2021年10月31日日曜日

花椒(ホアジャオ)の味

父の死をきっかけに異母姉妹が出会い、それぞれの人生に向き合い成長していく物語



花椒之味 / Fagara


2019年/香港
プロデューサー:アン・ホイ、ジュリア・チュー
脚本・監督:ヘイワード・マック
出演:サミー・チェン(鄭秀文)、メーガン・ライ(賴雅妍)、リー・シャオフォン(李曉峰)、リッチー・レン(任賢齊)、ケニー・ビー(鍾鎮濤)、アンディ・ラウ(劉德華)
配給:武蔵野エンタテイメント株式会社
上映時間:118分
公開:2021年11月5日(金)より 新宿武蔵野館他全国順次公開
HP:https://fagara.musashino-k.jp

●ストーリー 
 疎遠になっていた、父(ケニー・ビー)が、突然倒れたと連絡を受ける。娘のユーシュー(如樹/サミー・チェン)は、会社から病院に駆けつけるが、もう亡くなった後で話すことも出来なかった。
 残された父の携帯から、自分の名に似た知らない名前を見つける。葬儀の日、台北からプロのビリヤード選手でボーイッシュな次女ルージー(如枝/メーガン・ライ)、重慶からオレンジの髪色で表情豊かな三女ルーグオ(如果/リー・シャオフォン)が現れ、初めて3人の異母姉妹が顔を合わせる。
 香港島タイハンにある、父が経営していた火鍋店「一家火鍋」の賃貸契約はまだ残っており、解約すれば違約金が発生する。従業員もいる。ユーシューは、父の店を引き継ぐことを決心する。しかし、火鍋のレシピは誰も知らず、常連客の望む“父の麻辣鍋”のスープが作れない。客足は少しずつ遠のく。ルージー、ルーグオも駆けつけ、姉妹はなんとか父秘伝の味を再現しようと奮闘するのだが。

             コピーライト: ©2019 Dadi Century (Tianjin) Co., Ltd. Beijing Lajin Film Co.,
                 Ltd. Emperor Film Production Company Limited Shanghai Yeah! Media
                 Co., Ltd. All Rights Reserved.


●レヴュー 
 父と疎遠になっていた娘ユーシューは、突然の父の他界に当惑する。そして、父の携帯電話から自分と似た文字の名前を見つける。「パパ、元気?」「最近どうしてるの?」父と彼女らの親しげなやり取り。そこで初めて、存在の知らなかった二人の妹がいることを知る。父の葬儀で初めて顔を合わせた三姉妹。香港の長女ユーシュー、台湾で暮らす次女ルージー、重慶に住む末妹ルーグオ、暮らす場所も境遇も違う三人だったが、すぐに打ち解け合う。父の店を手放したくないと感じたユーシューは、契約満了まで、父の火鍋店を受け継ぐことを決心。妹たちも手伝いに加わり、店は賑わいを取り戻していく。そしてさまざま悩みを抱えていた三姉妹も自身を見つめ直し、成長していく。そんな姿が秀逸な脚本で小気味よく描かれている。

 物語の軸となるのは、長女のユーシューで、父の死、妹たちとの出会いをきっかけに、自身と父との関係を振り返っていくことになる。場面は過去と現在を行ったり来たりしながら、三人の娘を持つことになった父の生き方も徐々に紐解かれていく。店を引き継つぎ、少しずつ父に近づく彼女だったが、看板メニューの火鍋(これがとにかく美味しそう)に使う香辛料のレシピがどうしてもわからない。そんな日々を送る中、父との思い出は、さまざまな気づきを与えてくれる。そして、火鍋の隠し味にも気づくのである。それは人生も同じ。彼女は自分にとって大切なもの、足りなかったもの、人生に必要なひと添えが何かを知るのである。

 一度は母を捨てた父を許せず、父に頑なな態度をとってきた長女、裕福な相手と再婚した母に反発しているボーイッシュでクールな次女、老いた祖母の面倒を見ながら暮らすファッショニスタで可愛い三女。三人三様の三姉妹をサミー・チェン、メーガン・ライ、リー・シャオフォンが着実に演じていて気持ちがいい。長女ユーシューを見守る二人の男性、元婚約者を演じるアンディ・ラウ、父と長女を繋ぐきっかけにもなった医師役のリッチー・レンの二人が流石に魅力的である。

