2020年1月14日火曜日

旅シネ執筆者が選ぶ 2019年度映画ベスト10 (前原利行、カネコマサアキ)




前原利行(旅行・映画ライター)

2018年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作・旧作含めて193本。前年の160本、前々年の129本に比べずいぶん増え、かなり精力的に映画を見た年だった。その代わり音楽活動はしてなかったけど。去年のトピックとしてはNetflixなどの配信系の映画の充実、「アベンジャーズ」「スターウォーズ」という2大シリーズの終わり。Tsutayaはあと数年でなくなるのだろうなあ。詳しいレビューは、リンク先にあるので、映画タイトルをポチッと押してね。

1.    ROMA/ローマ(アルフォンソ・キュアロン監督/メキシコ、アメリカ)
そのNetflix映画の代表。内容、風格、革新性、どれを取ってもトップクラスの作品。1970年ごろのメキシコシティのある家族をモノクロ画面で描いたもの。画面の奥まで行き届いた画面構成、臨場感あふれる自然音など、大スクリーンで見るべきことは確かなのだが、Netflixでしか公開できなかったところに今の映画界の現状を感じる(どの映画会社も配給に名乗りを上げなかった)。もし見るなら、できるだけ大きな画面のテレビで、しかもヘッドフォンで完全集中してみること。その価値あり。

2.    マリッジ・ストーリー(ノア・バームバック監督/イギリス、アメリカ)
新しい世代のウディ・アレンとも言えるノア・バームバック監督。名作『イカとクジラ』以降はなかなかホームランを出せずにいたが、とうとう素晴らしい作品が来た。自身の離婚の実体験をもとに男女のすれ違いを描いたほろ苦いコメディだ。旬の俳優アダム・ドライヴァー、実は演技派スカヨハ、そして実はコメディ演技がうまいローラ・ダーンと俳優陣のアンサンブルも気持ち良い。

3. アイリッシュマン(マーティン・スコセッシ監督/アメリカ)
3時間を超える作品なのに、映画好きには見ている間は至福の時間が続く。なんならテレビシリーズで毎週やってくれてもいい。多少違和感のあるCG若返りデニーロとかあるけれど、久しぶり登場のペシの凄み、そして今までのスコセッシギャング映画になかった「老い」による人生後悔という視点も新鮮。パチーノが死んでから長いという人もいるけれど、大事なものを失った男の末路をきっちり描いたからこそ、主人公の虚しさが迫る。おお、上位3作はすべてNetflix作品になってしまった。

4. アベンジャーズ/エンドゲーム(アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ監督/アメリカ)
劇場用映画のトップとして本作を入れたい。もう10年も見てきたシリーズ最終作、そして本作を観る前に『アイアンマン』からすべて見直しをして臨んだ。ということで本作単体ではなく、シリーズ全体(『ファー・フロム・ホーム』『キャプテン・マーベル』含む)としてこの位置に。ロバート・ダウニー・JRには功労賞をあげたいぐらい。単体映画としてはいろいろ言いたいことはあるにせよ、見事な大団円に「マーベルありがとう」と言いたい。

5. ロケットマン(デクスター・フレッチャー監督/イギリス、アメリカ)
エルトン・ジョンの前半生を彼の楽曲に語らせる形で再構成したミュージカルで、そのため時系列や事実とは多少異なるが、それが伝記映画よりもよりエルトンと作詞家トーピンの音楽を際立たせている。なのでエルトンの音楽が好きとかで評価が分かれるだろう。日本では死んで伝説になったフレディを描いた『ボヘミアン・ラプソディ』の人気が高いが、こちらはサバイヴした男で、こちらの方が好み。

6. ハウス・ジャック・ビルト(ラース・フォン・トリアー監督/デンマーク、フランス、ドイツ、スウェーデン)
「もう二度と見たくない映画」というのが、本作の最高の褒め言葉。通常の人間なら、ひたすら不快で目を背けたくなる話を、逃げ場のない映画館の座席で2時間半も見せられるのだから。しかも殺人をコミカルに描くのだから相当悪趣味だ。シリアルキラーの頭の中は見たくもないが興味はある。殺されるのは、たいていが抵抗できない女と子供。おぞましいが、映画は面白い。インパクトで言えば、昨年一番の映画。でも人にはすすめない。

