2021年1月15日金曜日

羊飼いと風船

変わりゆく時代の狭間で揺らぐ、チベット遊牧民の一家を描く

BALLOON    

2019年/中国
監督・脚本:ペマ・ツェテン
出演:ソナム・ワンモ、ジンバ、ヤンシクツォ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:102分
公開:2021年1月22日(金) シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
HP:http://www.bitters.co.jp/hitsujikai/

●ストーリー 
 チベットの草原地帯。タルギェ(ジンバ)、ドルカル(ソナム・ワンモ)の夫婦は、3人の息子とタルギェの父との三世代で牧畜で生計をたてながら暮らしている。父タルギェは力強い羊飼いで、働き者の母ドルカルは家を切り盛りしている。学校の長期休みには牧羊を手伝う長男、自然の中を駆け回る弟兄弟。仏教の教えと伝統文化を大切にする祖父が家族を見守っている。貧しくも昔ながらの素朴で穏やかな生活を送っていた。
 だが、家族に少しずつ波風が立っていく。祖父が亡くなり、時を同じくして、ドルカルの妊娠が明らかになる。だが、もう一人子どもを産めば罰金が課せられてしまう。彼女は子どもを堕したいと夫に告げるのだが・・

●レヴュー 
 チベットの大平原。遊牧民の一家の幼い兄弟が、楕円形の妙な風船を持って駆け回って遊んでいる。物語は、のどかな情景とそんな彼らの些細ないたずらからユーモラスに始まるのだが、様々な波に翻弄され苦悩する遊牧民家族の次第を映し出す展開になっていく。その中でも伝統と慣習の中にあるチベットの女性たちの姿が印象深く描かれている。

 今日、昔ながらの牧畜文化を継承していくのは、簡単ではないだろう。父タルギェは、父親からその精神を受け継ぎながらも新しい時代へ適応していかなくてはならない世代。遊牧民の暮らしは貧しく厳しいが、子どもを全寮制の学校に入れて、その学費のために羊を売る。種付けのための羊を友人から借り、バイクに括り付けて運び、力強く牧畜の作業をこなす。父の死は、友人と酒を交わしている時、スマートフォンで知らされる。
 一方、女性はどうだろうか。家族は穏やかに暮らしているが、母ドルカルは、朝起きてから寝るまで、家のこと、子どもや舅の世話、そして牧畜の仕事までも忍耐強くこなしている。それは遊牧民の女性たちの果たすべき伝統的な役割で、彼女自身もそのしきたりを大切にしているのだろう。だが、伝統的な生活と新しい生活様式との摩擦の中で困難な思いをしていることも伝わってくる。妊娠や出産についても同様だ。村の診療所は、女性たちにコンドームを配っているが、ドルカルはこれ以上の妊娠を避けるため、避妊手術を受けることを決める。しかし、その間に祖父が急逝し、そして彼女の妊娠が明らかになる。チベットの人々の宗教観をもってその子は輪廻転生による祖父の生まれ代わりだと喜ぶ夫。だが、これ以上子どもは持てないと考えるドルカルの決意は固い。遊牧民の女性たちは男性と対等であって、決して弱い立場ではないという。ドルカルの芯の強さが最後まで物語を引っ張っていく。そのような女性を演じたソナム・ワンモの演技と彼女の眼差しが印象的に残る。

 監督は小説家でもあるペマ・ツェテン。チベットの人々の精神文化と現代社会との関係性を描き、選択を迫られた人々の姿を描きたかったと語っている。だが、物語の結末は、観客に委ねられている。赤い風船が空を飛んでいくラストシーンを見ながら、チベットの人々はどう進むだろうか、そして自分なら何を選択するだろうかと思いを巡らせることになるだろう。変わりゆくチベットで、厳しい土地にたくましく生きる人々の営み。そして美しい映像美で映し出される雄大な自然が心に残る作品だ。(★★★☆加賀美まき)

第20回(2019年)東京フィルメックス・コンペティション部門最優秀作品賞 受賞

2021年1月14日木曜日

聖なる犯罪者

実話を基に描かれた、過去を偽り聖職者となった青年の顛末。 

Corpus Christi

2019年/ポーランド、フランス
監督:ヤン・コマサ
脚本:マテウシュ・パツェヴィチ
出演:バルトシュ・ビィエレニア、エリーザ・リチェムブル、アレクサンドラ・コニェチュナ
配給:ハーク
上映時間:115分
公開:2021年1月15日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷ホワイト シネクイント他 全国順次公開
HP:http://hark3.com/seinaru-hanzaisha/

