2021年10月24日日曜日

『夢のアンデス』

『光のノスタルジア』『真珠のボタン』に続き、巨匠パトリシオ・グスマンがチリの弾圧の歴史を描いた三部作・最終章



The Cordillera of dreams
2019年/チリ・フランス
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
配給:UPLINK
上映時間:85分
公開:岩波ホールで公開中。全国順次公開

*岩波ホールでは『チリの闘い』三部作含むパトリシオ・グスマン監督作品が11/19(金)まで特集上映中。
https://www.iwanami-hall.com/movie/


●ストーリー

1973年9月11日、チリ。米国CIAの支援のもと、アウグスト・ピノチェトの指揮する軍部による軍事クーデターが起きた。民主的選挙によって選出されたサルバドール・アジェンデの社会主義政権を武力で覆したのだ。ピノチェト政権は左派を根こそぎ投獄し、3000人を超える市民が虐殺された。
監督のパトリシオ・グスマンはアジェンデ政権とその崩壊に関するドキュメンタリー『チリの闘い』(77~79)撮影後、政治犯として連行されるも、釈放。フィルムを守るため、パリに亡命した。
「2度と祖国で暮らすことはない」と話すグスマン監督が『光のノスタルジア』(10)『真珠のボタン』(15)に続き、チリの歴史的記憶を探る三部作最終章。

●レヴュー

冒頭、サンチアゴの街並みから、アンデス山脈の山々を捉える空撮映像の美しさに息を呑む。
『光のノスタルジア』(10)ではアタカマ砂漠にあった収容所で亡くなった人々を、『真珠のボタン』(15)ではパタゴニアの海底に沈められた行方不明者たちを扱い、1990年まで続いたピノチェト政権の弾圧で死んでいった同胞たちの記憶を、古代や先住民の歴史と重ねて考察していた。三部作最終章は、チリ人の精神的支柱であるアンデスの山々を土台にして、ピノチェト政権後のチリを生きてきた人々にスポットを当てる。

インタビューに登場するのは、アンデスの原材料を使って作品を制作する彫刻家のビセンテ・ガハルドとフランシスコ・ガシトゥア。作家であるホルヘ・バラディッドは、現代チリのピノチェト政治の継続性について語る。強権的で新自由主義的な振る舞いは今も変わらないと言う。音楽家のハビエラ・パラは、子供の頃に目撃した暴力の思い出を話す。

中でも興味深かったのは、映像作家であり、アーキビストでもあるパブロ・サラスのパート。1980年代以降、国家による暴力行為を記録し続けている人物だ。国外から祖国を見つめるグスマン監督とは対を成すような存在のように見える。「記録することで、どんな時代だったのか次の世代に伝えたい。二度と過ちを繰り返さないために」とテープや機材で山積みになった部屋で想いを語る。80年代のデモ隊行進の姿から、国家警備隊(カラビネーロス)が警棒で人々を殴打する場面、市街での隠し撮りなど、彼の撮りためた粗い粒子のビデオ映像が生々しく雄弁にその悲劇を伝える。それは、学生時代に読んだガルシア・マルケスの『戒厳令下チリ潜入記』(86)を不意に思い出させた。

サンチアゴの街を俯瞰しながら「できることなら、数十年前に戻って一軒家を建てて住みたかった」とポツリと吐露するグスマン監督。祖国に対する夢と現実の複雑な思いも伝わってくる。アンデス山脈の岩肌に見る自然の強固な不変性。移ろいゆく人間の営み。隕石が見せる宇宙的時間。過去と未来を見据えたその詩的とも言えるドキュメンタリー手法は今回も健在だが、その孤高のスタイルは故郷喪失者ゆえに生み出されたものではないか、と改めて思う。

(★★★カネコマサアキ)


●関連情報

第73回カンヌ映画祭・最優秀ドキュメンタリー賞(ルイユ・ドール賞)受賞

*『光のノスタルジア』『真珠のボタン』については好評既刊「旅シネ 2000-2019 映画で旅する世界 21世紀のワールドシネマ」でも取り上げています。そちらも是非ご覧ください。

2021年9月9日木曜日

アイダよ、何処へ?