7. ジョーカー(トッド・フィリップス監督/アメリカ)
『ハング・オーバー』シリーズの監督がこんな映画を撮るとは意外だったが、シリアスなドラマもうまい。本作はちょうど自分が映画を見て成長した7080年代のニューヨークを再現しているだけでもうれしい。冷静になってみると話の豊かさはないが、主人公のアーサー=ホアキン・フェニックスに話を絞ることで、観客の共感度は高くなる。予想外の大ヒットだが、世界中で皆、格差社会を肌で感じているからだろうか。

8. スパイダーマン : スパイダーバースボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン監督/アメリカ)
昨年観たアニメの中ではこれがベスト。新しい表現、よくできた脚本、そして感動。日本であまり話題にならなかったのが残念なほど、クオリティは高い。正直、単体クオリティとしては「エンドゲーム」より上かも。マルチバースという設定を生かしての、スパイダーマン世界の再構築もよくできている。「マーベル好きだけどアニメはね」という人は必見。

9. COLD WAR あの歌、2つの心(パヴェウ・パヴリコフスキ監督/ポーランド、イギリス、フランス)
モノクロ画面の中、冷戦の世界で結ばれない男女を描く。ただし二人が結ばれないのは、社会的な冷戦のせいではない。いくら好き同士でも一緒にはいられない、かといって離れれば相手への思いが募る関係。もうこの映画を見た後はしばらくずっと心の中で「オヨヨー」とテーマ曲を口ずさむ。やるせない大人の映画。こういうの、もっと見たいなあ。

すみません、同点ということで3本無理やり入れさせてください。詳しいレビューは、各リンク参照。『2人のローマ教皇』は映画を見たって満足感(Netflixだけど)に浸れ、『シュヴァルの理想宮』は長生きは辛いと考えさせられ、『ホテル・ムンバイ』はテロにあったら生き残るのは運だけって思った。

ベストテンにはもれたけど、見るべきおすすめ作品というか、自分にとって忘れがたい他の作品は以下のとおり。レビューはリンク先に書いてあるので、詳しくはそちらを読んでね。ミスター・ガラス』、『ブラック・クランズマン』、『サンセット』、『アリータ:バトルエンジェル』、『レゴ・ムービー2』、『アートのお値段』、『ワンス・アポン・ア・タイム・ハリウッド』、『スプリングスティーン・オブ・ブロードウェイ』、『アド・アストラ』、『少女は夜明けに夢をみる』。


カネコマサアキ(イラストレーター、マンガ家)


1.アラビアン・ナイト(ミゲル・ゴメス監督/ポルトガル)
『熱波』('12)のミゲル・ゴメス監督による3部作6時間半に及ぶ渾身の大作。千夜一夜物語の「枠物語」の形式を使い、近年のポルトガルの社会事象をオムニバスでケレン味たっぷりに風刺する。ドキュメンタリーとフィクションの虚実皮膜性、時代を超越した語り口が非常に面白い。「パーフィディア」がテーマ曲に使われ、選曲も抜群だった。イメージフォーラム・フェスティバルにて。

2.春江水暖(グー・シャオガン顧曉剛監督/中国)
杭州市・富陽。認知症の母親とレストランを経営する長男を筆頭に四兄弟の大家族の悲喜交々。台湾新電影の影響を隠そうとしないが、素晴らしいと思ったのは、庶民の生活を描いた『清明上河図』のような絵巻世界を映画で構築した点。横移動のワンシーンが特徴的だ。長編デビュー作とは思えない風格と壮大さをもった作品。キャスティングも親戚や知り合いを起用してるというのも驚き。これが第一部というのだから今後が楽しみの若手監督だ。フィルメックスにて。

3.ひとつの太陽(チョン・モンホン鐘孟宏/台湾)
ある事件を起こし少年院に入った弟と自殺した優等生の兄。崩壊した家族の再生の物語。チョン・モンホン監督はかなり癖のあるクライムサスペンスを得意とするが、今回は『エデンの東』+『夜の人々』といった感じの物語で親しみ易い。労苦を重ねた者にしか表現できないような滋味あるシーンに何度か涙腺ゆるむ。主人公の面構えといい、キャスティングも素晴らしかった。金馬奨作品賞・監督賞も納得だ。東京国際映画祭にて。

4.幸福なラザロ(アリーチェ・ロルヴァケル監督/イタリア)
90年代、領主の侯爵夫人の所有するタバコ農場で働く純朴な青年ラザロと村人たちは社会から隔絶され、現代では禁止されている小作人として働かされていた。ある事件を発端に崖から落下したラザロだったが、目覚めると数十年という月日が経っていた。パゾリーニとかマルコ・フェレーリの過去作を思い出すようなどこか懐かしさもあるシュールレアルな作品だが、現代人が失ったものを考えさせられる脚本が秀逸だ。


