2021年11月9日火曜日

茲山魚譜 チャサンオボ

生きる意味を追い求めた師弟の、実話を基に描いた感動の物語



자산어보/The Book of Fish


2021年/韓国

監督:イ・ジュニク

脚本:キム・セギョム

出演:ソル・ギョング、ピョン・ヨハン

配給:ツイン

上映時間:126分

公開:2021年11月19日(金)より 新宿武蔵野館他全国順次公開

HP:https://chasan-obo.com


●ストーリー 

 19世紀初頭の朝鮮王朝時代。22代国王正祖の没後、天守教(キリスト教)が弾圧され、信者たちが迫害を受けていた。有能な学者で、天主教信者でもあった、丁三兄弟の長兄・若銓(ヤクチュン/ソル・ギョング)も最果ての黒山島に流罪となってしまう。

 豊かな海と自然に恵まれた島で海の生物の魅力に目覚めた彼は、庶民のための海洋学書を著したいという新たな目標を見つける。そして島で最も海の生物に詳しいが、貧しく学問への欲求を満たせない若き漁師昌大(チャンデ/ピョン・ヨハン)と出会い、二人は友情を築いていく。



●レヴュー 

 『茲山魚譜』とは、19世紀初頭の朝鮮時代、優れた学者であった丁若銓(チョン・ヤクチュン)によって書かれた海洋生物の博物誌。その序文に、魚や海藻などに詳しい昌大(チョンデ)という青年の助言によって完成されたと記されている。本作は、その実話に基づく物語である。


 主人公の一人、丁若銓。優れた学者だったが、天主教徒への厳しい弾圧によって黒山島に配流となってしまう。最果ての島は決して豊かではなかったが、素朴な島民たちは彼を温かく迎え入れる。美しい自然に囲まれた島で日々を送る中、海の生物への興味を掻き立てられた若銓は、わかりやすい博物誌を記したいと思うようになる。だが情報は乏しく、一筋縄ではいかない。

 もう一人の主人公は漁師の青年、昌大で、海の生物の知識を人一倍豊富に持っていた。優れた能力があったが、暮らしは貧しく、島では新しい本を手に入れることもできない。両班の父に認められずに育った彼は、向学心を満たすことも島から出ることもできずにいた。若銓は学問を教える代わりに、昌大に海の知識を教えて欲しいと協力を持ちかける。そうして、身分を超えた二人は互いを必要として師弟の絆を深めていく。その出会いと行末が、島のゆったりと流れる時間に身を任せるように訥々と描かれている。

 

 その二人を演じる、ソル・ギョングとピョン・ヨハンが見事。意外にも本作が時代劇初出演というソル・ギョングの上手さは言うまでもないが、島で生きることになり、その後『茲山魚譜』を書き上げた老練な学者を粛々と演じている。時にはお茶目な姿も見せる演技は、至高の境地にも思える。

 そして、ピョン・ヨハン。大ヒットドラマ『未生(ミセン)』で広く知られるようになり、その後は幅広い役柄、硬軟どちらもこなせる注目の若手俳優である。ソル・ギョングに一歩も引けを取らない演技で、向学心を持ち、島から出たいという野心を持ち合わせた青年を鮮やかに演じ精彩を放っている。

 自然豊かな島の情景も印象深い。撮影は、朝鮮半島南西端の島々で行われ、全編モノクロの映像が美しく、あたかも色があるような錯覚に陥る。色彩に目を取られないからだろうか。実力のある演者たちに恵まれ、演技の一挙手一投足に注視し、物語に吸い込まれる。厳しい状況下でも信念を持ちつづけた二人の主人公を揺るぎなく演じた二人の俳優。その相乗効果が、この物語を秀逸な作品にしていると思う。

 

 本作で登場する丁三兄弟は、朝鮮王朝時代の最大勢力「老論派」の対抗勢力で、実学を重んじる「南人」の一族。映画やドラマでは、22代王・正祖の側近で稀代の実学者、末弟・若鏞(ヤギョン)にスポットが当たることが多いのだが、本作の主人公、長兄・若銓の存在、天主教の迫害によって殉死した次兄・若鍾(ヤクチョン)ついては初めて知ることができた。若鏞が配流された全羅南道康津の茶山草堂や白蓮寺でもロケが行われている。「茲山」は「茲」は「黒」を意味しているそうで、「黒山」への畏れの気持ちから『茲山魚譜』と記したという。(★★★★加賀美まき)