ボスニア紛争末期に起こった集団虐殺事件の真実に迫った、ヤスミラ・ジュバニッチ監督の渾身作


Quo Vadis,Aida?



2020年/ボスニア・ヘルツエゴヴィナ・オーストリア・ルーマニア・オランダ・ドイツ・ポーランド・フランス・ノルウェー・トルコ
監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ
出演:ヤスナ・ジュリチッチ、イズディン・バイロヴィッチ、ボリス・レアー、ディノ・バイロヴィッチ
配給:アルバトロス・フィルム
上映時間:101分
公開:2021年9月17日(金)より Bunkamuraル・シネマ、ヒューマンとラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国順次ロードショー
HP:https://aida-movie.com


●ストーリー 

 ボスニア紛争末期の1995年7月11日、ボスニア東部の町スレブレニツァがセルビア人勢力の侵攻によって陥落。避難場所を求める2万人の市民が、町の外れにある国連施設に殺到した。国連保護軍の通訳として働くアイダは、同胞たちの命を守るため施設の内外を立ち回る。一方で、夫と二人の息子を強引に施設内に招き入れ、あらゆる手を尽くして家族を守ろうと奔走する。
 しかし、町を支配したムラディッチ将軍率いるセルビア人勢力は、国連軍との合意を一方的に破り、避難民を“移送”し、おぞましい処刑を始める・・


●レヴュー 

 1992年に勃発したボスニア紛争は、1995年の終結までに約20万人の死者、200万人以上の難民を出す紛争となった。『サラエボの花』、『サラエボ、希望の街角』のヤスミラ・ジュバニッチ監督が描く本作は、その末期に起きた「スレブレニッツァの虐殺」を真正面から描いた作品である。主人公は、元教師で国連軍の通訳者、妻であり二人の息子を持つ母でもあるボシュニャク人のアイダ。彼女の目を通して、スレブレニッツァの街に攻め込むセルビア人、街を追われれ被害者ボシュニャク人、国連施設を統括していたオランダ軍、3者の動向が語られる。彼女の鋭い眼差しが最後までこの物語を引っ張り、印象深いものにしている。

 セルビアの武装勢力に追われたボシュニャク人は、オランダ軍が統括する国連施設に助けを求めて殺到する。その数2万人以上。施設に入りきれず、ゲートは閉じられる。アイダは、必死の行動で夫と息子を施設に入れ、ある意味なりふり構わず家族を守ろうと画策する。しかし、国連軍はなすすべもない。セルビア人勢力に押し切られ、避難民たちを移送するバスが到着する。アイダも家族と引き裂かれ、夫と息子たち男性らは「選別」されてバスに乗せられる。その非常な光景、そして村の建物に押し込まれ、彼らに銃口が向けられるシーンに胸が締め付けられる。
 
 数年後のスレブレニッツァ。アイダはかつて暮らした家を再び取り戻すため訪れる。見つかっていない家族を探しに、掘り起こされた遺骨を確認しに出向く。そして教師という自分の仕事に戻り、さまざまな背景を持つ子どもたちと向き合う日々が始まる。緊迫感のある展開と変わって、その後の物語は淡々と語られていくのだが、このことがとても意味深い。
 
 劇中、国連施設のゲート前で、一人のセルビア兵の若者がアイダを「先生」と呼ぶシーンがある。彼はかつての教え子で、息子の友人でもあった。ボスニア紛争では、同じ地に暮らす隣人同士が、銃口を向け合い、そして紛争後、人々は再び折り合って生きていくことになる。
 本作で、ボシュニャク人のアイダを演じたヤスナ・ジュリチッチはセルビア出身。その逆の配役もある。そのことに意義があるかと問われ、ジュバニッチ監督は、同じ言語を話し、共通の歴史を持っている自分たちにとって、そして映画にとっても、国は重要でないはずとはコメントしている。