5.ROMA/ローマ(アルフォンソ・キュアロン/メキシコ)
あるスペイン系中流家庭の家族とそこで働くインディオ系家政婦クレオに起きた出来事。監督の少年時代を節度ある距離感と美しいモノクロ映像で捉えた秀作。ゆったりとしたカメラワークと風景の奥行、そこに流れる時間。そして血の木曜日事件の緊迫感。監督には今後ともメキシコで映画を撮り続けてほしいと思う。

6.読まれなかった小説(ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督/トルコ)
作家志望のシナンは大学を卒業後、自らが書いた小説を出版しようとしている。シナンの父は教師で人当たりは良いが、ギャンブル狂いで借金があり、シナンは軽蔑を隠さない。父子の確執と和解がアフォリズムや文学的引用とともに語られる。トロイ遺跡周辺の美しい風景と技巧に富んだカメラワークも特徴的。3時間の長尺ゆえ、一冊の長編小説を読んだような余韻。邦題が上手い。

7.COLD WAR あの歌、2つの心(パヴェウ・パヴリコフスキ監督/ポーランド)
マズレク舞踏団で知り合った音楽家の男と女が、パリへの亡命で別れとすれ違いを繰り返しながらも互いを思い続ける10年の歳月。民俗音楽にブルー・ノートが重なって行く。研ぎすまされたモノクロの映像が素晴らしく、ラストが切ない。

8.WEEKENDウィークエンド(アンドリュー・ヘイ監督/イギリス)
クラブで意気投合した2人のゲイが過ごす週末二日間をミニマルな会話劇で描く。2人は今後再会を果たすのか、それともまた別の男と同じような週末を過ごすのか?同じく今年公開された『荒野にて』はアメリカが舞台で、馬の厩舎でアルバイトする少年が父親を亡くし居場所を探し彷徨する作品。こちらも素晴らしかった。こんな監督いたんだ、と瞠目するが、『さざなみ』('15)を撮った監督だった。

9.サタンタンゴ(1994年、タル・ベーラ監督/ハンガリー)
ハンガリー社会主義時代末期。とある村の共同農場は解散することになり、労働者たちは将来に対し不安を抱えている。そこへ謎の2人組がやってくる。村を覆う不穏な空気。彼らは悪魔なのか、それとも救世主なのか?旧約聖書や神話的要素、旧共産圏の密告・監視社会が織りを成す現代の寓話。反復され出口の見えない物語と輝度の低いモノクロ映像がディストピア感を増す。7時間半に及ぶ伝説的な映画を堪能。忘れがたい映像体験になった。国立映画アーカイヴの「ハンガリー特集」で同時期に観たハンガリー動乱を描いた『もうひとりの人』(’88年、フィレンツ・コーシャ監督)は『サタンタンゴ』以前の重要作で見応えあった。こちらも3時間半の長尺だった。

10.線路の行き先(1970年、ムー・トンフェイ牟敦芾監督/台湾)
高校生の小彤(シャオトン)は親友の永勝をある事で亡くしてしまう。喪失感の中、小彤は屋台で拉麺を売る永勝の両親の手伝いをするようになる。内省人と外省人家族の対比がマズかったのか、同性愛的表現がひっかかったのか定かではないが、当時の台湾の政治状況がで映禁止になった作品が48年の時を経て発掘。牟敦芾監督は台湾の状況に失望し、欧州・南米に渡り、75年に香港へ。ショウ・ブラザーズでB級片を撮るようになる。日帝731部隊を扱った『黒い太陽731(‘88)がつとに有名だ。この『線路の行き先』が公開され、正当な評価を受けていれば、恐らく台湾映画史は変わっていたに違いない。いま台湾の評論家たちは「台湾ニュー・ウェイブ以前のベスト作」と評価してるという。イメージフォーラム・フェスティバル「アヴァンギャルドを想像する:1960年代台湾における映画の実験」より。


