2019年10月28日月曜日

アダムズ・アップル 私たち、試されてる!?

囚人の更生を受け入れる北欧の教会で起こる不条理と奇跡のダークコメディ

 
監督:アナス・トマス・イェンセン
出演:マッツ・ミケルセン、ウルリッヒ・トムセン、パプリカ・スティーン
配給:アダムズ・アップルLLP
公開:1019日より新宿シネマカリテにて
公式HP : www.adamsapples-movie.com/
 


 公開劇場が東京が新宿シネマカリテと吉祥寺アップリンクだけと、観る人は『ジョーカー』の1万分の1ぐらいだろうとは思うが、ここに書いておけば何かの機会で思い出す人もいるかもしれない。

 制作は2005年と少し前のデンマーク映画で、主演は今や「スターウォーズ」から「ドクター・ストレンジ」まで出るようになったマッツ・ミケルセン

でももともと老け顔なんで、若くも見えない。小品だが、僕は宗教ものに興味があるので、なかなか楽しめた。

 デンマークの片田舎にある教会に、更生プログラムで仮釈放された囚人アダムがやってくる。アダムはヒトラーを信奉するネオナチで暴力的な男だ。
それを出迎えるのはミケルセン演じる牧師のイヴァン。

信仰心篤く、物事を異常にポジティヴに考えるが、人の話や意見を全く聞かない変な男。
教会には他にも二人の更生中の男がいるが、彼らは全く更生していない。


 自分を“根っからの悪党”というアダムは、次第に超ポジティヴなイヴァンにイライラして暴力を振るうが、イヴァンは動じない。なんとか、イヴァンの欺瞞を暴こうとするアダムだったが。。

 観客は最初こそ乱暴者のアダムに嫌悪感を抱き、聖職者のイヴァンに同情するが、次第にアダム同様、イヴァンの異常さにイライラしてくる
自分の教えに固執して押し付け、思いやり的な人間関係は一切ない。

やがてイヴァンがなぜそうなったのかが、観客に明かされていく。
あまりに不幸が連続して身に降りかかったため、それを「神の試練」と盲信し、自分の頭の中だけの虚構の世界を作り上げていたのだ。
なので他人に拒否されたり、否定されても、自分の間違っているとは思わず、それも神の試練だと思っているのだ。


 さて、この映画のヒントとして出てくるのが旧約聖書の「ヨブ記」だ。アダムの部屋に置いてある聖書が、床に落ちるたびに開かれるページだ。
ヨブ記は善人で信仰に篤いヨブが、理不尽な試練に次々に遭い、幸福を全て失う話。
そこで友人たちがヨブを訪ねて、ヨブと議論をする。
なぜ、ヨブは不幸になったのか。彼らが主張するのは「因果応報」論なもので、ヨブに罪があったり、悪い行いをしたからと言うが、ヨブは納得しない。
つまり因果応報論だと、神は人間が理解できる理屈や善悪の基準の中でしか行動していないことになる。
それは、神ではなく、人間中心の考え方だと。
つまり、神は善人を殺したり、悪人をそのままにしておくという、人間には理解不能なこともあるが、それは我々には計り知れない神の御心であるということだ。
なので牧師イヴァンにある程度、ヨブが投影されていることは、間違いない。


 映画のタイトルでもあり、教会の庭に植えられたリンゴの木も十分キリスト教的な存在だ。
牧師はこのリンゴの実で、アップルケーキを作るようにとアダムに言う。しかしリンゴの実が成るまでに、虫やカラスがそれを阻もうとする。
アダムとリンゴの実といえば「エデンの園」であり、「原罪」だが、ここでは一概にそうでもない。
最初はやる気のなかったアダムだが、次第にその使命を果たそうと目的を持っていく。


 他にも、死んだと思われたイヴァンが「復活」したり、イヴァンが好きでいつもカーステでかけているのが「愛はきらめきの中に」だったり(歌詞に「君は僕の救世主」が出てきたりと、深読みすると神への愛を歌った歌にも聞こえる)と、キリスト教的な記号があちこちにあり、それを考えるのも面白いだろう。
もっともヨーロッパでも今や教会に行く人はほとんどいないので(映画でもそう描写されている)、知らなくも楽しめるようにはなっている。
まあ、ちょっと変なコメディです。嫌いじゃない。

(前原利行★★★☆