 そして、もう一つの鍵となるのは、三姉妹が育った香港、重慶、台湾という三様の中国語圏の都市が登場するところだろう。火葬される父を送る時にかける三人の言葉はそれぞれ違っていた。火鍋の中で香辛料が混ざり合い、花椒が溶け込んでいるように、台湾そして、中国という巨大な国の中には、さまざま人々の日々の営みがあることを知らされる。本作は、香港は大きなうねりが起きる以前、2019年の作品である。(★★★☆加賀美まき) 


2021年10月29日金曜日

MONOS 猿と呼ばれし者たち


南米の4000m級の山上、そして低地のジャングル。ゲリラ組織の命令で人質を預かる少年少女たち。しかし次第にその団結は崩れていく。

 

 




原題:Monos

監督:アレハンドロ・ランデス

出演:モイエス・アリアス、ジュリアンヌ・ニコルソン

製作年:2021

製作国:コロンビア、アルゼンチン、オランダ、スウェーデン、ウルグアイ、スイス、デンマーク

配給:ザジフィルムズ

公開日:20211030日よりシアター・イメージフォーラムほか

上映時間:102

公式HPhttp://www.zaziefilms.com/monos/

 

ストーリー

雲を見下ろす4000m級の山上。壊れたコンクリートの建物で、“博士”と呼ばれるアメリカ人女性の監視と世話をしている十代の8人の若者たちがいる。反政府ゲリラの組織に属している彼らは「モノス(猿たち)」と呼ばれ、組織のメッセンジャーと呼ばれる男が定期的に人質と彼らの様子を確認している。そんな彼らの団結は、組織から預かった乳牛のシャキーラを仲間のドッグが誤って撃ち殺してしまうことで崩れる。リーダーのウルフは責任を感じて自殺。二番手のビッグフットは、死んだウルフに罪をなすりつけた。やがて、“敵”の襲撃を受け、モノスは人質を連れて低地の熱帯雨林に移動するが…。


レビュー

 

本作は南米で50年続いた内戦を下敷きにした映画だ。中南米の反政府ゲリラは、必ずしも庶民の味方とは限らず、単にその土地の利権を政府と争う武装組織ということもある。例えば、政府が反米ならば、武器や資金は米国から供与され、親米ならロシアなどの共産圏がお金を出す。中には政権を奪う気は最初からなく、最初から資金目当てで組織を立ち上げることもある。また、武力でその地域を制圧すれば、そこから出るお金を吸い上げることもできるし、資金源となる麻薬の原料の栽培だってできる。人的資源に関しては、時おり村を襲い、子供をさらって洗脳すれば良い。疑いを持たない子どもの方が、冷酷な兵士になるのだ。

 

人里離れた山頂付近で人質監視の任務を受けた、武装した8人の少年少女たち。他の世界を知らない彼らは、おそらくさらわれて兵士にされたのだろう。親兄弟もいない彼らは純粋に組織を信じ、命令に従う。大人になる前の年齢だが、リーダーのウルフとその恋人のレディのように男女の仲になるものもいる。

 

組織にとって彼らの一番の役目は、人質の監視だ。中南米では誘拐ビジネスが横行している。それはイデオロギーでもなく、生活の手段だ。この“博士”と呼ばれている米国人女性がどうしてさらわれたのかの説明はない。監禁が長期に及んでいるらしいことは伝わる。ただし、人質が弱ったり死んでしまったりしたら元も子もない。だから8人のモノスは、彼女をそれなりに大事にしている。それに人質がいなくなったら、彼らを結束させている目的はなくなる。彼らはやがて、人質は組織ではなく、モノスのものであると考えるようになる。

 

彼らの力関係はリーダーのウルフの死により崩れていく。次のリーダーとなったビッグフットが、事件の責任を死んだウルフになすりつける。しかしウルフの弟分だったランボーは気が収まらない。やがてモノスたちたちは今までの高みから下界の熱帯雨林へと拠点を移す。すべてがすっきりとしていた山上とは違い、ここでは木々によって視界は遮られる。湿気と虫が不快感を増す。そこで7人になったモノスもバラバラになっていくし、人質も脱出を計る。

Mono」はスペイン語では「猿」だが、ギリシャ語では「単体」を意味する。つまりモノスは「孤独な者たち」だ。

 

ジャングルで崩れた彼らの団結の行く末はどうなっていくのか。ようやく最後になって画面に登場する“街”で、人間らしく生きることはできるのか。

 

