2023年7月3日月曜日

ご報告

  
皆様、

 日頃から旅シネをご高覧いただき、誠にありがとうございます。
 皆様にお伝えしなければならないことがあります。

 今年の2月、旅シネ主筆の前原利行さんが急逝いたしました(享年61歳)。昨年末から体調を崩し闘病を続けていたのですが、帰らぬ人となりました。突然のことに執筆者一同、大きな衝撃を受け、深い悲しみに言葉を失いました。

 旅と音楽を愛し、世界各地を積極的に周り、多くの旅の記事や旅行ガイドを執筆してきた人でした。2003年にスタートした旅行人・旅シネでは、旅や音楽に関わる多くの映画を、明快な視点で紹介してくれました。2020年には、緊急事態宣言の中でしたが、これまでの記事をまとめた「旅シネ2000-2019 映画で旅する世界:21世紀のワールドシネマ」を本として出すこともできました。
 コロナも収束に向かい、これから新たな旅へ出ようかという矢先の訃報、本当に残念でなりません。

 心に大きな穴があいたまま数ヶ月が経った先日、ようやくお墓参りに行くことができ、お別れの言葉をかけることができました。
 主筆を欠いた今、旅シネの継続については迷いがありますが、彼の映画レビューを残しながら、今後についてはもう少し時間をいただき、前向きに検討していきたいと思っています。ご理解いただきますよう、お願い申し上げます。

 彼は今もどこかで旅を続けているような気がしています。
 最後になりましたが、故人のご冥福を心からお祈りいたします。


                        旅シネ執筆者
                           加賀美まき
                           カネコマサアキ
                           今野雅夫

                                                               

  2021年6月 トークイベントにて撮影

2023年1月27日金曜日

イニシェリン島の精霊

突然言い渡された絶交。
精霊舞い降りるアイルランドの島で起きる二人の男の対立の行方


The Banshees of Inisherin
2020年/イギリス
監督:マーティン・マクドナー(「スリー・ビルボード」)
出演:コリン・ファレル、ブレンダ・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
上映時間:1時間54分
公開:2023年2月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、ほかロードショー

●ストーリー

1923年、アイルランドの西海岸に浮かぶイニシェリン島。内戦に揺れる本土とは別に、島ではのどかな時間が流れていた。ある日、誰からも愛されるパドレイク(コリン・ファレル)が、親友コルム(ブレンダン・グリーソン)から突然絶交を言い渡される。理由がわからず困惑するパドレイクは、妹シボーンや年下の隣人ドミニクを巻き込んで関係修復を図るが、逆にコルムは頑なな態度をとるようになる。そして、「これ以上俺に話しかけたら、自分の指を切り落とす」とコルムは宣言する。両者の対立は想像を絶する事態へと進んでいく。

●レヴュー

アメリカを舞台にした『スリー・ビルボード』(2017)の印象が強いが、マ−ティン・マクドナー監督はイギリス・ロンドン生まれのアイルランド系。映画監督の前に劇作家として知られており、アイルランドを舞台にした作品を多数発表している。両親の実家があるゴールウェイ周辺を扱ったリーナン三部作(コネマラ三部作)は、高い評価を得ている。さらに、ゴールウェイの西南にあるアラン諸島を舞台にした三部作、イニシュマン島のビリー(1996年)、ウィー・トーマス(2001年)、その3つ目に用意されていたのが、本作と同名の戯曲だ。劇としては未発表だという。
また、映画界に身を移して制作された処女長編ヒットマンズ・レクイエム(2008)は、本作と同じコリン・ファレルとブレンダン・グリーソンの主演キャスティングで、二人のアイルランド人の殺し屋の逃避行とその末路を描いている。できれば、本作鑑賞の前にこちらの作品を見ておくと、連動感を感じられるかもしれない。


さて、本作も前作と同様、寓話的で、心理的で、グロテスクな展開が観る者を惹きつける。「イニシェリン島」は架空の島の設定で、物語も監督の創作のようだが、実際のロケ地はアラン諸島・イニシュモア。例えば、J.M.シングが書いた紀行文『アラン島』(1907)を読んだことのある人は、その中で見聞きされる島の生活や、老人たちが語るフォークロアと似た感触を持つだろう。原題の、精霊を意味する「バンシーズ」とは、「家族が死ぬことを知らせるために泣き叫ぶ女性の精霊」のことで、劇中で出てくる老婆(主人公パドレイクは彼女を避けている)がそれを体現していそうだ。

物語の核となるパドレイクとコルムの関係だが、いくつかの重層的な見方ができそうだ。まず、二人の仲違いは、島の外、本土で起きている内戦と呼応している。1922年から23年まで、アイルランドは自由国家として承認されたにもかかわらず、英国連邦の一部のままだった。英愛条約を支持する暫定政府と、反条約派のアイルランド共和国軍(IRA)の主導権争いで内戦が勃発。それが契機となった北アイルランドをめぐる紛争は現代にまで尾を引いている。

もう一つは、宗教的・文化的側面。パドレイクの名前はアイルランドの守護聖人であるパドレイク、すなわち「聖パトリック」を簡単に思い出せる。(最近、日本でも認知されつつあるセント・パトリック・デーの信仰対象である)フィドル奏者で音楽家のコルムが作曲のために、指を切り落として差し出す行為は、創作の痛みを表すとともに、芸術というものが神に捧げるものとして始まったという起源とダブる。それまでのコルムは「神との対話」が成立していた、と捉えることもできよう。
一方で「聖パトリック」がアイルランドにキリスト教を広めたという聖人であり、コルムが彼を拒絶する=キリスト教を拒否することは、キリスト教伝播以前の「ケルト文化の復興」を意味してると考えられないだろうか。

話は戻るが、前述のJ.M.シングの『アラン島』の中で、海外からゲール語を学びに言語学者が多数アラン島を訪れたことが書かれているが、この19世紀後半というのは、アイルランド独立運動と並行してケルト文芸復興運動が盛り上がっていく時期だという。1893年にダグラス・ハイドを中心に「ゲール語連盟」がダブリンで結成される。そのメンバーの系譜に、パドレイク・コルム(1881-1972)という詩人を見出せる。偶然にも、この映画の主人公「パドレイク」「コルム」二人の名前を同時に持っている人物だ。実はこのパドレイク・コルム含む一派は、あのJ.M.シングが書いた戯曲『西の国のプレイボーイ』の上演に際し、アイルランドの悪口書かれていると批判、暴動が起きるまでの事件になり、作家W.B.イェイツらと仲違いしているという逸話がある。
ジェイムス・ジョイスとも親交があるパドレイク・コルムは、詩の他に、戯曲、絵本、民話の収集なども手がけており、後年、アメリカに居を移し、生涯を終えている。アメリカ進出を果たしたマクドナー監督が好みそうな人物ではないだろうか?