次点(入れ替え可能作品)
バーニング 劇場版(イ・チャンドン監督/韓国)
慶州 ヒョンとユナ(チャン・リュル監督/韓国)
芳華(フォン・シャオガン馮小剛監督/中国)
ナタ~魔童降臨(ジャオズ餃子監督/中国)
三人の夫(フルーツ・チャン監督/香港)
第三夫人と髪飾り(アッシュ・メイフェア監督/ベトナム)
ホームステイ ボクと僕の100日間(パークプム・ウォンプム監督/タイ)
永遠の散歩(マティー・ドー監督/ラオス)
サタンジャワ/メモリーズ・オブ・マイ・ボディ(ガリン・ヌグロホ監督/インドネシア)
フィーバー・ルーム(アピチャッポン・ウィラーセタークン監督/タイ)
水の影(サナル・クマール・シャシダラン監督/インド)
ジャスト6.5(サイード・ルスタイ監督/イラン)
死神の来ない村(レザ・ジャマリ監督/イラン)
ペインテッド・バード(ヴァーツラフ・マルホウル監督/チェコ)
私はモスクワを歩く(1963年/ゲオルギー・ダネリア監督/ロシア)
もうひとりの人(1988年/フィレンツ・コーシャ/ハンガリー)
アマンダと僕(ミカエル・アース監督/フランス)
ハイ・ライフ(クレール・ドゥニ監督/フランス)
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(タランティーノ監督/アメリカ)
アイリッシュマン(マーティン・スコセッシ監督/アメリカ)
魂のゆくえ(ポール・シュレイダー監督/アメリカ)


昨年は7時間半に及ぶ『サタンタンゴ』が劇場公開されたり、一昨年のベストテンに挙げた3時間半の傑作『象は静かに座っている』の存在感、『読まれなかった小説』、そして全編6時間半の3部作『アラビアン・ナイト』を観たことことから、「長尺映画」の年という印象。この流行は今年公開される9時間に及ぶドキュメンタリー『死霊魂』(王兵監督)まで続きそうだが、自分の身体や好奇心がいつまで持つか心配だ。自宅のソファーで温々と観る有料チャンネルやネフリ配信の気楽さが身に沁みる。
一方、東京国際映画祭が民間伝承としての側面もある幽霊・お化け映画特集だったので、普段あまりみないホラー・ファンタジー映画をたくさん観た印象もある。HBOが制作したエリック・クー監督をはじめとするアジアの映画監督による『フォークロア』シリーズ、ブードゥーをリアルに描いた『ヘレディタリー/継承』も印象的だった。
6-7月に開催された国際交流基金アジアセンター主催の「響きあうアジア2019」のプログラムも特筆すべき企画で、中でも拡張映画の最新形『サタンジャワ』『フィーバー・ルーム』も忘れがたい傑作だった。
国別で言うと、昨年は中国SF小説が話題となり『三体』がヒットしたが、中国の潤沢な資金による映画制作も目を見張るものがあった。アニメ映画『ナタ~魔童降臨』などを観ると、中国もついにここまで来たか、と完成度に驚かされた。香港のデモに呼応して大陸でも民主化運動が起きるのではないかと期待したが、当局の統制が効いているのか、経済的に豊かになり無関心なのか。映画を観ると後者の理由も大きいのかもしれないと想像する。また、イランの映画の多様性・豊穣ぶりにも目がいった。今年公開される予定の作品を眺めていると、様々な意味で、映画産業も新しいフェーズに入りそうな予感がする。
特集上映としては「ラララ東南アジアクラシック」「爆音映画祭・イサーン特集」「第11回恵比寿映像祭」「キッドラット・タヒミック監督特集」「中国映画祭・電影2019」「第2回イラン映画祭」「赤道上のメイド・イン・タイワン~蔡明亮・現代台湾馬華映像及び芸術」「響きあうアジア~東南アジアの巨匠たち」「ソヴィエト・フィルム・クラシック」「第32回イメージフォーラム・フェスティバル」「日本とミャンマー(当時ビルマ)初の合作映画『日本の娘』デジタル修復版・特別上映会」「PFF」「オーストリア・ハンガリー映画特集」「2019中国映画週間」「第32回東京国際映画祭」「20th フィルメックス」「金綺泳監督特集」「中国映画祭・連結コネクト」「第3回ロシア映画祭」などに通った。


【日本映画】
若手監督の台頭著しい日本映画ですが、興味深い作品も多かったので別枠で選んでみた。『典座』『ある船頭の話』「渡辺紘文監督特集」を見逃してしまったのが悔やまれる。

1.王国(あるいはその家について)(草野なつか監督)
2.月夜釜合戦(佐藤零郎監督)
3.メランコリック( 田中征爾監督)
4.つつんで、ひらいて(広瀬奈々子監督)
5.WE ARE LITTLE ZOMBIES(長久允監督)
6.愛がなんだ(今泉力哉監督)
7.洗骨(照屋年之監督)
8.岬の兄弟(片山慎三監督)
9.ナイトクルージング(佐々木誠監督)
10.沈没家族(加納土監督)

次点. 主戦場(ミキ・デザキ監督)、新聞記者(藤井道人監督)