●ストーリー 
 殺人を犯し少年院に入った20歳のダニエル(バルトシュ・ビィエレニア)。そこで出会った神父の影響で熱心な信者となり、前科者は聖職者になれないと知りながらも、神父になることを夢見ていた。仮釈放が決まり、ダニエルは田舎の製材所で働くことになるになるだが、そこに向かう途中、丘から見えた教会に立ち寄る。居合わせた少女マルタに自分は司祭だと嘘をついたことから新任の司祭と勘違いされ、そのまま司祭の代わりを任されることになる。
 司祭らしからぬ言動や行動をするダニエルに村人は戸惑うが、交流を通じて村人との信頼を深めていく。一年前、この村で7人が命を落す事故があったことを知ったダニエルは、この事故が村人たちに与えた深い傷を知り家族を癒したいと模索しはじめる。そんな折、同じ少年院にいた男がダニエルの前に現れる…。

●レヴュー 
 殺人を犯し、少年院に入れられた青年ダニエル。信仰を深め、院内でミサを行う神父に信頼される存在になっていった彼は、自分も聖職者になりたいという夢を抱くようになる。しかし、犯罪歴のあるものは神学校への入学は許されておらず、神父にも「善行をしたいならば他にもたくさん道はある」と諭される。仮出所したダニエルはとある村で身分を偽って司祭になりすます。ポーランドで実際にあった事件をベースに、ほぼ事実に基づいて脚本が書かれているという。

 主人公のダニエルは果たしてどんな人物なのだろうか。殺人を犯しながら、純粋に聖職者になりたいと願うほどの信仰心を持つ2面性。どのような経緯で殺人を犯したのかはわからないし、どう信仰を深めていったのかも想像するしかない。健気に罪を悔いているのかと思えば、仮出所するとすぐに歯目を外し、どこで手に入れたのか司祭服を着て神父を気取ってみせたりする。意図的に司祭になろうとしたわけではなかったが、結果的には身分を隠し、自分なりのやり方でミサを執り行い、次第に村人の信頼を得ていく。さらに彼は、そっと身を潜めているだけでなく、村人を親交を深め、村で起きた凄惨な事故による家族の心の傷を癒そうとまでする。信頼する神父の言葉通り、善行を行うことで自分も聖職者になれると思ったのかもしれない。それもまた正義なのだろうか。彼の本心がどこにあるのか、善とも悪ともつかないダニエルの行動や心の揺らぎが何によるのか推し量りながら物語が進んでいき、最後まで惹きつけられる。
 やがて、ダニエルの正体は知れるところとなる。宗教的な部分にまで踏み込んだ理解は(その背景がない筆者には)難しいところだが、閉塞的な田舎の村の人間関係とダニエルという人物を通じて、人間の危うさ、罪深さや不確かさを鋭くつく視点が秀逸。物語は完全な赦しには着地しないが、ラストシーンまで何が受容されたのか見るものが問われる作品だと思う。

 そのダニエルを演じたのは、深い眼差しが印象的な28歳のバルトシュ・ビィエレニア。独特な佇まいで善とも悪ともつかない人物を見事に演じている。そのようなダニエルの不確実さや全体に流れる静穏だが張り詰めた空気感を表すような、ブルーグレーやグリーンがかったベールに包まれたような色調の画面が美しい。ダニエルが教会を去ったあとに映し出される道端のマリア像も印象深い。(★★★★加賀美まき)

第92回アカデミー賞 国際長編映画賞へのノミネート。
「2020 ORL Eagle Awards」(ポーランド版アカデミー賞) 監督賞、作品賞、脚本賞、編集賞、撮影賞ほか11部門受賞

