、最後はアメリカ軍が助けにくると思っていたのだろうか。そういう意味では、見る人を選ぶ作品だろう。しかし、僕は心から、こんなことが二度と起きないようにと願わずにはいられない。今の世の中にあるちょっとした「差別」を見過ごし、再びこんなことが起きないためにも。必見。
★★★★前原利行


■関連情報

・第68回カンヌ国際映画祭グランプリ
・第73回ゴールデングローブ賞外国語映画賞
・第88回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート中