2021年4月24日土曜日

海辺の彼女たち

北国の漁港で、不法就労で働く3人の若いベトナム人女性たち。過酷な現実をドキュメンタリータッチで描く




海辺の彼女たち Along the Sea

2020年/日本、ベトナム

監督:藤元明緒

出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー

配給:E.x.N

公開:202051日より

上映時間:113

公式HPhttps://umikano.com/

 

●ストーリー

ある夜、過酷な労働をさせられていた職場から、技能実習生として来日していたベトナム人女性のアン、ニュー、フォンの3人が脱走する。3人はブローカーを頼ってフェリーに乗り、遠く離れた雪深い港町へとやってきた。漁港に住み込みで働き出す3人。仕事は魚の仕分けや、漁の道具のメンテナンスだ。3人は、滞在証が取り上げられていて、不法滞在の身。見つかれば強制送還だ。しかし働き出した矢先に、フォンが体調を崩す。アンとニューはフォンの身を案じて、病院に連れて行くが、身分証がない彼女は診療を受けることができない。やがてフォンは、自分が身ごもっていることをアンとニューに告げる。

 

●レビュー

日ごろニュースで見かける、外国人技能実習生の脱走。

つい、私たちは彼らを犯罪者だと最初から見がちだが、そもそもそれには理由があるのではないか。今は80年代のバブル期の豊かな日本ではない。正直、日本人からしても豊かな暮らしはできない現在だ。本作は、数は減ったがそれでもやってくる外国人労働者の、一つの姿を描く。

 

本作は藤元明緒監督による長編2作目で、前作は日本に住むミャンマー人家族を描いた『僕の帰る場所』。この作品は東京国際映画祭「アジアの未来部門」でグランプリを受賞するなど、各国で高い評価を受けた。今回の『海辺の彼女たち』も各国の映画祭に出品されている。藤元監督は今回、技能実習生から受けたメールをきっかけに脚本を執筆。監督だけでなく、編集も自身が行なっている。

 

本作の主人公は、日本に働きにやってきた若いベトナム人女性たち。

日本人は少し登場するものの、あくまで視点は彼女たちから離れることはない。カメラは彼女たちにピッタリと寄り添ったままだ。20代の同世代の3人は、ベトナムでオーディションで選ばれたという。

 

映画は、言葉ではなく、おもに彼女たちのリアクションを通して、彼女たちが何を感じているのかを私たちに伝える。セリフによる説明は少ないが、間を生かした演出なので、彼女たちが何を考えているのかを考える時間を、私たちに与えてくれる。その時間があるから、私たちは彼女たちに共感したり、寄り添う気持ちを持てるのだ。

 

雪が積もった北国の情景は、彼女たちの心象風景でもある。彼女たちが声を発しない分、荒れた風景がその心を代弁している。アメリカ映画だが、クロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』にも通じる演出だ。

 

これは外国人労働者たちだけの問題ではない。

彼らの労働に頼らざるを得ない、日本の労働についての問題でもある。過疎化が進む地方。なり手がない肉体労働。少子化。そうしたツケを、すべて外国人に押し付けた結果、不幸が連鎖する。


旅は何も日本人が海外へ行くだけではない。また外国人も、観光目的で来る者ばかりではない。日本にこうしてやってくるのもまた旅なのだ。それが辛いものだとしても。

★★★★前原利行)

 

2021年4月22日木曜日

ハイゼ家 百年

東ドイツ出身のドキュメンタリー作家が家族の遺品から紡ぎ出す、 
全5章218分のファミリーヒストリー



Die Heimat ist ein Raum aus Zeit
2019年/ドイツ、オーストリア
監督・撮影:トーマス・ハイゼ
配給:サニーフィルム
上映時間:218分
公開:4月24日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国劇場公開

●ストーリー

旧東ドイツ出身の映画監督トーマス・ハイゼ。その家族が19世紀後半から保管してきた遺品〜書簡・日記・写真・音声記録をコラージュし、ハイゼ家が歩んだ来た激動の百年を監督自らの語りで綴る。

●レヴュー

「戦争は本当に恐ろしい。家畜も牛飼いも叩きのめす」
1912年3月19日に書かれたヴィルヘルム・ハイゼ14歳の作文だ。ヴィルヘルムは監督の祖父にあたる人物。作文の戦争は何を指してるのか。第一次世界大戦の勃発はその2年後なので、14歳の少年にしては想像力が長けている感じがするが、その後のハイゼ一族の波乱万丈を予見するような内容にも見える。
                    
ヴィルヘルムは成長すると教師となり、ウィーン出身のユダヤ人の娘で彫刻家のエディトと知り合い、結婚する。そして二人の子供を儲ける。家庭的な幸せの絶頂とは裏腹に、社会は混迷を深めていく。1933年、ナチ党が政権を取った翌年、ヴィルヘルムは突如、教師の職を解かれる。妻エディトとの「混血婚」が問題とされたのだ。
「私は40歳、財産もない、子供は10歳と11歳…」国務大臣に対して公務員法第6条の措置を適用しないでほしい、という嘆願書の下書きが残されている。走り書きだが、幾度も書き直している様子に焦燥感が窺える。さらに胸を締め付けられるのが、妻エディトのウィーンにいる両親や親戚との手紙のやり取りだ。「私たちを助ける手段があるのなら、何とかしてほしい、もし迷惑でないのなら…」緊迫の度合いが伝わってくる。親戚たちが次々とユダヤ人収容所へ送られていくのだ。

第2章は、ロージーという女性の日記から始まる。監督の母親に当たる人物だ。彼女は恋多き女性のようだが、その後、ヴィルヘルムの長男で哲学者のヴォルフガングと知り合い結婚する。(つまり監督の両親である)終戦後、東西ドイツが分裂し、東ドイツの生活が書簡の中で語られる。1961年、労働力の西側への流出を避けるため作られた「ベルリンの壁」。その建設自体が、今まで理想的で順調にみえた「社会主義」の翳りを見せ始める。ヴォルグガングはフンボルト大学で副学長まで上り詰めたが、反体制知識人のかどで辞めさせられてしまう。

第3章はヴォルフガングと反体制派知識人たち〜ヴォルフ・ビーアマン、ローベルト・ハーヴェマン、ハイナー・ミュラー、クリスタ・ヴォルフとの交流が描かれる。のちに明かさられることになる秘密警察(シュタージ)の暗躍や陰の協力はこの時期の出来事だ。
第4章で、ようやくトーマス・ハイゼ監督本人の回想が語られる。廃屋の映画館のエピソードから始まり、1989年のベルリンの壁崩壊前夜の雰囲気がリアルに伝わってくる。壁を壊す華やかで象徴的なシーンを描かないところがこの監督らしさだ。
                   

ハイゼ家三代の物語の重厚感に思い出したのは、北杜夫の小説『楡家の人々』だ。大正から昭和の激動期に精神病院を経営する自身の家族をモデルにしたこの小説は、トーマス・マンのノーベル文学賞の契機となった『ブッデンブローク家の人々』に影響を受けたといわれている。同国出身のハイゼ監督も企画の参考にしてるのかもしれない。
ドイツ語原題は、Die Heimat ist ein Raum aus Zeit(故郷とは時間からなる空間である)。縁のある場所を撮ったと思われるモノクロの静謐な映像が、歴史という深い井戸を想像させ、底の方から徐々に光に向かって這い上がっていくような印象をもたらす。また、それぞれの時代に書き記された”言霊”が思いのほか生々しく響いてくる。語るのはハイゼ家の末裔である監督自身。全体的にクールな印象だが、歴史の教訓ばかりではなく、一族が命を紡いできたこと、生き延びてきたことへの祝福をも感じるドキュメンタリーだった。

(★★★★カネコマサアキ)


●関連情報

第69回ベルリン国際映画祭フォーラム部門最高賞カリガリ賞
ドイツ映画批評家賞2020 最優秀ドキュメンタリー賞

 

2021年4月12日月曜日

ハウス・イン・ザ・フィールズ

弁護士になりたい妹、結婚するために学校を辞める姉。
モロッコ・アトラスの山村で暮らす一家を捉えたドキュメンタリー



原題:TIGMI N IGREN
2017年/モロッコ、カタール
監督・撮影:タラ・ハディド
出演:ハディージャ・エルグナド、ファーティマ・エルグナドほか
配給:アップリンク
上映時間:86分
公開:4月9日(金)よりアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

●ストーリー

モロッコはアトラス山脈にあるアマズィーグ人の村。少女ハディージャとその姉のファーティマは仲のいい姉妹。ハディージャは将来弁護士になることを夢見ている。ファーティマは来年の夏、結婚することが決まっている。「結婚するのが怖い。だけど義務だから」と胸のうちを語るファーティマ。ハディージャは、大好きな姉と離ればなれになってしまう寂しさを感じている。冬から春、そして夏へと季節は移り変っていく。


●レヴュー

被写界深度の浅いボケとピントの合った美しい映像に引き込まれる。
直感的に、これは写真家が撮った映画かな?と思った。資料によると、タラ・ハディド監督は写真集も出しているらしい。(名前に見覚えが、と思ったら世界的な建築家・故ザハ・ハディドの姪にあたる人物だった)スケッチ風に見えるが計算されていて、登場人物が「自分自身を演じる」タイプのドキュメンタリーだ。監督は7年に渡り現地入りし、彼らと寝食をともにしたという。ハディージャとファーティマの姉妹がこの女性監督に打ち解けている様子が伝わってくる。(男性ならイスラームを信仰する女性たちにカメラを向ける難しさがよくわかるだろう)

姉妹の一家を中心に、非アラブ系の「アマズィーグ人」のコミュニティを端的に描いている。舞台は高アトラス西南地域のとある村。アマズィーグ人とはベルベル人のことで、こちらの表記の方が馴染みがある人も多いと思うが、実は「異言を話す者=バルバロイ」から来るローマ人側からの蔑称でもあり、当人たちは自らを「アマズィーグ」というらしい。モロッコの25%を占めるというアマズィーグではあるが、彼らの置かれた立場は蔑称からも容易に想像がつく。

姉妹の父親は1970年から85年までユーロ圏へ出稼ぎに行っていた。その労苦は顔に刻まれた深いシワや抜け落ちた歯が物語っている。その間、妻は一人で家庭を守っていた。二人がカメラの前で、緊張気味に昔の思い出を”節回し”で披露する姿が印象的だ。
また、まだ幼さのある次男のオマールは、「村には仕事がない、兄のようにカサブランカやマラケシュで働きたい」と言っている。一家は畑仕事で生計を立てているようだが、村には慢性的な貧困があるのだろう。
次女ハディージャは将来弁護士を夢見ている。勉強が好きで続けたいと思っているが、姉のように結婚を選ぶと、勉強を途中でやめなくてはならないことを心配している。友人との会話で、男女平等を謳う国王令の話題をするシーンがある。「男性たちが男女平等に反対するデモをしているニュースを見たわ」と友人。将来を不安視する若い少女たちの言動に、モロッコ女性たちの状況も伝わってくる。国王ムハンマド6世による改革で男女平等の意識は進んでいるようであるが、まだまだ都会と田舎の格差はありそうだ。

映像はもちろんだが、音像の方も印象的だった。風の音、小川のせせらぎ、木々のさざめきがリアルで、アンビエント音楽を聴くような趣きすらある。自然の風景と音が心地よく、コロナ疲れを癒してくれる。しかし、その音像は、長女ファーティマの結婚式で爆発する。アマズィーグの伝統楽器ルタルが奏でる音、アホワーシュの隊列の歌声、太鼓やベンディールの打楽器のリズムが、ある種のトランス状態へいざなう。比較していいのかわからないが、ブライアン・ジョーンズの「ジャジューカ」(リフ山脈方面の村名)を思い出した。そして、祭りの後の静寂が姉との別れと重なる様は、実に文学的だ。
冬から夏にかけての出来事が章立てで描かれるが、その章立てにはアマズィークの文字ティフナグが使われている。こちらも目を引いた。
(★★★☆ カネコマサアキ)


●関連情報

2004年にムハンマド6世の主導権によって新家族法が成立し、女性の婚姻可能年齢は18歳以上に引き上げられ、一夫多妻制についても厳しい基準が要求されるようになった。新家族法制定で、女性は結婚時に夫に複数の妻(イスラム教徒の男は4人まで妻を持てる)を持たないよう求めることができる。さらに、女性から離婚を請求すること、家庭における夫婦の責任が同等となり、女性は自分自身で結婚を決めることができるようになった。

2021年4月7日水曜日

狼をさがして

1974年、日本社会を揺るがした連続企業爆破事件。
「東アジア反日武装戦線」の実態に迫るドキュメンタリー



 2020年/韓国
監督・プロデューサー:キム・ミレ
出演:太田昌国、大道寺ちはる、池田浩士、新井まり子、溶田由紀子ほか
配給:太秦
上映時間:74分
公開:3月27日(土)よりシアター・イメージフォーラムにて公開中

●ストーリー

1974年8月30日、東京・丸の内の三菱重工本社ビルで時限爆弾が爆発し、死者8名、負傷者380名を出す事件が起きた。1か月後、犯人から声明文が出される。「東アジア反日武装戦線“狼”」と名乗るその組織は、「日帝の侵略企業・植民者に対する攻撃である」と宣言した。その後も別働隊”大地の牙”や”さそり”による爆破事件は続いたが、1975年5月19日犯人グループは一斉検挙される。

2000年代初頭、釜ヶ崎で日雇い労働者を撮影していた韓国のキム・ミレ監督が、一人の労働者から東アジア反日武装戦線の存在を知り、彼らの思想を辿るドキュメントを撮り始めた。

●レヴュー

連合赤軍や日本赤軍を扱った映画は数多あるが、「東アジア反日武装戦線」に焦点を当てた映画は珍しいかもしれない。また、それが日本人ではなく韓国人のドキュメンタリー作家によって見出されたことも興味深い。ネチズンたちが左派たちを揶揄する「反日」の言葉の源泉もここに行き着きそうだ。「東アジア反日武装戦線」は70年代初期に勃興した武闘派左翼グループの一つと考えられるが、彼らは一体どのような思想を持っていたのか。カメラは関係者や支援者にインタビューを重ね、実像に迫ろうとする。

「東アジア反日武装戦線」は法政大学の文学部史学科に在籍していた大道寺将司を中心に結成されたグループが源流で、明治以降の「日本帝国主義」がアジアで行ってきた「悪行」について考える研究会が基礎になっている。そのコアな部分を抜粋してみる。

〜36年間に及ぶ朝鮮の侵略・植民地支配をはじめとして、台湾、中国大陸、東南アジア等も侵略支配し、「国内」植民地としてアイヌモシリ・沖縄を同化吸収してきた。我々はその日本帝国主義の子孫であり、敗戦後開始された、日帝の新植民地主義侵略支配を許容・黙認し、旧日本帝国主義者の官僚群、資本家を再び生き返らせた帝国主義の本国人である〜
〜自らの逃避口=安全弁を残すことなく”身体”を張って自らの反革命に落とし前をつけることである〜 『腹腹時計』兵士読本vol.1より

大道寺将司の出身は北海道・釧路だった。アイヌの問題はとりわけ身近だったのかもしれない。大学受験で大阪外語大を受けるが失敗、そのまま大阪に残り、釜ヶ崎で一年を過ごし日雇い労働者との親交を深める。東京に移動し、法政大学に入学し全共闘に入るも、安保闘争の敗北とともに自然消滅。大学も中退する。そして、先に述べたように「東アジア反日武装戦線」を結成する。安保闘争の失敗が彼らを追い詰め、捨て身の戦術に出たような印象がある。
まず、那須帰りの昭和天皇を荒川鉄橋で爆殺しようとする「虹作戦」を計画。しかし厳重な監視を意識してか中止に至る。その翌日、朴正熈暗殺を企てた在日の文世光のニュースに衝撃とシンパシーを感じ、戦前・戦中・戦後も「帝国主義」を支援する企業と断定した三菱重工への爆破テロへと舵を切る。

この映画に不満があるとすれば、70年代初期の時代の空気が伝わってこないことだろうか。東西冷戦の深化とともに、70年の三島由紀夫の市ヶ谷自衛隊駐屯地での割腹事件も、イタリアの赤い旅団やドイツのバーダー・マイホフなどの左翼過激派の活動も巨視的にはつながっている。思いつきで言ってしまうが、彼らの生真面目さとプライドの高さは「敗戦国」コンプレックスから来るものではないだろうか。
ダッカ事件の超法規的措置によって釈放され、日本赤軍と合流したことで知られる溶田由紀子の素顔も見える。1995年にルーマニアで拘束され、”大地の牙”部隊の連続爆破事件の当時者で懲役20年の判決を受けた。2017年の釈放後、足立正生との抱擁の様子も映っていたが、この人が…?という感じで、もはや親戚のおばさんにしか見えない印象だ。

