2022年6月4日土曜日

歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡

親交のあったヘルツォーク監督が辿る伝説の作家チャトウィンの旅


2019年/イギリス・スコットランド・フランス
監督&ナレーション:ヴェルナー・ヘルツォーク
配給:サニー・フィルム
上映時間:85分
公開:6/4(土)より岩波ホールにて公開 (7/29まで)

●ストーリー

「パタゴニア」「ソングライン」など、伝説の紀行作家として知られるブルース・チャトウィン(1940-1989)。生前、親交のあったヘルツォーク監督が、没後30年にして、パタゴニア、イギリス西南部、中央オーストラリアへ赴き、関係者にインタビュー。彼の半生を辿る。

●レヴュー

ブルース・チャトウィンの自選エッセイ集「どうして僕はこんなところに」(池央耿・神保睦訳/角川書店)の中に、「ヴェルナー・ヘルツォーク・イン・ガーナ」という一編がある。19世紀の西アフリカで最強と言われたブラジル人奴隷商人を描いたチャトウィンの時代小説「ウィダの提督/ウィダーの副王」をヘルツォークが『コブラ・ヴェルデ 緑の蛇』(1987)として映画化。そのロケ地ガーナに招かれたチャトウィンが、混乱の撮影現場を書いた文章なのだが、読み返してみるとすこぶる面白い。

二人の出会いは、アボリジニの世界観を主題にした『緑のアリが夢見るところ』(84)の脚本を書くにあたり、手を貸して欲しい、とヘルツォークがチャトウィンに打診してきた時に始まる。のちに「ソングライン」として紀行文になる、オーストラリアを旅していた時のことだった。二人は出会う前からお互いの作品を意識しあっていた。1980年に出版された「ウィダの提督」の小説の構想段階で、「これを映画化するなら、ヘルツォークしかできないね」とチャトウィンは周りに語っていたという。また、ヘルツォークのことをこう書いている。二人の関係性がよく分かる文章だ。

”そのうち分かったことは、ヴェルナーが矛盾のかたまりであるということだった。非常にタフながら弱く、親しみやすい反面孤高の人で、禁欲的であり官能的であり、日常生活のストレスはうまく対処できないのに極限下での状況は切り抜けられる人物だった。
 そして歩くことの持つ神聖な面について、まともに会話のできる唯一の相手だった。私たち二人とも、歩くということはただ単に健康維持につながるだけではなく、この世の邪悪を正すことのできる詩的な活動であると信じていた。”


映画は、チャトウィンが1977年に出版したデビュー作「パタゴニア」の有名な冒頭から始まる。朗読している音声は、本人のもので貴重だ。10代の寄宿学校時代に通い詰めたというシルベリーヒルの遺跡、サザビーズに勤めていた頃に知り合った妻エリザベスが語るウェールズの思い出、「放浪者の選択」という原稿の発見など、知られざる側面が露わになる。後半には、彼のセクシュアリティと真の死因が語られ、思わぬ衝撃を受けた。
僕の持っている「パタゴニア」(1998年、めるくまーる)や、上記の「どうして僕はこんなところに」には「中国旅行中に風土病を患い、それがもとで」「旅行中に患った病気がもとで、48歳で夭折」と表記されていた。新版「ソングライン」(英治出版)のあとがきをよく読んでみたら、「HIV陽性」のことが触れてあった。チャトウィンはバイセクシュアルで、妻も認知していたという。

そして、死の病床でヘルツォークに託されたという愛用の皮のリュックサックと、それを背負って撮影に臨んだ映画『彼方へ』(91)のエピソードが監督とカメラマンの二人によって語られる。南米パタゴニアのセロトーレ山に挑む2人の登山家の対決を描いた、チャトウィンにオーマージュが捧げられた作品だ。
本作、全8章の最終章は、「ソングライン」の登場人物マリアンのモデル、ぺトロネッラによる朗読で幕を閉じる。その文章はアボリジニの死生観に、自身の死を重ねている印象が読み取れる部分だ。死の床で完成した「ソングライン」は妻エリザベスに捧げられている。

チャトウィンを追ったドキュメンタリーではあるが、同時に、ナレーションも担当するヘルツォーク監督の人と成りも伝わってくる作品だ。「世界は、徒歩で旅する人に、その姿を見せる」というヘルツォークの言葉をチャトウィンは好んでいたという。社会の常識や枠組みから逃れ、辺境や外部へと向かい真理を求めた稀代の放浪者たちの作品は、今後も僕らを未知への旅へと奮いたたせるだろう。

(★★★★カネコマサアキ)


関連事項

1968年多目的ホールとして開館し、1974年のエキプ・ド・シネマ発足より、数々の名作映、ワールドシネマを上映してきた岩波ホールが7月29日(金)をもって閉館する。
本作は最後の上映作品になる。