メインのキャストは全てアイルランド出身の俳優で固めている。警官の父親に虐待を受けるドミニク役バリー・コーガンの演技には毎回舌をまく。(ファレルとコーガンはランティモス監督『聖なる鹿殺し』でも共演)こうしてみると、マクドナー監督が、民族主義者とまではいかないまでも、アイルランドを表象することに並々ならぬ情熱を注いでいるのではないか、と推測できる。劇中でコルムが作曲する「イニシェリン島の精霊」という同名曲は、アイルランド史へのレクイエムであり、現在も世界で起きている分断と戦争、死が迫りつつあることへの警告を意味してるのだろう。
                            (★★★★カネコマサアキ)

参考文献:『アラン島』J.M シング/柿崎正見・訳(岩波文庫)、『ケルト/装飾的思考』鶴岡真弓(ちくま文庫)、Padraic Colum(wikipedia)ほか

●関連情報

ヴェネチア国際映画祭2020 脚本賞・男優賞(ヴォルヒ杯)受賞2冠




2022年11月18日金曜日

擬音 A FOLEY ARTIST

 映画に命を吹き込む音響効果技師を通して見えてくる台湾映画史


擬音 A FOLEY ARTIST
2017台湾
監督ワン・ワンロー(王婉柔)
出演フー・ディンイー(胡定一)、ほか
配給太秦
上映時間: 100
HP: https://foley-artist.jp/
公開: 20221119() K’s Cinemaほか全国順次公開


ストーリー

台湾映画界で活躍してきたフォーリー・アーティストの胡定一(フー・ディンイー)。彼の40年に及ぶ仕事と、台湾~中華映画史を振り返るドキュメンタリー


レヴュー

映画に効果音をつける職人のことを、フォーリー・アーティストという。サイレントからトーキーへの過渡期、1920年代後半に、アメリカのジャック・フォーリーによって編み出された技法が受け継がれ、その名が配されている。人が歩く時の足音、衣ずれの音、ドアを開ける音、風が吹く音。映画を生きたものにするためには欠かせない仕事だ。
台湾映画界のレジェンド、胡定一は、スタジオ内で画面の質感を想像しながら、様々な道具を選び、巧みな腕捌きで音を生み出していく。キン・フー映画を思い出すような、剣を鞘から抜く音などは金属のヘラを使っている。
 
胡定一は1975年、台湾中央電影に入社(映画技術訓練班3期生)、6年ほどの下積みを経て、王童監督『村と爆弾』(87)、『バナナパラダイス』(89)、蔡明亮『青春神話』(92)、『九月に降る風』(08)など、100以上の作品の録音や効果音を担当し、40年に渡り活躍してきた。少々マニアックな話になるが、彼の先輩には編集の廖慶松、録音技師の杜篤之、2期下に李屏賓がいる。あの台湾ニューシネマを技術面で支えてきた重鎮たちだ。彼らに比べると、胡の名前があまり知られてないのは、台湾ニューシネマの台頭が、「同時録音」技術が確立することと深く関係しているからだと思われる。(オリヴィエ・アサイヤス監督のドキュメンタリー『HHH: 候孝賢』(97)の杜篤之のコメントを参照したい)  また、ニューシネマ以前の台湾映画界では演じてる本人ではなく、別の声優によるアテレコが主流だった、というのも意外だ。

一人のフォーリー・アーティストを通じて、台湾映画史、さらには中華映画史を俯瞰しているのが白眉だ。初期の中国映画トーキーから、台湾ニューシネマの名作群、金馬奨の最優秀音響賞を獲ったロウ・イエ監督『ブラインド・マッサージ』(14)まで、引用される映画の数は相当なものだ。珍しいところでは台湾、大陸中国で大ヒットしたというルーマニア映画『簡愛』(70、ジェーン・エア)の情報もあった。


一方、大陸中国では制作本数の増加に伴い、音響技師たちは多忙を極めている様子が触れられ、現在の台湾の状況とは対象的だ。職人的要素が強く、他の部門へのシフトが難しい、つまり「潰しがきかない」フォーリーという仕事には、後継者がほとんどおらず、胡に至っても最近ようやく女性の弟子がついたくらいなのだ。部門整理で中央電影を解雇され、フリーとなった彼がデジタル時代にこれから活躍できる場所があるのか、若い世代への技術の伝受は進むのか、今後も見守りたいところだ。アニメ『幸福路のチー』(17)も彼の仕事だと知り、少し安堵している。

(★★★ カネコマサアキ)


関連事項 

王婉柔(ワン・ワンロー)監督の次作、『千年一問』(20)は、日本でも知られる漫画家・鄭問(チェン・ウェン)の人生を追ったドキュメンタリー。こちらもおすすめだ。

2022年11月12日土曜日

あなたの微笑み

くすぶる映画監督が自作を売り込みにいく映画館巡りの旅


2022年/日本
監督:リム・カーワイ
出演: 渡辺紘文、 平山ひかる、 尚玄、 田中泰延
配給::Cinema Drifters
上映時間:103分
公開:11月12日(土)よりシアター・イメージフォーラム、
12月3日よりシネ・ヌーヴォ他全国順次公開

●ストーリー

栃木の田舎町で、くすぶり続ける映画監督の渡辺紘文。映画製作団体「大田原愚豚舎」を旗揚げし、東京国際映画祭ほか数々の受賞歴を持つ渡辺は、自他ともに認める“世界の渡辺”である。しかし“世界の渡辺”もいまは脚本も書けず、大手映画会社から依頼がくることもなく、地元の仲間たちと悪態をつきながら日々を過ごしている。ある日、旧知のプロデューサーから、世界的映画監督の代打で沖縄での映画制作の話が舞い込む。久々の映画制作に浮足立つ渡辺が沖縄に向かうと、「いますぐ俺を主人公にして映画を作れ」という“社長”に高級ホテルに缶詰めにされるが…。


●レヴュー

渡辺紘文監督の『プールサイドマン』(16)を東京国際映画祭のラインナップで知り、ぜひ観たい、と思いつつ機会を逃している。
劇中にもあったが、自主映画監督の特集上映は一週間ほどの期間しかなく、タイミンングが合わなかったりすると見逃してしまうことも多い。しかし、作品を見ずとも、映画ファンなら、渡辺監督が栃木の田舎町で映画製作集団「大田原愚豚舎」を立ち上げ、地元に密着した作品を撮っていることは、よく知られてることなのではないだろうか。

本作『あなたの微笑み』は、その渡辺紘文監督自身が、「監督自身の役」で登場する。自主映画監督が自分の作品を劇場へ売り込みに行く、という物語だが、一風変わったフィクションとドキュメンタリーが混ざり合った虚実皮膜な作品である。自主映画(あるいはインディーズといったほう良いだろうか)監督がどのような生活を送り、生計を立てているのかが実によくわかる内容だ。

沖縄のパートまでは、いかにも脚本があり、演じてる、という感じだが、本州から北海道にかけて、監督が自分の作品を上映してほしいと営業を兼ねて映画館巡りをする部分は、かなりドキュメンタリー寄りである。一方で、劇中には「映画のミューズ」(平山ひかる)が様々な役柄に変化して登場し(さながら『華やかな魔女たち』(67)のシルヴァーナ・マンガーノのよう)、フィクションであろうとする。この虚実のバランスがとても良く、この作品の魅力になっている。冒頭はフィクション然としていたものが、だんだんと独自の映画的リアリティを獲得していくのだ。

この映画のもう一つの主役は、全国の個性的な映画館とそこで働く人たちだ。南国の沖縄・首里劇場から、大分・ブルーバード、福岡・小倉昭和館、鳥取・ジグシアター、兵庫・豊岡劇場、雪が舞い落ちる北海道・サツゲキを経て、日本最北端の映画館・大黒座まで…。全国にはこんなに多様で素敵な映画館があるのか!と感嘆せざるえない。だが、コロナ禍も相まって、既に閉館した所もあるというのが実情である。悲しいかな、貴重なアーカイヴ映像となりつつある。