2020年12月22日火曜日

チャンシルさんには福が多いね

予期せずにやってくる人生危機、
それを乗り越える「福」を見つける物語



찬실이는 복도 많지 / LUCKY CHAN-SIL



2019年/韓国
監督・脚本:キム・チョヒ
出演:カン・マルグム、ユン・ヨジョン、キム・ヨンミン、ユン・スンア、ぺ・ユラム
配給:リアリーライクフィルムズ、キノ・キネマ
上映時間:96分
公開:2021年1月8日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
HP:https://www.reallylikefilms.com/chansil

●ストーリー
 映画プロデューサーのチャンシル(カン・マルグム)は、長年組んできた監督が、飲み会の席で突然亡くなり、これまでの生活が一変する。今まで恋愛もろくにせず、仕事に没頭してきた人生だったが、その大切な仕事がなくなり、今まで一体何をしてきたんだろうと、途方に暮れてしまう。
 風変わりなおばあさん(ユン・ヨジョン)の家に間借りさせてもらいながら、食べていくために、後輩であり女優のソフィー(ユン・スンア)の家で家政婦として働くことになる。そこに現れたソフィーのフランス語の教師(ペ・ユラム)にチャンシルの心はときめく。そんな時にチャンシルの前に「レスリー・チャン」と名乗る謎の幽霊(キム・ヨンミン)が現れる。この怪しい幽霊のアドバイスを聞き、告白を試みるチャンシルだが…。

●レヴュー 
 映画プロデューサーとして、信頼する監督と組み、ずっと仕事に没頭してきたチャンシルさん。だが、突然、人生がお先真っ暗な状態に陥ってしまう。仕事を失い、お金もなく、不便な坂の上の家に間借りすることに。気づけばろくに恋愛もしてない、恋人もいないアラフォー世代。頑張ってきた映画の仕事で評価を得られたわけでもなく、すっかり落ち込んでしまう。
 
 本作は、仕事に邁進してきた40代の女性たちが直面するであろう現実を軽妙なタッチで描いている。突然、エアポケットに落ちたような変化に戸惑い、悩み、自虐的にもなる。そんな中でちょっぴり心のときめきも経験する。一所懸命に打ち込んできた仕事から離れて、初めて自分自身に向き合うチャンシルさんの姿に共感する人も多いだろう。それしかないと思い込んでいた仕事が、本当にやりたいことだったのか。自分の幸せはもっと他にあったのではないか・・。曲がり角にぶつかって悩んだり、思いも寄らない落胆を経験したりするのは人生の習いなのだから。

 この作品がそうした共感を得るのは、プロデューサーとしてホン・サンス監督作品に参加し、本作が長編デビューとなるキム・チョヒ監督の力量にあると思う。40歳を過ぎてから映画を撮り始めたという監督自身の姿を投影するストーリー展開。自然で乙な台詞やオフビートな進行がユニークで見るものの心に優しく響く。『はちどり』のキム・ボラ監督、『82年生まれ、キム・ジヨン』のキム・ドヨン監督に続く女性監督の進出が楽しみだ。
 そしてもう一つは、チャンシルさんを演じたカン・マルグムの魅力である。先に日本で公開された『悪の偶像』(イ・スジン監督)では、息子の罪の隠蔽を図る母親役を強かに演じて印象的だった。本作では一変、悩めるチャンシルさんをひょうひょうと、それでいてユーモラスで愛らしい演じっぷりが秀逸。遅咲きながら、これからどんな役柄をどう演じていくのか楽しみである。
 また、チャンシルさんは個性的な人物たちに囲まれ、心を通わせていく。紆余曲折の人生を送ってきた大家のおばあさんを手助けしたり、ちょっと心ときめいた年下のフランス語教師とは映画談義をしたり。女優の後輩には不思議と慕われ、レスリー・チャンの亡霊には励ましの言葉をかけられる。そうした人物を名優ユン・ヨジョン、演技派のぺ・ユラム、キム・ヨンミンといった俳優たちが確りと演じている点も必見。

 人は、自分の周りに「福」があることに気づかないでいるだけなのかもしれない。エンディングに流れる「家なし、金なし、男なし・・でもチャンシルさんは福が多いよ~」というパンソリ(韓国の民謡)調の歌。思わず口ずさんでしまい、同時にタイトルの持つ意味が心に染みてくる。人との小さな関わりを大切にしながら、誠実に一歩一歩前に進もう、この作品はそう思わせてくれる。韓国でスマッシュヒットとなったのも頷ける。(★★★☆加賀美まき) 

