2021年10月24日日曜日

『夢のアンデス』

『光のノスタルジア』『真珠のボタン』に続き、巨匠パトリシオ・グスマンがチリの弾圧の歴史を描いた三部作・最終章



The Cordillera of dreams
2019年/チリ・フランス
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
配給:UPLINK
上映時間:85分
公開:岩波ホールで公開中。全国順次公開

*岩波ホールでは『チリの闘い』三部作含むパトリシオ・グスマン監督作品が11/19(金)まで特集上映中。
https://www.iwanami-hall.com/movie/


●ストーリー

1973年9月11日、チリ。米国CIAの支援のもと、アウグスト・ピノチェトの指揮する軍部による軍事クーデターが起きた。民主的選挙によって選出されたサルバドール・アジェンデの社会主義政権を武力で覆したのだ。ピノチェト政権は左派を根こそぎ投獄し、3000人を超える市民が虐殺された。
監督のパトリシオ・グスマンはアジェンデ政権とその崩壊に関するドキュメンタリー『チリの闘い』(77~79)撮影後、政治犯として連行されるも、釈放。フィルムを守るため、パリに亡命した。
「2度と祖国で暮らすことはない」と話すグスマン監督が『光のノスタルジア』(10)『真珠のボタン』(15)に続き、チリの歴史的記憶を探る三部作最終章。

●レヴュー

冒頭、サンチアゴの街並みから、アンデス山脈の山々を捉える空撮映像の美しさに息を呑む。
『光のノスタルジア』(10)ではアタカマ砂漠にあった収容所で亡くなった人々を、『真珠のボタン』(15)ではパタゴニアの海底に沈められた行方不明者たちを扱い、1990年まで続いたピノチェト政権の弾圧で死んでいった同胞たちの記憶を、古代や先住民の歴史と重ねて考察していた。三部作最終章は、チリ人の精神的支柱であるアンデスの山々を土台にして、ピノチェト政権後のチリを生きてきた人々にスポットを当てる。

インタビューに登場するのは、アンデスの原材料を使って作品を制作する彫刻家のビセンテ・ガハルドとフランシスコ・ガシトゥア。作家であるホルヘ・バラディッドは、現代チリのピノチェト政治の継続性について語る。強権的で新自由主義的な振る舞いは今も変わらないと言う。音楽家のハビエラ・パラは、子供の頃に目撃した暴力の思い出を話す。

中でも興味深かったのは、映像作家であり、アーキビストでもあるパブロ・サラスのパート。1980年代以降、国家による暴力行為を記録し続けている人物だ。国外から祖国を見つめるグスマン監督とは対を成すような存在のように見える。「記録することで、どんな時代だったのか次の世代に伝えたい。二度と過ちを繰り返さないために」とテープや機材で山積みになった部屋で想いを語る。80年代のデモ隊行進の姿から、国家警備隊(カラビネーロス)が警棒で人々を殴打する場面、市街での隠し撮りなど、彼の撮りためた粗い粒子のビデオ映像が生々しく雄弁にその悲劇を伝える。それは、学生時代に読んだガルシア・マルケスの『戒厳令下チリ潜入記』(86)を不意に思い出させた。

サンチアゴの街を俯瞰しながら「できることなら、数十年前に戻って一軒家を建てて住みたかった」とポツリと吐露するグスマン監督。祖国に対する夢と現実の複雑な思いも伝わってくる。アンデス山脈の岩肌に見る自然の強固な不変性。移ろいゆく人間の営み。隕石が見せる宇宙的時間。過去と未来を見据えたその詩的とも言えるドキュメンタリー手法は今回も健在だが、その孤高のスタイルは故郷喪失者ゆえに生み出されたものではないか、と改めて思う。

(★★★カネコマサアキ)


●関連情報

第73回カンヌ映画祭・最優秀ドキュメンタリー賞(ルイユ・ドール賞)受賞

*『光のノスタルジア』『真珠のボタン』については好評既刊「旅シネ 2000-2019 映画で旅する世界 21世紀のワールドシネマ」でも取り上げています。そちらも是非ご覧ください。