「無関係な人々を殺めてしまったことには非があるが、その思想は間違っていなかった」という論理にはついていけない。いや、ついていけなくなった。その思想はどこかで間違っているに違いないからだ。コロナ禍が、年齢を重ねたことが、なお一層、そう思わせる。事件を風化させないためにこの映画は存在してほしいとは思うが、一方で、どこか全共闘世代を慰めるようなニュアンスも感じてしまう。韓国人監督だからこそ成立する内容だろうか。
ただ、一つ言えることは、時代が異なれば、彼ら20代の若者たちは別の人生を送っていたかもしれない、ということだ。劇中で詠まれた大道寺将司の後悔の俳句が切なく響く。

先日、チベット映画を見るために、久しぶりに岩波ホールへ行った。劇場の壁に1974年オープンから上映された映画のチラシが貼り出されてあった。この1974年という符号を興味深く感じた。ご存知かと思うが、岩波ホールはアジアやアフリカ、ラテンアメリカなど、第三世界と呼ばれる国々の映画を多数上映してきた。この活動は、早急ではないが少しずつ人々の意識を変えて来たかもしれない。こういった方法もあったのではないか。
彼らを反面教師にして、狭量な見方しかできない知性を疑わなければならないと襟を正した。

(★★★カネコマサアキ)


●関連情報
『第40回韓国映画評論家協会賞』独立映画支援賞
『第21回釜山映画評論家協会』審査委員特別賞

2021年3月31日水曜日

ブータン 山の教室

ブータン、秘境の村を舞台に、若い先生と子どもたちの交流を描く



Lunana A YAK IN THE CLASSROOM

2019年/ブータン
監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム
配給:ドマ 
上映時間:110分
公開:2021年4月3日(金)より 岩波ホール他にて全国順次公開
HP:https://bhutanclassroom.com


●ストーリー
ブータンの首都ティンプーに暮らす若い教師のウゲン。歌手になりオーストラリアに行くことを夢見る彼は、夜遊び好きで教職には身が入らない。教師を辞めようと思っていた矢先、上司から呼び出され、僻地のルナナ村に赴任するように告げられる。
 ウゲンは、夏場限定の勤務と割り切って村へ向かう。1週間かけ、テントで寝泊まりしながらようやく標高4800メートルの秘境ルナナ村へ。村が近づくと56人の村人が総出で新任教師を迎えてくれた。電気も通らず、現代社会から隔絶された村。学校には黒板もノートもないが子どもたちは新しい先生を待ち望んでいた。目を輝かせる彼らの姿にウゲンの心は少しずつ変化していく。


●レヴュー 
 ブータンの面積は3.8万平方キロメートル、九州と同じくらいの広さに72万人が暮らしている。精神的な豊かさGNH(国民総幸福)が重要とされ、”国民総幸福の国”として知られている。独自の文化や伝統を守る暮らしの一方で、都市化やグローバル化も進んでいるようだ。本作は、都会の若者が訪れることになった僻地の村を舞台に、ブータンのそうした隔たり映し出し、本当の豊かさとは何かを問うている。
 
 主人公のウゲンは、ティンプーに暮らす今時の若者。ミュージシャンになりたいという夢を果たすため、不向きな教師を辞めようとしていた矢先、世界一の僻地を言われるルナナ村への赴任を言い渡される。バスの終点、山奥の村からさらに1日程かかるのかと思いきや、とんでもなかった。ラバに荷物を運ばせ、6日間テント泊をしながら山道を進みようやく標高は4800メートルの村に到着。険しい山に囲まれ、ヤクが草を喰む雄大な風景が広がっている。電気もなく現代社会から隔絶された場所だが、新しい先生を待っていた子どもたちは、好奇心いっぱいに目を輝かせていた。「先生は未来に触れられる人」なのだ。
 電気もなく、産業も乏しく冬は雪で閉ざされる辺境の村。ウゲンは、村人と交流しながら伝統的な生活に触れ、「ヤクに捧げる歌」を知り、次第に教師としての気持ちを子どもたちへと向かわせる。伝統や自然を遮断するようにヘッドフォンをしながら村へ向かったウゲンも少しずつ変化を見せていく。
 ルナナ村は実在し、撮影も現地で行われた。9人の生徒たちは実際に村で暮らす子どもたちである。中心となる少女ペム・ザムはくっきりした瞳がとても印象的だ。物語と同様、実際のペム・ザムも祖母と貧しい暮らしをしているという。そうした厳しい村の現実と豊かで教育も行き届いている首都ティンプーとの格差。ブータンの知られざる部分が見えてくる。「幸せ」とは何なのだろうかと考えさせられる。

