2021年7月20日火曜日

親愛なる君へ

同性パートナーの遺児と母親の面倒をみるピアノ教師。
彼が犯した罪と贖罪をミステリー仕立てで描く。


親愛的房客/Dear Tenant
2020年/台湾
監督・脚本:鄭有傑
出演:莫子儀、姚淳耀、陳淑芳、白潤音
配給:エスピー・オー、フィルモット
上映時間:106分
公開:7月23日(金)シネマート新宿ほか全国順次公開
(レインボー・リール映画祭で先行上映)

●ストーリー

老女・秀玉(シウユー)の介護をしながら、その孫・悠宇(ヨウユー)の面倒を見ているピアノ教師の青年・健一(ジエンイー)。血の繋がりのない、ただの間借り人がそこまで尽くすのは何故か。彼らが今は亡き同性パートナーの残した家族で、そうすることが彼への何よりの弔いだからだ。
しかし、秀玉が急死すると、健一に疑いの目が向けられてしまう。警察の捜査により不利な証拠が次々と見つかり、健一はあっさりと罪を認めてしまうのだが…。物語は真相を明らかにしていく。

●レヴュー

この映画に流れてる通奏低音は「痛み」だろうか。
亡きパートナーの老母・秀玉は糖尿病を患っていて、しかも末期的症状で足が壊死しかかっている。老人は痛みに抵抗力が無くなり、我慢がきかず、時にわがままに振る舞う。この役で金馬助演女優賞を得た陳淑芳の演技と存在感が強烈な印象だ。この痛みは秀玉の痛みだけでなく、主人公健一の恋人を失った心の痛みであり、彼を助けられなかった呵責から来る痛みであり、その全てが集約され体現されているように見える。それゆえに、何としても彼女の痛みを、自分の痛みを、癒したいと思い麻薬を手に入れるのだ。

そして「痛み」という通奏低音に並走し和音となるのが「罪」である。
登場人物は多かれ少なかれみな罪を犯している。亡きパートナーが元妻を騙し、健一と付き合っていたこと。パートナーの兄が母親の面倒を見ずに上海へ渡ってしまったこと。悠宇が知らぬ間に犯した罪。そして健一の犯した罪。起訴された罪状では限りなく冤罪ではあるが、それ以外で大きな罪を犯していることが終盤で語られる。

ドラマはかなり込み入ったミステリー仕立てになっていて、それこそが人間の奥深さ、業の深さを物語るようだ。同性婚がアジアで初めて認められた台湾であるが、これで全てOKというのは早合点かもしれない。ジェンダーのアイデンティティは時と場合によっては揺らぐものだし、人の愛は長くは続かない。相続や親権の問題もヘテロの結婚制度と同じで、問題は常に生じるのだ。
同性カップルの出会いと蜜月をもっと甘く描いたり、子供・悠宇との信頼関係を強固に描いても良いと思うのだが、終始シビアな目線で描かれているのが特徴で、現実の厳しさを感じさせる。

主人公たちが暮らす戸建てのビルはあの基隆港を展望できる立地にあり、その雰囲気も印象的だ。原題は『親愛的房客/Dear Tenant』で”親愛なる間借り人”という意味だが、この言葉は恐らく老母・秀玉から発せられたものだろう。中華映画のクラシックに『七十二家房客』(1963,1973)という作品がある。家主が間借り人たちを追い出そうと騒動になる物語だが、華人たちはこのストーリーが頭の片隅にあるかもしれない。最初は秀玉にこの悪どい家主を重ねるだろうが、のちの彼女の選択に意外性を持って見終えるに違いない。そして人を評価するのにLGBTQのセクシュアリティは全く関係ない、と気づくのだろう。

(★★★☆カネコマサアキ)

●関連事項

第57回台湾金馬獎 最優秀主演男優賞 最優秀助演女優賞 オリジナル音楽賞受賞
第22回台北映画獎 最優秀主演男優賞