2020年8月6日木曜日

シチリアーノ 裏切りの美学

組織に忠誠を誓った男は、何故「血の掟」を破り政府に寝返ったのか

シチリア・マフィア史上の驚くべき実話を映画化



IL TRADITORE


2019年/イタリア、フランス、ブラジル、ドイツ


監督:マルコ・ベロッキオ

脚本:マルコ・ベロッキオ、ルドヴィカ・ランポルディ、ヴァリア・サンテッラ、

   フランチェスコ・ピッコロ

出演:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、マリア・フェルナンダ・カンディド、

   ファヴリツィオ・フェラカーネ

配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス

上映時間:145分

公開:2020年8月28日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、

   Bunkamuraル・シネマ他 全国公開

HP:https://siciliano-movie.com


●ストーリー 

 1980年代初頭、シチリアでは、マフィアの全面戦争が激化していた。パレルモ派の大物トンマーゾ・ブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)は、抗争の仲裁に失敗しブラジルに逃れるが、残された家族や仲間達はコルレオーネ派の報復によって次々と抹殺されていった。

 その後、ブラジルで逮捕されイタリアに引き渡されたブシェッタは、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事(ファウスト・ルッソ・アレジ)から捜査への協力を求められる。麻薬と殺人に明け暮れ、堕落した犯罪組織となったコーザ・ノストラに失望していたブシェッタは、固い信頼関係で結ばれたファルコーネに組織の罪を告白する決意をするが、それはコーザ・ノストラの“血の掟”に背く行為だった。


●レヴュー 

 1980年代のイタリア、シチリアのパレルモは、ヨーロッパ中の麻薬が集まり犯罪の巣窟と言われるような場所。その地を牛耳るのが「コーザ・ノストラ」というマフィアの一大組織だった。そのファミリーの1つ、パレルモ派の大物が実在したマフィア、トンマーゾ・ブシェッタでこの物語の主人公。のちに司法当局に協力し、その情報提供によりマフィアは掃討されることになる。


 冒頭は、美しい海を臨む豪邸にコーザ・ノストラの2つのファミリーが集う、ゴージャスなパーティーのシーン。表向きは均衡を装っているが、その裏では血を血で洗う抗争が続いていた。前半はブシェッタが組織から離れ、海外に潜伏、その後捕まってイタリア政府に身柄が引き渡されるまでが描かれる。

 後半、ブシェッタはイタリアに移送され、マフィア撲滅に執念を燃やすファルコーネ判事と対面する。彼の説得に応じ、組織を裏切って全ての情報を当局に渡すことになる。マフィアは一網打尽にされ、彼の告白により457人が起訴され、360人が有罪となった歴史的な裁判シーンへ。大法廷で、マフィアたちは法廷を半円に囲むように分割された檻に入れられ、そこで繰り広げられる裁判の光景に驚かされる。81歳になる巨匠マルコ・ベッキオ監督は、独特の美学でブシェッタの姿とこの抗争劇を演出している。劇中、次々と殺されていく関係者。ブシェッタの息子たちも貶められ身内に無残に殺され、裁判が進む裏でもブシェッタに対する報復が繰り返される。判事も移動中に橋ごと爆破されて死亡する。抗争で死んだ人の数がカウントアップされていき、数字は最後に157に。この抗争がいかに激しいものだったか想像を絶するが、人の命がかくも軽く扱われるのかと思うと恐ろしく、実話を元に描かれているだけに、劇場的なこうした演出に少し胸が痞えた。

 

 原題の「IL TRADITORE」は、裏切り者の意味。トンマーゾ・ブシェッタを描く作品は、いままであまりなかったという。「血の掟」という固い絆で結ばれた組織の大物が自己の全てを投げ打って新生する。その結果がただの改悛なのか美学を持った裏切りなのか、それがあまり釈然としなかった。組織の全てを当局に渡した理由。それは彼が理想とする高潔なマフィアが、麻薬売買に依存する堕落したものになっていったからだろう。冒頭でブシェッタが思うマフィア像は既に崩れていて、彼の変化は、その時から始まっていたということになる。判事との間にどのようなやりとりがあり、ファミリーを率いていたほどの大物に起きた心境の変化の核心は何だったのだろうか。ブシェッタを演じるピエルフランチェスコ・ファヴィーノの存在感が光っていただけに、ブシェッタのそれまでに生き様や彼が理想とするマフィアの美学を見たかったと思う。実際をあまり知らない日本人だからかもしれないのだが。

 本作は2020年のイタリアアカデミー賞で作品賞や監督賞を含む最多6部門に輝いた。シチリアは、地中海の中央に位置し、歴史的にも要衝としてさまざまな民族の覇権争いの地となってきた場所。そこに存在してきた闇を、作品ではしっかりと照らし出している。今のシチリアを旅してみたいと思う。(★★★☆加賀美 まき)