この欄でも何度か言及してる監督のリム・カーワイはマレーシア出身の華人。Cinema Drifter(映画流れ者)を名乗るだけあって、経歴、半生がまさに「旅人」である。大阪大学基礎工学部電気工学科卒業後、通信業界を経て北京電影学院監督コース卒業。北京、香港、大阪、バルカン半島で作品を作り、大阪三部作のひとつ『カム・アンド・ゴー』(20)は全国公開されたので、ご存知の方も多いと思う。また、香港映画祭を主催、配給も手がけ、八面六臂の活躍に目が離せない。
そんな監督ゆえ、外側からの目線、日本の状況や配給システムに目がいくのだろう。映画製作者から劇場を通して観客に届けるまで、映画愛に溢れた作品である。

(★★★☆カネコマサアキ)


2022年8月22日月曜日

サハラのカフェのマリカ

サハラ砂漠に行き交う人々を受け入れる小さなお店

そこはまるでオアシスのような場所だった



143 Sahara Street

2019年/アルジェリア・フランス・カタール
監督・撮影:ハッセン・フェルハーニ
出演:マリカ、チャウキ・アマリ、サミール・エルハキム
配給:ムーリンプロダクション
上映時間:90分
公開:2022年8月26日(金)から ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国劇場公開
HP:https://sahara-malika.com


●ストーリー 

 アルジェリア、サハラ砂漠。そこに佇む一軒の雑貨店兼カフェはマリカという女性が一人で営んでいる。
ほとんどの営業時間中に客が来ることはなく、ネコと共に時間を過ごす。たまにトラックの運転手や旅人がやってくるとコーヒーやおやつを提供して、他愛もない世間話に興じる。
 日が暮れると、砂漠の真ん中の雑貨店に灯されるロウソクだけが光を放つ。そして彼女は自分の人生を語り出すのだった・・・


●レヴュー 

 サハラ砂漠と聞いて、どこまでも広がる砂の大地というイメージしか浮かばないのだが、その中に建つ一軒の雑貨店兼カフェが本作の舞台。そこで愛猫と暮らす高齢の女主・マリカが主人公である。
 アフリカ大陸北部の3分の1を占めるサハラ砂漠は、南北1,700キロメートル、東西4,800キロメートル。面積は約1,000万平方キロメートルで、アメリカ合衆国とほぼ同じ広さのとてつもない大きさの砂の大地だ。不毛の地のような想像をしてしまうが、そこは複数の国にまたがっていて、多数の民族が暮らしている。南北を縦断するトランス=サハラ・ハイウェイという大きな道路が整備されていて、人やモノが行き交っている。マリカのカフェはその道路沿い、アルジェリアの中央辺りにあるらしい。原題の『143 SAHARA STREET』はマリカの店の住所になる。

 彼女の店には、休憩や買い物のためにさまざまな人が訪れる。物資を運ぶトラック運転手、親戚を訪ねるために車を走らせてきた人、バイクで旅している女性ライダー、旅芸人らしき一団、過去には危険な人物が立ち寄ったこともあるらしい。民族は多種多様。マリカのオムレツが目当ての常連客もいるし、その時だけの出会いもある。客らは食事をしたり休息をとったりしながら、マリカと何気ない会話を交わして去っていく。マリカの小さな店に据えられたカメラは、定点観測をするように時折やってくるそうした人々の姿とマリカの日常を有り体に捉えていく。
 マリカは悠然とした風で客を迎え、客は皆どこか安堵の表情をしているように見える。砂漠を走る途中で立ち寄るその場所もマリカという存在もまさにオアシスなのだろう。人が心の拠り所に求めているもの、それが伝わってくる作品だと思う。
 
 監督は自身の旅の途中でマリカと出会い、映画を撮ることを決めたという。本当に何もない砂漠の中にポツンと佇むマリカの店。そのことがはっきりとわかるように、マリカの店をぐるりとカメラが映し出す映像やランプの灯りが窓から漏れるシーンは美しく印象的だ。 
 マリカの店の近くに巨大が給油所兼休憩所が建設されるなど、周辺の社会状況の変化も見えてくる。マリカについての詳細は語られず、想像するしかないのだが、マリカ自身にとってもかけがえのないその店は今も続いているのだろうか、私たちから遠く離れた世界に思いを巡らす。
(★★★☆加賀美まき)


2022年8月20日土曜日

みんなのヴァカンス

ヴァカンスの呪いを乗り越えろ!
ギヨーム・ブラック監督が描く鮮やかな青春映画



原題:À l’abordage
2020年/フランス
監督・脚本:ギヨーム・ブラック
配給:エタンチェ
上映時間:100分
公開:8/20(土)よりユーロスペースほか全国順次公開
HP : https://www.minna-vacances.com/


●ストーリー

夏の夜、セーヌ川のほとりで、フェリックスはアルマと出会い、恋に落ちる。夢のような時間を過ごすが、翌朝アルマは家族と共にヴァカンスへ旅立ってしまう。 フェリックスは、親友のシェリフを誘い、相乗りアプリで知合った学生エドゥアールを道連れに、アルマを追って南フランスの田舎町ディーに乗りこんでいく。しかし、車が故障してから、暗雲が立ち込める。アルマは予期せぬ彼らの訪問に戸惑っている様子だ・・・。

●レヴュー

新型コロナ感染予防のための行動制限がない夏休みということで、今年は旅行に出かけている人も多そうだ。自分のように、どこへも出かける予定のない人も少なからずいると思うが、映画館に篭ってヴァカンス気分に浸るのも良いかもしれない。

ヴァカンス映画といえば、エリック・ロメールの『海辺のポリーヌ』(83)『緑の光線』(86)を真っ先に思い出すけど、そういえば、ロメールの処女長編作『獅子座』(55)もある意味ヴァカンス映画だったな、と思い出した。親戚から遺産が入る予定だった男が、当てがはずれ文無しになり、ヴァカンスシーズンをパリで浮浪者同然に過ごすというストーリーだ。
ここまで悲惨ではないが、ヴァカンスには良いことばかりでなく、トホホな出来事がつきまとうことは、誰もが経験することだろう。天候に恵まれなかったり、同行した家族や友人と喧嘩したり、恋人とは別れるきっかけになったり、・・・。僕は、それを「ヴァカンスの呪い」と名付けたい。(当然、ヴァカンスへ行けなかった人の怨念が含まれる)

本作で新鮮に感じたのは、アフリカ系移民の若い労働者をメインキャラクターにしていること。ヴァカンス映画は、たいてい中流以上の白人が主人公に据えられていることが多いので、彼らがどういう思いでヴァカンスを過ごすのか興味を引く。もちろん、ママから「子猫ちゃん」と呼ばれる裕福そうな家庭で育ったエドゥアールが、「相乗りアプリ」で女装したフェリックスたちとマッチングし、巻き込まれる形で伴走するのだけれど。(彼は常連俳優ヴァンサン・マケーニュのヤング版といった風貌だ)

彼の運転する車が故障するあたりから、雲行きが怪しくなってくる。「ヴァカンスの呪い」は既に始まっているのだ。宿泊所は小学生が使うようなキャンプ場で、狭くて小便くさいテント寝泊まりするハメに。フェリックスは入れ上げたアルマに再会することはできたが、当初の熱はなく軽くあしらわれ、ギクシャクする。一方、友人思いの温厚なシェリフは幼な子を連れた既婚女性と仲良くなるが、「お前は恋愛に発展性のない女ばかりを好きになってる!」とフェリックスに罵られる。エドゥアールはひたすらカラオケで歌っている。男3人はフラストレーションをためながら、ヴァカンスが終わりに近づいていくが、ちょっとしたマジックが起きる。