2020年12月20日日曜日

カムイチェプ  サケ漁と先住権

サケ漁をめぐるアイヌ先住民と和人の攻防


2020年/日本
監督:藤野知明
上映時間:93分


●レビュー


監督の母校・北海道大学の研究者たちに盗まれた先祖の遺骨を、アイヌの人々が取り戻そうとする姿を追った昨年の『とりもどす-囚われのアイヌ遺骨-』('19)に続き、東京ドキュメンタリー映画祭2020で都内初上映された作品だ。


 北海道の紋別や旭川などでは、毎年9月に川を登ってくるサケを迎え、自然に感謝し、豊漁を祈るアイヌの伝統儀式カムイチェプノミ(神の魚=サケを迎える祈り)が行われる。本作では、儀式に供えるサケを川で獲る際、その許可を取るようにいう警察や道庁の職員と、それを拒む紋別アイヌ協会の会長・畠山さんとのやり取りが見ものとなっている。

 国や北海道と交渉してきた畠山さんたちが求めているのは、アメリカやカナダなどの先住民が既に取り戻し、認めさせてきた先住権と、その行使としての自由な鮭漁。話し合いが進展しないことから、畠山さんは許可申請せずに鮭を獲ると、「密漁」扱いで報道される。


 取り締まる警察や、許可を取って下さいと何度となく頼みに来る道庁の職員も所謂悪人には決して見えない。いや、むしろきっと責任感の強い「いい人」たちが自分の仕事を真面目に全うしようとしているだけなのだが、話は当然の如く折り合わない。このSNS時代、カメラ前での行動がどんな印象を与え、影響を及ぼすかを流石に理解した人々の立ち振る舞いに見入ってしまう。お願いに来た担当者たちがどんなに腰が低く、人が良さそうでも、上と話が付かないことには問題の解決はない。とても差別的で残酷な行為を戦時中黙々と執行していたのは、家族思いの生真面目な役人だったという報告が頭をよぎる。


 言い争う警官の言いぶんに思わず笑ってしまったり、道庁職員の帰り際にねぎらいの言葉をかけてしまう畠山さんの人の良さが滲み出る。既成概念や先入観のほころびを見るのが、映画を見る醍醐味であり楽しみだが、シビアなやり取りの合間にも垣間見られるアイヌの人々の大らかさが前作同様、そのまま本作の豊かな魅力や面白さになっている。

 年に一度の儀式に供えるサケの十数匹くらい、当局も多めにみろよと、この映画を観た誰しもが恐らく思うだろう。ただ、当局=和人が恐れるのは、土地の所有も含めた先住権を求める声の高まりや広がりなのだろう。


 アメリカのおもにアングロサクソンや中国の漢人の覇権主義的で高圧的な拡張政策にウンザリ憤る際、我が日本の和人がアイヌの人々にこれまでしてきたことや今現在していることを自覚しておきたい。

 アイヌ同士の根深い部族抗争もかつてあったと聞けば、人の本能や宿命、限界を感じてしまう。ただ、先住民との問題に関しては、模範にできる先例が、問題だらけのアメリカや海外にはいくつもある。ハンセン病隔離政策の廃止が世界から30~40年遅れた我が日本にも、止めどないウイルスの蔓延を食い止める方法を模索するように、できること、すべきことがないわけはない。


                               (★★★★今野雅夫)


●関連情報


2020年12/5(土)~12/11(金)に開催された東京ドキュメンタリー映画祭2020は、3年目を迎え、150 本以上の応募作から選りすぐられた40作品と、特集「映像の民族誌」9作品に加え、香港情勢を伝える2作品も特別上映された。上映作品のテーマは、戦争、民主主義、原発事故、障害、 家族、自然、人権など多岐に渡る。 
 今回、その中の特集「映像の民族誌」の中から2プログラムを観る機会があった。一つは
今回取り上げた『カムイチェプ サケ漁と先住権』(藤野知明監督)。もう一つは「ゾミアの秘祭」プログラム。『ナガのドラム』(井口寛監督)はミャンマーの山奥で巨木を繰り抜いて巨大な太鼓を作り、その完成を祝うナガ族の祭の記録だ。『アルナチャール人類博覧会』(本映画祭のプログラム・ディレクターでもある金子遊監督)は、インド北東部のゾミア(山岳地帯)に暮らす多くの少数民族をインド政府が集めて開催したフェスティバルで、少数民族が観光に利用される様を映した作品。いずれも興味深く拝見した。
 


