2020年12月10日木曜日

ハッピー・オールド・イヤー

オフィス改装のため断捨離に挑むデザイナーは数々の思い出に悩まされる

『バッド・ジーニアス』主演女優が見せる涙の意味とは






Happy Old Year 


2019年/タイ

監督:ナワポン・タムロンラタナリット

出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン(『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』)、サニー・スワンメーターノン(『フリーランス』)

配給:ザジ・フィルムズ、マグザム

上映時間:113

公開:1211日(金)よりシネマカリテ、ヒューマントラスト渋谷ほか全国順次ロードショー



●ストーリー


スウェーデンの留学から戻ったジーンは、デザイナーとして本格的に活動するため、自宅の1階部分を事務所にしようとリフォームを思い立つ。その家は父親がかつて音楽教室を開いていた小さなビルで、母と自作の服を売る兄が同居しているが、モノが溢れかえっていた。断舎離を開始するも、母親と衝突したり、親友からもらったCDを捨てたことを咎められたり、元カレのカメラを返すうちに、複雑な思いにかられ心は疲弊していく。時は年末。ジーンは新たな気持ちで新年を迎えることができるのだろうか?


●レヴュー


コロナ禍で在宅時間が長くなったせいもあるのだろうけど、「断舎離」という言葉を最近またよく目にするようになった。日本発の「断捨離」は世界でウケているようで、この映画でも欧米で浸透した“こんまりメソッド”らしきパロディ映像が挿まれるので苦笑してしまう。「断舎離」の過程が家族のドラマになる…というのは常套で、TV番組の格好のネタになるわけだが、この映画も例にもれない。ただ、ナワポン監督の感性にかかると、だいぶその表情は変わってくる。


ナワポン監督の作品は、そのほとんどが日本国内の映画祭などで上映されており、新作が完成するごとに注目して来た。最初に日本で紹介された2作目『マリー・イズ・ハッピー』('13)は実際に投稿された女子高生のツイッターから書き起こされたというポストモダンな作品だった。インディーズを軸足にしてるが、『フリーランス』(’15)という商業ベースの映画でも卓越した才気を見せ、本国で大成功を納めている。(フリーのグラフィックデザイナーの悲哀がコミカルに描かれる。主演は本作で元カレ・エームを演じたサニー・スワンメーターノン)


とりわけ僕が感銘を受けたのが、長編デビュー作にあたる『36のシーン』(’12)という作品だ。写真の36枚撮りフィルムの特性(1枚1枚が時間や場所を異にしたり、成功した写真もあれば、失敗した写真があったり、現像しないまま月日が経っていたり)をヒントに、映画関係者の男女の記憶の断片を1シーン1カットに置き換えた実験的作品だった。時の移ろいや相手を想うことが見事に表現されていた。

本作の中でも、主人公のジーンが断舎離の中で見つけた元カレのコンパクトカメラと数本のフィルムを、本人に返す筋書きがあり、連動感を感じた。このジーンの行動は、元カレと彼が現在つきあっている彼女の間に波紋を起こすことになる。


さて、この映画の設定でとても気になるところがある。それはジーンの父親についての描写だ。ジーンの父親は音楽教室を開いていたが、家族を捨てて出ていってしまった。父が残していったアンティークなピアノをジーンは処分しようとするが、いつか夫が戻って来ると信じている母親は猛反対する。ジーンは父親にコンタクトをとり、ピアノの件を問うが、それは父が二度と戻ってこないことを確認するような作業だった。


僕にはこの父親像が二人の人物とだぶって見える。一人は2016年に亡くなった国父として篤く慕われたラーマ9世、すなわちプミポン前国王だ。プミポン国王は音楽に精通していて作曲までこなす人物として知られている。度重なるクーデター、国民の分断を仲裁してきたバランサーとしての役目もあった。彼の不在が語られ、時が元に戻らない事を強調しているかのように見える。もう一人は、おそらく監督と同じ客家華人系であるタクシン元首相。彼が行った政治の評価は支持層によって分かれると思うが、政変によって未だに亡命生活を送っている。

新しい事務所を作るため家を「リフォームする」ことはおそらく、民主憲法を反故にし軍事政権下にあるタイ政治を変革したいという願いと同義だろう。その政治的「断舎離」は痛みを伴い、人々の対立を生むに違いない。ラストの長まわしによるジーンの涙はそんなタイの行く末を悲観しているように見える。


(★★★☆カネコマサアキ)




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