2022年2月18日金曜日

リング・ワンダリング

 絶滅したニホンオオカミの作画に悩む漫画家志望の青年が、東京下町の古層に迷い込む幻想奇譚


2021年/日本

監督:金子雅和

出演:笠松将、阿部純子、片岡礼子、品川徹、田中要次、安田顕、長谷川初範

配給:ムービー・アクト・プロジェクト

上映時間:103

公開:219日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開

HP:https://ringwandering.com/




ストーリー


東京の下町。漫画家を目指す草介は、建築現場でアルバイトしながら自らの漫画制作に励んでいるが、絶滅したニホンオオカミの作画に行き詰まっていた。ある日、建築現場で動物の頭骸骨を見つけたその夜、白い犬を探しているという不思議な娘・ミドリと出会う。足をくじいたという彼女をおぶって、神社を通り過ぎ、草介は彼女の家族が営む川内写真館を訪れる。


●レヴュー


日本映画といえば、去年から今年にかけて『ドライブ・マイ・カー』の話題が席巻中だが、その影に隠れて、もう一つ大きなトピックがあった。本作『リング・ワンダリング』がゴアで毎年開催される「第52回インド国際映画祭」で金孔雀賞(グランプリ)を獲ったニュースだ。これは、今井正監督『あにいもうと』(第6回)、降旗康男監督『鉄道員』(第31回)に続く快挙だ。あの、アマゾン先住民の記憶に迫った『彷徨える河』のシーロ・ゲーラ監督が審査員を務めていたというのも、功を奏したのかもしれない。


ニホンオオカミの作画に悩む漫画家志望の青年が、シロという犬を探すミドリという少女と出逢い、東京下町の古層に迷い込む幻想奇譚という枠組みは、とても親しみやすい導入だ。だが、その割に安直な共感や理解を許してはくれない。扱われる時代も、現代、戦前の昭和、明治半ば(草介が描いている漫画の世界)と3つの時代が錯綜する。


草介がバイト先の建築現場で、動物の頭骸骨を発見する。ニホンオオカミの頭骨がこんなところに?と思っていると、犬を探しているミドリが現れる。ああ、犬の骨なのか?つまり…と疑念を抱く。この何気ないギミックは、オオカミが家畜化したもの=イヌという説を後になって思い起こさせる。


ニホンオオカミの絶滅と、ミドリたち一家に起きる東京の悲劇の遠因が、草介が描いている漫画世界で重層的に絡み合う。近代化に伴う開発・環境破壊を扱っているとも言えるし、反戦についての映画であるとも言えるが、決して声高に主張することはせず、あくまで静かに物語られる。それは、一見すると別々なものが実は根底ではつながっているのではないか、という思索に近い作業だ。私たちの立っている現在地点、そして過去から現在に続く深淵な「連環」を問うている。


「リング・ワンダリング/Ring Wandering」と言う成句は、冬山などで人が方向感覚を失い、無意識のうちに円を描くように同一地点を彷徨い歩くこと、を意味するらしい。青年期の魂の彷徨、動物たちの野山での徘徊、人間世界の停滞感をも連想できて、秀逸なタイトルだと思う。映画は意外な着地点へ誘なってくれるだろう。


(★★★☆カネコマサアキ)