●関連作品

『アイヌモシリ』


2020年12月10日木曜日

ハッピー・オールド・イヤー

オフィス改装のため断捨離に挑むデザイナーは数々の思い出に悩まされる

『バッド・ジーニアス』主演女優が見せる涙の意味とは






Happy Old Year 


2019年/タイ

監督:ナワポン・タムロンラタナリット

出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン(『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』)、サニー・スワンメーターノン(『フリーランス』)

配給:ザジ・フィルムズ、マグザム

上映時間:113分

公開:12月11日(金)よりシネマカリテ、ヒューマントラスト渋谷ほか全国順次ロードショー



●ストーリー


スウェーデンの留学から戻ったジーンは、デザイナーとして本格的に活動するため、自宅の1階部分を事務所にしようとリフォームを思い立つ。その家は父親がかつて音楽教室を開いていた小さなビルで、母と自作の服を売る兄が同居しているが、モノが溢れかえっていた。断舎離を開始するも、母親と衝突したり、親友からもらったCDを捨てたことを咎められたり、元カレのカメラを返すうちに、複雑な思いにかられ心は疲弊していく。時は年末。ジーンは新たな気持ちで新年を迎えることができるのだろうか?


●レヴュー


コロナ禍で在宅時間が長くなったせいもあるのだろうけど、「断舎離」という言葉を最近またよく目にするようになった。日本発の「断捨離」は世界でウケているようで、この映画でも欧米で浸透した“こんまりメソッド”らしきパロディ映像が挿まれるので苦笑してしまう。「断舎離」の過程が家族のドラマになる…というのは常套で、TV番組の格好のネタになるわけだが、この映画も例にもれない。ただ、ナワポン監督の感性にかかると、だいぶその表情は変わってくる。


ナワポン監督の作品は、そのほとんどが日本国内の映画祭などで上映されており、新作が完成するごとに注目して来た。最初に日本で紹介された2作目『マリー・イズ・ハッピー』('13)は実際に投稿された女子高生のツイッターから書き起こされたというポストモダンな作品だった。インディーズを軸足にしてるが、『フリーランス』(’15)という商業ベースの映画でも卓越した才気を見せ、本国で大成功を納めている。(フリーのグラフィックデザイナーの悲哀がコミカルに描かれる。主演は本作で元カレ・エームを演じたサニー・スワンメーターノン)


とりわけ僕が感銘を受けたのが、長編デビュー作にあたる『36のシーン』(’12)という作品だ。写真の36枚撮りフィルムの特性(1枚1枚が時間や場所を異にしたり、成功した写真もあれば、失敗した写真があったり、現像しないまま月日が経っていたり)をヒントに、映画関係者の男女の記憶の断片を1シーン1カットに置き換えた実験的作品だった。時の移ろいや相手を想うことが見事に表現されていた。

本作の中でも、主人公のジーンが断舎離の中で見つけた元カレのコンパクトカメラと数本のフィルムを、本人に返す筋書きがあり、連動感を感じた。このジーンの行動は、元カレと彼が現在つきあっている彼女の間に波紋を起こすことになる。


さて、この映画の設定でとても気になるところがある。それはジーンの父親についての描写だ。ジーンの父親は音楽教室を開いていたが、家族を捨てて出ていってしまった。父が残していったアンティークなピアノをジーンは処分しようとするが、いつか夫が戻って来ると信じている母親は猛反対する。ジーンは父親にコンタクトをとり、ピアノの件を問うが、それは父が二度と戻ってこないことを確認するような作業だった。


僕にはこの父親像が二人の人物とだぶって見える。一人は2016年に亡くなった国父として篤く慕われたラーマ9世、すなわちプミポン前国王だ。プミポン国王は音楽に精通していて作曲までこなす人物として知られている。度重なるクーデター、国民の分断を仲裁してきたバランサーとしての役目もあった。彼の不在が語られ、時が元に戻らない事を強調しているかのように見える。もう一人は、おそらく監督と同じ客家華人系であるタクシン元首相。彼が行った政治の評価は支持層によって分かれると思うが、政変によって未だに亡命生活を送っている。