ロメールの後継者と目されるギヨーム・ブラック監督が注目を浴びるきっかけになった中編『女っ気なし』(11)は北部の漁村オルトにヴァカンスに訪れた母娘と、彼女たちが滞在するアパート管理人シルヴァン(ヴァンサン・マケーニュ)との真剣かつトホホなドラマが印象的だった。本作は海ではなく、ドローム川周辺の山が舞台だが、『女っ気なし』の構造を踏襲、発展させたような群像劇だ。未見だが『7月の物語』(17)と同様、フランス国立高等演劇学校の学生たちと作り上げた作品で、学生たちの身の上話から着想を得たそうだ。

同館では、ギヨーム・ブラック監督特集も組まれており、上記のほか、代表作『やさしい人』(13)、 短編『遭難者』(09)『勇者たちの休息』(16)も上映される。この機会にぜひ。

(★★★☆カネコマサアキ)


●関連事項

 第70回ベルリン国際映画祭国際映画批評家連盟賞特別賞(パノラマ部門)
2020年シャンゼリゼ映画祭批評家賞(フランス映画長編部門)
2020年カブール映画祭グランプリ(長編部門)

2022年7月17日日曜日

Blue Island 憂鬱の島

 文化大革命、六七暴動、天安門事件など、過去を紐解きながら、香港人としてのアイデンティティを探る『乱世備忘 僕らの雨傘運動』監督の意欲作



2022年/ 香港・日本
監督・編集:チャン・ジーウン
配給:太秦
上映時間:97分
公開:7/16(土)よりユーロスペースほか全国順次公開 
HP : blueisland-movie.com


●レヴュー

先月の6月4日(天安門事件が起きた日である)、マレーシア出身のリム・カーワイ監督らが主催する『時代革命の少年たち』(2021年/レックス・レン、ラム・サム監督)という香港映画の上映会があったので、参加してきた。
ストーリーを簡単に説明すると、2019年の民主化デモに参加し、警察に逮捕されたことをトラウマに抱える17歳の少女が、死をほのめかして行方不明になり、デモで居合わせた少年達グループが彼女を探し回るという劇映画だ。当時、抗議の自殺をする若者が相次いだという事実を背景としており、登場人物の様々な家庭事情も描かれていた。
場内には、在日の香港人たちも駆けつけており、上映後のトークショーも熱気を帯びていた。上映中、すすり泣きの声も聞こえてきた。映画の終わりは、決してバッドエンドではなく、希望を感じられるものではあったが、彼らにとってはまだ生々しい記憶であり、デモの灯火はまだ消えていなのだ、と実感した。

さて、本作『Blue Island  憂鬱の島』は、以前ここでも紹介した『乱世備忘 僕らの雨傘運動』(2016)を監督したチャン・ジーウン監督の新作だ。今回は、ドキュメンタリーとフィクションを交えた斬新なスタイルで、過去の民主化運動と、それに関わりのあった実在の人びとを取り上げ、現在に至る香港人のアイデンティティを浮かびあがらせようと試みる。具体的には、雨傘運動に参加した若い世代の俳優が実在の人物を演じ、過去の事件を映画化するという過程を見せるというもの。この方法は、スタンリー・クワン『 阮玲玉』(1993)やジャ・ジャンクーの作品群を思い出させる。全般、方法論に加え、画も素晴らしかった。

ビクトリア・ハーバーで水泳を楽しむ老人チャン・ハックジー(陳克治)74歳。1968年、彼と恋人(現在の妻)は、中国本土から、海を泳いで香港に逃れてきた。その様子を97年生まれの若手俳優たちが演じる。その映像は、やはり文化大革命から香港に逃れる筋書を持った唐書璇『再見中国』(1972)のシーンとよく似ていて、つながりを感じた。

セッ・チョンイェン(石中英)、ヨン・ヒョッキッ(楊向杰)70歳。彼らは16歳の時、共産主義寄りの文芸誌を配布したことで、投獄された。当時信じていた共産主義が、現在では形を変え抑圧する側になっていることを複雑に思っている様子。日本ではあまり知られていない六七暴動は、文化大革命に刺激を受けた香港の親中派の労働者が、香港イギリス政庁に抵抗するデモを行い、それが7か月に及ぶ暴動に発展。1,936人が逮捕・起訴され、832人が負傷(うち警察官212人)、51人が死亡するという事件だ。

ラム・イウキョン(林耀強)54歳。1989年、学生支援のため訪れた北京で天安門事件に遭遇。中国民主化運動の敗北感をひきずって生きている。彼が実生活で人と会い吐露する会話に同年代としてシンパシーを感じる。
そして、映画は最後のパートで、有名・無名は問わず、意外な人たちを登場させる。これには驚いた。


翻って、日本はどうか。
僕は去年から、この国がジョージ・オーウェルの『1984』で描かれた未来社会の更に上をいくディストピア国家になってしまったと感じている。香港は問題の所在がはっきりっしているだけマシに見えるが、日本国民の大半はその問題の所在さえわかっていない。巧妙に隠されているのだ。「伝えない」「知らせない」という言論統制をするマスコミ。”洗脳”という言葉がぴったりかもしれない。データ改竄、ワクチンのリスクを伝えないまま幼い子供にまで打とうとする勢力(民族浄化か?)、一方的なウクライナ報道、改憲勢力3分の2を獲得した参院選、安倍元首相の銃撃事件から露わになったカルト教団との関係…。どこか誰かのシナリオ通りな感じもするし、不気味で不穏だ。この国は一体どこへ向かおうとしてるのか。「憂鬱の島」とは、この国の事ではないだろうか?

(★★★☆カネコマサアキ)


関連事項

2019年の香港民主化デモの記録を描いた大作『時代革命』(2021) も8月13日(土)に同館にて緊急公開。こちらも合わせてみると、本作のラストがより響いてくると思う。


2022年6月4日土曜日

歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡

親交のあったヘルツォーク監督が辿る伝説の作家チャトウィンの旅


2019年/イギリス・スコットランド・フランス
監督&ナレーション:ヴェルナー・ヘルツォーク
配給:サニー・フィルム
上映時間:85分
公開:6/4(土)より岩波ホールにて公開 (7/29まで)

●ストーリー

「パタゴニア」「ソングライン」など、伝説の紀行作家として知られるブルース・チャトウィン(1940-1989)。生前、親交のあったヘルツォーク監督が、没後30年にして、パタゴニア、イギリス西南部、中央オーストラリアへ赴き、関係者にインタビュー。彼の半生を辿る。

●レヴュー

ブルース・チャトウィンの自選エッセイ集「どうして僕はこんなところに」(池央耿・神保睦訳/角川書店)の中に、「ヴェルナー・ヘルツォーク・イン・ガーナ」という一編がある。19世紀の西アフリカで最強と言われたブラジル人奴隷商人を描いたチャトウィンの時代小説「ウィダの提督/ウィダーの副王」をヘルツォークが『コブラ・ヴェルデ 緑の蛇』(1987)として映画化。そのロケ地ガーナに招かれたチャトウィンが、混乱の撮影現場を書いた文章なのだが、読み返してみるとすこぶる面白い。