 筆者は、3年ほど前にボスニア・ヘルツェゴヴィナを車で旅した。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの周辺東部と北部に広がる、セルビア人主体のスルプスカ共和国に入ると、道路脇に立つ「スルプスカ共和国へようこそ」というキリル文字が書かれた巨大な看板が目を引いた。一方、スルプスカ共和国を出ると、二か国語表記の地名標識でキリル文字部分だけが黒いスプレーで消されたものがあった。民族が混在するヨーロッパでは、地域によって複数の言語表記の標識が設置されている。その一つが消されているというのは、時々見かける光景なのだが、手の届かないところにある標識まで消されてるものを見たのは、この地域が初めてだった。紛争は終わり四半世紀が経ち、かつて多民族が共存してきた地域は、様々な思いを残しながら、均衡を保っているように見えた。
 国境が見えず、民族という意識の薄い日本人には、本作はこの地域の情勢を知る機会になると思う。
 虐殺されたボシュニャク人は8000人以上。遺体はそのことを隠蔽するために埋め変えられて場所がわからなくなっていたという。今でも年に何体かの遺骨が発見され身元が特定されると、虐殺のあった7月11日に埋葬が行われている。(★★★★加賀美まき)

2021年9月6日月曜日

インディアンムービーウィーク2021 パート2

 インド映画の話題作を紹介する「インディアンムービーウィーク2021」の第2弾が、6月のパート1に続き、この秋開催される。

昨年急逝したイルファン・カーン最後の出演作『イングリッシュ・ミディアム』、少年院の更生に立ち上がる教師を描く大ヒットアクション『マスター 先生が来る!』など4作品が日本初上映。パート1で話題になった『グレート・インディアン・キッチン』など再上映作品を含め、全9作品がラインナップされている。




2021910()107()

場所:キネカ大森 

(924日からは名古屋・大阪・兵庫など全国11カ所で開催)

配給:SPACE BOX

料金:1800円均一

https://imwjapan.com/



【上映作品】



『イングリッシュ・ミディアム』(原題:Angrezi Medium










©Maddock Films, ©Skywalk Films



2020/ ヒンディー語/ 145

監督:ホーミー・アダジャーニア

出演:イルファーン・カーン、ラーディカー・マーダーン、ディーパク・ドーブリヤール


娘の留学を叶えようと奮闘する父を描く、ファミリーコメディー

ラージャスターン州ウダイプルで老舗菓子店を営むチャンパクは、早くに妻を亡くし、娘ターリカーを一人で育ててきた。ターリカーは、ロンドンの大学への留学奨学生に選ばれたが、父の迂闊な一言でチャンスを失ってしまう。志望校の留学生枠は埋まり、残るは英国市民向けの入学枠のみ。チャンパクはロンドンに住む旧友バブルーを頼り、ターリカー、いとこのゴーピーと共にロンドンに向かうが…。実力派俳優が勢揃いしたファミリーコメディ。昨年急逝したイルファン・カーン(めぐり逢わせのお弁当、ヒンディー・ミディアム)最後の出演作。



●『マスター 先生が来る!』 (原題:Master














© B4U Motion Pictures, © Seven Screen Studio, © X.B. Film Creators

2021/タミル語/179

監督:ローケーシュ・カナガラージ

出演:ヴィジャイ(ビギル 勝利のホイッスル)、ヴィジャイ・セードゥパティ(キケンな誘拐)、マラヴィカー・モーハナン、アルジュン・ダース


公開初週の世界興収第1位! 荒廃した少年院の更生に立ち上がる正義の教師

アル中気味の大学教授のJDは、自身が主張した学生会長選挙で起きた暴動の責任をとり休職、地方都市の少年院に赴く。一方、バワーニは、少年時代にギャングの手で両親を殺され、その後少年院での生活で辛酸をなめ、冷酷非道な非合法ビジネスの大元締めに成長していた。バワーニが支配する荒廃した少年院で、JDは少年たちの更生のために立ち上がる。大人気俳優ヴィジャイと注目俳優ヴィジャイ・セードゥパティを主役に据えた、勧善懲悪のアクションドラマ。