新しい事務所を作るため家を「リフォームする」ことはおそらく、民主憲法を反故にし軍事政権下にあるタイ政治を変革したいという願いと同義だろう。その政治的「断舎離」は痛みを伴い、人々の対立を生むに違いない。ラストの長まわしによるジーンの涙はそんなタイの行く末を悲観しているように見える。


(★★★☆カネコマサアキ)




●関連情報


第15回大阪アジアン映画祭・グランプリ受賞


 

2020年11月17日火曜日

ホモ・サピエンスの涙

 33のエピソードで紡がれる、この時代に生きる人々への映像詩



About Endlessness

2019年/スウェーデン、ドイツ、ノルウェー、、
監督・脚本:ロイ・アンダーソン
出演:マッティン・サーネル、イェッシカ・ロウトハンデル、タティアーナ・デローナイ
配給:ビターズ・エンド
上映時間:76分
公開:2020年11月20日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
HP:http://www.bitters.co.jp/homosapi/

●ストーリー
 高台にあるベンチに座る男と女。鳥の群が飛んでいる。「もう9月ね」永遠に続きそうな、穏やかな時間が流れる・・。
 美味しい夕食で妻を驚かそうとしていた男。数年ぶりに再会した友人に声をかけるが無視される。彼の横をその友人が再び通り過ぎるがやはり無視されてしまう。
 ぼんやり別のことを考えていたウエイター。唯一の客にワインを注ぐが、溢れてどんどんテーブルに広がっていく。助けを呼ぼうにも店内には誰もいない。
 さまざな人たちの33のエピソードが紡がれていく。

●レヴュー 
 淡々としたナレーションに導かれて、小さな33のエピソードが続いていく。色彩を抑えたブルーグレートーンの画面。登場する人々の動きはおしなべて緩やか。表情の変化も言葉も少なめで、時折静止画を見ているのかと錯覚してしまう。そこに散りばめられているのは、時代も世代も異なるが、どこか(文章や映像の中かもしれないが)で見聞きしたような市井の人々の人間模様。そんな彼らの姿に次第に惹きつけられていく。短いエピソードの断片は、最初は詩的なものにも感じられるのだが、実は自分の近くで起きていたかもしれない、不器用な人間たちのありのままの姿だと気付かされる。映像の魔術師と言われるロイ・アンダーソン監督は、そんな人間たちの愛すべき姿をユーモアとシニカルな独特の視線で描き出している。
 ひとつひとつのエピソードに、押し並べて関連性はないようなのだが、凡庸な人々の姿の合間に、20世紀を訓誡するような戦争の敗北者を登場させる。その中に、シャガールの絵に着想したという、空爆で破壊された都市の上空を飛ぶカップルのエピソードが印象的に織り込まれている。そのバランスが絶妙で意味深く、切れ切れにも思えるエピソードを見事に一つの作品にまとめ上げていると思う。

 もうひとつの見どころは、アンダーソン監督の構図・色彩・美術など細部に至るまで徹底的なこだわり。ほぼ全て、監督自身の巨大なスタジオにセットを組み、ワンシーンワンカットで撮影されている。前出の空爆された都市は、1/200の縮尺でケルンの街並みの模型を建てたという。そのディテールの再現、画面全体のグレーのグラデーションが秀逸。多くの絵画からインスピレーションを得ている監督だが、特に美的にも印象的なシーンになっている。
  
 そして、この作品を見ながら、不思議な感情が沸き起こった。薄雲に覆われたような世界、人の少ない空間、言葉少なに距離を取る人々の姿。監督はこの作品のテーマは人間の脆さだと語っているが、まるで新型コロナウイルス感染症によって様変わりした今の社会を予言していたかのようだ。人類が繰り返し経験してきた敗北、人間が誰しも抱える孤独、憂いや悲しみ。今まさにその渦中にあって、私たちはもがいていると思う。この作品の小さなエピソードから何を感じるかは観客に委ねられていると思うのだが、意味深長な逸話が多い中、3人の若い女性たちが、流れてきた軽快な音楽に合わせて道で楽しく踊リ出すシーンが、不思議と心に残る。人間の小さな希望や喜びがまた新しい世界へと繋がっていくのだと思わせてくれるからかもしれない。人生悲喜こもごも。悪いこともあるが、そればかりではない、原題の『無限』にその思いが込められていると思う。
(★★★☆加賀美まき)

