2019年12月13日金曜日

シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢


「夢は現実になる」。愛娘のためにたったひとりで築き上げた奇想の宮殿




2018
監督:ニルス・タヴェルニエ(『グレート・デイズ!夢に挑んだ父と子』)
出演:ジャック・ガンブラン、レティシア・カスタ
配給:KADOKAWA
公開:1213日より角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA
公式HPcheval-movie.com/

●ストーリー
19世紀末、山に囲まれたフランス南東部の村オートリーヴ。村から村へと郵便を届ける配達人のシュヴァルは妻を亡くした。人付き合いが苦手で変わり者のシュヴァルだが、やがて未亡人のフィロメーヌと知り合い、結婚。娘アリスも誕生する。ある日、配達の途中で石につまずいたシュヴァルは、その石の変わった形からひらめきを得る。それから毎日、シュヴァルは娘のために、たったひとりで石を積み上げ、彼の理想宮を作り続けることになる。

●レビュー
正規の美術教育を受けていない者が、その発想のままに優れたアート作品を制作することがある。これを美術用語では「アウトサイダー・アート」という。その代表例としてよく引用されるのが、南仏にあるこの「シュヴァルの理想宮」だ。本作は、ひとりの郵便配達人シュヴァルが33年の年月をかけて、石やセメントを使い、一人で造り上げた「理想宮」の物語だ。

シュヴァルは人付き合いが苦手で、人とまともに視線も合わせられない人物だ。今なら「発達障害」とか「自閉症」とか病名が付けられるかもしれないが、昔はそんな“変わり者”はいても、普通に暮らしていた。人とのコミュニケーション能力は高くはないシュヴァルだが、別に冷たいわけではない。家族に対する深い愛情はあっても、それをうまく表現できないだけなのだ。数少ないセリフで自分の感情を表すというこの難役を演じる、ジャック・ガンブランがすばらしい。何十年という映画時間を彼と過ごしているうちに、シュヴァルの気持ちがこちらによく伝わってくる。

彼はこの建物を娘のために建てたのかもしれない。しかし、それは彼がつまずいた石と同じで、きっかけさえあれば彼は何かを作り上げたのではないか。何かを表現せざるを得ないという人はいる。その衝動は自分の心の内にあるのか、それとも外にあるのか。富や名声とは関係なく、誰にも顧みられるわけではないのに作り続けるのは一体なぜか。そしてそんなアウトサイダー・アートは、美術に詳しくないものでも心を動かされる強い魅力を持っている。

主人公シュヴァルが淡々とした人なので映画自体も淡々と進むが、この映画は全くダレることなく私たちに様々なことを訴えかける。身近なものへの愛情、秘めたパッション、強い意志とは。人が何かをこの世に残すとはどんなことか。そして最も心が揺さぶられるのは、人を愛すれば愛するほど、その人に先立たれてしまうことが辛いかだ。長生きするということは、愛するものを次々に失う苦しみを味わうことである。シュヴァルは88歳という当時としてはかなりの長生きをしたが、それだけに愛するものに先立たれるという多くの苦しみもあった。個人的には、小品ながらも忘れがたい作品。この冬のおすすめだ。
★★★★前原利行)

●映画の背景
シュヴァルの理想宮は現在、フランスの重要建築物に指定されており、オートリーヴ村の観光地になっている。
リヨンから日帰りできるようだが、辺鄙な場所にあるので、公共交通機関を使っていくと1日がかりになりそうだ。