●『ラジニムルガン』 (原題:Rajinimurugan













© Thirupathi Brothers



2016/タミル語/155

監督:ポンラーム

出演:シヴァカールティケーヤン、キールティ・スレーシュ、ラージキラン、スーリ、サムドラカニ


極楽トンボのハッピー・マドゥライ生活

南インド、マドゥライに暮らすのんきな無職青年ラジニムルガンは、大きな屋敷に一人住む祖父に可愛がられていた。彼には幼少時からの婚約者カールティカがいたが、彼女の父親の心変わりで遠い町に送り出されていた。美しく成長し帰郷した彼女に、ラジニムルガンはあの手この手で彼女にアタックを試みる。祖父はそんな孫のために屋敷を売却しようとするが、そこに法定相続人を名乗る男が現れて…。人気俳優シヴァカールティケーヤンとキールティ・スレーシュ(伝説の女優 サーヴィトリ)によるカラフルなロマンチック・コメディ。



●『俺だって極道さ』 (原題:Naanum Rowdy Dhaan













© Wunderbar Films



2015/ タミル語/ 139

監督:ヴィグネーシュ・シヴァン

出演:ヴィジャイ・セードゥパティ(キケンな誘拐)、ナヤンターラ(ビギル 勝利のホイッスル)、パールティバン、ラーディカー・サラトクマール、


お洒落な街並みで巻き起こるスラップスティック復讐コメディ

ポンディシェリに住む青年パーンディは、警官の母親を持ちながら極道に憧れており、友達のドーシと一緒に「極道ごっこ」で小遣いを稼いでいた。ある夜、彼は聾唖の女性カーダンバリに出会い、一目惚れする。何とか彼女の心を開こうとするパンディだったが、彼女が求めたのは、幼少時のトラウマとなっている事件の首謀者である大物極道への仇討ちだった…。人気のヴィジャイ・セードゥパティとナヤンターラを配し、旧フランス領ポンディシェリのお洒落な街並みを舞台にした、異色の新感覚リベンジ・コメディ。ダヌシュ(無職の大卒)プロデュース作品。



その他の「パート1」再上映作品はこちら

https://ryokojintabicine.blogspot.com/2021/06/2021-1.html



2021年8月16日月曜日

Summer of 85

フランソワ・オゾン監督が描く、少年たちの運命の出会いと永遠の別れ。

映画制作の原点となった小説の映画化。



Summer of 85


2020年/フランス


監督・脚本:フランソワ・オゾン

出演:フェリックス・ルフェーヴル、バンジャマン・ヴォワザン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ

配給:フラッグ、クロック・ワークス

上映時間:101分

公開:2021年8月20日(金)より 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ、グランドシネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開

HP:https://summer85.jp


●ストーリー

 1985年の夏のフランス。セーリングを楽しもうとヨットで一人沖に出た16歳のアレックス(フェリックス・ルフェーブル)は、突然の嵐に見舞われ転覆してしまう。その時、彼に助けたのは、18歳のダヴィド(バンジャマン・ヴォワザン)だった。二人は急速に惹かれ合い、友情を超えてやがて恋愛感情で結ばれる。アレックスにとってはそれが初めての恋だった。互いに深く想い合う中、ダヴィドの提案で「どちらかが先に死んだら、残された方はその墓の上で踊る」という誓いを二人は立てる。

 しかし、一人の女性の出現を機に、二人の気持ちはすれ違い始める。追い打ちをかけるように事故が起こり、ダヴィドは帰らぬ人となってしまう。悲しみと絶望に暮れ、生きる希望を失ったアレックスを突き動かしたのは、ダヴィドとあの夜に交わした誓いだった――。



●レヴュー 

 物語は、警察署のシーンから始まる。なぜあんなことをしたのかと問われる主人公のアレックス。その問いに、彼はダヴィドとの始終を語リ始める。ちょっと謎めいた始まりがいかにもフランソワ・オゾン監督らしい。

 フランスのノルマンディーの海岸沿いに暮らすアレックスとダヴィド。二人の出会いは、ある夏の日。アレックスのヨットが転覆し、それを助けたのがダヴィドだった。文章を書くのが好きで少し奥手、進路に悩みを抱えていたアレックス。一方のダヴィドは奔放で能動的。だが父親を亡くしどことなく謎めいた少年。二人は急速に近づき、互いに惹かれていく。自分にないものを相手に求めていたのだろう。突然訪れた胸の高鳴り、溢れ出る愛おしさの感情、そこから始まる切なさと苦しさ、危うさに悶える若者の姿をフランソワ・オゾン監督は瑞々しく見事に描き出している。