第76回ベネチア国際映画祭 銀獅子賞(最優秀監督賞)受賞。

2020年11月16日月曜日

セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選

 

 

そのほとんどの作品が主要国際映画祭に出品されているという、ドキュメンタリー作家セルゲイ・ロズニツァ。

今回《群衆》をテーマにした3作品の連続上映が行われるが、日本では今回の特集上映が初上映になるという。スターリンの国葬の記録映像を再編集した『国葬』、政府の自作自演だった裁判を描く『粛清裁判』、ダークツーリズムを考えさる『アウステルリッツ』の3本だ。

 

監督:セルゲイ・ロズニツァ

配給:サニー・フィルム

公開日:2020年11月14日〜12月11日シアター・イメージフォーラム

公式HP:www.sunny-film.com/sergeiloznitsa

 

 


 

 

■国葬 State Funeral

 

2019年/オランダ、リトアニア

 

1953年3月5日、ソ連の指導者スターリンの死がソビエト全土に報じられた。世界最大級の国葬のため、彼の死を嘆く人々や世界各地から要人たちが集まってくる。首脳陣たちのスピーチが壇上で始まるが、その後まもなく粛清されてしまう顔も見える。

 

スターリンの国葬の模様を収めたフィルムがリトアニアで発見され、そのアーカイブ映像を編集した作品。驚くのが、デジタル修復されたその映像のクリアさ。スターリンの遺体を一目見ようと多くの群衆がモスクワに集まってくる。盛大な葬儀を世界に発信しようとする政府。人々はスターリンを畏れる一方で敬い、彼が死んだ後はどうして生きていけばいいかわからないと口にするものも少なくなかった。

最後にレーニン廟に埋葬されるスターリンだが、のちにそれが撤去される。権力は時代の前に風化し、群衆の関心はすぐに移り変わるのだ。(★★★☆前原利行)

 

 

■粛清裁判 The Trial

 

2019年/オランダ、ロシア

 

1930年のモスクワで、8人の有識者の裁判が行われていた。彼らは「産業党」というグループで、共産主義政権への破壊活動を行っていたという容疑だ。その裁判と並行して、街頭で「裏切り者に死を」というスローガンを抱えた群衆が練り歩く。しかしこの裁判はそもそも、“やらせ”だった。

 

本作が進むにつれ、観客は次第に違和感を抱いていく。8人は有罪になれば死刑になるのに、みな積極的に過ちを認め、深い反省の念を述べ、計画が失敗に終わったことを声高に言う。最後になり、ようやく私たちはこの裁判自体がやらせだったことをテロップで知る。今でもたいていの国で、政府は失敗すると国民の不満を逸らすために茶番をでっち上げる。権力を持っているものは、失敗を認めない。そして群衆はそれを信じる。人は自分が思っているよりも、騙されやすい。(★★★前原利行)

 

 

 

■アウステルリッツ Austerlitz

 

2019年/ドイツ

 

ベルリン郊外のザクセンハウゼン強制収容所跡。夏の晴れた日に多くの観光客がやってくる。かつてここには政治犯のほかユダヤ人やロマの人々が収容されていた。しかし今では単なる観光地と化している。

 

一つのシーンが固定で5分近くあるが、その間私たちは画面をずっと見つめるしかない。一体これは何なのだろうかと観客は自問していく。実はただベタで撮っているようでも、編集によりシーンは巧みに選ばれている。そしてロズニツァ作品共通のサウンド編集がある。意図的に音はクローズアップされている。

 

映画のタイトル「アウステルリッツ」は、本作はドイツの文学者W・G・ゼーバルトの代表作「アウステルリッツ」にインスパイアされ、製作されたため。語り手である“私”が、ドイツ帝国時代の建物を巡るアウステルリッツから暴力や権力の歴史を聞く。

建物やその場所には、暴力や権力を刻んだものもある。それを再確認しに行くのがダークツーリズムだが、本作は、すっかり形骸化して単なる観光地になっている事実を映し出す。(★★★前原利行)