2020年3月7日土曜日

レ・ミゼラブル

Les Miserables
世界で各賞を受賞、パリ郊外の移民の街の1日半を描く問題作


2019年/フランス
監督:ラジ・リ
出演:ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、ジャンヌ・バリバール
配給:東北新社
公開:228日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマにて

●ストーリー
パリ郊外の街モンフェルメイユ。ここには住民の大半が移民や低所得者たちという団地があり、複数のギャング団がお互いに緊張関係にあった。その街に赴任して来た警官のステファンは、街を巡回しているうちに警官の威圧的な態度やそれに対する住民の怒りを感じる。
その日、少年たちの一人がサーカスからライオンの子を盗んだことから、グループ間の緊張が高まった。
ステファンたちは事件解決を試みるが、やがて取り返しのつかない事態に発展していく。


●レヴュー

新型ウィルス騒ぎで、映画館から客足が遠のいているこの時期に公開されるのがもったいない。カンヌ国際映画祭で『パラサイト 半地下の家族』と賞を争い、審査員賞を受賞するなど、世界各国で高い評価を得た作品で、見応え十分。落ち着いたら是非足を運んで欲しい作品だ。

冒頭はサッカーW杯に湧く2018年のパリ。 
20年ぶり2度目の優勝を果たしたフランスチームに興奮する人々。その中にこの物語の一部となる少年たちがいる。パリ中心部から電車やバスに乗って少年たちが帰るのは、郊外の街モンフェルメイユの団地だ。

モンフェルメイユは、ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台となった街で、映画のタイトルもそこから取られている。その郊外団地に住むのは貧しい移民たちだ。純粋な白人系と言えるのは、映画の中ではごく一部しか登場しない。
移民たちと言っても出自は様々で、アラブ系、ブラックアフリカ系、ムスリム、ロマの人々など。
彼らはギャングのようなグループのもとで、微妙な均衡を保って暮らしている。この団地では住民に高圧的な警官でさえ、地元グループの協力なしには治められないのだ。

かろうじて保たれている団地の平穏だが、真夏の暑さの中、ギャングにもコントロール不可の少年たちにより、物事はより悪い方向へと連鎖反応的に向かっていく。
貧しさの中、行き場のない彼らの主張は「怒り」しかない。見た目は白人ではない彼らだが、生まれたのはフランス。フランス語しか話せないものもいるし、フランス以外は知らない。しかし二級市民扱いされていることは確かだ。
社会から見捨てられたような彼らだが、それではどうすればいいのか。取り締まる側の警官の中にも、この団地で生まれ育った者がいる。暴力が日常の社会では、ギャングも警官も紙一重だ。

少年たちの怒りが爆発する、ラスト30分の緊迫感には圧倒されるだろう。スパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』、フェルナンド・メイレレス監督の『シティ・オブ・ゴッド』に匹敵するパワーだ。
本作はラジ・リ監督初の長編劇映画だが、ドキュメンタリー畑出身の生々しい演出は、観客がまるでその地区を歩いているような緊張感を与えてくれる。

行き場のない現状だが、本作の唯一の希望は冒頭のW杯応援シーンに現れている。その時、そこに集まった人たちは皆、フランス国民として連帯感が生まれていた。
一時的なものだが、そこにヒントはないかと示しているのだ。(★★★★前原利行


2020年3月5日木曜日

ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像


オークションにかけられた幻の名画。老いた画商が人生最後の勝負に挑む


2018
監督:クラウス・ハロ
出演:ヘイッキ・ノウシアイネン、ピルヨ・ロンカ、アモス・ブロテルス
配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス
公開:228日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか
公式HP: lastdeal-movie.com/
●ストーリー
長年仕事を優先し、家族をおろそかにしてきた老画商のオラヴィ。ヘルシンキで小さなギャラリーを営む彼の元に、音信不通だった娘から連絡が入る。問題を起こし、職業体験の引受先がない孫息子のオットーを預かってくれというのだ。その一方、オラヴィはオークションに出品されていたある男の肖像画に心を奪われていた。署名がないために安い価格がついていたその絵だが、オラヴィは妙にひっかかるものを感じたのだ。オットーと共に作者を探し始めたオラヴィは、その絵がロシア写実主義の巨匠イリヤ・レーピンの作ではないかと推測する。

●レビュー
イリヤ・レーピンを知っているだろうか。
世界史や美術史の本にはたいてい「ヴォルガの舟曳き」が掲載されるが、個人的には「イワン雷帝と息子イワン」が印象的だ。伝説を取り入れたこの絵では、抗議しに来た息子をイワンが癇癪を起こして杖で殴り殺してしまった直後を描いている。自分がしでかしたことに恐れおののく老人の恐怖の表情が、夜に見たらトラウマになりそうなぐらい怖い(ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」に匹敵する)。

イリヤ・レーピンはロシアの巨匠だが、その作品の多くがロシア国内にあるため、世界的にはあまり知られていなかった。晩年はサンクトペテルブルク郊外に住んでいたが、その地がフィンランドの独立とともに編入されると、高齢であることを口実に帰国することなく1930年に没した。やがてソ連=フィンランド戦争が起き、レーピンの住んだ地はソ連に編入される。

そのような経緯があるので、本作のような「幻の名画」の話も俄然現実味を帯びてくる。レーピンの晩年に描かれた絵がフィンランド内に残っていても不思議はない。それではなぜ署名がないのか。その謎を探る部分はミステリー仕立て、そしてそれを周囲に知られることなく落札する下りはサスペンスになっている。ただしそれはストーリーを進行させるためのもので、強く印象に残るのは、他人に対して愛情が薄かった仕事人間が年老いてようやく家族の大事さに気づくドラマ部分だ。

主人公のオラヴィは日本人でもいそうなキャラクターだ。仕事熱心といえば聞こえはいいが、自分のことにしか関心がないとも言える。不実ではないが、相手のことに関心がない。それは家族に対しても同様だ。
面倒なことを考えるより、仕事をしている方が楽と人生を過ごしてきた感がある。
そんな男が、この肖像画の購入を通して、今まで気がつかなかったものに気づくが、人生は残り少なかった。観ていてなんとなく、自分の父親とオーバーラップしてしまった。派手さ皆無の小品だが、こうした地味なドラマもなかなか良い。★★★前原利行