2021年4月22日木曜日

ハイゼ家 百年

東ドイツ出身のドキュメンタリー作家が家族の遺品から紡ぎ出す、 
全5章218分のファミリーヒストリー



Die Heimat ist ein Raum aus Zeit
2019年/ドイツ、オーストリア
監督・撮影:トーマス・ハイゼ
配給:サニーフィルム
上映時間:218分
公開:4月24日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国劇場公開

●ストーリー

旧東ドイツ出身の映画監督トーマス・ハイゼ。その家族が19世紀後半から保管してきた遺品〜書簡・日記・写真・音声記録をコラージュし、ハイゼ家が歩んだ来た激動の百年を監督自らの語りで綴る。

●レヴュー

「戦争は本当に恐ろしい。家畜も牛飼いも叩きのめす」
1912年3月19日に書かれたヴィルヘルム・ハイゼ14歳の作文だ。ヴィルヘルムは監督の祖父にあたる人物。作文の戦争は何を指してるのか。第一次世界大戦の勃発はその2年後なので、14歳の少年にしては想像力が長けている感じがするが、その後のハイゼ一族の波乱万丈を予見するような内容にも見える。
                    
ヴィルヘルムは成長すると教師となり、ウィーン出身のユダヤ人の娘で彫刻家のエディトと知り合い、結婚する。そして二人の子供を儲ける。家庭的な幸せの絶頂とは裏腹に、社会は混迷を深めていく。1933年、ナチ党が政権を取った翌年、ヴィルヘルムは突如、教師の職を解かれる。妻エディトとの「混血婚」が問題とされたのだ。
「私は40歳、財産もない、子供は10歳と11歳…」国務大臣に対して公務員法第6条の措置を適用しないでほしい、という嘆願書の下書きが残されている。走り書きだが、幾度も書き直している様子に焦燥感が窺える。さらに胸を締め付けられるのが、妻エディトのウィーンにいる両親や親戚との手紙のやり取りだ。「私たちを助ける手段があるのなら、何とかしてほしい、もし迷惑でないのなら…」緊迫の度合いが伝わってくる。親戚たちが次々とユダヤ人収容所へ送られていくのだ。

第2章は、ロージーという女性の日記から始まる。監督の母親に当たる人物だ。彼女は恋多き女性のようだが、その後、ヴィルヘルムの長男で哲学者のヴォルフガングと知り合い結婚する。(つまり監督の両親である)終戦後、東西ドイツが分裂し、東ドイツの生活が書簡の中で語られる。1961年、労働力の西側への流出を避けるため作られた「ベルリンの壁」。その建設自体が、今まで理想的で順調にみえた「社会主義」の翳りを見せ始める。ヴォルグガングはフンボルト大学で副学長まで上り詰めたが、反体制知識人のかどで辞めさせられてしまう。

第3章はヴォルフガングと反体制派知識人たち〜ヴォルフ・ビーアマン、ローベルト・ハーヴェマン、ハイナー・ミュラー、クリスタ・ヴォルフとの交流が描かれる。のちに明かさられることになる秘密警察(シュタージ)の暗躍や陰の協力はこの時期の出来事だ。
第4章で、ようやくトーマス・ハイゼ監督本人の回想が語られる。廃屋の映画館のエピソードから始まり、1989年のベルリンの壁崩壊前夜の雰囲気がリアルに伝わってくる。壁を壊す華やかで象徴的なシーンを描かないところがこの監督らしさだ。
                   

ハイゼ家三代の物語の重厚感に思い出したのは、北杜夫の小説『楡家の人々』だ。大正から昭和の激動期に精神病院を経営する自身の家族をモデルにしたこの小説は、トーマス・マンのノーベル文学賞の契機となった『ブッデンブローク家の人々』に影響を受けたといわれている。同国出身のハイゼ監督も企画の参考にしてるのかもしれない。
ドイツ語原題は、Die Heimat ist ein Raum aus Zeit(故郷とは時間からなる空間である)。縁のある場所を撮ったと思われるモノクロの静謐な映像が、歴史という深い井戸を想像させ、底の方から徐々に光に向かって這い上がっていくような印象をもたらす。また、それぞれの時代に書き記された”言霊”が思いのほか生々しく響いてくる。語るのはハイゼ家の末裔である監督自身。全体的にクールな印象だが、歴史の教訓ばかりではなく、一族が命を紡いできたこと、生き延びてきたことへの祝福をも感じるドキュメンタリーだった。

(★★★★カネコマサアキ)


●関連情報

第69回ベルリン国際映画祭フォーラム部門最高賞カリガリ賞
ドイツ映画批評家賞2020 最優秀ドキュメンタリー賞