 ブータン出身のパオ・チョニン・ドルジ監督は写真家でもあり、本作が初の長編映画になる。ブータンの伝統や言い伝えを盛り込みながら、壮大な自然と素朴な村の暮らしぶりを美しい映像に収めている。それは、映像美で綴られた写真集のようにも感じられ、村へ向かう途中、宿を借りた農家の父親の素足と子どもの赤い長靴のワンショットがとりわけ印象深い。物語はシンプルで淡々と進んでいくので、登場人物の心情の変化をもう少し深く描いて欲しかったように思う。
(★★★☆加賀美まき)

2021年3月30日火曜日

春江水暖~しゅんこうすいだん

大河沿いの都市に住む4人兄弟。それぞれの家族の生活を、四季の風景を織り交ぜながら描く。

©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved

春江水暖 Dwelling in the Fuchun Moutains

 

2019
監督:グー・シャオガン

出演:チエン・ヨウファー、ワン・フォンジュエン、スン・ジャンジエン、スン・ジャンウェイ

配給:ムヴィオラ

公開:2020211日より公開中

上映時間:150

公式HPwww.moviola.jp/shunkosuidan/

 

●ストーリー

杭州近く、富春江が流れる都市・富陽。夏、年老いた母親の誕生日を祝うため、顧(ぐー)家4人の息子たちの家族や親戚がレストランに集う。長男はレストラン経営、次男は漁師、三男は定職に就かず、四男は独身で解体作業をしていた。その祝宴中に母親が脳卒中を起こし、倒れてしまった。長男が介護のために母親を家に引き取るが、生活はギリギリだった。

 

 

 
©2019 Factory Gate Films All Rights Reserved.

 

●レビュー

ストーリーは、レストランを経営する長男一家のエピソードを中心に進む。長男は四兄弟の中では一番余裕はあるものの、富裕層とも言えない。だから一人娘に富裕層の息子との結婚を願うが、娘が好きなのはお金がない学校教師だ。娘の将来のためと言いつつ、長男夫婦は親の望みを押し付けようとする。

 

漁師をしている次男一家は、集合住宅が取り壊しになり今は船上で暮らしている。立ち退き料を元手に新しい住宅に住み、息子を結婚させてあげたいと願う。自身は貧しくとも、子供には不自由させたくないと願う両親は、現代の日本でも珍しくはない。

 

兄弟のトラブルメーカーである三男は、賭博やヤクザな仕事に手を出しており、兄弟から借りたお金を返したためしはない。それも男手一つでダウン症の息子を育てているからで、そのためにもお金が必要なのだ。

 

いまだ独身の四男は、ビルの解体工事をしている。ただし出番は少なく、四人の中では影が薄い。

 

この四人兄弟を結びつけていた母親が倒れ、認知症になってしまう場面から話は始まる。少しずつ状況が変わっていくが、格別大きな事件が起こるわけではない。せいぜい長男の娘の結婚問題とヤクザな三男がトラブルを起こすぐらいだ。

 

本作はアジア映画を見慣れた人なら、侯孝賢などの台湾映画や中国のジャ・ジヤンクー作品を連想するだろう。僕は何となく『悲情城市』を思い出した。あれも家族をめぐる物語だった。本作もそれらの作品同様、ゆったりとした長回しが特徴だ。特に途中、何度か出てくる河面の横移動が印象的だ。これは、横に長く描かれた山水画の巻物を表すためだという。ただ、時としてその技法が先行しすぎて、鼻につくシーンもある。

