2022年4月2日土曜日

英雄の証明

ちょっとした嘘や隠し事から、抱えていた問題が明るみに。

イランの名匠が描くサスペンスドラマ。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したほか、世界の多くの映画祭を受賞。

 


A Hero

2021年/イラン、フランス

監督:アスガー・ファルハディ

出演:アミル・ジャディディ、モーセン・ダナバンデ、サハル・ゴルデュースト

配給:シンカ

上映時間:127

公開:202241よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座

公式HPhttps://synca.jp/ahero/

 

●ストーリー

イランのシラーズ。刑務所から2日間の休暇で外に出てきたラヒムは、彼の恋人が拾った金貨をお金に換え、それを借金返済に当てようとしていた。全額ではないが、それで示談がまとまれば、彼は出所できる。しかし、返済交渉は頓挫し、拾ったお金を使うことに後ろめたさを覚えたラヒムは、落とし主を探してお金を返却する。その行為が反響を呼び、テレビにも出たラヒムは正直者として英雄として讃えられる。しかし、まもなくSNSで、悪い噂が広まっていく。

 

●レビュー

冒頭、出所したラヒームが向かうのは、見覚えのある遺跡。ペルセポリス遺跡そばの崖にある岩窟墓ナクシェ・ロスタムだ。ここで修復をしている義兄に挨拶にいくラヒム。その夜は義兄の家に泊まり、預けている息子とも会えるのだ。息子は別れた妻との間の子であり、ラヒムはその元妻の兄から多額の借金をして返済不能になってしまい、訴えられたのだ。

 

ラヒムは恋人に会いにいく。金貨はラヒムではなく、その恋人が偶然拾ったものだった。ラヒムと彼女は、拾ったことを借金を返すための天の恵みと感じており、二人は金の店に金貨の価値を聞きにいく。しかし、バザールで店を営む義兄は、「全額でなければ、告訴は取り下げない」とラヒムを許さない。また、金貨を売ろうとすると、その店で電卓が壊れたり、ボールペンのインクが出なかったりし、ラヒムは金貨の持ち主を探すことにする。

 

ここまで見ていてわかるのは、イランの人々、特に主人公の思考が、無宗教の日本人とは微妙に違うこと。

日本では神よりも法が優先なので、拾ったもののネコババには抵抗あるだろう。だが、ここではお金に困っている時に、ふと目を上げた時にお金が落ちていたら、「これは神の意思」と感じているのだ。

ラヒムはよく、神を口にする。信心深いのだろう。だから最初金貨を換金しようとするときは、まったく悪びれていない。ところが、示談ができず、電卓が壊れ、インクが出ないと続くと、途端に後ろめたさを感じていく。「これは神の意思」なのかと。

 

金貨の落とし主を探すとき、警察に届けるのではなく、拾った場所近くに張り紙をしていくのもイランらしい。ここはわからないのだが、警察では遺失物預かりをしていないのか、警察を信じていないのか。

 

あと、イランと日本の法の違いが随所に見られるのも興味深い。

イランでは借金返済ができない民事裁判でも刑務所に入ったりするんだなとか、刑期の途中で「休暇」があり外に出られたり、殺人による死刑も親族に賠償金を払うことで回避できるとかを本作で初めて知った。

さて、2日の休暇が終わり、ラヒムは金貨を姉に託して刑務所に戻る。やがて落とし主が現れて金貨を返し、一件落着かに見えた。ところが、その件がSNSで話題になっていき、ラヒムの元にテレビ局が取材にやってくる。刑務所では過去に悪い噂がたっていて、所長らはクリーンなイメージを宣伝したく、ラヒムを後押しする。たちまちラヒムは「正直者の受刑者」として評判になり、彼を救うチャリティも動く。しかし、その過程で、ラヒムを訴えた元妻の兄は、「奴が英雄で、彼を訴えた俺が悪人か」とヘソを曲げてしまう。

この映画に深みがあるのは、通常なら単なる悪役である元妻の兄を、ちゃんと人間味がある人として描いていることだ。彼はなぜ、それほどまでにラヒムを拒絶するのか。「拾ったお金を持ち主に返すのは当然だろう。なぜそれが偉いのか」と彼は言う。日本人なら、彼の意見の方がわかるかもしれない。

そもそもラヒムは映画の中で、彼に対して謝罪をしていない。事業に失敗し、共同経営者に逃げられたと言うこともはわかるのだが、なんだかそれも「神の意思」的なのだ。だから、自分が人にすごく迷惑をかけているという感が薄く、むしろ「俺も被害者」と思っているところもある。

ラヒムの息子が吃音と言うこともあり、世間の同情を得て、寄付金も集まり、彼の再就職も決まりそうになる。しかし、そこで、それまで彼がついてきた、ちょっとしたウソが綻び、SNSで「金貨を拾った話は彼の自作自演」と噂が広まっていく。

 

アスガー・ファルハディ映画はいつもそうなのだが、登場人物に悪人は誰もいなくても、悪気のない嘘やその人の事情が、どんどん人々を追い詰めていく。

主人公、ラヒムは悪人ではないのだが、何を考えているかわからないところが最初はある。顔も常に口角上がった笑顔で、受け身的なところがあるし。そのくせ、妙にプライドにこだわるところがある。また、ちょっとしたことで、つい力に出てしまう面もある(ちょうどウィル・スミスの騒動のころで、それを連想した)。

イランでもSNSが発達していて、みな暇さえあればスマホをいじっているのだなあ。そこでは、簡単に人を中傷できるし、それを社会が気にする。誰でも起こりうる話なので、観ていて辛い。

 

 

●映画の背景

本作の舞台となるのは、イランの古都シラーズ。冒頭に出てくる遺跡は、郊外のペルセポリスにあるナクシェ・ロスタムの岩窟墓だ。