2019年10月12日土曜日

第三夫人と髪飾り




19世紀、北ベトナムの山間の里。富豪のもとに嫁いできた14歳の第三夫人。
トラン・アン・ユン監督の美学を受け継ぐ新たな才能によるファミリー・ヒストリー。


Vợ BaThe Third Wife)
2018年/ベトナム

監督・脚本:アッシュ・メイフェア
出演:トラン・ヌー・イエン・ケー、グエン・フオン・チャーミー、マイ・トゥー・フォン、グエン・ニュー・クイン、レ・ヴー・ロン
配給:クレストインターナショナル
公開:10月11日(金)Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

■ストーリー

19世紀末の北ベトナム。14歳のメイはその土地を治める富豪の元に、三番目の夫人として嫁いでくる。第一夫人・ハ(トラン・ヌー・イエン・ケー)には息子が1人、第二夫人スアンには娘が3人。一族にはさらなる男児の誕生が待たれていた。ランタンがともる華やかな祝宴の後、メイは初夜の儀式に臨む…。

■レビュー

昨年10月、国際交流基金アジアセンターの招きでトラン・アン・ユン監督が来日した際、長編処女作『青いパパイヤの香り』('93)の上映と監督夫妻によるトークショーを観る機会があった。映画を観るのは劇場公開以来で、実に25年以上ぶりになるが、その魅力は全く色褪せていなかった。トークショーでは、近年トラン監督がベトナムでワークショップを行い、若手育成にも力を注いでることが伝えられ、その「一番の成果」として挙げていたのがこのアッシュ・メイフェア監督の初長編作『第三夫人と髪飾り』という作品だった。トラン監督自身、美術監修としてクレジットされている。一体どんな作品なのだろう?観るのを心待ちにしていた。
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舞台は19世紀末の北ベトナム。14歳の少女メイはその土地の富豪の家に第三夫人として迎えられる。父親ほど歳の離れた主人にセックスで仕え、品格のある第一夫人、子煩悩な第二夫人らと交流しながら性技や所作を学んでいく。子を身籠った事でメイは一人前に扱われるようになる。
 女性は跡継ぎの男子を産む事を第一の義務とされ、「子供のときは父親に、結婚したら夫に、老いたら長男に従え」という「三従の道」を強要された時代の話である。メイのほか、第一夫人の息子の結婚相手・幼妻トゥエットのエピソードは象徴的だ。1945年の独立後まで続いていたという一夫多妻制。アッシュ監督は自身の曾祖母の体験を元にこの脚本を書いたという。

ところで、この作品は導入部からして『青いパパイヤの香り』を思い出させる。10歳のムイという少女が奉公人としてサイゴンの資産家に連れてこられるシーン、ムイの目線で一家を覗き見るという様子がよく似てるのだ。その後、主人公ムイは成長し洋行帰りの音楽家と恋に落ちる。本作とは対照的に「自由恋愛」が描かれている。時代設定は1960年代だ。パリのスタジオセットで撮影され、ジョルジュ・バルビエの絵のようなエキゾチシズムを強調したような画面も特徴的だった。ムイを演じたのは、本作で貫禄ある第一夫人を演じたトラン・ヌー・イエン・ケーである。カメラの被写体の捉え方、性の比喩的な表現にも共通点を感じる。このあたりがトラン監督の美術監修の所以だろうか。

一方、本作『第三夫人と髪飾り』はオールロケ。場所は「陸のハロン湾」と呼ばれるベトナム8番目の世界遺産、チャンアンだ。スタッフ・キャストは数ヶ月に渡りそこで生活し、地元の慣習や生活を観察した上で、撮影に臨んだという。その色彩は淡い水墨画(トウイ・マック)のようだったり、森の中のシーンなどはルノワールのような印象派の絵を思わせる。自然や大地の中に、人間の営みが描かれているといった風である。女性たちの苦しみを別にすれば、どこか桃源郷のような風景に見える。

特筆すべきは、女性監督ならではというべきか、さまざまな年代・境遇の女たちを俎上に「女性性」を追求しているところだろうか。驚かされたのは、主人公メイが妊娠した後に、第二夫人スアンに抱く感情である。お腹の大きい妊婦にこんなことがあるのだろうか?と思うシーンだが、ジェンダー~社会制度とセクシュアリティの問題に深く切り込むシーンだと思う。
 男尊女卑という古い時代の名残りが現代にも存在するように、曾祖母の時代から監督自身に受け継がれているものを、酸いも甘いも余す事なく伝えているように見える。ある種のエスノグラフィだともいえる。トラン・アン・ユンの美学を受け継ぐ新しい才能に今後も注目だ。
(カネコマサアキ★★★☆)