二人の出会いは、アボリジニの世界観を主題にした『緑のアリが夢見るところ』(84)の脚本を書くにあたり、手を貸して欲しい、とヘルツォークがチャトウィンに打診してきた時に始まる。のちに「ソングライン」として紀行文になる、オーストラリアを旅していた時のことだった。二人は出会う前からお互いの作品を意識しあっていた。1980年に出版された「ウィダの提督」の小説の構想段階で、「これを映画化するなら、ヘルツォークしかできないね」とチャトウィンは周りに語っていたという。また、ヘルツォークのことをこう書いている。二人の関係性がよく分かる文章だ。

”そのうち分かったことは、ヴェルナーが矛盾のかたまりであるということだった。非常にタフながら弱く、親しみやすい反面孤高の人で、禁欲的であり官能的であり、日常生活のストレスはうまく対処できないのに極限下での状況は切り抜けられる人物だった。
 そして歩くことの持つ神聖な面について、まともに会話のできる唯一の相手だった。私たち二人とも、歩くということはただ単に健康維持につながるだけではなく、この世の邪悪を正すことのできる詩的な活動であると信じていた。”


映画は、チャトウィンが1977年に出版したデビュー作「パタゴニア」の有名な冒頭から始まる。朗読している音声は、本人のもので貴重だ。10代の寄宿学校時代に通い詰めたというシルベリーヒルの遺跡、サザビーズに勤めていた頃に知り合った妻エリザベスが語るウェールズの思い出、「放浪者の選択」という原稿の発見など、知られざる側面が露わになる。後半には、彼のセクシュアリティと真の死因が語られ、思わぬ衝撃を受けた。
僕の持っている「パタゴニア」(1998年、めるくまーる)や、上記の「どうして僕はこんなところに」には「中国旅行中に風土病を患い、それがもとで」「旅行中に患った病気がもとで、48歳で夭折」と表記されていた。新版「ソングライン」(英治出版)のあとがきをよく読んでみたら、「HIV陽性」のことが触れてあった。チャトウィンはバイセクシュアルで、妻も認知していたという。

そして、死の病床でヘルツォークに託されたという愛用の皮のリュックサックと、それを背負って撮影に臨んだ映画『彼方へ』(91)のエピソードが監督とカメラマンの二人によって語られる。南米パタゴニアのセロトーレ山に挑む2人の登山家の対決を描いた、チャトウィンにオーマージュが捧げられた作品だ。
本作、全8章の最終章は、「ソングライン」の登場人物マリアンのモデル、ぺトロネッラによる朗読で幕を閉じる。その文章はアボリジニの死生観に、自身の死を重ねている印象が読み取れる部分だ。死の床で完成した「ソングライン」は妻エリザベスに捧げられている。

チャトウィンを追ったドキュメンタリーではあるが、同時に、ナレーションも担当するヘルツォーク監督の人と成りも伝わってくる作品だ。「世界は、徒歩で旅する人に、その姿を見せる」というヘルツォークの言葉をチャトウィンは好んでいたという。社会の常識や枠組みから逃れ、辺境や外部へと向かい真理を求めた稀代の放浪者たちの作品は、今後も僕らを未知への旅へと奮いたたせるだろう。

(★★★★カネコマサアキ)


関連事項

1968年多目的ホールとして開館し、1974年のエキプ・ド・シネマ発足より、数々の名作映、ワールドシネマを上映してきた岩波ホールが7月29日(金)をもって閉館する。
本作は最後の上映作品になる。

2022年5月31日火曜日

ワン・セカンド 永遠の24フレーム

1秒だけのフィルムに映る娘。父親は逃亡者になりフィルムを追い、孤児の娘と出会う。イーモウ監督による映画の奇跡。

 

 


 

 

 

原題:1秒鐘

監督:チャン・イーモウ

出演:チャン・イー、リウ・ハオツン、ファン・ウェイ

製作年:2020

製作国:中国

配給:ツイン

公開:2022520日よりTOHOシネマズシャンテほか

上映時間:103

公式HPhttps://onesecond-movie.com/

 

ストーリー

1969年、文化大革命が進行中の中国西北部の強制労働所から、ある男が脱走する。男が村にたどり着くと映画の上映が終わり、フィルムが次の町に届けられる所だった。男は、目の前でフィルムを盗み出す子供 “リウの娘”を目撃し、彼女を追う。妻と離婚し、娘とも疎遠になっていたその男は、フィルムに娘の姿が映っていると知り、一目見ようと逃亡者となったのだ。次の上映地となる村で、男はフィルムを取り返すが、別のトラブルが起きる。


レビュー

チャン・イーモウ作品が好きだ。大作でも小さな作品でも、画面の隅々まで監督の美意識が宿っており、それはリアルを通り越してメタファーとなり、すべてが寓話に見えてくる。この映画も1969年の文化大革命という特殊な時期の特殊な事情を背景に映画化しているが、それでもどの時間枠にもとらえられないような寓話と化しているのは、イーモウの演出の“くせ”とでも言うべきものだろう。

 

今や中国をと言うより、世界を代表する巨匠のチャン・イーモウ。先日行われた2022北京オリンピックの開会式と閉会式でも総合演出を務めたが、そこにもしっかりと彼の美意識が現れていた(前年の東京オリンピックの開会式が「隠し芸大会」になって散々だったのと対照的だ)。かと思うと、ハリウッドでは珍品とも言える大失敗作『グレート・ウォール』(2016)なんて怪獣映画を撮ってしまう。

 

そのイーモウ監督は、自身が文化大革命を経験している。下放され、農民や工場労働者として働いていたのだ。文化大革命は文化を根絶する革命のようなものだったが、それが終わった時、彼はようやく映画が撮れると開放感を味わったに違いない。

 

本作は、そんな文化大革命時代の彼の経験が生かされた作品だ。娘が映っているフィルムに男はなぜ脱走してまでこだわるのか。収容所で娘の成長を見ることができなかったからか。罪滅ぼしのためなのか。どちらにせよ、娘が映るのは一瞬で、しかも映画本編の前に上映されるニュース映像なので、その映画が次の映画に変わればおそらく永久に見ることはできなくなってしまう。少なくともいつ出所できるかわからない時代だから、その年齢の娘の姿を見る最後のチャンスかもしれない。

 

そんな男の目的はフィルムを見ることだけ。だから、周りの状況にも無頓着だ。フィルムを盗んだ孤児の少女を追いかけ、取り返すときにも、彼女の状況などお構いなしだ。しかし、取ったり取られたりの道中を繰り返すうちに、彼にも気づかない感情が湧いてくるようになる。

 

この映画の舞台となる、砂漠に囲まれた村や道中の風景がいい。フォトショップで、まるでいらない要素を全て消してしまったかのように、必要な絵だけが抽出されているような感じだ。到着した村の映画館の情景は、まるでイーモウ版『ニュー・シネマ・パラダイス』。みな映画を見るのを心待ちにしている。汚れてしまったフィルムを村人総出できれいにするシーンは、スペクタクル映画のようだ。フィルムの洗浄や修復作業の辺りは、下放中にイーモウ監督がしていた作業が反映されているのだろう。そして娘役のリウ・ハオツンがいい。これから、チャン・ツィイーのようなスターになっていくのだろうか。

 