 

そうした技術的な演出より感心したのは、素人たちの良さをうまく引き出したキャスティングだ。三男とダウン症の息子の顔がよく似ていて、よく見つけてきたなとプレスシートを見たら、本当の親子だった。そして他の人もチェックしてみたら、他の夫婦も素人で、本当の夫婦が演じていた。なるほど、本当に中国の街にいそうな顔つきという強烈なリアル感は、そこからきていたのかと納得がいった。

 

素人と言っても、長々とした台詞や芝居もあり、下手ではない。多分、本人をイメージした脚本の当て書きをしたのだろう。それに比べると、本物の役者が演じるキャラは少し演技臭ささえを感じる。これは物語を動かしていく役目なので、演技ができる俳優を配さないと仕方がないのだろう。

 

本作は、グー・シャオガン監督のデビュー作で、2019年のカンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれたほか、東京フィルメックスで審査員特別賞を受賞している。

 

★★★☆前原利行)

2021年3月25日木曜日

水を抱く女

”水の精 ”の神話を現代に置き換えた、ミステリアスな愛の物語




Undine

2020年/ドイツ・フランス
監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ
配給:彩プロ
上映時間:90分
公開:2021年3月26日(金) 新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
HP:https://undine.ayapro.ne.jp


●ストーリー
  ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネは、博物館でガイドとして働いている。ある日、職場近くのカフェで、恋人のヨハネスから他の女性へ心移りしたと別れを切り出される。ガイドを終えて急ぎカフェに戻るがヨハネスはもうそこにはいなかった。悲嘆にくれるウンディーネの前に、潜水作業員のクリストフが現れる。カフェの大きな水槽が割れ、不思議な運命に導かれるようにふたりは惹かれ合い恋に落ちる。
 穏やかに愛を育むふたり。だが、クリストフが感じた彼女への疑念をきっかけに、ウンディーネは自分の宿命と直面することになる・・・。


●レヴュー 
 ”水の精 ウンディーネ/オンディーヌ”の神話。水の中に住み、美しい女性の姿で現れ、人間の男性と結ばれると魂を得るという。その魅惑的な精霊は人々の心を魅了し、小説や人魚姫の童話、さまざまな舞台の題材にもなってきた。だが、ウンディーネは、「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して水に戻る」という悲しい宿命を背負っている。
 冒頭、恋人から別れを切り出された主人公ウンディーネは、「あなたを殺したくない、戻ってきて愛していると言って」と告げる。クリスティアン・ペッツォルト監督は、水の精の神話を現代に置き換えて、神秘的なファンタジー、そしてミステリアスな男女の愛の物語を仕立てている。バッハ・アダージョの旋律にのって展開される物語に、ウンディーネの宿命がどう物語に絡むのか観客は自然と引き込まれていく。

 愛に傷ついたウンディーネは、愛情深い純朴な潜水作業員のクリストフと出会い癒されていく。出会いのきっかけとなった水槽、ふたりが一緒に潜るダムの底、雨やプールといった時々に表現される「水」が意味を持っている。ロングショットを省き、ウンディーネの視点と観客の視点によって綴られていくシーン。そのひとつひとつが小気味よく、ミステリアスで大人しやかな、そしてファンタジーを併せ持った物語を際立たせていると思う。
 終盤でウンディーネは宿命に導かれるようにある行動をとる。物語は謎めいたまま、不思議な余韻を残して終わっていく。

 そうしたウンディーネを繊細に演じたパウラ・ベーアが素晴らしく、魅了される。本作の演技でパウラ・ベーアはベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した。
 舞台となるベルリンはスラブ語で「沼」あるいは「沼の乾いた場所」という意味だという。ベルリンには、その土地に人々が作り上げた歴史があり、冷戦時には壁で分断され、その後は再び一つの街、ドイツの首都として再生されている。ウンディーネが務める博物館にあるベルリン全体の仔細な模型、歴史を語る地図が見事で目を奪われた。またウンディーネによってベルリンという都市の成り立ちも語られる。『東ベルリンから来た女』などで歴史的、政治的背景を明確に表現してきたペッツォルト監督だが、愛の物語でもある本作の中にもそうした視点をしっかりと織り込んでいると感じた。(★★★★加賀美まき)