2020年10月13日火曜日

博士と狂人

「オックスフォード英語大辞典」の誕生秘話を描く実話




The Professor and the Madman

2018年/イギリス、アイルランド、フランス、アイスランド
監督:P.B.シェムラン
出演:メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマー、エディ・マーサン、スティーヴ・クーガン
配給:ポニーキャニオン
上映時間:104分
公開:2020年10月16日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
HP:https://hakase-kyojin.jp


●ストーリー 

 19世紀後半のイギリス。英語辞典の編纂が遅々として進まないオックスフォード大学は、学士号を持たないたたき上げのマレー博士を編集責任者として抜擢する。シェイクスピアの時代まで遡りすべての言葉の出典を探し収録するという無謀とも思えるプロジェクトは困難を極め、いまだ「A」で足止めをくっていた。そんなマレーたちを救ったのは、依頼を呼びかける「声明文」に応じてひとりの人物から送られてきた大量のカードだった。しかしその送り主は、殺人を犯して精神病院に収監されていたアメリカ人マイナーだった。


●レヴュー 

映画のために作られたような話だが実話

 現代でもウィキを作るために、広く一般に呼びかけているが、この辞典の編纂はそれを100年前にしたようなもの。その単語が時代によってどう使われるようになってきたかを、初出をたどり、世紀ごとに用例を調べ、断絶がないかを調べる。ウィキもこの「OED」とも呼ばれる「オックスフォード英語大辞典」も大勢のボランティアによって作られている人類の叡智といっていいだろう。確かにすごい作業だ。
 演出や話運びはわりと凡庸だが、何よりも次の展開が読めないという基になった話が面白く、最後まで一気に見てしまう。映画のタイトルにもある「狂人」が辞典の編纂に関わっていたという事実も驚きだ。また、辞書の編纂というストーリーが進む中で、もうひとつのテーマとなる「罪と贖罪」が物語に厚みを加える。
 ギブソン側と制作側とのトラブルで、北米以外の多くの国ではネット配信公開になってしまったのが残念だが、興味深い内容を持った作品だと思う。(★★★☆前原利行)


言葉を一つ一つ収集し、分析や検討を重ねていく辞書編纂 その重みを感じられる作品

 言語学を独学で極め、辞書編纂を任された孤高の学者マレーと、精神を病み殺人を犯して収監された元軍医大尉マイナー。オックスフォード英語大辞典(OED)の編纂という偉業の裏にあった、出会うはずのなかったこの二人の物語が明かされる。
 マレーは、古語にも遡り全ての単語とその変遷を収録することを目指し、単語の収集を始める。OEDは全10巻、414,825語と182万以上の用例が収録されていることを考えると途方もない数。そこに至る方法は、その依頼を書いた「声明文」をあらゆる書籍に挟み込み、英語を話す人々から、単語とその用例を書いたカードを郵送してもらうというものだった。それを偶然目にしたマイナーは取り憑かれたように書物を調べ、マレーに単語カードを送り届けた。その結果、滞っていた編纂作業は一気に進むことになる。そうした知られざる辞書編纂のドラマとして興味深く、またそこに生まれた「博士と狂人」ふたりの結びつきや彼らの背景として描かれるドラマには、狂気と罪、許しと贖罪といった人間ドラマが緻密に描かれていて面白い。
 主演はメル・ギブソン、ショーン・ペンの二人だが、その脇を固めるイギリス人俳優たちの上手さが際立っている。イライザ役のナタリー・ドーマーは心の揺れを繊細に演じ、看守役、エディ・マーサンの確かな芝居がドラマを深みあるものにしている。衣装などにもイギリスの当時の雰囲気や趣を感じられ、引き込まれる作品になっている。(★★★☆加賀美まき)