寓話のような話だが、各人物たちに実際にそこに生きていたかのような存在感がある。映画が終わった後も、彼らはその後どうなったのだろうかと、生き続けている人のように感じてしまうのだ。それが映画の力だ。

 

★★★★前原利行)

 

2022年5月24日火曜日

ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇

拉致され「海の奴隷」として漁船で働かさせる男たちと

彼らを救うべく奮闘するタイ人女性追ったドキュメンタリー





2018年/アメリカ
監督:スアノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
出演:パティマ・タンプチャクル、トゥン・リン、チュティマ・シダサシアン(オイ)
配給:ユナイテッドピープル
上映時間:90分
公開:2022年5月28日(土) シアターイメージフォーラム他 全国順次ロードショー
HP:https://unitedpeople.jp/ghost/


●ストーリー 
 世界有数の水産大国であるタイ。そこから遠洋漁業に出ている船には「うまい仕事がある」と誘惑され、拉致されたタイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアなど貧困国の男たちが送り込まれている。人身売買業者はたった数百ドルで漁業会社に男たちを売り飛ばし、数ヶ月、酷いと10年以上も下船させることなく「海の奴隷」として働かせているというのだ。
 そうした漁船から逃亡した人々を捜索し救出すべく、タイ人女性パティマ・タンプチャヤクル(2017年ノーベル平和賞ノミネート)と11年間奴隷労働した経験のあるトゥン・リンらは、インドネシア東部の離島に向けて出航する。


●レヴュー 
 シーフード産業の闇に迫った衝撃的なドキュメンタリーだ。タイの沖合数千キロの漁場で操業する船。タイ、ミャンマー、ラオスやカンボジアといった貧困国から人身売買で男たちが送り込まれ、拘束は数ヶ月、酷いケースでは十数年に及ぶという。捕った魚は沖合で母船に荷揚げし、再び漁場に出るため、一度も下船することなく働かされているというのだ。そこから逃れてきた者たちは、寝る間もなく働かされ、逃げれば漁業会社に追われ拘束された。網に巻き込まれ大怪我をするものもいる、暴行を受けたり、海に投げ込まれた者もいたと証言する。にわかに信じがたい衝撃的な話だが、そうした労働者は数万人にも及ぶという。

 本作は、そうした奴隷労働の実態を明らかにすると同時に、ある女性人権活動家の姿を追っている。タイの労働権利推進ネットワーク(LPN)共同創設者のパティマ・タンプチャヤクル。2014年、インドネシアの離島から約2000人の奴隷を救出するなどして注目を集め、2017年にはノーベル平和賞の候補にも上がっている。 
 彼女と行動を共にするトゥンは、「海の奴隷」として10年以上拘束され、1日20時間以上の重労働を強いられていたという。海に飛び込み命がけでインドネシアの島に逃れたという経緯を持つ。母国へ帰る手段もなかったところをパティマに救出され、その後、漁業会社から指を失う事故の補償金をえることができた。彼女の熱心な支援がなければ彼の未来はなかっただろう。「一人でも多くの人を家に帰してあげたい」彼女の類稀な熱意と勇気、そして努力の積み重ねが多くの人たちを救っているのだと実感する。

 後半、パティマらの一行がインドネシアに捜索船を出し、救出活動に出向く様子が撮影される。事実を可視化するための意図を含む撮影ではあるが、漁船から逃れたタイ人がいるというわずかな情報を頼りに、危険を顧みず他国の無法地帯に乗り込んでいく様子は緊迫感に包まれる。次々と映し出される驚くべき事実に息を呑むが、ひとりの男の救出劇が、パティマらの活動の一筋の光となっている。

 このドキュメンタリーの焦点は、現代の奴隷労働という衝撃的な事例の告発だけではない。こうした労働下で捕った魚はシーフードやペットフードとなり私たちの生活と密接に繋がっている。この闇は私たちに無縁ではないのだと、本作は強く警告していると思う。 (★★★★加賀美まき)

*本作が取り上げている海の奴隷労働は、いわゆる密漁だけでなく、IUU漁業:Illegal,Unreporteed and Unregulated(違法・無報告・無規制)漁業によって引き起こされていると言われている。

2022年5月22日日曜日

ドンバス

 DONBASS

ロシアのウクライナ侵攻の前兆を捉えたドンバス地方の内戦と混乱



2018年/ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア
監督:セルゲイ・ロズニツァ
配給:サニー・フィルム
上映時間:121分
公開:5月21日(土)シアター・イメージ・フォーラムにて先行上映、
6/3(土)ヒューマントラストシネマ有楽町 ほか全国順次公開


ストーリー

マイダン革命、クリミア併合以降、親ロシア派勢力「分離派」に実行支配されているウクライナ東部ドンバス地方。”クライシスアクター”と呼ばれる俳優たちを起用したフェイクニュース、支援物資を横領する医師と怪しい仕掛け人、地下シェルターでフェイクニュースを見る人々、新政権への協力という口実で民間人から資産を巻き上げようとする警察組織、国境での自作自演の砲撃…。無法地帯で起きている日常を13のエピソードでモキュメンタリー風に描く。


レヴュー

ロシアのウクライナ侵攻から3ヶ月が経とうとしている。未だ戦争終結の糸口は見えず、ますます泥沼化していきそうな気配である。人命はもとより、世界有数の穀倉地帯での戦争は、インドの干ばつと相まって、世界的な食糧危機も引き起こそうとしている。

この映画の舞台であるウクライナ東部ドンバス地方は、今まさに戦闘が激化している場所である。本作は、4−5年前に製作されたものだが、当時、すでに東部地域では内戦と混乱は常態化していたのだ。ロズニツァ監督は2014-15年頃インターネットに上がっている動画に着目、13の実話をモキュメンタリー風に映像化した。ブラックな笑いを想定して作られてる部分もあり、全てを事実として鵜呑みにするのは危険だが、この地方で何が起きていたのか、俯瞰することはできそうだ。

映画はクライシスアクターによるフェイクニュース映像作りのエピソードから始まる。ウクライナ政府軍の検問をくぐり、分離派が実効支配する区域へ移動していくリアルな様子に心臓が高鳴る。無法地帯とはこういうものか、と理解できる。13のエピソードは少しずつ関係性があり、登場人物が、次のエピソードへの橋渡しをするようなオムニバス形式で、連続性もある。『国葬』『粛清裁判』のロズニツァ監督だけあって、極めて中立的な、アイロニーを持った醒めた視線があるが、中には「ウクライナ寄り」と思わせるパートもある。捕虜になったウクライナ兵がロシア系住民に罵られ、小突かれ、しまいにはリンチされるという恐ろしいエピソードだ。ロシア系住民〜ロシア人に対する憎悪を駆り立ててしまわないか危惧する。だが、これが現実というものなのか。

当初、日本のメディアはプーチン糾弾一辺倒だったが、ゼレンスキー大統領がネオナチの極右民兵と連携していたことや、親ロシア的な野党を弾圧してきた事実も露わになってきた。元俳優の大統領が、映像やSNSを駆使して国際社会に支援を求めていく姿に、新しい時代性と同時に胡散腐さも感じてしまう。劇場型のハイブリッドな情報戦の中で、どこまで真偽を求めていいのか悩むところだ。これは、僕自身がコロナやワクチンの報道で、欧米の論調に乗っかるだけの日本のマスメディアに失望しているせいもある。一方的とも言える報道は、日本の防衛費増額や、憲法改正に弾みをつけてしまいそうで心配だ。