 

 監督が、10代の頃に読み影響を受けたというエイダン・チェンバーズの小説「おれの墓で踊れ」が原作。じっくりと35年の年月をかけてどう撮るかを練り、小説を読んだ当時の感情を重視して映像にしたという。作品は1985年の夏の出来事で、原題は「Ete 85(85年 夏)」。それは監督がこの小説を読んだ年とリンクしている。全編フィルムで撮影され、その質感は当時に撮影されたような雰囲気を醸し出す。衣装や、音楽からも当時の様子が伝わってくる。だが、不思議と年代を意識することはなく、物語に引き込まれる。しっかりとした物語の展開の中、二人の青年の心の機微を丁寧に追って描写しているからだろう。 


 その少年を演じた二人の若い俳優、フェリックス・ルフェーブル、バンジャマン・ヴォアザンが素晴らしく、また、二人の間に入り、重要な役所であるケイトを演じたフィリッピーヌ・ヴェルジュもフレッシュで魅力に溢れている。とりわけ、アレックスを演じたルフェーブルは、前半は、初恋に沸き立ちそして悶え苦しむ葛藤を、後半は恋と友情を失った失意の中、彼との約束を果たそうと苦しみ、やがて自身を見直していく姿を繊細に演じている。


 原作を拠り所として純粋に仕立てられたこの作品は、観る人の心を揺さぶり、またかつて心が高鳴ったり感傷的になったりした頃の記憶を呼び起こすだろう。フランソワ・オゾン監督のそうした手腕は秀逸だと思う。(★★★☆加賀美まき)

2021年7月31日土曜日

アウシュヴィッツ・レポート

勇気ある脱走者のレポートが、12万人のユダヤ人の命を救った実話を映画化



The Auschwitz Report

2020年/スロバキア・チェコ・ドイツ
監督:ペルテ・ベブヤク
脚本:ジョセフ・パシューテカ、トマーシュ・ボムビク、ペルテ・ベブヤク、
出演:ノエル・ツツォル、ぺテル・オンドレイテカ、ジョン・ハナー、ヤン・ネドバル
配給:STAR CHANNEL MOVIES
上映時間:94分
公開:2021年7月30日(金)より 新宿武蔵野館他全国順次公開
HP:https://auschwitz-report.com


●ストーリー
 1944年4月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。遺体の記録係をしているスロバキア人のアルフレートとヴァルターは、毎日多くの人々が殺される収容所の惨状を目の当たりにしていた。彼らは、その残虐な行為の証拠を持ち出し、外部に訴えるため脱走を決行し材木置き場に身を隠す。二人がいないと気づいたドイツ兵は、同じ収容棟の囚人らを極寒の野外に立せて執拗に尋問を繰り返していた。数日後、機会をうかがっていた二人はやっとのことで収容所の外に脱出し、国境を目指して山林を歩き続ける。
 その後救出された二人はアウシュヴィッツの実態を赤十字職員に告白し、レポートとして提出する。

●レヴュー 
 アウシュビッツ=ビルケナウ収容所は、ポーランド南部の村に作られた強制収容所で、ユダヤ人をはじめ多くの人々が理不尽にも命を落していった。その犠牲者の数は110万人を超えると言われている。本作は、強制収容所を命懸けで脱走した2人の若いスロバキア系ユダヤ人によって、強制収容所の実態が国際赤十字にもたらされ、初めて世に伝わったという実話に基づく作品である。今では歴史的真実であるホロコーストも、当時、事実を知る者たちによる命がけの行動がなければ、その実態は世に知らされることはなかった。