神話と現実世界が混在したような場所。そこには都市に住んでいる私たちが忘れてしまった物語がある。映像と音楽も素晴らしくに、それに浸るだけでもおすすめだ。

 

★★★★前原利行)

 

2021年10月24日日曜日

『夢のアンデス』

『光のノスタルジア』『真珠のボタン』に続き、巨匠パトリシオ・グスマンがチリの弾圧の歴史を描いた三部作・最終章



The Cordillera of dreams
2019年/チリ・フランス
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
配給:UPLINK
上映時間:85分
公開:岩波ホールで公開中。全国順次公開

*岩波ホールでは『チリの闘い』三部作含むパトリシオ・グスマン監督作品が11/19(金)まで特集上映中。
https://www.iwanami-hall.com/movie/


●ストーリー

1973年9月11日、チリ。米国CIAの支援のもと、アウグスト・ピノチェトの指揮する軍部による軍事クーデターが起きた。民主的選挙によって選出されたサルバドール・アジェンデの社会主義政権を武力で覆したのだ。ピノチェト政権は左派を根こそぎ投獄し、3000人を超える市民が虐殺された。
監督のパトリシオ・グスマンはアジェンデ政権とその崩壊に関するドキュメンタリー『チリの闘い』(77~79)撮影後、政治犯として連行されるも、釈放。フィルムを守るため、パリに亡命した。
「2度と祖国で暮らすことはない」と話すグスマン監督が『光のノスタルジア』(10)『真珠のボタン』(15)に続き、チリの歴史的記憶を探る三部作最終章。

●レヴュー

冒頭、サンチアゴの街並みから、アンデス山脈の山々を捉える空撮映像の美しさに息を呑む。
『光のノスタルジア』(10)ではアタカマ砂漠にあった収容所で亡くなった人々を、『真珠のボタン』(15)ではパタゴニアの海底に沈められた行方不明者たちを扱い、1990年まで続いたピノチェト政権の弾圧で死んでいった同胞たちの記憶を、古代や先住民の歴史と重ねて考察していた。三部作最終章は、チリ人の精神的支柱であるアンデスの山々を土台にして、ピノチェト政権後のチリを生きてきた人々にスポットを当てる。

インタビューに登場するのは、アンデスの原材料を使って作品を制作する彫刻家のビセンテ・ガハルドとフランシスコ・ガシトゥア。作家であるホルヘ・バラディッドは、現代チリのピノチェト政治の継続性について語る。強権的で新自由主義的な振る舞いは今も変わらないと言う。音楽家のハビエラ・パラは、子供の頃に目撃した暴力の思い出を話す。

中でも興味深かったのは、映像作家であり、アーキビストでもあるパブロ・サラスのパート。1980年代以降、国家による暴力行為を記録し続けている人物だ。国外から祖国を見つめるグスマン監督とは対を成すような存在のように見える。「記録することで、どんな時代だったのか次の世代に伝えたい。二度と過ちを繰り返さないために」とテープや機材で山積みになった部屋で想いを語る。80年代のデモ隊行進の姿から、国家警備隊(カラビネーロス)が警棒で人々を殴打する場面、市街での隠し撮りなど、彼の撮りためた粗い粒子のビデオ映像が生々しく雄弁にその悲劇を伝える。それは、学生時代に読んだガルシア・マルケスの『戒厳令下チリ潜入記』(86)を不意に思い出させた。

サンチアゴの街を俯瞰しながら「できることなら、数十年前に戻って一軒家を建てて住みたかった」とポツリと吐露するグスマン監督。祖国に対する夢と現実の複雑な思いも伝わってくる。アンデス山脈の岩肌に見る自然の強固な不変性。移ろいゆく人間の営み。隕石が見せる宇宙的時間。過去と未来を見据えたその詩的とも言えるドキュメンタリー手法は今回も健在だが、その孤高のスタイルは故郷喪失者ゆえに生み出されたものではないか、と改めて思う。

(★★★カネコマサアキ)


●関連情報

第73回カンヌ映画祭・最優秀ドキュメンタリー賞(ルイユ・ドール賞)受賞

*『光のノスタルジア』『真珠のボタン』については好評既刊「旅シネ 2000-2019 映画で旅する世界 21世紀のワールドシネマ」でも取り上げています。そちらも是非ご覧ください。