もちろん、ロシアの侵攻は倫理上も国際法上も批難されるべき蛮行にちがいないが、マイダン革命以後、ウクライナに多大な工作と支援をしてきたアメリカの暗躍こそ、本質的な部分があるのではないかと訝しがっている。オバマ政権下で副大統領としてウクライナに深く関わってきたバイデン大統領(とその息子)の因縁こそ、もっと注目されてほしいものだ。

(カネコマサアキ★★★☆)


映画の背景

2014年、マイダン革命によって親ロシア派だったヤヌコーヴィチ大統領が失脚すると、ロシアはウクライナの領土であるクリミア半島を併合し実行支配する。同時にウクライナ東部ドンバス地方(ドネツィク州とルハンシク州)にロシア軍から支援を受けた親ロシア派勢力「分離派」がウクライナから独立を宣言、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を自称し、ウクライナ政府軍との内戦が始まる。

かつてウクライナはナチス・ドイツに占領された時期に西部地方を中心に反ソ連的な動きがあった。一方で、東部地方はロシア系住民が多い。歴史的経緯や地域対立は複雑であり、ロシアの介入で分断は深まっていった。

プーチン大統領は、2月22日、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認、平和維持を目的とする「特別軍事作戦」としてロシア軍を派遣、現在のウクライナ侵攻につながった。「分離派」側には18世紀後半、エカチェリーナ2世がオスマン帝国に勝利して獲得した地域の名称を冠した「ノヴォロシア」連邦を作る思惑もあった。プーチンの復古的な思想が現れている。


関連事項

第71回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」監督賞受賞


2022年4月27日水曜日

メイド・イン・バングラデシュ

 ダッカの縫製工場で働く女性たちの現状を描く。



    Made in Bangladesh

   2019年/フランス・バングラデシュ・デンマーク・ポルトガル

監督:ルバイヤット・ホセイン

出演:リキタ・ナンディニ・シム、ノベラ・ラフマン

配給:パンドラ

上映時間:95分

公開:2022416日より岩波ホールほか

 

●ストーリー

主人公はダッカの縫製工場で働く23歳のシム。その工場で火事が起きる。
夫が無職で生活が苦しいシムだが、給与の支払いが遅れて、家賃を払うのもままならない。
そんなシムに一人の女性が声をかける。
彼女は労働権利団体のナシマで、工場の実態を聞いたあと、
シムに労働組合を作るようにうながす。
と言っても、シムはそれがなんであるか、法律が守ってくれるのかも知らない。
集会に出たり、本を読んだりして、理解を深め、職場の仲間たちを誘って、組合に必要な署名を集めるのだが、工場側は妨害してくる。

●レビュー

産業革命以前、ベンガルの地は布や衣料品の製造で栄えていた。
しかしイギリスから安価な工場で生産された衣料品が入ってくると
産業は壊滅。ダッカの人口は数分の1になったという。
資料によれば、その後、ダッカの衣料産業は途絶えていたが、1980年代に入り復活を始める。
この物語の主人公が勤める町工場のように、縫製は手作業でいまだに多くの人手がかかる。
つまり人件費がかかるので、物価の安い国へ国へと流れていく。

2005年の中国の工場を舞台にしたドキュメンタリー『女工哀歌』では、低賃金で働く四川省の女性とそれを搾取する先進国というアパレル産業の構図を見せてくれたが、その中国も今は物価が上がってきてしまい、縫製工場はより物価の安い国々へと流れていっている。

地球の歩き方「バングラデシュ」の初版製作で初めてダッカに行った時、
確かユニクロがバングラデシュに進出するのが話題になっていた記憶がある。
ユニクロのTシャツが1500円で売られているのには、
低賃金労働者の犠牲がある。原価は人件費込みで1/10ぐらいなのだろう。

さて、映画は主人公シムを中心に、そんなバングラデシュに生きる女性の日常を見せてくれる。
映画はドキュメンタリーではないが、かなりそれに近いぶっきらぼうな流れになっている。セット撮影もおそらくない。
だから、道が汚い、建物の壁が汚い、雨季なのか道のあちこちに水溜りができているのがリアル。
シムが申請に行く労務局の女性職員の部屋。後ろの朽ちて崩れかかっている書類の山など、考古学遺跡のようだが、役所はあんな感じ。よくわからないが、常に廊下で待たされる人たちもね。

彼女たちを苦しめるのは、劣悪な環境と劣悪な賃金だけではない。
この映画の中で、役を与えられている男性は、すべて最低だ。
自分は大したことがなくても、プライドだけは高くて、
それを行使しやすい女性たちを支配しようとする。
シムの夫は無職な上、最初は働く意欲もなさそうな感じだ。
だからシムが必死で働いているのだが、それを応援するどころかむしろ水を差す。
さらにシムの財布を漁ってお金を抜くような男だ。
しかし自分が働き出すと、さっそくシムを支配しようとする。
そんな心の狭い男でも、女にとってこの社会ではいたほうがマシなのだ。
まあ、日本でもいるよね。そういう男。

同僚のダリヤが上司のレザとの不倫がバレて解雇される。
この社会では、不倫しても裁かれるのは女性だけ。
男は解雇されず、シムの夫もダリヤを「アバズレ」と罵る。
「いつか結婚を」と男に期待する幻想は虚しい(なにしろクズな男しかない)が、
女一人で暮らすのは難しい社会なのだ。

クライアントの西欧人が工場に視察に来る。
そして、製造費がまだ高いという。
彼らは自分たちの取り分は下げないから、皺寄せが来るのはいつも末端だ。
衣料品がいまだに安価なのは、そうした犠牲の上に成り立っている。

映画はまたぶっきらぼうに終わるが、
そのぶっきらぼうさもこの主人公たちの現状を表しているのだろう。
女性たち、口が悪いが(笑)、まあ、男たちがゲスいので、言いたくもなるよね。

2022年4月2日土曜日

英雄の証明

ちょっとした嘘や隠し事から、抱えていた問題が明るみに。

イランの名匠が描くサスペンスドラマ。カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したほか、世界の多くの映画祭を受賞。

 


A Hero

2021年/イラン、フランス

監督:アスガー・ファルハディ

出演:アミル・ジャディディ、モーセン・ダナバンデ、サハル・ゴルデュースト

配給:シンカ

上映時間:127

公開:202241よりBunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座

公式HPhttps://synca.jp/ahero/

 

●ストーリー

イランのシラーズ。刑務所から2日間の休暇で外に出てきたラヒムは、彼の恋人が拾った金貨をお金に換え、それを借金返済に当てようとしていた。全額ではないが、それで示談がまとまれば、彼は出所できる。しかし、返済交渉は頓挫し、拾ったお金を使うことに後ろめたさを覚えたラヒムは、落とし主を探してお金を返却する。その行為が反響を呼び、テレビにも出たラヒムは正直者として英雄として讃えられる。しかし、まもなくSNSで、悪い噂が広まっていく。

 

●レビュー

冒頭、出所したラヒームが向かうのは、見覚えのある遺跡。ペルセポリス遺跡そばの崖にある岩窟墓ナクシェ・ロスタムだ。ここで修復をしている義兄に挨拶にいくラヒム。その夜は義兄の家に泊まり、預けている息子とも会えるのだ。息子は別れた妻との間の子であり、ラヒムはその元妻の兄から多額の借金をして返済不能になってしまい、訴えられたのだ。

 