 事実を伝えなければという思いが、二人の若者を決死の覚悟の脱出へと駆り立てる。厳しい道のりだったが、山で民間人に助けられ国際赤十字の担当者へ面会が叶い、強制収容所の実態が初めて驚きを持って伝えられる。それまで「難民キャンプ」と思われていた収容所で実際は何が起こっていたのか、誰も見抜けなかったのだ。
 そして、収容所では、残された人々が過酷な状況に置かれていく。極寒の中、野外に何日も立たされ、手引きした者を割り出そうとするドイツ兵から執拗に尋問を受けていた。だが誰も口を割らない。ドイツ兵の苛立ちも極限に達していく。そうした迫感感が見事に演出されて胸をつかれる。とりわけ凍てつく夜間、立ち続ける人々の姿が薄暗いライトに照らされるシーンは収容所の凄絶さが伝わってくる。
 
 後半、二人はレポートを書き上げるが、そのレポートがどう伝わり、どう効力を発揮したのかは詳しくは語られていない。ハンガリー政府はユダヤ人の移送を断念し、10万人を超える命が救われたとされるが、その後も多くの人が強制収容所に送られ、犠牲者を出し続けた。
 今日に至るまでホロコーストの悲劇を描いた作品が数多く発表されている。こうした映画の意味は、単にナチスが行なった蛮行を語り継ぐということだけではないだろう。映画の冒頭でジョージ・サンタヤーナの言葉「過去を忘れる者は、同じ過ちを繰り返す」が引用されている。そしてエンドロールでは、過去から学ぶことなく発言された「現代の声」がコラージュされて流される。非人道的な犯罪や行為、差別は、今なお世界各地で繰り返されている。最も大事なのは、きちんと過去を知り、そこからしっかり学ぶことだろう。それは、国際社会の一員として生きる日本も同じだとこの作品は教えてくれる。(★★★☆加賀美まき)

2021年7月20日火曜日

親愛なる君へ

同性パートナーの遺児と母親の面倒をみるピアノ教師。
彼が犯した罪と贖罪をミステリー仕立てで描く。


親愛的房客/Dear Tenant
2020年/台湾
監督・脚本:鄭有傑
出演:莫子儀、姚淳耀、陳淑芳、白潤音
配給:エスピー・オー、フィルモット
上映時間:106分
公開:7月23日(金)シネマート新宿ほか全国順次公開
(レインボー・リール映画祭で先行上映)

●ストーリー

老女・秀玉(シウユー)の介護をしながら、その孫・悠宇(ヨウユー)の面倒を見ているピアノ教師の青年・健一(ジエンイー)。血の繋がりのない、ただの間借り人がそこまで尽くすのは何故か。彼らが今は亡き同性パートナーの残した家族で、そうすることが彼への何よりの弔いだからだ。
しかし、秀玉が急死すると、健一に疑いの目が向けられてしまう。警察の捜査により不利な証拠が次々と見つかり、健一はあっさりと罪を認めてしまうのだが…。物語は真相を明らかにしていく。

●レヴュー

この映画に流れてる通奏低音は「痛み」だろうか。
亡きパートナーの老母・秀玉は糖尿病を患っていて、しかも末期的症状で足が壊死しかかっている。老人は痛みに抵抗力が無くなり、我慢がきかず、時にわがままに振る舞う。この役で金馬助演女優賞を得た陳淑芳の演技と存在感が強烈な印象だ。この痛みは秀玉の痛みだけでなく、主人公健一の恋人を失った心の痛みであり、彼を助けられなかった呵責から来る痛みであり、その全てが集約され体現されているように見える。それゆえに、何としても彼女の痛みを、自分の痛みを、癒したいと思い麻薬を手に入れるのだ。

そして「痛み」という通奏低音に並走し和音となるのが「罪」である。
登場人物は多かれ少なかれみな罪を犯している。亡きパートナーが元妻を騙し、健一と付き合っていたこと。パートナーの兄が母親の面倒を見ずに上海へ渡ってしまったこと。悠宇が知らぬ間に犯した罪。そして健一の犯した罪。起訴された罪状では限りなく冤罪ではあるが、それ以外で大きな罪を犯していることが終盤で語られる。

