2022年1月23日日曜日

国境の夜想曲

9.11から20年。戦争に翻弄され、分断された地域で生きる人々を捉えたドキュメンタリー


NOTTUR

2020年/イタリア・フランス・ドイツ
監督:ジャンフランコ・ロージ
撮影・音響:ジャンフランコ・ロージ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:104分
公開:2022年2月11日(金・祝) Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
HP:https://bitters.co.jp/yasokyoku/


●ストーリー

 イラク、シリア、レバノン、クルディスタン国境地帯のどこか。まだ薄暗い明け方、掛け声を発してランニングする兵士たちの隊列が続く。壁がそびえ立つ大きな建物の中で、女性たちが亡き家族の痕跡を探して嘆き悲しむ。一台のストーブを囲み暖を取る女性兵士たち・・。精神科病棟の患者たち、ハンターのガイドをする少年、悲惨な記憶を語る幼い子どもたち・・。さまざまな人々の生きる様がそこにはあった。


●レヴュー 

 本作は、ジャンフランコ・ロージ監督が、イラク、クルディスタン、シリア、レバノンの国境地帯を撮ったドキュメンタリー。監督は、通訳も伴わずにひとりでこの地を周り、3年以上の歳月をかけて撮影を続けたという。2001年の9.11米同時多発テロ、2010年のアラブの春以降、この国境の地を取り巻く情勢は混沌を極め、紛争の結果、多くの犠牲者を出し、今もなお根深い痛みを残している。兵士、家族を死を哀悼する女性たち、精神を病んだ者。囚人。生計を得るために漁に出る人、残虐な行為を目の当たりにした子どもたち。監督はそうした人々の姿をモザイクのようにつなげ、この地の有り様を私たちに伝えようとしている。

 監督はその地に浸り切り、そこで生きる人々に寄り添ってカメラを回してきたのだろう。厳しい境遇でも人々には日常があり、そのありのままを捉えてきた映像は、私たちに多くのものを投げかけてくれる。だが、この作品にはテロップやナレーションなど一切の説明がなく、この地に関する僅かな知識を辿ってみても、どこで起こっていることなのか残念ながら何もわからない。荒野の丘で見張りに立つ女性兵士の姿、乾いた草原でハンターのガイドをする少年、薄明かりの向こう側で銃声が轟き、閃光が上がる情景。囚人服の鮮やかなオレンジ色が目に焼き付けられる。瞭然と紡がれる映像には詩情が感じられとても美しいのだが、その印象だけが強く残ってしまう。

 前作の『海は燃えている イタリア最南端の小さな島』は、明確な視点で難民問題を捉えたドキュメンタリーで、ベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞するなど高い評価を受けている。ロージ監督は今回は紛争の原因、宗教的・領土的な問題、政治の問題を追求することを目的とはしていないと語っている。本作の手法は新しい見せ方だと思うのだが、この映像の背景を知らずに観ることはできないのではないかと感じてしまう。遠く離れた場所にいる私たちは、どう見るべきなのだろうか、美しい映像に惹きつけられるほどに、それで終わっていいはずはないという歯痒さが残る。

 映像に登場した子どもたちのことが頭から離れない。悲惨な体験を語る子どもたちの心、家計を支える幼い少年の日々、難民キャンプの子どもたちの姿、何者かに連れ去られた少女は無事なのだろうか。こうした紛争の一番の犠牲者は子どもたちだ。夕闇の情景も多く、原題の『NOTTURNO』はイタリア語の「夜想曲・ノクターン」「夜」。この作品のイメージするところとよく合致していると思うのだが、やがて夜は明け、希望の光は見出せるのか。人それぞれの見方が問われる作品だと思う。(★★★☆加賀美まき)