ラヒムは恋人に会いにいく。金貨はラヒムではなく、その恋人が偶然拾ったものだった。ラヒムと彼女は、拾ったことを借金を返すための天の恵みと感じており、二人は金の店に金貨の価値を聞きにいく。しかし、バザールで店を営む義兄は、「全額でなければ、告訴は取り下げない」とラヒムを許さない。また、金貨を売ろうとすると、その店で電卓が壊れたり、ボールペンのインクが出なかったりし、ラヒムは金貨の持ち主を探すことにする。

 

ここまで見ていてわかるのは、イランの人々、特に主人公の思考が、無宗教の日本人とは微妙に違うこと。

日本では神よりも法が優先なので、拾ったもののネコババには抵抗あるだろう。だが、ここではお金に困っている時に、ふと目を上げた時にお金が落ちていたら、「これは神の意思」と感じているのだ。

ラヒムはよく、神を口にする。信心深いのだろう。だから最初金貨を換金しようとするときは、まったく悪びれていない。ところが、示談ができず、電卓が壊れ、インクが出ないと続くと、途端に後ろめたさを感じていく。「これは神の意思」なのかと。

 

金貨の落とし主を探すとき、警察に届けるのではなく、拾った場所近くに張り紙をしていくのもイランらしい。ここはわからないのだが、警察では遺失物預かりをしていないのか、警察を信じていないのか。

 

あと、イランと日本の法の違いが随所に見られるのも興味深い。

イランでは借金返済ができない民事裁判でも刑務所に入ったりするんだなとか、刑期の途中で「休暇」があり外に出られたり、殺人による死刑も親族に賠償金を払うことで回避できるとかを本作で初めて知った。

さて、2日の休暇が終わり、ラヒムは金貨を姉に託して刑務所に戻る。やがて落とし主が現れて金貨を返し、一件落着かに見えた。ところが、その件がSNSで話題になっていき、ラヒムの元にテレビ局が取材にやってくる。刑務所では過去に悪い噂がたっていて、所長らはクリーンなイメージを宣伝したく、ラヒムを後押しする。たちまちラヒムは「正直者の受刑者」として評判になり、彼を救うチャリティも動く。しかし、その過程で、ラヒムを訴えた元妻の兄は、「奴が英雄で、彼を訴えた俺が悪人か」とヘソを曲げてしまう。

この映画に深みがあるのは、通常なら単なる悪役である元妻の兄を、ちゃんと人間味がある人として描いていることだ。彼はなぜ、それほどまでにラヒムを拒絶するのか。「拾ったお金を持ち主に返すのは当然だろう。なぜそれが偉いのか」と彼は言う。日本人なら、彼の意見の方がわかるかもしれない。

そもそもラヒムは映画の中で、彼に対して謝罪をしていない。事業に失敗し、共同経営者に逃げられたと言うこともはわかるのだが、なんだかそれも「神の意思」的なのだ。だから、自分が人にすごく迷惑をかけているという感が薄く、むしろ「俺も被害者」と思っているところもある。

ラヒムの息子が吃音と言うこともあり、世間の同情を得て、寄付金も集まり、彼の再就職も決まりそうになる。しかし、そこで、それまで彼がついてきた、ちょっとしたウソが綻び、SNSで「金貨を拾った話は彼の自作自演」と噂が広まっていく。

 

アスガー・ファルハディ映画はいつもそうなのだが、登場人物に悪人は誰もいなくても、悪気のない嘘やその人の事情が、どんどん人々を追い詰めていく。

主人公、ラヒムは悪人ではないのだが、何を考えているかわからないところが最初はある。顔も常に口角上がった笑顔で、受け身的なところがあるし。そのくせ、妙にプライドにこだわるところがある。また、ちょっとしたことで、つい力に出てしまう面もある(ちょうどウィル・スミスの騒動のころで、それを連想した)。

イランでもSNSが発達していて、みな暇さえあればスマホをいじっているのだなあ。そこでは、簡単に人を中傷できるし、それを社会が気にする。誰でも起こりうる話なので、観ていて辛い。

 

 

●映画の背景

本作の舞台となるのは、イランの古都シラーズ。冒頭に出てくる遺跡は、郊外のペルセポリスにあるナクシェ・ロスタムの岩窟墓だ。

 

2022年2月18日金曜日

リング・ワンダリング

 絶滅したニホンオオカミの作画に悩む漫画家志望の青年が、東京下町の古層に迷い込む幻想奇譚


2021年/日本

監督:金子雅和

出演:笠松将、阿部純子、片岡礼子、品川徹、田中要次、安田顕、長谷川初範

配給:ムービー・アクト・プロジェクト

上映時間:103

公開:219日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開

HP:https://ringwandering.com/




ストーリー


東京の下町。漫画家を目指す草介は、建築現場でアルバイトしながら自らの漫画制作に励んでいるが、絶滅したニホンオオカミの作画に行き詰まっていた。ある日、建築現場で動物の頭骸骨を見つけたその夜、白い犬を探しているという不思議な娘・ミドリと出会う。足をくじいたという彼女をおぶって、神社を通り過ぎ、草介は彼女の家族が営む川内写真館を訪れる。


●レヴュー


日本映画といえば、去年から今年にかけて『ドライブ・マイ・カー』の話題が席巻中だが、その影に隠れて、もう一つ大きなトピックがあった。本作『リング・ワンダリング』がゴアで毎年開催される「第52回インド国際映画祭」で金孔雀賞(グランプリ)を獲ったニュースだ。これは、今井正監督『あにいもうと』(第6回)、降旗康男監督『鉄道員』(第31回)に続く快挙だ。あの、アマゾン先住民の記憶に迫った『彷徨える河』のシーロ・ゲーラ監督が審査員を務めていたというのも、功を奏したのかもしれない。


ニホンオオカミの作画に悩む漫画家志望の青年が、シロという犬を探すミドリという少女と出逢い、東京下町の古層に迷い込む幻想奇譚という枠組みは、とても親しみやすい導入だ。だが、その割に安直な共感や理解を許してはくれない。扱われる時代も、現代、戦前の昭和、明治半ば(草介が描いている漫画の世界)と3つの時代が錯綜する。


草介がバイト先の建築現場で、動物の頭骸骨を発見する。ニホンオオカミの頭骨がこんなところに?と思っていると、犬を探しているミドリが現れる。ああ、犬の骨なのか?つまり…と疑念を抱く。この何気ないギミックは、オオカミが家畜化したもの=イヌという説を後になって思い起こさせる。


ニホンオオカミの絶滅と、ミドリたち一家に起きる東京の悲劇の遠因が、草介が描いている漫画世界で重層的に絡み合う。近代化に伴う開発・環境破壊を扱っているとも言えるし、反戦についての映画であるとも言えるが、決して声高に主張することはせず、あくまで静かに物語られる。それは、一見すると別々なものが実は根底ではつながっているのではないか、という思索に近い作業だ。私たちの立っている現在地点、そして過去から現在に続く深淵な「連環」を問うている。


「リング・ワンダリング/Ring Wandering」と言う成句は、冬山などで人が方向感覚を失い、無意識のうちに円を描くように同一地点を彷徨い歩くこと、を意味するらしい。青年期の魂の彷徨、動物たちの野山での徘徊、人間世界の停滞感をも連想できて、秀逸なタイトルだと思う。映画は意外な着地点へ誘なってくれるだろう。


(★★★☆カネコマサアキ)