ドラマはかなり込み入ったミステリー仕立てになっていて、それこそが人間の奥深さ、業の深さを物語るようだ。同性婚がアジアで初めて認められた台湾であるが、これで全てOKというのは早合点かもしれない。ジェンダーのアイデンティティは時と場合によっては揺らぐものだし、人の愛は長くは続かない。相続や親権の問題もヘテロの結婚制度と同じで、問題は常に生じるのだ。
同性カップルの出会いと蜜月をもっと甘く描いたり、子供・悠宇との信頼関係を強固に描いても良いと思うのだが、終始シビアな目線で描かれているのが特徴で、現実の厳しさを感じさせる。

主人公たちが暮らす戸建てのビルはあの基隆港を展望できる立地にあり、その雰囲気も印象的だ。原題は『親愛的房客/Dear Tenant』で”親愛なる間借り人”という意味だが、この言葉は恐らく老母・秀玉から発せられたものだろう。中華映画のクラシックに『七十二家房客』(1963,1973)という作品がある。家主が間借り人たちを追い出そうと騒動になる物語だが、華人たちはこのストーリーが頭の片隅にあるかもしれない。最初は秀玉にこの悪どい家主を重ねるだろうが、のちの彼女の選択に意外性を持って見終えるに違いない。そして人を評価するのにLGBTQのセクシュアリティは全く関係ない、と気づくのだろう。

(★★★☆カネコマサアキ)

●関連事項

第57回台湾金馬獎 最優秀主演男優賞 最優秀助演女優賞 オリジナル音楽賞受賞
第22回台北映画獎 最優秀主演男優賞

2021年7月10日土曜日

1秒先の彼女

アラサー女子が目覚めたらバレンタインデートの日がスキップされていた。「時差」が生んだファンタジーコメディ。『熱帯魚』などのチェン・ユーシュン監督の久々の日本公開作。

 



消失的情人節 My Missing Valentine   

2020年/台湾
監督:
チェン・ユーシュン

配給:ビターズ・エンド
上映時間:119分
公開:2021年6月25日(土)より

公式HPhttps://bitters.co.jp/ichi-kano/

 

ストーリー

郵便局で働く30歳のシャオチーは、幼い頃から何事も人よりワンテンポ早い。目覚ましより常に早く起きるし、目を開けた写真もない。ある日、シャオチーはハンサムなダンス講師と出会い、七夕のカップルイベントに出演する約束をする。しかし彼女が目覚めると、すでに七夕の翌日になっているばかりか、身体には覚えのない日焼けのあとが。シャオチーは失くした1日を探そうとするが、それには毎日窓口にやってくる変わり者の青年が関係していた。

 

 

レビュー

90年代に『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』などの作品で注目された台湾のチェン・ユーシュン監督。

その後、長編映画から離れていた時期があり、久しぶりの日本公開作になる。

 

郵便局の窓口にいるシャオチーのもとに、切手を一枚ずつ買いに来る青年グアタイ。

映画の中盤までは彼は、ストーリーには絡まないモブキャラなのだが、

ちょうど映画の真ん中あたりで、突然主人公が彼に入れ替わる。

そこから今まで語られた物語が、今度は彼の視点で語られ直すのがポイントだ。

 

普通の恋愛ものだと思って見ていると、ここで本作は一気に謎解きものに進んでいく。

なぜ、グアタイは顔に怪我をしていたのか。なぜグアタイはなぜシャオチーのことを知っていたのか。

シャオチーの失踪した父親はどこへ行ったのか。

 

その仕掛けは、ミステリーというよりもファンタジー(ホラー?)的な理由なのだが、

「そういう考えもあるかもしれない」と新鮮だった。 

人生長い目で見れば帳尻が合うようにできている。

そう思えば生きていて気が楽になるのではないか。それが本作のメッセージなのだろう。

 

現在のコンプライアンス的にはギリなシーンもあるが、

まあ、「もし自分がそのシチュエーションなら」と思う人もいるので、わざと入れたのだろう。

  

シャオチー役のリー・ペイユーがとても魅力的。 

30歳という微妙な年頃だが、天真爛漫な少女にも図々しいオバサンのようにも見え、身近にもいそうな親近感のある魅力を生んでいる。

 

(★★★☆前原利行)