リアルなシリアルキラーの姿を見せてくれる。おぞましいが画面から目を離せない実録犯罪ドラマ
2019年
監督:ファティ・アキン(『ソウル・キッチン』『女は二度決断する』)
出演:ヨナス・タスラー、マルカレーテ・ティーゼル
配給:ビターズエンド
公開:2月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館
●ストーリー
1970年代のハンブルグ。
屋根裏部屋にひとりで住むフリッツ・ホンカは、しがない労働者だ。
彼は行き場をなくした人々が集まるバー「ゴールデングローブ」で酒を飲み、店にやってくる売春婦に声をかける。
しかしホンカの相手をしてくれるのは、老人とも言える年老いたアル中の女性だけだった。
歯並びは悪く斜視という見かけの上、人と会話もできず、暴力的な行動を取ってしまうホンカ。
彼は誰からも気に止められない男だったが、大きな秘密があった。
彼の部屋には殺してバラバラにされた女性たちの遺体が隠されていたのだ。
●レヴュー
昨年は『ハウス・ジャック・ビルト』というシリアルキラーを描いたトラウマ級のおぞましい傑作があったが、あれはフィクション。
殺される人もある意味映画的だったが、こちらは実際に1970年代にドイツのハンブルグで起きた、連続売春婦殺人事件を元にした実話の映画化だ。
そしてこちらもトラウマ級のいやーな映画だ。
なのでインパクト大だが、見る人を選ぶだろう。
映画はシリアルキラーであるホンカの行動をひたすら追うが、彼の内面はわざと描かない。
なのでなぜ彼がこういう人格になったのかは、見るものの想像に任せている。
その代わり彼に殺される運命になる老娼婦たちの側の痛みは、嫌という程伝わってくる。
老いて、彼女たちを買う男もおらず、家族からも相手にされなくなり、一杯の酒を求めて酒場にやってくる。
そして殺人鬼の手にかかり殺されて、バラバラにされるが、誰も彼女たちがいなくなったことも気にかけない。
映画が始まってまもなく最初の殺人の様子をカメラがとらえる。
死体を布に包み、階段をゴトゴトと無造作に引き摺り下ろすが、目立って人に見られてしまう。
そこで死体をのこぎりで切ってバラバラにして運びやすくするのだが、計画性のないホンカはそれを近くの公園に捨ててしまう。
まもなく死体は発見されニュースになり、ホンカはそれ以来、死体を屋根裏の自分の部屋に隠すようになる。
防腐処理を施すわけではないので、夏には悪臭が漂う部屋になる。
彼の部屋に来た者は皆一様にその悪臭に顔をしかめるが、ホンカはその部屋で寝起きし、飯を食い、女を犯し、そして殺す。
映画はホンカを通して事件を描くが、ホンカの内面は見せないので、私たちは常にホンカを外側から見ることになる。
ホンカは見た目も中身も下品で最低な男だ。
飲み屋で隣に座っていても、友達にはなりたくないし、女からすれば彼氏になんて夢にも思わない男だ。
そしてコミュニケーション下手で、言葉で女を気持ちよくさせることはできず、少しでも女が寄ってきたら暴力的に犯すことしか考えない。
そんな社会の底辺にいる男が殺すのは、同じ、いや、さらに底辺にいる女性たちだ。
まさに地獄。
予告やチラシに使われているような、若くて美しい女性ではなく、年老いて醜い体型をさらしているような女性たちが殺されていく。
なんとかここまで生きてきた人生の最後が、こんなのでは地獄すぎる。
そんな陰惨な話だが、語り口は重々しいアート系ではなく、時にはコミカルであったり、時にはサスペンス映画のようであったりと、なかなかうまい。
そして「あー、このままだと殺されちゃうな」というこちらの予想(期待)を裏切る展開はうまい。
つまりホンカは殺しでさえ、自分の望む女を手に入れることができないのだ。
また、本筋と関係ないバーに集まる人々や脇役のキャラの描き方もなかなかよく、みなそれぞれの人生が垣間見えるようになっている。
それぞれが懸命になんとかここまで生きてきた。その結果がこれなのか?
あとはアルコール依存の恐ろしさ。
劇中、一回だけホンカが事故をきっかけにアルコール断ちし、仕事にも復帰して社会的には真面目に生きて行くのだが、それが崩れてまた元の世界に戻ってしまうあたり。
あれ、怖い。“ほどほどに呑む”ができない人もいるのだ。
社会の底辺ということで、昨年大ヒットした映画『ジョーカー』とも共通点があるが、あちらはやはりハリウッド映画なので、「ジョーカー=アーサー」を魅力的に描いているが、こちらは誰も共感を感じないだろう。
そこに、より冷静な視点があると思う。
問題を提起して煽るのではなく、「これは何なんだ」と観客が考える。
『ジョーカー』よりも大人の映画だが、その分、毒も強い。
監督は『愛より強く』『女は二度決断する』など国際的にも評価が高いドイツ人監督のファティ・アキン。
(★★★★前原利行)